中国内蒙古自治区コルチン沙地における砂漠化進行土地の景観生態的分析

Landscape Ecological Analysis on the Desertification in Kerqin Sand Land, Inner Monglia of China

 

厳 網林・森本淳子・吉田浩之

慶應義塾大学

 

Wanglin YAN, Junko MORIMOTO, Hiroyuki YOSHIDA

Keio University

 

住所:〒252-8520 藤沢市遠藤5322

TEL/FAX  0466-49-3453

E-Mail: yan@sfc.keio.ac.jp

 

 

要  旨

本研究はASTER/VNIR、SWIR、DEMデータを用いて、中国内蒙古自治区コルチン砂地における砂漠化の実態とその進行を分析した。15m解像度のASTER/VNIRは広大な土地に分散する集落を読み取ることができるが、30m解像度のASTER/SWIRは乾燥・半乾燥地区の植生をより効果的に分類できることが確認された。ASTER/DEMはコルチン砂地の地形も計測できたが、10mほどの高低差しかない砂丘と低地間の植生被覆との関係を捉えるには困難のようだ。結果として、コルチン砂地において、乾燥化が進み、水域が消失し、砂漠化の進行に拍車を掛けていることが確認された。

 

 

1.はじめに

 

中国はいま深刻な砂漠化に悩まされている。砂漠前線が北京郊外数十キロに迫っており、砂あらしが年々拡大し、韓国や日本にまで影響を及ぼしている。内蒙古自治区東部に位置するコルチン(科爾沁)砂地はその砂源地の一つであり、日本でも高い関心が持たれている。毎年多くのNPOが同地区に入り、精力的に植林活動を続けている。筆者らも2001年夏から学生を引率して、同地区で「砂漠緑化フィールド研修プログラム」を実施している。また、現地政府も生態環境を重視するようになっており、農牧業政策の転換を図っている。しかし、多くの努力が払われているにもかかわらず、状況が依然厳しく、毎年、砂漠化は植林の1.3倍のスピードで広がっているといわれている。

砂漠化は土地の環境収容力を無視し、植被の貧弱な砂丘地で農地を開拓したり、草地で過度に放牧したりすることに起因すると一般にいわれている。しかし、広大なコルチンにおいては砂漠化の様相は必ずしも一様ではない。地形の起伏や地下水位の高さによる自然的要因、耕作や放牧方式の違いによる人為的要因、植林や土地の保全活動による政策的要因などによって、さまざまなエコトープが形成されている(立入・武内, 1998,1999)。砂漠化を食い止めるためには、このようなエコトープのメカニズムを調査し、砂漠化の進行との関係を明らかにした上で、土地のポテンシャルを復元・維持しうる利用と管理を行なわなければならない。しかし、現地ではそのための基礎データさえ整備されていない。

乾燥・半乾燥地の環境を調査するためには、衛星リモートセンシングが有効である。既往では、30m解像度のランドサット画像や20m解像度のSPOT画像から植生指数を算出し、砂漠化の現況と経年変化を分析した研究事例が数多くある(国友ら,1999,2000)。しかし、乾燥地域の土地は一般に植生が貧弱であり、降雨条件によって植物生産量が大きく異なるため、植生指数だけによって砂漠化の実態を正確に捉えることが困難である。

1999年12月に科学研究のための地球観測衛星ASTERが打ち上げられ、リモートセンシングによる砂漠化の調査に新たな可能性をもたらしている。ASTERは可視域で空間解像度15mのバンド4つ、短波赤外域で空間解像度30mのバンド6つをもつ高度な観測衛星である。可視域バンドでは前後視画像を観測しているため、空間解像度30mのデジタル地形データが作れる。また、多くの観測バンドを併せてスペクトル解析を行なうと、従来にない詳細さで植生分布を調べることができる。このような観測データはコルチン地域のような多様な土地条件と混合的な農牧林業活動によって形成された複雑な土地景観を捉えるにはとても有効であると考える。

以上のことから、本研究の目的はASTER画像から得られる地形データ、植生データ、潜在的土壌水分データを用いて、コルチン砂地の景観生態を表すエコマップを作成し、それを空間的かつ時系列的に比較して、コルチン砂地における砂漠化進行の実態を明らかにすることである。

 

2. コルチン砂地の地域特性と砂漠化進行

2.1       砂漠化の定義

 

1992年6月にUNCED(United Nations Conference on Environment and Development:環境と発展に関する国連会議)で採択されたアジェンダ21の定義によると,砂漠化(desertification)とは「乾燥,半乾燥および乾燥性半湿潤地域における様々な要因(気候変動および人間の活動を含む)に起因する土地の劣化」である。ここでいう「土地の劣化」とは,@風食,水食による土壌物質の流失,A土壌の物理・化学・生物特性の劣化,B経済性の劣化,C自然植覆の長期喪失,である。

 中国では,desertificationを「荒漠化」と表現する。「荒漠化」という用語は,1994年の国連砂漠化防止条約締結以降,使用されるようになった。また, 中国では, desertをその組成によって「土沙漠」,「砂沙漠」,「岩石沙漠」,「礫沙漠」などと区別し,これらの総称として、従来「沙漠」の語を用いていたが,条約締結以降は「荒漠」の語があてられている。ところで,中国でいう「沙漠化」とは荒漠化の一種,「沙質荒漠化」の略称であるといわれている。つまり,「元来砂漠でなかったところに風砂が活発な,砂質の荒涼とした環境を形成するような土地の劣化」を特に「沙漠化」いう(奥村 ,2000)。本研究では、日本における定義と慣習に従い,desertificationの対訳として「砂漠化」,desertの対訳として「砂漠」の語を用いる。

現在,中国における砂漠化面積は,262.2×104km2,国土面積の27.3%を占める。その範囲は18市471旗(中国の県と同レベル、日本の市町村相当)に及び,年間540億元(約8,100億円)の損失を生じている。場所により砂漠化の要因が異なり,各々の面積および分布地域は表1に示すとおりである。なかでも風食砂漠化の進行速度は年々早まっており,1960年代には1500 km2/年のペースであったものが,2000年以降は3000 km2/年のペースで砂漠化面積は拡大している。

 

表1 中国における砂漠化発生の要因と分布

発生要因

面積(km2

砂漠化の進行する地域

風食

160.7×104

華北,新疆ウィグル地区,内蒙古自治区

水食

20.5×104

黄土高原,乾燥・半乾燥/湿潤地帯

塩害

23.3×104

乾燥・半乾燥地帯

凍融解

36.3×104

チベット高原

 

