2002年度森基金 「国際共同研究・フィールドワーク研究費」

研究課題:持続可能な発展とローカルイニシアティヴ

研究代表:梅垣理郎

所属:総合政策学部

 

<研究の背景>

 経済至上主義を支えてきた中央政府のイニシアティヴに代わり、地域、個人、非政府組織(NGO)主導の政策的活動が開発に関わる様々な課題分野において多く散見されるようになっている。発展途上地域におけるパブリックヘルス、資源保全といった分野においてはこうしたローカルなレベルでのイニシアティヴに注目することなく問題解決の成果を語ることはできない。

 パブリックヘルス、生物多様性保全、森林・河川資源の保護等はまたいずれも特定の世代に限らず複数の世代におよぶ人間の生活基盤に関わる課題でもある。その意味で、こうした課題への対応は、文字通り、「持続可能な発展」への鍵を握るものでもある。

 

<研究の目的、手法、手順>

 本研究の目的は一連の事例を調査することによって、この「持続可能な発展」に関わるローカルイニシアティヴの広がりと運動形態を明らかにし、「持続可能な発展」論の新しいアプローチを確立するための糸口を見つけることである。

 本研究は現地調査、調査結果のデジタル化、公開という過程を工程とした。現地調査においては参加型観察を手法とし、そこで得たデータの内、画像・映像データについては、マルチメディアデータベースの素材とするためにデジタル処理を進めている。公開については、調査対象が個人ベースとなるものが多いため、ウェブ上の公開を控えているが、一部を 2本のe-Course “Interactive Fieldwork” “Postwar Origins of East Asian Development” の素材として導入し、ハノイにおけるe-ラーニング実験を通して限定的に公開した。

 

<研究の成果>

1)森林資源保全:調査はチェンマイ大学の「持続可能な発展」研究センターと共同で進め、チェンマイ市郊外の一集落が進めている森林資源保全のローカルイニアシティヴの事例を対象とした。このイニシアティヴは、森林保全の経済コストと森林保全が生み出す収入、森林伐採から新規事業導入にいたるコストと経済効果との緻密な比較の上で、森林保全を選択しており、「保全」という言葉から予想されやすい排他的かつ保守的な保護政策とは異なる資源保全対策であった。重要な点は、経済的合理性を十分に考慮に入れ、現地の資源への依存を中心とした明確な住民のイニシアティヴであることだ。

2)HIV感染者の生活維持:この調査は1997年以降特にティースマイヤ研究グループを中心に持続的に進めてきているものである。タイ北部におけるHIV感染率は1994−95年をピークに大きく減退し始めているという世界でも稀有の地域である。しかしながら、感染率の低下とは別に、この23年はエイズが発病する時期でもある。疾患の性格から、HIV−エイズは労働力の中心部分ともいえる20代の青年層に集中しやすく、HIV−エイズ対策は地域社会にとっては、その経済基盤を脅かしかねない課題でもある。調査は、NGOのセム医師基金の現地スタッフの協力を得て進めているものの延長である。特に注目したのは、発病者と地域社会の協働関係である。地域社会の支持を前提とした生活改善の自助努力が延命効果を生み出す例をいくつか観察することができた。

3)上記2例と平行して、文書ベースの調査として、ベトナム北部における開発政策の調査も開始した。タイ北部で得た開発および開発が生み出す課題対策のローカルイニシアティヴをめぐる知見は、従来型の開発政策が主流を占めるベトナム北部での開発政策の評価に対しことに有益な視座を提供している。

4)調査の一貫として集積した映像はデジタル化し、その一部は、マルチメディアデータベースに収納されるのを待つ段階にある。

5)2003年1月、ハノイ郊外のホアラク・ハイテクパークにおいて、ハノイの国際関係学院4年生20名を被験者とするe-ラーニング実験を行ったが、この際に使用したe-Course は、上記の調査結果を反映させ、調査中に収録した映像を前提として構成されたものである。実験中の調査データから、ベトナムの学生から見ても、タイを事例としていることが限界となっておらず、開発についての新しい視野を示唆できる説得力のあるものであったことが検証されている。

 

<研究の今後>

 研究の目的の項目で述べたように、本研究は長期的な展望を持つ。以後、以下3つを軸として、研究を持続させてゆくことになろう。(1)研究事例の追加は、これまでの事例が例外的な成功例かどうかを決定する上で不可欠である。タイ北部での事例の追加と、タイ北部以外――ベトナム北部を含むーーでの事例開発を今後の予定とする。(2)問題設定の修正は、「持続可能な発展」をより具体的な政策命題に解きほぐす必要から避けては通れない。(3)公開方法はウェブ上での公開と今年度のように限られたクライアントを前提とした e-Course のようなメディアを使用することが可能である。しかしながら、いずれも、サーヴァ環境の改善を必要とする。