2001年度森基金報告書

マウスcDNAにおける二次構造解析

政策・メディア研究科修士課程2年 
熊谷 禎洋
sadahiro@sfc.keio.ac.jp
学籍番号 80031533

研究要旨

mRNA(メッセンジャーRNA)に二次構造が形成されると、遺伝子発現のプロセスである翻訳に影響を
与えたり、mRNAの安定化に影響を与えることなどがこれまでの研究によって明らかにされている。
我々は、RNAfoldという二次構造予測プログラムを使用して、マウスやヒトのcDNAライブラリやNCBI
UniGeneのデータを対象として、UTR(Untranslated Reagion)を含むmRNA全体に渡って二次構造予
測を行い、二次構造形成の自由エネルギーを指標として、二次構造形成にどのような傾向が現れる
かを調べた。
今期は、二次構造がmRNAのどのような位置に形成されやすいかについて研究を行った。
この結果、特に、位置的な傾向として、5´末端側に二次構造が多く分布する傾向が得られ、5'UTR上
に存在することが多そうであるという結果が得られた。5'UTRの二次構造については、翻訳の調節を
する働きをする事例が多く報告されていて、今回の予測結果で得られた二次構造も翻訳調節の要因
であることが考えられる。特に、低い自由エネルギーを示すものは、翻訳の段階で何らかに関係する
構造ではないかと考えられる。


研究背景
mRNA上に二次構造はその働きが様々であることが、これまでの研究によって明らかにされている。
例えば、5'UTRに二次構造が形成されると、リボソームの進行を止めて翻訳が阻害されることがこ
れまでに多くの遺伝子について報告されている。
 弱い二次構造では問題はないのだが、強固な二次構造が形成されてしまうとこのような現象が
おきる。
また、開始コドンが二次構造の中に含まれる場合も翻訳が阻害される。
 さらに、開始コドンからの距離が近いほど翻訳は阻害されやすくなるという研究結果も出ている。
 また、真核生物では、通常は5'端のキャップ構造をリボソームが認識して結合するのだが、5'UT
RにIRES(Internal Ribosome Binding Site)という領域を持つ遺伝子はその領域で二次構造を形
成し、リボソームがその領域に結合して翻訳が開始される。Picornavirus で初めて発見され、他
のウイルスの翻訳機構として多く見られるが、真核生物の細胞内でもこのような方法で翻訳を行っ
ている遺伝子が発見されてきている。IRES依存性の翻訳が存在するのは、細胞がストレス下に置か
れたとき、翻訳開始因子eIF4Gが溶解、消失するためなどの理由で通常のキャップ構造依存の翻訳
が不可能になるためであり、IRESを持つ遺伝子の性質としてストレス対応性の遺伝子が多く見られ
る。
3'UTRに二次構造が形成されると、mRNAの構造が安定化するということが知られている。3'末端
に付加されるPoly(A)の上流に二次構造が形成されると、3'末端からmRNAが分解されていく現象で
あるポリアデニレーションをブロックし、mRNAの安定を保つ。
mRNA上の二次構造の働きとして、RNA結合タンパク質の標的となることが報告されている。
このように、mRNA上の二次構造は、主に翻訳に関係する制御に関与しており、二次構造の存在に
よって翻訳の効率に大きく影響することがこれまでの研究によって明らかにされている。


対象としたデータ
マウスcDNAライブラリに加えて、ヒトのcDNAライブラリ、NCBI UniGeneデータベースのデータを利用し
て解析を行った。
dataset

研究方法
網羅的な二次構造予測
 本研究では、mRNAの塩基配列全体に渡って二次構造予測を行った。mRNAの5'端から3'端まで
50塩基のウインドウを5塩基づつスライドさせながら切り出し、その塩基配列に対して二次構造予測
を行った。
  そこで、各mRNAから得られた各位置での自由エネルギーの中で最低なものを選び、それをそのmRNAで
最も二次構造を形成しやすい場所とする。その最低自由エネルギー値をとるmRNA上での相対的な位置と自
由エネルギーの散布図を作成して位置的な傾向を調べた。
また、UniGeneのデータを使用して、5'UTR、コード領域、3'UTRのどの領域に自由エネルギー最低値が分布する
かを調べ、どの領域に二次構造が形成されやすいかを調べた。



RNAfold
本研究では、RNAの二次構造予測に際して、Viennna RNA Packageの「RNAfold」を使用した。
このプログラムは塩基配列を与えると、その塩基配列で考えられる一番安定な構造と、
自由エネルギー値を出力する。

以下に出力例を示す。

CGAGAAUGGGAGUAGAGCCGACUGCUUGAUUCCCACACCAAUCUCCUCGCCGCUCUCACUUCGCCUCGUUCUCG
((((((((((((((((((.(.......((((........))))......).))))).)))....)))))))))) (-21.32)

RNAfold

なお、自由エネルギーとは塩基対の結合度を示す指標であり、
値が低い場合は安定した構造、すなわちRNAが二次構造をとりやすいということ
を示している。

結果

マウスとヒトのcDNAでの自由エネルギーの位置的傾向

UniGeneでの自由エネルギーの位置的傾向

UniGeneでの各領域での自由エネルギー値の分布





考察
以上のような結果から、次のようなことが考えられる。
 これまで報告されているmRNAの二次構造の多くは、5'UTRに形成される場合が多い。
5'UTRの二次構造は、翻訳を阻害する働きについて多く報告されている。また、ヒトのヒートショックプロテイン(Hsp70)の二次構造は翻訳の発現レベルを調節する鍵となる役割をしていることを示唆する研究結果も報告されている。
また、ハエのヒートショックプロテインでも、熱を加えることによって二次構造が解かれて、翻訳効率が増加する。
 結果より、二次構造は5'側に多く見られ、特に強い二次構造についてその傾向がよく見られた。
このような二次構造は、何らかの働きがあると考えられる。その具体的な役割について証明するためには、
役割が知られている二次構造について、傾向を探り、類似した構造、ステムやループの配列が存在するかどうかを確かめることが必要と思われる。

実績
学会発表
1. "マウスcDNAにおける網羅的二次構造解析"、熊 谷 禎 洋、鷲 尾 尊規、斎藤 輪太郎、The RIKEN Genome Exploration Research Group Phase II Team、Piero Carninci、林 崎 良英、冨 田 勝、日本バイオインフォマティクス学会バイオシュミレーション研究会、2001年、10月、鶴岡

2. "イネ完全長cDNAにおける二次構造の網羅的解析"、熊谷 禎洋, 鷲尾 尊規, 肥後 健一、, 大友 泰裕, 村上 和雄, 松原 謙一, 河合 純, Piero Carninci, 林崎 良英, 菊地 尚志, 冨田 勝、第24日本分子生物学会年会. 2000年12月、横浜