  砂漠化は,自然的要因(気候変化による降雨減少など)に人為的要因(過度な経済活動)が加わることで引き起こされ,加速化される。乾燥地・半乾燥地・乾燥性半湿潤地域では,元来、潜在的に砂漠化しやすい自然要因をもっている。すなわち,5m/secの限界以上の強風条件,乾季と強風期の一致,低降水量とその不安定さなどが関与する。また,植生破壊によって地表の粘性が低下することも,飛砂や風食の原因となる。

 

2.2     コルチン砂地における砂漠化進行の自然的要因

 コルチン砂地は図1に示すように、中国内蒙古自治区東部、遼寧省北部、吉林省西部にまたがる総面積30万km2に及ぶ広大な地域である。年間降雨量が200−450mmと少なく,年毎の変化率が高く,不安定な乾燥地の気候を象徴している(真木,1996)。また、春季の降水量は年間の8−13%で低く,夏季は70%以上を占め,乾季と雨季がある。中国科学院による乾燥度指数(A)は1.5以上で半乾燥区に相当する。春と冬には北西の風,夏は南風が卓越する。30mm/min程の降雨で地盤にくぼみが出来るほど砂質は柔らかく,地下水は豊かである。乾燥した砂層は薄く,地下10cmで2〜4%の含水量を保っている。

 

図1 コルチン砂地の地理位置

 

 コルチン砂地の中心地域に位置するのは内蒙古自治区通遼市である。通遼市は面積599.26万ha、人口300万人を有する。西通河,新并河,教来河,霍林河,烏力吉木仁河,柳河などが市内を流下する。年間降水量350mm−450mmの半乾燥地帯に属し,乾燥草原型の植生が主体となっている。通遼市の自然環境条件を表2にまとめた。

 

表2 通遼市の自然環境

気象

年間平均気温

5℃−7℃

温量指数        

ΣT10=3000℃−3200℃

日平均気温10℃以上の積算温度

年間降水量

350mm−450mm

6−8月に集中,最近3年間は200mmの渇水

無霜期間

136日−156日

平均風速

3m/sec−4m/sec

8m/sec以上の日数21日−31日

可能蒸発量

2000mm

土壌

栗褐色土

草原性

風砂土

風砂性

鞠靮土

草甸土

沼澤土

湿性土

粘土

褐色土

植生

原生自然植生

大果楡,白楡,胡枝子,山楂,麻黄,鉄枰高

植被率

喬木 30%

潅木 40%

草本 80%

過放牧の土地では,植被率10%−20%,隠域性沙地植被に変遷しつつある

喬木 消失

潅木 繁茂:黄柳,紅柳,檸条

草本 減少

 

2.3 通遼市における砂漠化進行の人為的要因

 コルチン砂地における砂漠化進行は過開墾,過放牧,過伐採,水過消費などの人為的要因の影響が大きいといわれている。全市人口303.42万人の77.5%にあたる235.37万人が農業従事者で,GDPは60億元(900億円)でうち57億元が農牧業によって確保されている。農牧業の収入のうち,農業生産が40億元(67%),牧業生産が12億元(20%),林業生産が5億元(13%)の構成になっており,農業従事者の純収入は2100元(3.2万円)である。主要な農作物は,トウモロコシ,コウリャン,アワ,大豆であり,非常に広大な農地で,安い労働力をふんだんに投じた栽培が行われている。

以上のような産業構造のために、通遼市総面積の約30%にあたる179万haの土地が砂漠化(沙質荒漠化)している。うち,砂漠化の1程度による内訳は表3のとおりである。

表3 通遼市における砂漠化程度別の面積

 

面積

通遼市面積比

強度砂漠化面積

37万ha

6.2%

中度砂漠化面積

37万ha

6.2%

軽度砂漠化面積

105万ha

17.5%

 

2.4 コルチン砂地の土地景観

通遼市における砂漠化は,黄土あるいは黒土の非合理的利用によって生じたと考えられる。この半世紀の降雨減少・気温上昇・地球温暖化・大風日数増加などの気候要因に,過剰開墾や過放牧といった人為的要因が加わり,砂漠化が進行した。特に,本来生産能力の低い固定砂丘を過剰開墾・過放牧したところへ風が作用し,流動砂丘に変化していったと考えられる。

 コルチン砂地における砂漠化面積は,年間1.92%の拡大率で拡大している。砂漠化の進行に伴い,@植生の退行遷移,A土地の生産効率の低下,が問題となっている。

(1)退行遷移

コルチン砂地は従来、疎林砂質草原が自然景観だった。砂漠化の進行に伴い,植物群落や組成が疎林草原→潅木・多年生草本植物→多年生草本・ヨモギ科草本→沙生植物,の順で退行遷移が進んでいる。その結果、植物種数,特に家畜可食植物種(環境変化への適応力が弱い)が著しく減少し,植被がいっそう破壊されやすい状態となっている。

(2)土地の生産効率低下

砂漠化の進行する土地では,有機物の減少がおこり,土地の生産効率を減少させる。農地生態系のエネルギー転換効率(E)は,食糧生産量の実エネルギー(P)と農地へ投入した有機・無機エネルギーの合計値(R)から,E=P/Rで算出される(真木,1996)。E=1は生産が持続する限界値を意味する。

コルチン砂地では,E=2.53(非砂漠化土地),E=2.02(軽度の砂漠化土地),E=1.06(中程度の砂漠化土地)という数字が出ており,砂漠化により農地の生態系の構造と機能が変化し,生産効率が減少することを示唆している。

 コルチン砂地の基盤である土壌は,風化しやすい沖積・湖積堆積物から形成されており,春と冬にふく西北の乾燥した強い風が,風砂流(砂を含んだ風)をつくりやすい。これらの物理的・気候的な自然環境要因に,人口増加に伴う無秩序な開墾,過放牧,燃料の収奪といった人為的要因が加わり,砂漠化を引き起こし,促進している。人為的要因として,水資源の非効率的利用も大きな要因である。上流に建設されたダムによる池の枯渇や地下水位の低下が砂漠化のきっかけとなる。

(3)植物

 コルチン砂地の土地は10mほど高い移動砂丘や固定砂丘、丘間低地、湖や池などおよびその周辺に発達する湿地帯によって形成される。植物被覆は降雨条件によって大きく変わる。多雨の時、砂丘間の低地のみならず,発達しつつある砂丘上にも沙生草本植物がしがみつくように生えていた。

