2001年度 森吉郎記念研究振興基金による研究助成金 報告書

眼球運動による歩行環境評価手法の提案

 

政策メディア研究科 後期博士課程3年 伊藤納奈

 

1.研究目的

歩行者は歩きながら様々なものを見ている。室内においても、体の移動や視線の変化は生じる。建築・都市という物理的な空間を、人間の行為や知覚という人間身体を基準として捉えなおすためには、人間が「常に動いている」ことを考慮する必要がある。そのため、眼球運動を指標とした、歩行という動的な状態から捉えた新しい環境の評価手法について実験的な検討を行う。また研究対象である歩行者は、高齢者を含めることとし、高齢者の視覚機能及び身体機能を考慮した環境や建造物の在り方について具体的な提案を行うとともにそれらを設計法に役立てることを目的とする。

 

2.成果

2-1. 実験1-歩行者の視覚情報処理について

1)歩行者の視線移動の時系列的変化

人間が歩きながらどこを見ているか、時系列に沿った視線の移動変化を測定し、それらと空間の変化との対応について解析を行い、高齢者と若齢者の違いについて考察した。時間的・空間的に変化する眼球運動を3次元の空間と対応させることにより、時系列に沿った変化を抽出することが可能となる。本実験では、平坦な廊下・スロープ・階段という3種類の空間での変化について実験及び解析を行った。

 

 

 

 

 


図1.歩行者の視線移動の時系列変化

左)平坦な廊下 中)スロープ(下り)右)階段(上り)各々の図で上が高齢者・下が若齢者。

緑:壁 黄:前方方向 赤:床(身体より1.5m以上先)青:足もと〔身体より1.5m以下〕

 

また空間の変化点(平坦な廊下→スロープなど)の変化についても以下のような特徴が見られた。

 

 

 

 

 

 


2.(左)変化点における視線移動の時系列変化(右)各々の変化点での高齢者・若齢者の視線の及ぶ時間比較

(左)白枠内が変化点をみていた部分。各々の図で上が高齢者・下が若齢者。色については図1と同じ。

(右)グレー:高齢者、赤:若齢者

 

上記の結果より、以下の歩行する高齢者・若齢者の視線移動の時系列的変化の違いが明らかになった。

@     高齢者は歩行時に下方への注目し、時系列的な変化に乏しいが、若齢者は基本的に前方を見、他の部分、窓・スロープの曲がり角・階段の上り始めなどを必要に応じて効率よく見ている。

A     高齢者は、空間の変化点を長く見続けるが、それに対し若齢者は短時間であり、視線が及ばない場合もある。

 

2)歩行の制御における視覚の役割について

歩行者が意識的に歩行をコントロールする場合において、どのような視覚情報を手がかりとするのかについて調べた。歩行者に「いつもの通り歩いてください」という自由歩行と「なるべくまっすぐ歩いてください。」という規制歩行の2種類の教示をし、眼球運動がどのように変化するかについて実験を行った。また得られたデータからスペクトル分析を行い、歩行周期との関連について考察した。

 

 

 

 

 

 

 

 


3.(左)上:規制歩行における視線移動のスペクトル分析 下:自由歩行における視線移動のスペクトル分析

〔右〕視線の及ぶ範囲と位置 左:高齢者1 中:高齢者2 右:若齢者 

 

自由歩行では、高齢者・若齢者とも視線の動きに周期性が見られなかったが、規制歩行では、歩行終期とほぼ等しい終期の眼球運動が突出して見られた。規制歩行では、若齢者がおおむね前方を向き、あまり広い範囲を動かず安定した視線となるのに対し、一部の高齢者は、床の目地を見続けるなどの行動が見られた。

 

2-2. 実験2-空間把握における視野の役割について

本年度新しく作成された視野制限システムを用いて、空間の把握において視野の中心と周辺がどのように関わるのかについて実験を行った。このシステムでは、見ているところを一定範囲制限する〔周辺視のみ〕、または見ているところの一定範囲のみ見える状況〔中心視のみ〕を作ることができる。このシステムと眼球運動測定装置を平行して用いることにより、制限された視野の状態での視線の動きき測定することができる。

 

 

 

 

 

 

 

4.(上):視野制限システム概念図 

(下):視野制限を用いた際の提示画面の例 左:制限なし 中:周辺視のみ 右:中心視のみ 

 

上記の3条件において、カメラを空間内を移動させて撮った刺激画像を提示し、シミュレーションによる実験を行った。各提示の後、空間の印象を表す形容詞を16項目選択されたSD法質問用紙(「全くそう思わない(1)から、とてもそう思う(7)までによる評定を求めた。

 

5.主成分分析による視野制限条件における印象の違い 左:中心視のみ 中:周辺視のみ 右:制限なし

 

得られたデータ全体をまとめて、主成分分析を行った。その結果、3つの主成分が得られた。第1成分は、歩きやすい、気楽な、開放的な、わかりやすい、などの評価項目の負荷量が高かったため、「空間明解成分」と名づけた。また、第2成分は、角ばった、硬い、速いという評価項目が高かったため、「歩行体感成分」と命名した。この2つの因子が、それぞれの被験者グループと視野制限条件でどのように変化しているかを見るために、第1-第2主成分の2次元平面状において、視野制限条件ごとに被験者の得点をプロットしたところ、以下のように、各視野制限条件でその分布の違いがあることが明確となった。

 

2-3.実験からの考察―空間への提案に向けて

@変化点の重要性

視線の時系列変化において、高齢者と若齢者のでは変化点への注目度が大きく違うことがわかった。高齢者は変化点を視野の中心で捉えており、若齢者は視野の周辺で捉えている。このことより、特に高齢の歩行者にとっては、視線の誘導にも科関わる大きな要素である。また若齢者にとっては、変化点の見分けやすさ、また配置などが大変重要となる。

A     前方方向と位置関係の手がかり

歩行時に自身の進む方向や位置をコントロールする際には、視線の位置と安定度が変化する。弱襟者は前方方向を一つの位置の手がかりとして、周辺視により自身の動きを著製することができるが、一部の高齢者は、中心視により目地などの手がかりを求める。これは、高齢者になるほど、周辺視での把握が難しくなるため、より中心視で把握しやすい、手がかりが必要になると思われる。このような空間手がかりは、わかりやすく提示する必要がある。また前方方向への見通しなど、周辺視を利用するための安置した中心視の置き場も考慮する必要がある。

B     視野の違いによる空間の印象

中心視のみの場合では、総合的に見ている範囲が広くとも、主観評価が示すとおり、空間の全体的な把握が出来たとは言えず、快適性や安全面においてはマイナスの印象が強くなる若齢者は周辺視のみの場合でも、全体的な把握がある程度できるようになると、部分的な特徴についての印象がやわらぎ、相対的な動きなども正確に知覚することが示唆された。よって空間の把握には、中心視での部分的な印象と、周辺での全治的な把握とのバランスが重要である。

C 空間把握と歩行

シミュレーション実験での制限なし条件では、高齢者・若齢者とも画像の進行方向に視線がとどまることから、特に高齢者の場合は、歩行に必要な空間の手がかりと、空間の全体的な把握を行うために見るところが大きく違うことが推測される。

 

3.成果の発表

実験の成果については、以下の国際学会で発表を行った。

Experimental Analysis of walker's eye movements and its sequential change: dependence on walker's age and walking space,

11th European Conference on

Eye Movements(Finland, Truku)

 

Some considerations of age dependence on eye movements for walking control

Nordic Ergonomics Society 2001(Finland,Tampere)