「西部大開発に関する日中学術共同研究」に関する

現地調査報告書

 

20021022

香川 敏幸

 

  1. 出張者
  2. 香川 敏幸 慶應義塾大学 教授

    前進 SFC研究所 訪問所員

    栃尾 圭亮 慶應義塾大学 政策・メディア研究科 修士二年

    久保田 絵里奈 慶應義塾大学 政策・メディア研究科 修士一年

    ティンティン 慶應義塾大学 総合政策学部 二年

     

     

  3. 日程
  4. 2002109日(水曜日)〜1014日(月曜日)

    四川省成都市、重慶市

     

     

  5. 面談先一覧
  6. 1010日(成都市)

    四川大学 数学学院

    1011日(成都市)

    ハイテク経済開発区

    投資服務局

    1012日(成都市)

    都江堰プロジェクト

    1013日(移動日)

    1014日(重慶市)

    重慶大学 数理学院

     

  7. 概容

  1. 現地調査の目的
  2. 中国は、中国共産党第十五期中央委員会第五回総会において、第十次五ヶ年計画(2001年〜2005年)の中で、西部大開発を実施する方針を採択した。これは、1980年代にケ小平が提起した、「2つの大局」という考え方を基盤とする。すなわち、東部沿海地域を優先的に発展させた結果、生じる経済格差の是正について、発展した地域が発展の遅れた地域を支援し、その開始時期あ20世紀末に中国社会が小康水準に達した段階で重点的に提起・解決すべきとする、というものである。

    以上の背景を持って、本調査の目的は、以下の2点である。第一に、西部大開発の活動中心である、四川省成都市、重慶市の現地期間を訪問することによって、西部大開発が及ぼす様々な地域の変容を捉えることである。今回、私たちは、開発・環境・インフラストラクチャー(以下、インフラと称す)という3つの視点から、基礎調査を行った。第二に、本研究の位置づけとして、私たちが西部大開発に関する研究をさらに持続させていくため、中国の学術機関と研究のパートナーシップ関係を結ぶことである。

     

  3. 現地調査による成果

今回、私たちが訪問した機関は、2つの高等学術機関(四川大学、重慶大学)、2つの政府機関(ハイテク経済開発区、経済服務局)である。これらの訪問先で得たインタビューから得た情報と、地域中未の声とを比較検討してみると、以下のことが考察できる。

 

・政府機関、学術機関、地域住民の認識にズレが生じている

西部大開発の進捗状況について、各機関の主張は多様である。投資服務局では、1991年以降に行われた経済発展を「10年が経過し、その間に大きな変化があ」り、「現在、国有企業と外資企業の合弁によ」る「民営化」や、「6000もの民営企業」が今後の経済発展の中心であるとして、積極的に賞賛しており、「成都市に住む人々は投資者である企業に好意的である」という。一方で、四川大学は「西部大開発は下火になりつつあり、政府のスローガンのみが形骸化している状況である」と述べる。実際、「四川省成都市や重慶市は工業が主な産業であるが、雲南省や貴州省、西蔵自治区などは観光産業が圧倒的に多い」ことを指摘しており、これらの状況は「市場開放後も中央政府の中心は、依然として東部にあり、東部に目を向けすぎた後遺症」であるとしている。ところが、同じく口頭教育機関である重慶大学では、「西部大開発は単なるスローガンだけではなく、実際に実行されているプロジェクト」であり、「自立的な発展ではない」としつつも、資金面における「民間企業の貢献度は高い」と積極的な意見も持ちあわせているのが特徴である。

その背景として、重慶大学は政府へ統計と情報を提供していることから、比較的政府的な思想を持っているのではないか、と推測される。

・西部地域内における経済格差が拡大している

これは、いずれの機関も認めていたことであり、西部地域内における経済格差が深刻化している、と述べている。四川大学は、西部大開発が「下火になりつつあり、政府のスローガンのみが形骸化している状況」であるとはっきりと打ち出しているが、政府機関と重慶大学はそうは明確にには表さず、「問題点」と指摘しているのみにとどまっている。以上から、西部大開発自体の方向性をも観察していく必要性が出てきたことが明白になった。