 流動砂丘の形成がみられない平坦な砂地には,猪毛菜(Salsola collina Pall.)や叉分蓼(Plygonum divaricatum L.)などの蓼科の湿性植物にくわえ,キク科ヨモギ属の差巴(Artemisia halodendron Turcz. ex Bess.)がまばらに生える。

固定・半固定砂丘がみられる起伏に富んだ沙地では先駆性の草本類が卓越する。刺のある一年生草本,沙米(Agriophyllum squairosum Moq.)が砂丘の脚部や丘間低地の各所に小規模な群生地をつくり,多年生草本,沙蒿(Artemisia arenaria)は砂丘の成長に伴って枝を伸張している。家畜が好んで食する草本類,羊草(Leymus chinensisTzrel.)や陰子草(Cleistogenes spp.)は見あたらない。

 まだ砂漠化の手がおよばない草地では地下水位に応じてバリエーション豊かな草本植物がみられ,美しい花畑も各所にみられた。草地内にはパッチ状に湿地も出現し,香蒲(Typha angustifolia L.)や芦葦(Phragmites communis Trin.)が群生する。

 隣接する村は新疆ポプラ,黄柳(Salix frarida Chang. et Skv.)や胡枝子(Lespedeza bicoror Turcz.)で囲まれ,飛砂から農地や家屋を守っている。枝打ちされた黄柳の枝は乾燥させて編み,垣根として利用されている。

 高木はないが環境に適応して生育する様々な沙生草本植生と対照的に,ポプラや松などの人工林も数少なからず点在する。しかし,よく調べると、ポプラも松も場所によっては同時期に植林されたとは思えないほどの成長の違いをみせ,環境条件は一様でないことを示していた。われわれの研究に協力してくれたNGO緑化ネットワークでは、ポプラ一辺倒の植林ではなく,カエデ,アンズ,モンゴリナラといった,現地の植生に近い樹種の植栽に力を入れようとしている。

また、コルチン砂地の自然景観というと、同地区の南端に位置する「大青溝」という自然保護区を特別に言及しなければならない。大青溝は100mほどの花崗岩の谷に,ニレ科やモンゴリナラが高木層を優占し,アンズ,クワ,サンザシといった樹木が中低木層を形成するいわば冷温帯落葉広葉樹林である。われわれが緑化している谷の外の沙地では,降雨量が少なく、土壌も未発達な乾燥・半乾燥土地であるが、大青溝の中では雨季には朝晩に霧も発生する。このような地形や土壌や水分条件によって,大青溝の中で独特の微気候が形成され、緑豊かな空間となっている。

 

2.5 ATSER画像による砂漠化進行の捉え方

(1)対象地域

 以上に述べたように、コルチン砂地は広大で、多様な景観をもつ土地である。本研究は砂漠緑化フィールドプログラムとの兼ね合いも考慮して、コルチン砂地の南部に位置する通遼市カンジカ鎮周辺地域を研究の対象とする。地域の主要部を図2の地図に示す。

 

図2 研究の対象地域の主要部(カンジカ鎮・満闘蘇木(町)相当、部42km×30km)

 

 図2の地図の中央下に楕円形にみえる地域は前述した「大青溝自然保護区(だいせいこう)」である。右上に黒線の鉄道と赤線の道路が交差する場所は「甘旗峠(カンジカ)鎮」である。大青溝とカンジカ鎮との間に、いくつかの湖が点在する。北から南への順で並んでいる3つの大きい湖はそれぞれ「ハリウス湖」、「イホヤル湖」、「バゲヤル湖」という。以上の地理特徴はこれから衛星画像や地図を読む際に参照して使うと、とても便利になる。

なお、図2に示す地域は東西42km、南北30kmにあり、60km×60km というASTERの撮影幅にちょうど収まる程度である。

(2)対象時期

ASTER衛星が1999年末に打ち上げたが、データ提供は2000年5月から始まっている。それから毎年夏の画像を利用するとし、2000年、2001年、2002年の3年次を対象とすることができる。

2)研究の流れ

3年次の画像をそれぞれ解析して、図3に示しているようにエコトープマップを作る。但し、地形データには年次変化が少ないため、基準年である2000年にのみ作成する。植生区分図と土壌水分条件は可視・近赤外域のマルチバンド画像のスペクトル解析によって作成する。既往研究とフィールドでの調査を通じて現地のエコトープを類型化し、それをクラスとして衛星画像の分類に利用する。このように作成したエコトープマップをもとにエコトープの空間関係と経年変化を考察することにする。

 

図3 研究のプロセス

 

3. 地理データベースの整備

3.1       地理データの入手

 

 本研究はASTER画像を中心として研究を進めるが、同地域に存在するほかの地理データも精力的に集めて、データベース化を行った。その結果を表4に示す。

 

表4 対象地域の地理データ一覧

データ

時期

識別番号

精度

メディア

入手方法

Landsat

1994.08.20

2000.09.24

Path: 120

Row:  30

TM: 30m

デジタル

中国RSセンター

ASTER

 

2000.08.24

2001.06.24

2002.06.27

2002.10.17

2008.08.24

Granule: ASTL1B-

0008240300330204230115

0106240253470206250001

0206270247100207130007

0209220253130210170083

ASTER_DEM

20020703151329.tif

VNIR: 15m

SWIR: 30

TIR: 90

デジタル

財団法人資源・環境観測解析センター

ERSDAC

CORONA

1961.9.12

1965.8.26

ミッション:9022

ミッション:1023-2

1:50万相当

フィルム

USGS

地形図

1981

1932

図番:K-51-28,29,40,41

図番:張立他拉

1:10

1:5

画像

紙複写

OMNI

慶應日吉図書館

統計

1994

2000

2002

カンジカ鎮村基本調査

村単位

紙複写

現地政府

行政地図

1980

村の行政境界

1:10〜30万

書籍

現地書店

 

3.2 各地理データの特徴

(1)     Landsat画像

 ランドサットは1970年代に実運用をはじめた中解像度衛星であり、3号機のMSSセンサは解像度80m、5号機のTMセンサは30m、7号機のETM+センサは30mで観測している。厳・岡本(2002)は表4のランドサット画像を用いて、同地域を対象に砂漠化の実態を調査した。

(2)ASTER画像

 ASTERは1999年に日米共同で打ち上げた科学研究衛星であり、日本では財団法人地球資源・環境解析センターが実運営を担当している。同衛星には、可視光・近赤外(VNIR)、短波赤外(SWIR)、熱赤外(TIR)という3つのサブシステムがあり、それぞれ30m、60m、90mで観測している(図4参照)。さらに、VNIRではアロントラッキングで前後視して、ステレオ画像を取得しているため、相対標高データを作成することもできる。

