2002年度 森基金研究成果報告書

衛星回線を用いた国際バックボーンネットワークの構築

政策・メディア研究科 村井 純

 

1.       研究概要

2002年度 AI3プロジェクトでは、衛星回線を用いた国際バックボーンを構築し、衛星回線を利用したインターネット通信に必要な基盤技術の構築と、衛星ネットワークの運用手法を確立するための研究を行った。本稿では、最初に、本年度構築・運用したAI3ネットワークについて述べ、次に、テストベッド上で実験を行った研究項目とその成果について述べる。

 

2.      AI3ネットワークの実験運用成果

2.1 背景

衛星回線は広域性、地理不偏性、同報性など既存の地上回線にない特色を持つ。アジアでは地上系のインフラが整備されていない地域が多く、こうした地域では上記の特色を持つ衛星回線を用いたインフラストラクチャが強く期待されている。しかし、衛星回線を用いた大規模なインターネットの例は少ないため、AI3プロジェクトでは実際に衛星回線を用いた国際バックボーンを構築し運用することで多数の実証実験を行っている。これまでに、Ku-Bandを用いたネットワークの構築、C-Bandを用いたネットワークの構築、衛星回線を用いた自律システムの運用、自律システム間の経路情報の交換などの手法を確立してきた。現在のAI3ネットワークにおける運用面でのテーマは、衛星ネットワークの安定的、効率的な利用である。その理由は、地上系インフラストラクチャが高速になり、利用者あたりの使用帯域が増加し、現在利用できる衛星回線の通信帯域を効率的に利用する必要があること、今後衛星回線を生活のインフラストラクチャとして利用するためには、より高い安定性が必要であることがあげられる。AI3ネットワークはC-bandとKu-bandという2つの周波数帯を用いて構築されており、それぞれのハブ局が日本に存在する。C-bandのハブ局はSFCであり、Ku-bandのハブ局はNAISTである。SFCとNAISTのハブ局同士は100Mbpsの広域イーサネットで接続されている。AI3ネットワークの概観を図1に示す。

1  AI3ネットワークの概観

2.2   対外接続

  AI3ネットワークは共同研究組織が運用する自律システムとBGPによる経路交換を行っている。このうち、AS4767(Asian Institute of Technology, Thailand)、AS4796(Institute of Technology Bandung, Indonesia)、AS9292(Temasek Polytechnic Singapore, Singapore)、AS9821(Department of Science and Technology, Philippines)に対してtransitを行っており上流である。また、APAN及びWIDEにtransitを受けている。アジアのR&Dネットワークの図を図1に示す。図1における衛星回線がAI3が提供している回線である。

 

2  アジアのR&Dネットワーク

 

2.3  本年度の活動

AI3内部の詳細なネットワークトポロジは添付資料とする。本年度、Ai3ネットワークに運用に関して行った作業は次の通りである。

○衛星回線にBridgeを導入

これまでは高速シリアルカードを用いて衛星ルータと衛星モデムを接続していたが、衛星回線の安定性を高めるため、2001年末からCiscoをBridgeとして用いる手法をJP-PH回線で試験した。その結果それまでよりも安定して衛星回線をIPで利用できることが分かった。そこで2002年5月からJP-VN回線、JP-MY回線、JP-ID回線、JP-TH回線に同様の手法を適用した。

 

     sfc-satによりルータを集約

衛星モデムと衛星ルータ間がBridge接続になったため、衛星ルータのインタフェースは安価なEthernetを利用できる。それまではポート数が集約しずらい高速シリアルカードを利用する必要があり、またシリアルカードの安定性が低かったため、衛星回線ごとに個別のルータが必要だった。しかし、Bridgeを用いたトポロジでは回線やインタフェースの安定性が高く、Ethernetを利用するため多数のポートを一台のルータに集約できる。SFC、NAISTにおいて合計6本の衛星回線を2台のルータに集約し接続した。トポロジ図には表記がないが、集約した衛星回線にはJP-LO(ラオス)回線が含まれる。

     IBGP hack

AI3は隣接ASからBGPにより約20000経路をうけている。AS内部の経路制御はOSPFを用いており、BGPの経路のほとんどをOSPFにredistributeする運用を行っていた。しかし、PCルータと経路制御ソフトウェアzebraを用いた運用方式には負荷が高く、ベンダルータのような安定性が得られない。このため、IBGP hackを用いてOSPFの経路数を減少させる手法を用いた。最も多くの経路を受けているWIDE、APANのルータが全て日本(SFC及びNAIST)に存在するので、SFC及びNAISTからAI3内部にdefault routeを広告し、日本側ではIBGPの経路により経路制御を行った。経路数の少ない海外のASからの経路はOSPFにredistributeしたが、AI3全体でOSPFの経路数は100経路以下に逓減できた。

 

     AS 17815

共同研究組織であるUSM(Universiti Sains Malasia)がAS番号を取得し、AI3-USM間のBGP peeringを行った。同時に衛星回線上でBGP4+によるIpv6 BGP peeringの運用試験を開始した。AI3はAS17815に対してIpv4/Ipv6のtransitを提供する。

 

     回線変更

これまでSFC-NAIST間の内部接続、AI3-APAN間の外部接続にはATMを用いていた。しかし、2002年11月この回線が廃止されたため、これらの接続をWIDEネットワークを利用したVLANに移行した。

 

