東京都心地域における人口回復過程からみた居住構造の変容に関する研究

 −住機能と業務機能の共存の実現可能性についての考察−

 

政策・メディア研究科 修士2年
            学籍番号: 80031979
             中山 学

 

1.研究の背景・目的:

 1980年代以降、都心地域では、定住人口の回復や、長距離通勤の緩和、コミュニティの再生、中心市街地の活性化などを目指して様々な都心居住施策が講じられてきた。

  近年、都心地域では、容積率等の規制緩和、地価の下落、企業の大規模跡地や国有地・公有地の放出による大規模な土地利用転換、臨海部の再開発が進行している。また、新交通ネットワークの整備など都心の利便性を高める政策も行われるなど、20世紀末から21世紀にかけて都心地域を巡る動きは急速に活発化している。

  こうした動きは、定住人口回復など従来目指すべき方向性に従いつつ、今後の都心居住政策の方向性である、家族・居住形態の多様化ニーズに応じた身近な生活圏としての都市の再構築を図るための業務機能と住機能の共存を目指す動きでもある。  こうした中で、90年代後半に都心部の人口が一貫した減少から増加に転じ、40年ぶりに人口回復した。今後、都心居住施策を進めるにあたっては、都心部の人口回復を踏まえた上で施策を講じる必要があるが、実際には都心部の人口回復の実態は殆ど把握されていない。

  そこで本研究は、今日の都心の人口回復がどのように起こってきたものなのかに焦点をあて、人口回復の実態を把握及び回復の要因の分析を行うと共に、今後の都心地域の都心居住政策の立案に必要とされる視点を提示することを目的とする。

  尚、本研究の”都心地域”の範囲は、京都が定める都心居住推進地域に指定されている地域であり、これまでの研究蓄積も多い都心8区(千代田、中央、港、新宿、文京、台東、渋谷、豊島)とした。

 

2.研究の方法・流れ:

 本研究では、都心の人口回復がどのように起こってきたものなのかを明らかにするため、人口回復の過程で変化した居住構造に迫っていく。ここでいう居住構造の意味は、「どの居住者が、どんな居住地に、どういう家族形態で、どんな住宅に、居住するのか」という総称である。この居住構造を主に国勢調査などから、明らかにする。国勢調査の調査事項から、居住者は、性や年齢、家族形態は、世帯の家族類型、住宅は、住宅の所有関係・建て方、居住地は、都心の範囲での行政界を単位とした地域から捉えていく。2年前に行われた2000年国勢調査の結果が公表され、90年代後半の居住構造を捉えることが初めて可能になった。これを踏まえた上で、研究は次のように進めていく。

 まず、これまでの都心居住に関する既往研究を整理する。これまでの都心居住研究からみて今日の人口増加がどのような意味を持っているのかを検討し、本研究の位置づけ・意義を明確にする。

  第2に、国勢調査のデータを用いて、居住者、家族形態、住宅それぞれの面から分析を行い、居住構造の変化を明らかにすると共に、人口回復の要因を特定する。

  第3に、国勢調査の分析により明らかになったことが、実際にどのように居住地の変化として表れてきているのかを検証する。具体的には、GISを用いて小地域スケールの町丁目単位の地域変化をみることにする。また、いくつかの町丁について、建物更新や人口変動の状況から実際の地域の変化を把握する。これらの小地域のスケールの変化をみていく理由として、国勢調査結果と実際の居住地の変化との整合性をとることで、人口回復の実態をより明確にする狙いがある。

  最後に結論として、これまでの分析から人口増加要因・居住構造の変化を整理し、今後の都心居住政策の立案に必要とされる視点を提示する。

 


               図1:研究の構成図

 

3−1.都心地域における既往研究

 人口減少が継続していた時期、特に80年代に深刻化する中で人口減少要因を探る研究が数多くなわれてきた。人口減少要因として、主に2つ挙げられる。一つは、住機能の確保の困難による転入減少である。バブル期をピークにオフィス需要の増大し、地価高騰により、住宅供給がそのものが激減したこと、また、不足するオフィスを補完するために住宅の商業業務利用が行われていたことなどが指摘されている。2つ目として、居住者の家族構造の変容がある。これは、住み込みなどで働く若年一時居住層の転出や、居住者の世帯での子の転出が人口減少に繋がったという指摘がある。こうした定住人口減少に対する政策として、都市計画におけるインセンティブ制度等により住宅供給を促進する動きがあり、その効果について検証する研究が行われているが、研究によれば、小地域の範囲では効果があるものの、住宅のタイプによる違いや、居住者の入れ替わりが激しいことなど、不安定な側面を持っていることが挙げられている。