図4 ASTERのセンサシステム(出所 ASTERパンフレット、ERSDAC)

 

以上のセンサ性能によって、ASTER研究チームが図5に示すレベル0からレベル4まで多様なデータプロダクツ提供している。エコトープマップの作成という目的から、放射量補正とセンサ姿勢のキャリブレーションが行われたレベル1BのNVIR、SWIRおよび相対標高モデルとしてのレベル4であるASTER/DEMを利用することになる。

図5 ASTERのプロダクツ(出所 ERSDAC)

 

 前掲した表4に示したように2000.08.24、2001.06.24、2002.06.27、2002.10.17の画像をレベル1Bで取得したが、本研究では夏の植生を対象とするため、2000.08.24、2001.06.24、2002.06.27の3つを利用した。画像データはHDF形式で提供された。HDFファイルはMODISやランドサット7号など最近の衛星が利用するフォーマットで、メタデータと画像データが一緒にパックされている。ErMapper 6.3のASTER Wizardを用いてVNIR、SWIR、TIRデータを分離する。

レベル1Bの画像は軌道情報を用いて、幾何補正済みであるが、HDFのファイルにある画像は真北方向から反時計回りにやや回転されている。回転角度はHDFメタファイルにあるMap Orientationパラメータによって示されている。その値をマイナスにしてErMapperのGeocoding WizardのRotation角度にすることにより、方向回転のない幾何補正済み画像となる。このようにして得たASTER画像と現地で単独GPSによって走行した軌跡とを比べた結果、両者はよく一致する。すなわち、ASTERの軌道情報による座標標定は20m以内の精度を保証していると言える。

 以上の方法で準備した3つのデータセットをフォールスカラーで図6(a)〜(c)に示す。

 

6(a) ASTER/VNIR、2000.08.24、R:B3N、G:B2、B:B1

画像は右下と左上にごく少量の雲があるが、全般としてベストシーズンのベスト画像である。

 

 

図6(b) ASTER/VNIR、2001.06.24、R:B3N、G:B2、B:B1

上部と下部に雲がかかっている。6月は現地においてまだ十分に植生が成長できていないため、近赤外バンドのスペクトルが弱い。

 

 

図6(c) ASTER/VNIR、2002.06.27、R:B3N、G:B2、B:B1

雲ひとつないクォリティの高い画像。図6(b)とはほぼ同時期。季節はベストでない。

図6 ASTER/VNIRのフォールスカラー表示

 

2001、2002年の画像は6月ものだったため、2000年ものと比べて植生量が少ないことがわかる。また、2000、2002の画像はともにクォリティが高いが、季節がずれているため、直接比較することをできるだけ避けるべきである。また、ASTERはポインティング機能があるため、2000、2001、2002年がカバーする地域は完全に重ねていないことも留意しよう。

20002.08.24データをもとにレベル4の相対標高データの作成を依頼した。相対標高データはHDFとGeoTIFFという二つのフォーマットで取得することができる。HDF形式の相対標高データはErMapperのASTER Wizardで読めない。今回、GeoTIFF形式で要求し、Image Analysis ExtentionをインストールしたArcViewで読み込んだ。結果は図7に示すとおりである。

 

図7 ASTER/VNIRによって作成されたASTER/DEM

地域南部は地形の起伏が大きい。大青溝の形はよく取れている。湖や雲の部分はノイズとして扱われる。

 

(3)CORONA空中写真

 東西冷戦時代の最中にアメリカの偵察衛星CORONA, ARGONとLANYARDが世界で86万枚にも及ぶ白黒の空中写真を撮影した。その写真は1995年に一般公開するようになった。公開した写真は1961から1972年までの12年間をカバーするが、ミッションによって搭載したカメラの性能(KHシリーズ)が異なったため、写真の分解能は一様ではない。ミッションナンバーとカメラの詳細については、アメリカ地質調査所(USGS)のホームページhttp://edc.usgs.gov/Webglis/glisbin/guide.pl/glis/hyper/guide/dispから閲覧することができる。立入・衣笠(2000)はCORONAのデータを用いて、1960〜1970年代初期の砂漠化を研究したことがある。

今回取得した写真は、1960年10月〜1961年10月まで稼動したKH-2がミッションナンバー9022で撮影したものと、1963年8月〜1969年10月まで稼動したKH-4Aがミッションナンバー1023-2で撮影したものである。縮尺でいうと、大よそ30万分の1、最大拡大倍率はそれぞれ10倍と16倍(地上分解能は25フィートと9フィートに相当)とされている。図8は1961年、1965年当時、カンジカ鎮周辺の状況を示している。1961といえば、中国では大躍進という人民公社運動の失敗から脱皮しようとする時期で、食料増産が強力に推進されていた。

(a) 1961

   

(b) 1965

   

図8 CORONAが撮影した大青溝〜カンジカ鎮一帯。白:移動砂丘、黒:水域または樹林

 

(4)地形図

 中国では地形図が秘密扱いとなっているため、近代の地形図を手に入れることができない。旧ソ連がつくったロシア語の10万分1地形図がインターネットで販売している(http://www.omnimap.com/)。そこから1枚50ドルでカンジカ鎮周辺の4面をラスター画像で購入した。

この地形図に示されている経度・緯度をWGS72測地系とし、座標変換した結果、幾何補正済みのASTER画像とよく一致することがわかった。図9はイホヤル湖とカンジカ鎮一帯を示している。砂丘、集落、低地植生、道路や細道をよく表記している。

 

図9 ロシア製10万分の1地形図(図番K−51-41の局部)

 

 また、旧満州国時代に日本陸軍が作成した5万分1や10万分1地形図が存在する。本研究の対象地域に関して、慶応大学日吉図書館から5万分1地形図を複写した。地形図の図郭に経度・緯度が表記しているため、ASTER画像やロシア製地形図へ座標を統一することが可能である。イホヤル湖周辺の当時の地形を図10に示した。

 

10 旧5万分の1地形図(1932、図番:張立他拉の局部)

(5)統計

科爾沁左翼後旗(中国の県級、日本の市町村)政府からカンジカ鎮が所管する64村の1994年、2000年、2002年の基本調査を入手した。1994年分に関して人口しかなかった。2000年分に関しては家畜などの項目が加えられているが、一部欠落する村もあった。図11は統計データの帳票をスキャンしたものである。

 

11 村別基本調査データ

 

