各章の要約
0.1 研究の動機と背景

 本研究は「ファミリーサポートセンター事業」(以下FSC事業)の実態調査とケーススタ
ディに関する結果をまとめた論文である。FSC事業とは、地域の中で保育サービスを求
める人と、経験をいかして人の役に立ちたい人を結び付け、有償ボランティア活動を
通して保育サービス提供が行われるという厚生労働省の事業である。ここでは、
研究を行うにあたっての個人的な２つの動機について述べたいと思う。

 第一の動機は、子育て支援環境の整備にある。少子高齢化の中で女性が働きながら
子育てを両立する為の支援は緊急の課題として存在する。中でも保育システムに
おいては、戦後から主体的な保育機能を担ってきた認可保育所だけでの対応では限界
が生じている。様々な事情に対応する為の保育サービス提供の必要性が高まっている
という現状への対応を考えて行きたいと感じた。

 第二の動機は、今後のコミュニティの育成の方法を考えることにある。都市化、
家族機能の低下、孤立化などの現象と共に、個人のライフスタイルの多様化が進んで
いる。このような時代において、どのようなコミュニティがデザインされていくこと
が望ましいのだろうか。どのようなコミュニティを我々は育てていくことができる
のだろうかという疑問を抱いたことにある。

 日常生活上の様々な問題を共有し解決する役割を果たしてきたといわれる地縁機能
から成り立つ「伝統的なコミュニティ」の希薄化が進行していることを示した調査が
ある。 　
 今後のコミュニティの構築には、共通のテーマや関心を通じた活動が鍵になることが
述べられ、能動的な参加を選択し、個別のテーマごとについての社会関係であること
を特徴とした新しい関係性によりコミュニティが再編されていくことを述べている。
具体的には趣味のグループ、NPOなどのボランティア活動、育児介護など個人では解決
できない課題を共有する生活相互扶助系の集団が例としてあげられている。
これらの活動はコミュニティに対してどのような効果をもたらすのだろうか。また、
「伝統的なコミュニティ」に対して、新たに登場するコミュニティはどのような
効果をもたらすことができるのだろうか。

 このような２つの問題意識から、保育業界に新しく登場した公的な事業である
FSC事業に着目したのである。その実態と可能性から、子育て支援とコミュニティ
の育成について検討することが本論文の主旨である。


 0.2 本論文の目的と意義

＜目的＞

 本研究の第一の目的は、FSC事業の実態を明らかにすることである。これまでに、
全国的なFSCの実態は充分に把握されていなかった。第二の目的は実態調査の結果と
個別のケースを用いて提供者組織に特徴を持つFSC事業が抱える課題を抽出すること
である。そして、第三の目的は、抽出された課題への対応方法を導き考察を行ない、
効果的なFSC事業を展開するために必要となる要素の提案を行うことである。

＜分析手法＞ 

 第一の目的に対しては、全国の主要なFSCを対象としたアンケートによる全数調査を
実施し、定量調査、及び自由記述の分析を行った。第二、第三の目的に対しては、
定量調査により導き出された指標を用いて、いくつかの特徴的なFSCを抽出し、
定性調査を実施し、その結果を考察した。

＜意義＞

 各センターは他センターの情報を知る機会には恵まれていない。本研究を通して
行った定量、定性双方のアプローチによる結果は、全国的な実態を把握することに
貢献し、また他センターの活動例を知る上での参考資料となる。また、提供者組織の
課題への対応策を提示し、２つの対応方法があることを示すことにより、FSC体制の
充実をはかることができるだろう。さらに、FSC事業が「コミュニティ活動」を両立
して展開することが有益であることを示し、これによって地域の子育て力の育成に
つながる副次的な効果を生み出す可能性を示した。この結果をもとに、地域の子育て
力の育成、コミュニティの充実という観点からFSC事業を捉えた場合に求められる
FSC体制や機能についての提案をおこなった。

0.3 本論文の構成

第１章：保育システムの概要

　近年、様々な分野において既存システムの限界や「制度疲労」が指摘されている。
ライフスタイルの変化やニーズの多様性により、従来型のシステムが持つ機能では
全てのニーズに対応することが困難な時代となってきた。
保育システムもその例外ではない。本章では、戦後一貫して保育システムの中心的な
機能を担ってきた認可保育所が十分に対応することのできないニーズに、その他の
保育サービス供給主体がどう補完しているかを紹介する。各サービス供給主体の
メリットデメリットを整理することから、多様化するニーズに対しては施設集団型
の保育サービスではなく、マッチング型の保育サービスが効果的であることを示唆
した。また、地域におけるマッチング型保育のサービス供給主体として、
ファミリーサポートセンター事業が登場したことを紹介し、研究対象に設定した
理由を述べる。

第２章：定量調査結果
 
 前章では、保育システム全般において、国の事業としてFSC事業が多様化する保育
ニーズの隙間を埋める存在として新しく登場したことを説明した。しかし、その活動
の実態は充分には把握されていない。そこで、本章ではFSC事業の実態を紹介する。
平成１３年６月に筆者が行なった全国76のFSCに対する質問紙調査の結果を定量的
に分析していく。FSCが各々に多様な体制を築いていることを紹介し、
保育サービス提供を評価する指標を提示した。

第3章：ケーススタディ

 前章では、FSC事業の全国的な実態を紹介し、考察を行った。本章はケーススタディ
を通してより具体的な内容にふみこんでいく。
１節から４節では、FSC事業がこれまでの保育サービスと異なる特徴を持つことを示す。
保育サービス提供において、サービス受益者のニーズを満たすだけでなく、
提供者ニーズをも満たしていくという２つの目的を併せ持つ事業であることを提示
した。次いで、２つの目的を満たす為には、提供者組織のマネージメントが重要と
考え着目し、３つの課題を抽出した。方法として、前章のアンケート調査の結果
と個別の八王子市FSCのケーススタディを用いた。

　更に、５節以降では抽出された課題への取り組みと対応方法について考察する。
前章で採用した評価指標をもとに３つのケースを選び、FSC活動以外の
「コミュニティ活動」を行うことが一つの有効な方法となるのではないかと仮説を
立てて事例の考察を進めた。結果、課題への対応方法には２つのアプローチがある
ことが示された。本章を通して展開された主張は以下の2点に集約される。

① FSC活動(保育サービス提供)以外の「コミュニティ活動」はFSC活動にも役立って
  いることから、サービス提供と「コミュニティ活動」は両立できるものである

② FSC活動のみを行なうよりも、その他「コミュニティ活動」も実施する両立型
  の方が長期的には有益である

第4章：提案

 前章では主にFSC事業を中心として、その課題への対応方法について触れてきた。
本章では、前章の結論を受けて、地域の子育て支援力の育成、コミュニティの充実
という観点からFSC事業を捉えた場合に、今後のFSCに求められる体制や機能について
の提案を提供者サイド、依頼者サイドの２つの視点から行なう。

 第一の視点である提供者サイドに関する提案は「コミュニティ活動」を展開する上で
効果的となる要素を整備することにある。具体的には
①地域リーダーを配置すること
②FSCの運営委託の推進
③交流の場を併設することである。

 また、第二の視点である依頼者サイドに関する提案は、依頼者のニーズのベスト
マッチングを実現するにあたり、FSCが地域の保育資源全般と依頼者の
インターメディアリとして、その紹介機能を拡張していくという提案である。

おわりに
 本研究では公的な事業としてのFSC事業を対象として研究をおこなってきたが、
類似の目的を持つ活動についても述べ、今後の研究への課題をのべる。