  都心の人口回復に関しては、自治体等の報告書によれば、近年活発な分譲マンション供給との関連があるのではないかと述べられているものの、実際に両者の関連性については明らかにされているわけではなく、分譲マンション供給以外の人口回復の要因については触れていない。

 

3−2.既往研究からみた本研究の位置づけ

 本研究は、昨年行われた2000年国勢調査の結果をもとに明らかにされる人口回復について、その分析により居住構造変化をみる中から、また、実際の居住地の変化をみる中から、分譲マンション供給による人口回復という見方が正しいのか、他に要因はないのかどうかを探った最初の研究といえる。また、こうした人口回復の動きというのが今後の都心居住施策に示唆する点は何であるのかについても論点を提示できるものと位置づけている。

 

4.国勢調査結果による都心地域の網羅的把握
1.居住者

        図2:都心地域の年齢別人口の推移

 


 20代後半から30代と70代以上で増加があるのが確認できる。これまでの変化と特に大きく異なっているのは、20代後半から30代の若年での増加である。
2.家族形態
表1:都心地域における家族類型別/世帯数・世帯人員の増減

 世帯の家族類型別の増減を見ると(表1)、世帯数及び人員の増加が顕著なものとして、単独世帯と夫婦のみ世帯が挙げられる。これを90年代の前半と後半の増減で比較でみると、増減変動が大きかった世帯として、単独世帯と親と子の世帯が挙げられる。

 親と子の世帯は、これまで子の世帯分離などで世帯数及び人員を減少させていたが、世帯数が微増に転じ、世帯人員の減少幅が小さくなっている。世帯数が微増であるものの、人員は依然として減少している。これは、実際に世帯規模の縮小による人口減少が引き続き継続してことと、世帯数・人員の新たな増加があった結果と考えられる。

 この家族構造の変化を全国や東京圏などと比較すると、単独世帯の増加が都心地域で特に顕著であった。親と子の世帯や夫婦のみ世帯は、全国や東京圏でも増加しており、それらの増加に比べて、都心地域で著しく増加したわけではないということである。

3.居住者と家族形態

 居住者と家族構造双方から、人口増減をみると(図3)、年齢別人口で増加の大きかった20代後半から30代では、単独世帯の増加が顕著である。夫婦のみ世帯は20代と30代、70代以上で増加している。親と子の世帯は、一部の年齢層で減少が見られ、増加は30代や50代で見られる。この単独世帯の変化をもう少し詳しくみると(図4)、70代以上の女性で死別単身者が増加が確認できるが、特に大きな特徴として20代後半から30代の若年層で増加があり、彼らの殆どは未婚の単独世帯である。

 


 図3:都心地域の年齢別/家族類型別の人口増減

図4:都心地域の配偶関係別単独世帯の増減[1995-2000年]
4.住宅の変化

 住宅を所有関係別にみると(表2)、持ち家と民営の借家での世帯の増加が大きいことがわかる。持ち家の世帯増加は、一戸建てと共同住宅6F以上で世帯増加がある。また、民営の借家では、共同住宅3F以上での世帯の増加となっている。いずれも、共同住宅での世帯の増加が大きい。

  この住宅の変化を家族形態と合わせて見てみると(表3)、持ち家での世帯の増加は、夫婦のみ世帯、親と子の世帯、単独世帯の増加であり、民営の借家での増加は、単独世帯の増加によるものである。

表2:住宅の所有関係別/建て方別/世帯数増減 [1995-2000年]

 

表3:住宅の所有関係別/家族類型別/世帯数増減 [1995-2000年]

 

5.まとめ

 以上より、国勢調査結果による居住構造変化をまとめてみると、大きく分けて2つの変化がある。一つは、持ち家での世帯増加を巡る動きで、住宅は、共同住宅、戸建てで増加、家族形態で見ると、親と子の世帯、夫婦のみ世帯、単独世帯で増加があった。2つ目は、民営の借家での世帯増加である。これは単独世帯によるものであり、20代30代をはじめとする未婚単身者を含んでいる。