(6)行政区分

 村の行政境界を示す正確な地図は存在しない。参考として、1985年に作られた「中国内蒙古自治区哲里木盟行政区画地図集」をもとに、カンジカ鎮の64村の行政境界をスキャンした。この地図集は現地政府が中国1984年製10万分1航測図をベースに編集したものである。前掲した図2はそこからスキャンした画像の一例である。その画像を画面上でトレースし、行政境界のベクターデータとした。

12 カンジカの村境界ベクターデータ(番号はデータベースでの村ID)

 

3.3   地理データの品質評価

以上に収集した地理データをUTM座標系(ゾーン番号51)へ統一した。それぞれのデータの精度と品質を表5にまとめた。

 

表5 整備した地理データの品質

項 目

年次

前処理

品質評価

次節以降に述べる処理

Landsat

1994

2000

幾何補正

幾何補正

30m解像度

撮影前の降雨により土壌に水分が多く含まれている

 

ASTER

2000.08

2001.06

2002.06

幾何補正

 

 

ベストの季節のベスト画像

上部・下部に雲あり

画質は良好

VNIR:教室付き分類

SWIR:クラスターリング

2000画像の相対標高

CORONA

1961

1965

スキャン、幾何補正

スキャン、幾何補正未着手

600dpiでスキャンした。土地利用をよく読み取れる。景観変化の解析に使える。

 

地形図

1932

1981

紙のまま、入力は未着手

幾何補正

未確認

座標精度良好。

 

統計

1994

2000

2002

GISに入力済み

人口のみ

家畜数は不揃い

入力ミスと思われるものあり

 

行政地図

1984

カンジカ鎮地域はベクトル化済み

1:10万航測図は元

1:10〜30万分1へ編集

 

 

4. ASTER画像によるエコトープマップの作成

4.1 ASTER VNIR画像による土地被覆図の作成

 

2000.08.24、2001.06.24、2002.06.27のVNIR画像を最尤法で分類した。分類クラスはフォールスカラー画像を判読し、有意と思われるパッチをトレーニングエリアに指定した。その結果をVNIRのB2とB3で構成されるスペクトル空間で3σの誤差楕円で確認した。

2000年画像に移動砂丘(sand1、sand2)、半移動砂丘(semisand)、半草地(semigrass)、湿地(wetland)、水辺(riparian)、樹林地(woodland)、森(forest)、水域(Riparian、Water)などを設定した。

2001と2002年の画像に移動砂丘(sand1、sand2)、半移動砂丘(semisand)、半草地(semigrass)、草地(grassland1、grassland2、grassland3)、樹林地(woodland1、woodland2)、森(forest)、湿地(riparian、wetland1、wetland2)、水域(water1、water2、water3)、雲(cloud)を設定した。

画像2000とほかの2つは時期的に2ヶ月ずれているため、分類クラスを同じように設定しなかった。VNIRの分類結果を図13(a)〜(c)に示す。

 

 

 

13(a) ASTER/VNIRの分類結果、2000

北西部に砂漠化が激しく、東部は弱いことがわかる。大青溝はまとまった森または樹林地として存在している。

移動砂丘のまわりに、半移動砂丘、半草地、草地の順に空間的に遷移していることを示している。

町はSemisandに誤分類される。

 

13(b) ASTER/VNIRの分類結果、2001

 大青溝はまとまった緑として周辺より目立っていることがわかる。

 町はRiparianに誤分類される。

 浅い水はRiparianとして分類される。

 移動砂丘はSand2として分類されることが多い。

 

13(c) ASTER/NVIRの分類結果、2002

大青溝はまとまった樹林地として、周辺より目立っている。

町はRiparianに誤分類される。

移動砂丘はsand2に分類されることが多い。

水域の減少が目立っている。

 

 

4.2 SWIR画像のクラスターリング

 ASTERでは短波長赤外域に解像度30m、6バンドのSWIR画像もある。水分が多く含まれる植物はこの帯域の電磁波をよく吸収する。逆にいうと、植物の少ない土壌、あるいは活力度の少ない植物は強く反射する。この特徴は砂漠化が進行する土地において、どのように反映されるかを調べた。SWIR画像に対して、マルチバンドクラスターリングを実施した。クラスターリングの初期条件は3つのSWIR画像に共通して、図14のように設定した。最大分類クラスを10、クラス間の距離を3σとした。分類結果を図15(a)〜(c)に示す。

 

14 クラスターリングの条件設定

 

15(a) ASTER/SWIRの分類結果、2000

北西部に砂漠化が激しく進んでいる。VNIR画像と同様な結果を示す。

町はSemisand3に誤分類される。

移動砂丘を核として、その周りにsand2、semisand1、semisand2などの空間遷移が鮮明に捉えている。これはVNIR画像よりも効果的である。

 

15(b) ASTER/SWIRのクラスターリング結果、2001

図15(a)と比べて、全体的に植生が少ない。これは2001年の画像はもともと6月もので、植生が少ない。この結果のほうが自然である。

大青溝がまとまった樹林地として目立つ。植生が早く回復する低地も目立っている。

 

15(c) ASTER/SWIRの分類結果、2002

 2001年のSWIRと同じ分類効果である。

 町はSemisand3に誤分類される。

 3つの画像とも水域は正しく捉えている。

 

 

 

4.3 相対標高データ

 相対標高データをもとに地形湿度指数を計算することができる。それを標高データの輝度にして表示したのは図16の段彩図である。図中、緑色は標高が低く、赤色は標高が高いことを示している。

 

17 ASTER/DEMによる段彩図(2002年 VNIRによる)

対象地域には標高100mほどの高低差があり、大青溝の深さを見事に捉えている。しかし、大青溝外部の地域は全般的に高低の起伏が小さいため、ASTER/DEMではこのような起伏を捉えるのは困難のようだ。

 

4.4 土地被覆分類図による景観生態マップの作成

(1)     土地被覆分類クラスの整合性の検証

18は2002年のASTER/VNIR画像の赤バンド(B2)と近赤外バンド(B3N)のスペクトル空間、およびトレーニングエリアの3σ誤差楕円を示している。赤バンドと近赤外は典型的スペクトル特徴をあらわしている。すなわち、B2(横軸)方向に卓越するのは乾燥した土壌(Soil)の分光反射、B3(縦軸)方向に卓越するのは植生(Vegetation)の分光反射である。両バンドともに反射が弱いのは水域(Water)である。このようなスペクトル特性を利用して、ピクセルの中に含まれる水分(W: Water)、バイオマス(V: Vegetation)、土壌(S: Soil)を求める方法はVSWモデルという。VSWが混ざっているピクセルはミクセルという。

