■2001年度森泰吉郎記念研究振興資金 報告書■

テーマ:海面温度を考慮した都市気候解析モデルシミュレーション

政策メディア研究科・修士課程1年 太田一行


研究背景
これまで、比較的広域を対象にヒートアイランド現象を数値シミュレーションを用いて 解析する場合にはPielkeを原型とし、Kessler and Douglasに改良・修正が行われたCSU-MM (Colorado State University Mesoscale Model)に対し、国立環境研究所の鵜野、 下堂薗らによってアルベドなどの地表面の様々な特性値や人口排熱をグリッド毎に ファイルから与える形に改良したものが使用されることが多い。 しかしこのモデルでは、海面温度はポイントデータとして、全体に対して1つの値しか 与えられない。実際には、例えば前述の対馬暖流に見られるように、海面温度と風、 気温は密接な関係にあり、これを無視することはできないはずである。特に、東京都を 対象とした場合は中部地方の山地の影響を考慮して日本海地方までシミュレーション 対象地域に含めることがあるが、日本海は海流(対馬暖流)やその閉鎖性、水温の鉛直分布 が特徴的な海であり、日本海側の都市の気候に大きな影響を与えており、同時に中部地方 の山を越えて吹くいわゆるからっ風は関東地方の気候にも影響を与えている。 また、ADEOS等の人工衛星により捉えた画像からも日本海と東京湾(もしくは 日本近海の太平洋)との海面温度分布の明白な違いを読み取ることができ、1年を通して このような日本海側と太平洋側の温度差は観測されている(冬季は東京湾の水温の方が 高いが、夏季には日本海側の水温の方が高くなる)。以上の点から、全体を一つの値で まとめて初期化してしまうことがモデル全体に与える影響は大きいと判断し、海水面の 温度分布をグリッド毎に与えられるようにモデルの改変、及びそれに必要となる データの整備を行なう。
仮説
今回は夏季の関東を中心とする8km×8kmの領域においてテストケースとしてシミュレーションを行なった。 夏季においては、上述の通り日本海側の水温の方が高くなる傾向が見られるので、 日本海側、太平洋側で温度差が生じるはずである。また、海面温度を行って位置で与えるケースでは 全体の海面温度の平均値を与えるので、東京周辺は実際よりも若干気温が高くなる結果が 得られるはずである。
使用データ
■地表面特性
国土地理院の25000分の1数値地図から土地利用を読み取り、以下の表を元にグリッドごとの特性値を 算出した。
土地利用粗度蒸発効率アルベド密度比熱熱拡散係数
100.500.171.80.280.0053
100.300.161.80.280.0053
果樹園500.300.161.80.280.0053
樹木畑500.300.161.80.280.0053
森林500.350.141.80.280.0053
荒地150.200.181.80.280.0053
建物用地500.000.182.40.210.0072
交通用地50.000.182.10.210.0038
その他200.030.181.80.280.0035
水面01.000.081.01.000.0033


■海面温度
衛星画像の利用を当初考えたが、幾何補正の問題、画像に雲が含まれやすい問題などから 利用を断念し、代わりに環境省のデータを利用した。 全体の分布は以下の図のとおり。
海面温度分布 海面温度

また、領域全体での各統計値は以下のとおり。
ここで表示されている平均値を一定値の海面温度として与える。
統計値


■標高
国土地理院の数値地図50mメッシュ(標高)を元にグリッドごとの平均標高をそのグリッドの 標高として与えた。
標高


衛星データにおける問題点
幾何補正
海上は目印となる地表物がないために、幾何補正を難しくしている。幾何補正の精度が落ちると 正しい位置に正しい値を与えることができなくなるために、グリッド毎のデータを作成しても 正しい分布を再現できない可能性が高い。
海上は雲に覆われる可能性が陸域に比べて高いため、広い範囲でデータを得ることのできる 画像を取得できる確率がかなり低くなる。
結果比較
■モデルの概要
本研究で用いるモデルによる数値計算は大きく3つに分けることができる。すなわち、大気の流体計算を行う 流体モデル、地表面の熱収支計算を行う熱収支モデル、地下の熱伝導計算を行う熱伝導モデルの3つである。本研究で取り上げるのは1つ目の流体モデルであり、ここでは、運動方程式、水蒸気・熱エネルギー保存式、連続の式などにより、3次元の流体計算を行っている。これにより風向・風速、温位、気圧等の3次元分布が算出される。

8月某日を想定してシミュレーションを行なった。 2000年8月の東京での実測値は、
最低気温の平均25.49
最高気温の平均32.49
平均気温28.41
(地上気象観測時日別資料より)


@午後2時:海面温度一定(地表から1.5mの気温)
気温 気温

A午後2時:海面温度メッシュ(地表から1.5mの気温)
気温 気温

午後2時:2ケースの差=@−A
気温差 気温差


::: 考察 :::

太平洋側が実際よりも高い温度に設定されてしまうために、東京周辺が 平均気温を1.5℃ほど上回る気温がシミュレーション結果として出てきてしまう。
逆に日本海側は低めに設定されてしまうために高温域の影響が陸地の内側にも入り込んでいることが気温差マップを見ると良く分かる。
結論
日本のような海流の影響を多く受け海面温度差の大きい地域では、海面温度のむやみな平均化はシミュレーション結果に 2℃以上の差を生じさせてしまう。衛星画像の利用によって広域での海面温度の取得が可能であるが、現段階ではその活用には困難を伴う。 今回は衛星画像の利用には至らなかったが、引き続き活用にむけて意欲的に取り組む予定である。
今後の課題
衛星画像の利用:SeaWiFSMODISなどのデータの活用
他地域での適用
より多くの実測地との比較による精度検証
冬季でのシミュレーション
風向データの表示と検証