2002年度 森泰吉郎記念研究振興基金 国際共同研究・フィールドワーク研究費 報告書

異文化交流における議論構成・表現の差異と影響

福田 忠彦

環境情報学部 教授

 

グローバル化の進行に伴い、所属文化を異にする者同士の接触は増えた。交渉の場にあたって円滑な意思疎通を図るため、自文化と異文化のコミュニケーション形態の差異を理解することが重要である。しかしながら、そうした差異を多角的且つ科学的に検証する研究はいまだ少ない。

 また、脳の働きを科学的に解明することは、世界中の優秀な研究者によって盛んに試みられてきた。しかしながら、意思決定や論理思考といった高次の情報処理はまだ十分な科学的説明がついていない。また、意思決定・論理思考のトレーニング法として拡がりつつあるディベート教育においては、その指導の根拠となる実証的研究が不足している。

 本研究ではこのような状況を鑑み、競技ディベートにおける審査員にとっての入力情報(スピーチ)の数値化と、出力情報(審査結果)とを照合した。これにより、中間に位置する審査員の意思決定システムを明らかにすることを目的とした。審査結果を目的関数とした時、説明変数はオーストラリア・アジア地域で一般的であるMatterMannerMethodの三要素を軸とした。スピーチのVTRから定量データを採取するに当たっては、この三要素それぞれに更にミクロの説明変数モデルを設けることで現実的なものとなるよう配慮した。

本研究ではまず、30余カ国で行われている討論・交渉教育の現場からその差異を探った。具体的には、討論の国際大会に赴き、VTR撮影とアンケート型調査、コーチ陣へのヒアリング調査を実施した。映像を元に動作分析・議論の構造分析を行い、弁者の所属文化を基に差異の統計上の検証を行った。 先年度のデータで欠けていたアジア地域の学生のデータ及び英語圏外の欧米学生のデータを補充し、より信頼性の高い結論を導くに至った。

 結果、アイコンタクト率モデル(Manner)とPOI-balanceモデルは審査結果と強い相関を持つことが確認された。一方、Argument Pyramidモデル(Matter)及びWord Economyモデル(Matter)のいずれも審査結果との明確な関係を説明するものではなかった。追補実験により、聴衆が議論を再構築する上で三種のエラーが共通して見られることが判った。エラーの発生頻度は教育水準の高い被験者の場合でも平均23%である。これにより本研究が新たに開発した現在のモデルに基づく限り審査結果はMatter(論理性)よりもむしろ、Manner(表現)やMethod(演出)と高く相関することが明らかとなった。

 本研究の成果により、増加の一途をたどる国際ディベート教育の現場において、適切な指導方法の指針となることが期待される。更には、コミュニケーションと意思決定・論理思考における脳の働きを解明する試みにおいても本研究が貢献するものであると考える。

(1)   定量化は可能であるか

 本研究の6つのモデル提案・実用と1つの実験から得た発信者行動に関する定量データは、これまで十分に行われてこなかった実証的分析を新たに可能にした。同時に追補実験により、審査結果以外の受信者評価分析の可能性も確認された。

(2)   勝つディベートとは何か

これまで仮に設定されていたMatterMannerMethod40%・40%・20%寄与率は本研究により妥当性を確認されなかった。むしろ、議論の受信者は議論の論理上の内容のみならず、発信者の様々な情報に影響を受けて意思決定を行っており、中でもMannerMethodには大きな比重がありそうであることが確認された。議論の構造材以外の情報を完全に遮断することはほぼ不可能であり、その影響も大きい。このことから、Policyスタイルのディベートは、実社会での意思決定コミュニケーションに活躍する人材育成手段として現実的ではないことが分かった。

このように自らの意思決定に影響を与えている要素を自覚することは、発信者としても受信者としても有意義なことであり、本研究の中心的な成果の一つと考える。特にEye Contactの分析で用いたような、コード化による有効な発信者訓練プログラムの特定が可能となるからである。Eye Contactの例では、Parliamentary Styleによる訓練がPolicy Styleよりも効果を持つことが確認された。Parliamentaryスタイルは、本研究により南米大陸を除く全ての大陸で活動が確認されており、本研究の国際比較において条件が整っていた。

(3)   良いディベートとは何か

 コミュニケーション後の意思決定にMannerMethodといった論理性以外の要素が大きく影響を与えていることが以上のように確認されたが、それが理想的な意思決定とは乖離しているものと考える。これはどうやら文化圏に寄らないようである。

 補追実験から得たとおり、受信者は選択的に情報に比重をつけているのではなく、本来有効に活用したい情報もエラーにより欠損している可能性の高さが確認されたからである。特に論理構造認識における障害を取り払うにあたって有効な受信者訓練プログラムを、今後開発する必要がある。この点においては、論理性にこだわりの高いPolicyスタイルに今後注目していくことが必要であることが明らかとなった。 Policyスタイルは、本研究により米国・韓国・日本の三カ国で活動が確認されている。