 

18 2000年のASTER/VNIR画像のB2(横軸)とB3N(縦軸)のスペクトル空間

 

本研究はミクセルによる分類精度の向上を討論しないが、年ごとに設定した分類クラスはどのようなスペクトル特性をもっているか、砂漠化の進行段階とどのように対応するか評価することに利用する。そのために、VNIR画像のバンド3とバンド2を用いて、式

NDVI=(Band3-Band2)/(Band3+Band2)

NDVIを算出した。そして、VNIRの3バンドに対して、主成分分析を行った。第1主成分は土壌の明るさを表しているため、土壌指数(SI:Soil Index)とした。つまり、Sが大きいほど、土壌水分が少なく、移動砂丘となる可能性が高いわけである。

このように算出したNDVIとSIを用いて、2000年、2001年、2002年のVNIR画像の分類クラスを図19(a)〜(c)に並べた。ただし、SIは主成分分析計算値のままである。NDVIは-1.0〜1.0までの(NDVI値×125+125)としている。

3つの時期とも、SIは移動砂丘、半移動砂丘などの砂漠化の進行を評価する分類クラスを順序よくランキングしていることがわかる。Riparian以下、水分の多いクラスになると、SIはクラスを分類する能力が弱くなることが伺える。そのときに、NDVIがそれらのクラスを引き離していることがわかる。また、2001、2002の画像ではNDVIが全体として弱いことが伺える。

19(a) SIとNDVI(2000)

 

19(b) 2001 SIとNDVI

 

19(c) 2002 SIとNDVI

 

以上のことから、VNIR画像を用いた分類マップは砂漠化が進行する土地の景観を分類できていると判断できる。

(2)     SWIR画像の分類クラスのスペクトル特徴

 クラスターリングでSWIR画像は砂漠化が進行する土地における植生遷移を鮮明に捉えている。その理由は図20(a)〜(c)に示す各バンドのスペクトル特性から理解することができる。つまり、水分の多い水域や植生はBand4からBand9までの短波赤外を強く吸収し、水分の少ない移動砂丘を強く反射するからである。この特性は4から9までの各バンドに共通するため、反射率の異なる植生クラスを順序よく分類できたからである。なお、2000年画像の季節では植生がよく発達しているため、植生による短波赤外の吸収が強く、各バンドのスペクトルが2001、2002年のものより小さくなっていることがわかる。

SWIR画像に以上のような優れた性能を確認できたため、これから、本研究では、SWIRのクラスターリング分類結果を用いて、砂漠化の進行を考察することにする。SWIRは解像度30mで、VNIRに劣るが、広大な土地の砂漠化を議論していることを考えれば、30mの解像度では十分と思われる。

 

20(a) 2000/SWIRクラスターリングのスペクトル特性

20(b) 2001/SWIRクラスターリングのスペクトル特徴

 

20(c) 2002 SWIRクラスターリングのスペクトル特性

 

(3)     微小なパッチの除去

 景観生態を捉えるためには、1画素ほどの小さなパッチを対象しない。そこで、図15(a)の分類画像をMajorityフィルターに3回掛けて、それから境界をスムージングするフィルターを3回掛けた。その結果は図21に比較している。図21(a)はフィルターを掛ける前のもの、図21(b)はフィルターを掛けたあとのものである。

 

(a) フィルター前

(b) フィルター後

21 2000年SWIRに対する平滑化(1:100,000)

 

平滑化した結果に、VNIRのフォールスカラーで読み取った集落をマスクとして使い、VNIRの分類画像から集落などの人工的被覆を抽出して、それをSWIRの分類画像にオーバーレイした。それによって、図22(a)に示すエコトープマップを作成した。

 

22(a) 2000年エコトープマップ(1:10万)

 

2001年、2002年のSWIR分類画像についても同様なことを行い、結果を図22(b)、図22(c)に示す。

 

22(b) 2001年エコトープマップ(1:10万)

22(c) 2002年エコトープマップ(1:10万)

 

5. 考察

5.1     ASTERによる砂漠化進行の観測効果の考察

 

 以上のようにASTER/VNIRデータを用いて、砂漠化地域の2000、2001、2002年土地被覆地図を作成した。また、SWIRを用いて、同地域のエコトープマップを作成することができた。

 ASTER/VNIR画像では、解像度15mあり、地表面の形態情報をよく観測することができる。本研究地域においては、広大な地域に点在するが集落もVNIRから読み取ることができる。しかし、集落や町の分光反射は湿地などと類似するため、誤分類されている。そのために、VNIR画像上で、集落が存在する地域を読み取り、マスキングして、対処した。

 VNIRによる相対標高データは解像度30m、標高精度10-20mといわれる。本研究の対象地域は全体的に、標高差50m以上もあるが、固定砂丘・移動砂丘の高さは10数mしかないため、標高データから作成された地形湿度指数を用いて、植生景観を説明することが困難だった。

 短周波赤外域の電磁波は土壌水分や植生水分を強く吸収するため、SWIR画像は移動砂丘、植生、水域で構成される砂漠化が進行する土地の景観を非常に効果的に捕らえることがわかった。そのため、これからSWIRより作成したエコトープマップを利用して、考察を進めることにする。

 

5.2     対象地域における砂漠化進行の実態

23は2000年のSWIR画像が示す対象地域のエコトープマップである(50万分1)。大青溝より下の3分の1は遼寧省の土地であって、コルチン砂地でないため、以下では考察の対象としない。

 

23 ASTER/SWIRで作成したエコトープマップ(2000)

 

 図23から研究地域の生態景観について、以下のことがいえる。

(1)     同地域は北西部から南東方向に向かって、砂漠化が進行している。北西部においては移動砂丘、半移動砂丘が優勢であり、比較的植生被覆の多い丘間低地は劣勢となっている。砂漠化が進行するにつれ、農地や草地が砂丘によって分断され、孤立してしまう。移動砂丘によって包囲されている低地パッチが多く見られる。低地に集落が立地することを考えると、砂漠化の進行によって人々の生活の基盤が奪われていることが伺える。

(2)     中部地域においては移動砂丘・半移動砂丘・植生地域が半々の割合である。移動砂丘がまだ孤立しているが、つながっていく傾向が見られる。

(3)     東部や南部地域では移動砂丘が劣勢であり、孤立している。しかし、砂漠化は固定砂丘をこのように活性化させるところから始まったことを考えると、まだ孤立のように見える移動砂丘も見過ごしてはいけないと思われる。

