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大脳皮質内の情報伝達モデルの解明を目指す研究手段として、脳が獲得したアルゴ リズム解明を目指す研究と、そのアルゴリズム獲得のプロセスの解明を目指す研究 に分類することができる。現在の脳研究においては前者の研究が圧倒的に多いが、 発達を終えた複雑性の高い脳神経回路網の情報伝達モデルの解明は、脳神経回路網 発達のプロセスの解明に比べてはるかに難解であるといえる。現在、最大かつ唯一 の系統的なヒトの大脳皮質のデータとして存在するのqが、Conel Databaseである。 Conel Databaseは共同研究者であるカリフォルニア大学のShankle助教授によって データベース化され始め、このデータ解析を行っているのは世界中でも現在私を含 めた我々の研究グループだけである。
Conel Databaseの数理的解析は1997年より、カリフォルニア大学アーバイン校 (UCI)と冨田研脳モデリングプロジェクトの共同研究qのもと、行われている。既 にこの研究を通して数々の発表があるが、その中でも1998年のShankle助教授 の論文は大きな反響を呼んだ。この研究は2000年1月4日付けのNew York Times科学面1面で紹介され、注目を集めている。申請者はConel Dataの数理解析 で中心的役割を果たしてきた。データ解析からヒト大脳皮質内のネットワーク構造 を導き出す研究は共同研究の中でも申請者独自の研究で、国際ジャーナルの筆頭著 者論文や数々の国際学会発表など大きな成果をあげている。この研究活動が、京都 大学の乾教授の目にとまり、氏のネットワークモデルに関する共同研究をすること になり、また氏の招待により国際高等研究所にて90分間の講演をさせていただい た。
昨年度は、Conel Databaseの解析をシステマティックに行える環境を構築すること ができた。spike.mag.keio.ac.jp上にConel Databaseのリレーショナルデータベー スマネジメントシステム(RDBMS)を構築した。このデータベースシステムを用い て、ヒト大脳皮質発達の8時系列点のネットワークが導出し、ヒト大脳皮質全体の 神経回路網が発達に伴い、どのように変化していくかを推定し、またその変化の機 能的意味を考察した。更に、今年度からはそれらの結果に基づいてヒト大脳皮質全 体にわたる発達過程のモデル構築をコネクショニストモデルというかたちで実装す ることを目指した。
今年度の研究活動は、学会発表と第3回 神経情報科学サマースクール(NISS2001) への参加、ロンドン大学脳認知発達研究所における研究が主なものであった。その 活動の中から印象に残ったものを以下に記した。
Computational Neuroscience Meeting2001での発表
この学会は今回で3回目の発表ということもあり、顔見知りが増え、彼/彼女らの研 究がどのように進捗したのかという部分も把握できるようになった。例えば、ドイ ツのグループはサルなどの大脳皮質内コネクションのデータベースを去年は構築し ていたが、今年はそれを利用したシミュレーションシステムまで構築していた。完 成度は高いとはいえなかったが、分裂症の大脳皮質回路変化による電位発生シミュ レーションをする研究までやっていた。また、Science誌に論文を出した経験のあ るイギリスのHilgetag氏は、前頭葉内のコネクションの研究をしているが、今年か らボストン大学に籍を移し、今年はより医学的な見地からの発表をしているという 印象があった。自分の発表は、去年の研究と内容は大差がないが、大脳皮質全体を 扱うようにしたこととデータベースの精度を上げたことにより、より多くの研究者 の関心を集めることができたと思う。ただ、Texas大学で脳画像のデータベースを 構築しているMcCormick教授に、大脳皮質内コネクションの推定による認知発達の 推定は、「推定」以上の研究には成り得ないという意見を頂いたこともあり、今後 は回路の推定と同時にその回路の持つ意味をニューラルコンピューティングのモデ ルを作ることを通じて、追究していくつもりである。
第3回 神経情報科学サマースクール(NISS2001)への参加