  このことから、人口回復の要因としては、持ち家を巡る人口増加があり、それが共同住宅、戸建てであったことから、分譲マンションや戸建ての供給があり、居住者の流入があったと考えられる。また、民営の借家に居住する単身者の増加が考えられる。

 

3.小地域スケールからみた居住地の変化

 国勢調査からみた人口回復要因が実際に地域の変化としてどのように現れているかを検証するため、今度は、実際の地域の変化について見てみる事にする。

まず、都心地域での90年代後半の人口増加率を見てみると(図5)、20%以下の緩やかな人口増加率で推移した町丁の分布がみられる。

 次に都心地域での分譲マンション供給動向をみてみよう。先の国勢調査の分析においても、これまでの都心地域の人口回復の見方でも分譲マンション供給が人口回復に繋がっていることを指摘しているが、分譲マンションの分布はは図6のようになる。実際には人口回復町丁の72%で供給されていた。中には多くの分譲マンション供給があった地域があり、三田・西麻布、高輪といった港区の一部、隅田川沿い(日本橋箱崎、蛎殻、中州)、西早稲田、代々木などがある。 

 


図5:都心8区の人口変化率[1995〜2000年]

図6:都心8区の分譲マンション供給[1995〜2000年]


 この分譲マンション供給と人口回復の関連性について、町丁別に供給された分譲マンションの延床面積と増加した人口で相関をみると(図7)、相関係数は、0.633と概ね相関が見られる。先に指摘した多くの分譲マンション供給があった地域では、500〜1000人を超える人口増加があったケースもみられるが、そうした地域は限定的で、人口回復地域の多くは適度な分譲マンション供給があり、緩やかな人口増加率で推移したといえる。


              図7:マンション分譲と人口回復の相関

 

 しかし、人口回復地域の中には、分譲マンション供給なしでの人口増加規模は約1万人近くあり、逆に分譲マンション供給なしに人口減少した地域も存在することがわかる(表4)。これら分譲マンション供給なしに増加した地域ではどのように人口回復をしたのか、さらに詳細に地域変化を見てみることにしよう。

表4:都心地域での人口変化別/分譲マンション有無による人口増減規模

 

5.人口回復過程における分譲マンションを除いた地域変化

図8:分譲マンション供給によらない人口回復地域
 分譲マンション供給以外の人口回復地域で、公的住宅などの大量供給があった地域や、公園地などを除くと、左図のような地域がそれに該当している。

   これらの地域はその特性として、商業業務用途割合の高い地域、住宅用途割合の高い地域の主に2つのケースが挙げられる(図9)。この2つの地域特性からそれぞれ典型である、千駄ヶ谷1丁目と要町2丁目を選定し、実際にどのように地域変化がおこったのかについて詳しく見ることにする。


図9:対象地域の特性とケーススタディエリアの立地

  実際の地域変化は、国勢調査の結果と直近の2時点の住宅地図を比較し、建物や所有者の変化を見た上で、実際に変化があった箇所について実地の確認調査を行った。

  建物や所有者の変化から、土地利用変化を7つのケースに分類しているが、特に、建物形状と所有者共に変化があったもの、つまり新たに建物が「新設」されたケースに注目した。「新設」のあった前の土地利用は駐車場や空き地、広い戸建てであったケースが殆どで、住宅の新設があった場合、人口増加に繋がると考えられるからである。

 

千駄ヶ谷1丁目

 当該地域は、親と子の世帯や単独世帯の割合が高い地域で、90年代後半に20代後半から30代の年齢層で人口増加があった地域である。この地域の住宅は、商業オフィスや事務所と併用という形で立地する他、戸建ても建物の3分の1程度存在する。土地利用変化の過程で、併用という形で供給される賃貸住宅や戸建てが、小規模な敷地単位で新設されており、新設の過程で敷地が更に細分化していくケースも確認した。


図10:エリアスタディ−千駄ヶ谷1丁目−

 