 

5.3     砂漠化の時空間的進行に関する考察

(1)     砂漠化の空間的進行

 図24はイホヤル湖の北西地区のエコトープマップを示している。

24 2000のSWIRエコトープマップ(局部、1:20万)

移動砂丘を核として、半移動砂丘、半草地へパッチが空間的に推移していることがよくわかる。核なっている移動砂丘は孤立しているが、半移動砂丘になると、ほとんどの砂丘がつながってしまう。この地区において半移動砂丘、半草地など、砂漠化進行中の土地が半分以上占めている。

 

(2) 砂漠化の時間的進行

25は満闘地区のハリウス湖、イホヤル湖、バゲヤル湖地区の3年次のエコトープマップを示している。図25(a)は8月もののため、ほかの2つと比較して、エコトープの大きさで砂漠化の進行を直接論じることができないが、水域(W)、砂丘(S)、森林(V)は前述したようにVSWモデルの頂点に位置するため、間違って分類されることは少ないと見られる。

 

(a)2000年

(b) 2001

(c) 2002

3つの画像を比較すると、水域およびその周辺の水辺植生域は年々衰退していることが明白である。ハリウス湖の湿地、道路沿いの湿地が2002年では完全に干上がった状態に近い。このことは2002年8月に行った現地調査でも確認されている。

25 水域の変化から見る砂漠化の時間的進行

 

(3) 植林による砂漠化防止の効果について

対象地域において、現地政府や農民だけではなく、多くのNGOが植林活動を続けている。植林地の地理データをすべて入手されていないため、植林の効果を詳細に確認することができない。しかし、われわれの緑化フィールド研修プログラムが活動した地域はエコトープマップから読み取ることができた。図26の罫線で囲んだ地区はそれである。2001年の画像には同地区が入っていないため、図26に2000年と2002年の状況を示した。

 

(a) 2000

植林地周辺は砂漠化が進行しているようにみえるが、季節の差を考えると、安易に断定することができない。しかし、植林ないの植生が回復しているのが確実である。それによって、道路両側の砂丘の進行を分断した効果をもたらしていることも評価できる。

 

(b) 2002

26 植林地(砂漠緑化フィールド)の砂漠化防治効果の考察

 

また、図27(a)に罫線で囲んだ地区は満闘(マントウ)中学校の植林地である。同学校の初代校長先生がリーダシップを取り、40年間植林し続けた結果、半乾燥地区を代表する混合樹林が育ち、砂漠化が進行する周辺と対照的景観が形成されている。同林地はマントウという集落、および林地内に赤く映る校舎を守っていることがよくわかる。

(a) 2000

(b) 2001

(c) 2002

27 満闘中学校の植林地の砂漠化防治効果

 

5.4 砂漠化進行の定量的評価

2000年、2001年、2002年の画像に時期的ずれがあること、2001年の画像の北部に雲がかかっていること、3画像の地域は完全に重ねていないことを考慮して、同じ6月に撮影した2001年、2002年の画像を用いて、満闘地区における砂漠化の進行を定量的に評価してみる。

 

 

 

雲の影響がないように、2001年画像をもとに対象地区を抽出した。その結果を図29(a)、(b)に示す。

28 定量評価地区の抽出

 

 

(a) 2001エコトープマップ(40km×25km)

(b) 2002エコトープマップ(40km×25km)

 

2001年のエコトープマップ(a)と2002年のエコトープマップ(b)を比較すると、1年間で水域が目立って減少していることがわかる。北部のハリウス湖も消滅しつつあり、カンジカ鎮の後ろにある湿地帯も大きく縮小したことがわかる。

29 2001年、2002年のエコトープマップ(町や集落の重ね表示を略した)

 

29のエコトープマップをクロス集計した結果を表6に示す。同表より、研究地域における1年間の砂漠化進行について、以下のことを示している。

(1)     植生の多い森林(Forest)、樹林地(Woodland)の面積は2001年に8.1%あったが、2002年に4.3%しかない。

(2)     移動砂丘(Sand1、Sand2)は2001年に17.8%であったが、2002年に23.3%に増加した。

(3)     水域(Water)は2001年に993ha(1.0%)あったが、2002年に821ha(0.8%)に減った。

砂漠化の進行を示すSemisand3,Semisand, Semisand1は2001年に15.7%, 19.9%, 22.6%だったが、2002年にそれぞれ15.9% ,17.2%, 23.7%になり、もっとも移動砂丘に近いSemisand1が1%増えた。

6 2001年エコトープマップと2002年エコトープマップのクロス集計

 

2002

2001

Class

Forest

Woodland

Grassland

Semigrass

Semisand3

Semisand2

Semisand1

Sand2

Sand1

Water

Total

(%)

Forest

467.6

685.8

341.8

196.0

80.3

9.9

4.3

6.6

1.0

22.6

1793

1.8

(%)

26.1

38.2

19.1

10.9

4.5

0.6

0.2

0.4

0.1

1.3

100.0

 

Woodland

46.6

2657.9

2544.3

640.8

183.5

42.3

19.0

13.5

3.2

1.1

6151

6.3

(%)

0.8

43.2

41.4

10.4

3.0

0.7

0.3

0.2

0.1

0.0

100.0

 

Grassland

9.7

382.9

2938.8

1829.5

775.4

200.3

84.2

42.3

6.2

0.4

6269

6.4

(%)

0.2

6.1

46.9

29.2

12.4

3.2

1.3

0.7

0.1

0.0

100.0

 

Semigrass

3.6

39.0

663.1

3638.8

3254.4

1059.2

491.5

191.7

13.4

0.2

9355

9.5

(%)

0.0

0.4

7.1

38.9

34.8

11.3

5.3

2.0

0.1

0.0

100.0

 

Semisand3

0.2

2.5

43.8

1932.3

6537.4

4228.7

2195.8

516.5

11.3

0.0

15469

15.7

(%)

0.0

0.0

0.3

12.5

42.3

27.3

14.2

3.3

0.1

0.0

100.0

 

Semisand2

0.1

1.4

12.2

289.2

3524.0

7114.8

6795.1

1747.7

33.2

0.0

19518

19.9

(%)

0.0

0.0

0.1

1.5

18.1

36.5

34.8

9.0

0.2

0.0

100.0

 

Semisand1

0.5

1.4

10.6

129.8

1132.6

3876.7

10678.0

6087.4

317.4

0.0

22234

22.6

(%)