日本神経回路学会主催の、脳の情報処理メカニズムの理解をめざす大学院生・若手 研究者を対象とした、「第3回 神経情報科学サマースクール(NISS2001)」に参加 しました。2年前の第1回のサマースクールに参加し、大変勉強になったこともあ り、今回も応募/選抜を経て、無事参加することができた。今回は、脳の可塑性に フォーカスを当ててテーマが構成されており、進化・発達・学習・修飾という、異 なる時間スケールでの脳の適応機構に関して、共通する原理と特殊性、相互の関係 について、計算論的視点をベースに、最近の遺伝子、分子生物学の成果を取り込み、 新たな研究の展開を探るという内容であった。研究意欲旺盛の参加者ばかりで、毎 晩24時を回るまでの討論が続いた。このような様々な分野にわたる若手研究者の集 まりは大変貴重だと改めて感じ、また機会があれば参加したい。
ロンドン大学脳認知発達研究所における研究
ヒト大脳皮質の発達に関して様々なアプローチからの研究が行われているロンドン 大学脳認知発達研究所(CBCD, Centre for Brain and Cognitive Development)に 出向き、研究活動を行った。主にJohnson教授、Mareschal博士、Spratling博士の 指導の下、ヒトの高次認知発達において重要な役割を果たすであろう神経回路とし て、前頭葉と大脳基底核を中心とした回路に着目し、関連論文をサーベイするなど し、議論を重ねた。そして、その神経回路のコンピュータモデルの基礎モデルの意 見をまとめ、実装作業にとりかかるまで研究を進展させた。
今年度のはじめに以下の3つの研究計画を掲げたが、それぞれの研究ががバランス よく捗ったということができる。
- 脳全体のネットワークモデルの正当性や精度を高める
- 哺乳類の諸動物の解剖学的データを利用したヒトとの認知発達・行動発達の比較検討
- ヒト大脳皮質全体にわたる発達過程のモデル構築
それらは、多数の学会発表や論文発表等のかたちで成果として表れている。以下は 今年度の活動概要である。
日時 場所 活動内容 文献番号 2001年 5月 島根県民会館
2001年度人工知能学会全国大会に参加/発表。
1 2 3 2001年 6月 Boston, USA Fifth International Conference on Cognitive and Neural Systemsに参加/発表。
4 2001年 7月 Pacific Grove, USA Computational Neuroscience Meeting 2001に参加/発表。
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以下に今年度の成果として、それぞれの発表を列挙する。(下線は本研究代表者。)
- 福田 竜太, 原 淳子, William R. Shankle, 冨田 勝,
"ヒト大脳皮質の解剖学的データベースに基づく脳全体の発達のネットワークモデ ルの推定",
2001年度人工知能学会全国大会, ポスター発表, 島根県民会館, 2001年5月.
- 前川 盛行, 小川 健二, 渕側 太郎, 安部 路子, 福田 竜太, 冨田 勝,
"E-Neuronプロジェクト: E-CELLシステムを用いた神経細胞モデルの構築へ向け て",
2001年度人工知能学会全国大会, ポスター発表, 島根県民会館, 2001年5月.
- 永安 悟史, 福田 竜太, 冨田 勝,
"population density approachと解剖学的データを用いたヒト大脳皮質コラム構造 モデルのシミュレーション",
2001年度人工知能学会全国大会, ポスター発表, 島根県民会館, 2001年5月.
- Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M.,
"Estimating cortical connectivity of developing human cerebral cortex",
Fifth International Conference on Cognitive and Neural Systems (ICCNS), Poster Presentation, Boston, U.S.A., June, 2001.
- Fukuda, R., Hara, J., Shankle, W. R., and Tomita, M.,
"Developmental Transition of Human's Cortical Connectivity",
Computational Neuroscience Meeting 2001 (CNS*2001), Poster Presentation, Pacific Grove, U.S.A., July, 2001.
- 渕側太郎, 小川健二, 前川盛行, 安部路子, 福田 竜太, 菊地進一, 冨田勝,
"E-Neuron プロジェクトにおける化学シナプスの構築",
第24回日本分子生物学会年会, ポスター発表, パシフィコ横浜, 2001年12月.