2001年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

研究課題名: QoSルーティングを実現する経路表に関する研究
研究代表者氏名: 小原 泰弘
所属: 慶應義塾大学 政策・メディア研究科

研究概要

通信の QoS (Quality of Service: サービス品質) を実現するためには、 通信の経路をどのように決定するかがとても重要となる。混雑している 回線を避ける、通信媒体の特性を考慮し、通信遅延の大きい回線を避ける、 などといった通信フロー毎の経路決定は、現在のインターネットでは行えない。

現在の経路制御機構は、通信が可能であれば良い、という低い目標を 達成するよう設計された。通信フロー毎の経路決定を実現するためには、 インターネット全体の経路制御機構を再設計しなくてはならない。

経路表は、経路を決定するための要因を格納する。本研究では、経路決定のための 要因を洗い直し、経路表の再設計を行う。本研究は、経路制御機構の再設計の 第一研究となる。

研究活動

[-] QoS ルーティング実現の問題点

通信を実現するためにインターネットを旅するパケットは、通信の 経路途中の中継ルータ全てにおいて、同じアルゴリズムを用いて 転送される。その手順は、「パケットの正当性を確かめる」 「パケットの終点アドレスを用い、経路表から次ホップアドレスを引く」 「次ホップアドレスに転送する」に大別される。 ある中継ルータにおいて、パケットの転送先は、終点アドレスによって 一意に決まる。このため、ストリーミング(動画転送)、 ファイルダウンロードなど、通信の種類によって異なった通信経路を 利用することは、現在のインターネットではできない。

通信の種類によって異なった通信経路を利用するためには、中継ルータに おいて、経路表を引いた結果となる次ホップが通信の種類によって 異なるようにしなければならない。そのため、経路表の再設計が必要となる。

通信の種類は、経路決定およびパケット転送を行うIPレイヤでは判断できない。 中継ルータでの処理を軽減し、インターネット通信のスケーラビリティ を向上するために、そのように設計された。より良いインターネット通信環境を 実現するためには、スケーラビリティを損なわずに通信の種類を識別する 機能が必要となる。

終点および通信の種類のみを用いた経路決定では、「混雑しているリンクを 回避する」ことはできない。QoS ルーティングを実現するためには、 リンクの混雑度合を考慮した経路決定を行わなくてはならない。

経路表の内部は、終点アドレスをキーとするツリー構造になっているのが 一般的である。ツリーのノードが一経路エントリに対応し、そこには 「終点アドレスプリフィクス、次ホップ、出口インターフェース」の組が 格納される。経路表には、通信の種類、リンクの混雑度合を格納する スペースが欠如している。 また、経路表の検索キーには、終点アドレスしか指定できない。

このように、経路表の検索機能への入力、検索時の手順、経路表の内部データ 構造すべてにおいて、QoS ルーティングへの考慮が欠如していることがわかる。

研究成果

[1] 新しい経路表の設計

上記で述べたように、転送するパケット内の情報のみによって経路を決定する ことは、QoS ルーティングの障害となる。経路表は、リンクの状態など 動的に変化する情報を加味し、経路を決定しなければならない。

経路決定の要因は、「トポロジ情報」「ポリシ情報」の二つに抽象化した。 トポロジ情報は、ネットワーク接続状態の変化、リンク混雑度の変化などが 含まれる。これらは主に経路制御機構によって計算される。ポリシ情報 は、ネットワークの運用ポリシを表現する記述言語であり、具体的には IPパケットから次ホップ候補毎の優先度を算出する計算式の集合となる。

隣接ルータとインターフェースの組は、QoS queue として抽象化した。 IPパケット転送は、「QoS queue から入力されたパケットを QoS queue に 出力すること」と抽象化される。ある中継ルータは、隣接ルータに対する 複数の QoS queue を持つことができる。トポロジ情報は、すべて QoS queue により表現される。

経路表への入力は、パケットの入力 QoS queue、転送パケット自体とした。 経路表内部では、「始点アドレスプリフィクス、終点アドレスプリフィクス、 クラス、フローラベル、複数の次ホップ QoS queue 候補、IPパケットから 各 QoS queue 候補の優先度を算出する計算式の集合」の組を一経路エントリ とした。経路表の検索キーは、IPヘッダ内の複数のフィールドを指定して 行えるよう設計した。

[2] 新しい経路表の実装

QoS ルーティングに特化した、複数のキーを用いて検索するツリー構造を 実装中である。経路表は非常に肥大化することが予想されるので、エントリの 集約に重きを置いた実装となっている。

[3] 新しい経路表の提案に関する論文

執筆中である。

研究課題

QoS ルーティングを実現する経路表の実装を完了させ、実験ネットワークでの パフォーマンス測定評価を行う。

経路表への入力を自動計算する機構として、QoS ルーティングを実現する 経路制御機構を設計、実装する。これは、OSPF ルーティングプロトコル を拡張して行う予定である。

ユーザの QoS 要求の記述言語、および中継ルータへの通知を行うプロトコルを 設計、実装する。これにより、ユーザの意向を反映した柔軟な経路決定を 行うことができる。