0.0

0.0

0.0

0.6

5.1

17.4

48.0

27.4

1.4

0.0

100.0

 

Sand2

0.5

1.2

4.1

26.9

107.6

325.4

2873.0

6812.2

1786.7

0.0

11938

12.2

(%)

0.0

0.0

0.0

0.2

0.9

2.7

24.1

57.1

15.0

0.0

100.0

 

Sand1

0.0

0.2

0.3

1.6

6.1

15.8

156.7

1479.9

3831.4

0.0

5492

5.6

(%)

0.0

0.0

0.0

0.0

0.1

0.3

2.9

26.9

69.8

0.0

100.0

 

Water

555.0

212.0

89.5

69.4

41.4

15.7

7.2

2.3

0.0

797.1

993

1.0

(%)

55.9

21.3

9.0

7.0

4.2

1.6

0.7

0.2

0.0

80.3

100.0

 

Total

528.9

3772.2

6559.0

8684.9

15601.4

16872.9

23297.6

16897.7

6003.8

821.4

99040

100

 

(%)

0.5

3.8

6.7

8.8

15.9

17.2

23.7

17.2

6.1

0.8

100.0

 

 

水域だけを取り出して、面積や周囲長を集計したのは表7である。水域パッチの数は多少増えたようだが(画像上で確認できない小なものがあるため)、平均面積、周囲長はともに大幅減少したことがわかる。

表7 2001年と2002年の水域パッチの変化

年次

統計量

面積(ha)

周囲長(m)

パッチ数

2001

最大値

238.50

13723.6

110

 

平均値

16.27

1483.5

 

 

最小値

0.20

180.0

 

2002

最大値

193.96

7072.4

124

 

平均値

6.62

770.1

 

 

最小値

0.01

56.2

 

 

水域パッチの衰退は降雨の減少、地下水の過度な採集により引き起こされると考えられる。これは砂漠化の進行を招き、地域環境に深刻な影響を与えると危惧せざるを得ない。

以上の結果からみると、当地域は乾燥化が進み、砂漠化がいっそう進行していると推測できる。

 

6.結論

 

 本研究はASTER/VNIR、SWIR、DEMデータを用いて、コルチン砂地における砂漠化進行を分析した。その結果、以下のことが確認することができた。

(1)     ASTER/SWIR画像は乾燥・半乾燥地区の植生分類にとても効果的であった。それを用いて、砂漠化進行の土地の植生量遷移を精密にとられることができた。

(2)     ASTER/VNIRは15m解像度を持つため、コルチン砂地に分散する集落を読み取ることができる。

(3)     ASTER/DEMは大きな起伏をもつ地域の地形をよく取れるとみられる。コルチン砂地の地形も計測できた。しかし、そのデータから算出した地形湿度指数は植生条件と大きな関係が見られなかった。それは10mほどの高低差しかない砂丘と低地との間の差をASTER/DEMで十分に取れないことに原因があると考えられる。

(4)     コルチン地区の砂漠化は北西方向から南東方向に進んでいる。景観生態的にいうと、北西地区では移動砂丘、半移動砂丘が連結され、植生のある低地が孤立するパッチとなっている。一方、南西地区ではそれと逆である。

(5)     コルチン砂地において、砂漠化、特に乾燥化が進み、水域の消失と砂漠化の進行に拍車を掛けていることを観察できた。

 以上の研究成果は、定性的な考察にとどまっているが、いずれも景観生態学的指標で定量的に評価できるものである。

これらの研究成果を踏まえ、同地域において砂漠化が進行するメカニズムを解明し、有効な防止策を打ち立てるためには、以下に示す課題をさらに研究する必要があると考えられる。

(1)     本研究ではSWIR画像により移動砂丘の空間的遷移に関して、有効な情報を提供することができた。それをもとに、砂漠化が進行する土地において植生の組成を詳細に調査すると、SWIRのスペクトル特性を定量的に評価し、分類クラスの意味付けと砂漠化の進行する土地における植物遷移との関係をさらに明らかにする必要がある。

(2)     本研究では集めた多くの歴史的地理データを解析して、砂漠化の進行する土地、そうでない土地、その自然的、社会的条件を明らかにすることはこれからの砂漠化防治に多くの知見を与えるに違いない。とくに1960年代のCORONA写真やロシア製地形図は中国が鎖国時代のものであり、当時の間違った農業政策は今日の砂漠化拡大の原因としても考えられる。それを今日の砂漠化と一体的に考察することにより、経済・社会システムが砂漠化の進行並びに地域の自然環境の変化に与える影響などを解明することができるだろう。

(3)     本研究では2つの植林地を事例としてしか取り扱わなかった。現地政府やNGOからより多くの植林地データを入手し、そこの植生変化を地上データと衛星データを用いて時系列にモニタリングし、植林地が砂漠化防治にもたらす効果を詳細に考察・評価することができるようになり、より科学的かつ計画的に植林事業を展開することにもなる。

 

謝辞

 

 本研究は慶應義塾大学森泰吉郎記念研究振興基金2002年度研究助成によって行ったものである。研究の実施にあたり、現地調査に際して、通遼市林業局、科爾沁左翼後旗政府、NGO緑化ネットワークから協力を頂いた。研究に関連して行われた砂漠緑化フィールド研修プログラムに北京林業大学王 賢教授、武蔵工業大学環境情報学部吉崎真司助教授から多くの支援を頂いた。慶應義塾大学総合政策学部寺岡真樹君は画像データの処理に協力を頂いた。この場を借りて、以上の方々に謝意を表したい。

 

参考文献

 

奥村武信(2000)乾燥地の砂漠化と流砂,平成12年10月21日(土)開催「市民公開講座」テキスト,日本砂丘学会.

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国友淳子・森本幸裕(1999)リモートセンシングによる中国毛烏素沙地における植生量の定量評価と季節変動の解析、第13回環境情報科学論文集、pp.115-120

国友淳子・森本幸裕(2000)中国毛烏素沙地における衛星画像を用いた植生量および放牧圧の推定、J.JILAVol.63(5)pp.532-534

立入 郁・武内和彦(1998)中国内蒙古自治区奈曼旗における土地条件と砂漠化面積変動の関連性、第12回環境情報科学論文集、pp.107-112

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立入 郁・衣笠聡史(2000)偵察衛星CORONAのデータを用いた中国内蒙古自治区奈曼旗の砂漠化のモニタリング、写真測量とリモートセンシング、Vol.39(5)pp.4-13

真木太一(1996)中国の砂漠化・緑化と食糧危機,新山社.