要町2丁目

 この地域は、単独世帯、特に若年の単独世帯が多い地域で、90年代後半には30代の人口が増加している。また当該地域では、戸建てや賃貸住宅が狭い敷地単位で密集しており、土地利用の更新の際は、個々に小規模で戸建てや賃貸住宅の新設がある。賃貸住宅は殆どがワンルームなどの単身者用で、若年単身者の受け皿として機能していると考えられる。


図11:ケーススタディ−要町2丁目−

 

 この2つのケーススタディで共通しているのは、戸建てと賃貸住宅が小規模な地域変化で供給されていることである。

以上より明らかになった居住地の変化は、国勢調査で明らかにした人口回復要因−分譲マンション・戸建てを巡る増加や、民営借家での単身者の増加−と整合性がとれているといえよう。

 

5.都心地域の人口変動要因と居住構造変化

 最後に、もう一度都心地域全体に話を戻し、これまで明らかになったことを整理し、人口回復要因と居住構造変化についてまとめてみることにしよう。実際の人口増減は複雑であるが、単純化して整理するため、まず、国勢調査結果から明らかになった居住構造の変化について、住宅と家族形態の変化から人口増減規模の大きかった6つのパターンに分類した(図12)。パターン5,6については、人口減少に関わったパターンであるが、これは家族形態のところでふれた世帯規模の縮小に関するものである。


               図12:都心地域の居住構造変化

 これらのパターンを人口変動要因に適用する。本研究で明らかにした人口変動要因は以下の4つである。

  1. 民営借家に居住する未婚単身者の増大
  2. 分譲マンションによる転入者の増加
  3. 戸建てによる人口増加
  4. 世帯規模の縮小

 これら4つの人口増減要因がどの程度の規模であったのかを概算ではあるが、試算した。それぞれ試算の試算方法は以下の通りである。

  1. 単独世帯の増加数と未婚割合、借家居住割合から算出
  2. 90年代後半の分譲マンション供給戸数(約50000戸)から、都心地域内の住み替えや、実際に居住に使われない影響を除き算出
  3. U同様戸建ての新設戸数(約15000戸)から、都心地域内の住み替えや建て替えの影響を除外。
  4. T〜Vの増加を増加人口との間で調整し算出。

 以上より明らかになった居住構造変化と人口変動要因を纏めると次のようになる(図13)。


   図13:都心地域の居住構造変化と人口変動要因

  これまで考えられていた分譲マンションによる寄与は53%であった。実際には、戸建ての増加が核家族層の受け皿になっていたことや、民営の借家の増加が若年層を中心とした未婚単身者の居住の受け皿として機能していたことを明らかにした。

 

考察:人口回復にみる都心居住政策への論点

 本研究から明らかになった点から今後の都心居住政策に提示できる点として、1つ目は市街地更新上の課題が挙げられる。分譲マンションが過大に供給された地域などでは、局地的に保育園や学校といった施設の不足が既に指摘されている。これらを短期的に解消していくと共に、人口増加が今後見込まれる地域では施設不足を踏まえた対策が必要と考えられる。一方、分譲マンション供給と併行して、高密集住エリアでは、依然として狭い敷地単位での市街地更新が継続している。小規模敷地単位の市街地では、複雑な権利関係や、まとまった市街地更新の困難といった課題を抱えており、こうした課題が依然として解消されていないという点を認識する必要がある。

 2つめとして、人口回復の結果として生じた人口構造変化に関する正確な認識である。20代30代の若年での人口増加が、分譲マンションによって増加するファミリー層だけでなく、未婚単独世帯の増加によるものであるという認識が必要である。未婚単独世帯は、これまで地域の政策や、地域社会からあまり意識されなかった居住層である。今後の都心居住施策では、彼らの増加をネガティブに捉えずむしろ地域の個性と捉え、いかに地域社会の中に組み込んでいくのかを考えていく必要がある。

  都心地域は、歴史的に市街地形成をしてきた過程で、人口の流出入が活発で、永く住み続ける人から一時的に居住する人たちまで居住する環境が作られ、業務地域と住機能の混在の中で双方を受け入れるリソースが存在する場所として、より多くの居住者に嗜好される地域として発展していく可能性を秘めている。こうした都心地域のポテンシャルを活かし、未婚単独世帯の生活しやすい環境を形成していくことが望まれる。