     UDL(Uni-Directional-Link)ネットワークの構築

Myanmar(University of Computer Studies, Yangon)、UNSRAT(Sam Ratulangi University)、Chulalongkorn(Chulalongkorn University)、Laos(National University of Laos)、AYF(Asian Youth Fellowship)、ITB(Indonesia technology of )、AIT(Asian Institute of Technology)、IOIT(Institute of Information Technology)、Brawijaya(Brawijaya University)、South Sulawesi(Hasanuddin University)、など11の組織と衛星回線を片方向に用いて接続し、SOI-ASIAの遠隔授業で利用した。SOI-ASIAではマルチキャストを用いたデータ配送を行うため、UDLへの送信機器、UDLからの受信機器をマルチキャスト対応のハードウェアを採用した。UDLネットワークの詳細なトポロジ図は添付資料とする。AI3 UDLネットワークの概観図を図3に示す。UDLは6Mbpsの衛星回線に多数の受信局が接続するShared Lineになている。

3  AI3 UDLネットワーク

 

3.      研究成果

2002年度 AI3プロジェクトでは森基金を使って構築した国際バックボーンを用いて、下記のような研究が行われ、その成果を SAINT2003 workshop で発表した。

 

3.1 衛星インターネットのための動的帯域割当システム

インターネットのように通信量が動的に変化する通信に衛星回線を用いる際に有効な、帯域の動的割当システムの設計と実装を行った。通常、衛星通信では各地球局に対して一定の固定した帯域を割り当てて通信を行っている。これをインターネットの通信路に用いた場合、あるチャネルが空いているときに、別のチャネルでは混雑しているということが起こる。もし、通信量に応じた動的な帯域割当ができれば、この状況を改善できる。本論文で提案したシステムを用いることにより、衛星回線の利用効率を上げることが可能となった。

 

3.2 Cバンド衛星システムにおけるATMの性能評価

ATMはWAN環境で広く用いられている方式である。ATMはデータ通信、動画通信、音声通信等に用いられ、QoSや通信帯域の制御が柔軟に行える。本論文では衛星回線にATMを通し、アプリケーションレベルでの性能評価を行った。性能評価は、様々な条件下において様々ななエラー訂正方式を用いて行った。実験には、2.4m径地球局と静止衛星、G703 IF とリードソロモンモジュールが付いたモデムを用いた。両地球局にATMモジュール付きのCisco Catalyst 7500を接続し、2Mbpsの電波でATMセルを伝送し実験した。

 

3.3  衛星を用いた片方向通信路におけるPIM-SMの設定と規模性の考察

衛星を用いた片方向通信路上に非常に多数のマルチキャスト受信ノードを接続する際の、効果的なPIM-SMの設定について考察した。また、その場合の規模性についても考察した。

 

3.4  衛星を用いたインターネットのためのデータリンク監視システム (MWD)

衛星回線は自然条件等に影響されやすい不安定なデータリンクである。オペレータは常時回線の状況を監視し、障害の兆候を見つけなければならない。しかし、広域に多数分散した地球局の監視は、金銭的にも人的にも多くのコストがかかる。本論文では地球局の状態をインターネットを通して監視する Modem Watch Dog (MWD) システムを提案した。MWDは地球局の情報をインターネットを通して収集し、データベースに蓄積する。その情報は、Webインターフェースを用いて容易に参照できる。本システムを用いることにより、衛星インターネットの効率的な管理が可能となった。実際にMWDで作成される画像を図3に示す。緑の部分がAGCレベルであり、青い線がC/Nであり、両方とも衛星モデムから取得した数値である。MWDはAI3の運用において実際に利用している。

3  MWD

 

3.5  AI3ネットワークのトラフィック解析

AI3を流れるトラフィックの解析を行った。この解析には、我々が新たに開発した Open-MED というトラフィック解析システムを用い、各パートナー間を流れるトラフィックを

可視化し、解析した。その上でAI3ネットワークのボトルネックを洗い出し、将来、増強すべき点を指摘した。

 

3.6  UDRL衛星ネットワークを用いたマルチキャスト web cache システム

AI3のキャッシュボーンをUDLRに対応させた。UDLR回線とマルチキャストを用いてキャッシュ配信を行うことにより、大量のキャッシュを多数の局に、効率的に配信できる。UDLRの場合、戻りの回線には地上回線を用いているが、これにはダイアルアップ回線等の狭帯域通信路を用いていることが多い。そのため、末端局のキャッシュサーバからハブ局のサーバへの通信が極力少なくなるよう工夫した。またハブ局のキャッシュサーバは常時有名サイトを巡回しキャッシュをため、UDLR回線の空き具合を見ながら末端局へマルチキャストでキャッシュを配信するようにした。この結果、末端局は有用なサイトのキャッシュを多く持つことができるようになった。

 

3.7  衛星マルチキャストを用いたデータ配信システムの設計と実装

片方向衛星回線のためのデータ配信システムを設計、実装した。UDLR技術を組み込んだ片方向衛星回線は、マルチキャスト通信と大変に親和性が高い。UDLR片方向衛星回線では非常に多数の地球局を接続することが可能で、それらの局に対して均質な通信を行える。しかし、戻りの回線は地上回線であり、帯域が狭い。そのため、多数の地球局に対してマルチキャストデータ配信を行う場合、戻りの回線がボトルネックとなってしまう。この問題を解決するため、本論文で提案したシステムではデータの到着確認にNACKを用いた。本論文では、このシステムの評価を実際の衛星回線で行った。

3.8  衛星を用いた放送型IPネットワークの構築と運用

衛星回線を用いて広域をカバーした放送型IPネットワークの有効性について述べる。様々な技術的検討を経た上で、アジア太平洋地域に既存の商用衛星を用いた放送型IPネットワークを構築した。本論文では、そのネットワークに用いた地球局の仕様、回線設計およびIPとTCPのパフォーマンスについて解説した。またこのネットワークでは、遠隔教育の実施などいくつかの実験的試みを行い、片方向衛星回線を用いた放送型IPネットワークの有効性を検証した。


資料1:  AI3ネットワークバックボーントポロジ図


資料2:  AI3ネットワーク UDLトポロジ図