 

・大学との研究上のパートナーシップ

今回、重慶大学とのパートナーシップを結び、今後共同研究の可能性をつかんだことは、非常に興味深いものであった。彼らは政府に情報を提供している身であるため、直接的には提供することはできないという。しかし、既に公表された部分、すなわち、人口、交通、エネルギーに関しての問題を取り扱い際の技術面での支援を申し出てくれたことは、大きな成果と言える。以上から、今後の西部大開発研究において、今後の足がかりになると共に、これらの連携はプロジェクトが回数を重ねるにつれて拡大するものと思われる。

 

 

  1. 面談記録

  1. 四川大学 数学学院
  2. Sichuan University Department of Mathematics

     

    【先方】 Ms. Zhu-Yu Li, Doctor of Science(Statistics)

    【当方】 香川敏幸 慶應義塾大学 教授

    孫前進 慶応義塾大学 SFC研究所 訪問研究員

    【日時】 1010日(木曜日)10:0012:0013:0014:00

    【場所】 四川大学 数学学院

    【目的】 西部大開発の進捗状況を統計学の視点から捉える。その際には、高等学術機

    関が見る西部大開発の全体像を、開発・環境・インフラに関する情報を確認

    しながら、把握することを目的とする。

     

    【質問項目 四川省について】

    四川省成都市は、60年代の三線建設以来の開発の拠点である。主な大型の国有企業や重工業の工場を建設するために、多くの農民が成都市を引き上げ、地方へと移住した。2001年以来、西部大開発というスローガンが大々的に取り上げられ、成都市に人々が戻ろうとする動きがあるが、全員が居住するスペースがなく、成都市周辺までしか戻ることができない現実がある。

    中国政府の政策としては、三線建設の実施によって、成都市から地方に行った農民達を成都市の工場で雇用する、というもので成都市農民は比較的裕福であると言える。しかし、環状3号線、4号線が完成することによって、市内で生活するために必要なコストが上昇してしまったため、農民は依然として低い立場にある。

    成都市の収入分布としては、若年層から中高年層への収入の差がさほど大きくない(最大100元程度)ことが特徴としてあげられる。また、農民の収入のうち、80%が消費され、また、それによって中国の経済が維持されている。しかし、中国の経済データが正しいとは言えないのが現状である。現在、政府は47万件のデータを、各省は35万件のそれを所持しているが、非公開である。特に、四川省は地方と中心部との格差が拡大しているので、ミクロ経済的に差を捉えることは困難を極めることになる。

    人口調査は、政府によって実施されているが、近年問題視されているものは、移動・流動人口である。この問題に関して地域統計は解決策を見出せないでいるのが現状である。今年(2002年)、朱総理が四川省を訪問したことにより、ビッグチャンスを得ることになった。西部大開発の焦点を四川省に当てる予定であったが、実際、西部大開発は困窮している。報道の白熱とは裏腹に現実は厳しく、次回の五ヶ年計画では更に悪化することが予想される。

     

    【質問項目 教育について】

    西部大開発では、教育にも重点を置いている。そのため、浙江省・雲南省・貴州省・西蔵自治区においては、東部沿海部から教師を招聘し始めている。例えば、西安師範大学では、半年から1年程度の機関、東部の教師を西部に派遣し、教育を行う制度を設けている。これは比較的短期間であり、西部での就労にも関わらず、東部レベルの給与体系であることから、よく利用されている。

    しかし、西部地域の人口は多く、教師派遣についてもバランスが悪いのが現状である。大学はおろか、高校に入学することが出来る人々は多くない。教育に対する法整備がなされ、政府より三猿優遇措置を得ても、なおかつ西部地域の省は貧困状態にある。例えば、当大学(四川大学)の設備は、重慶大学と提携を行っているが、両大学共に一つの部屋に23人の教授が同居している状態で、十分な整備が提供されていず、西部地域に位置する大学は更なる困難が待ち受けていることが予想される。

     

    【質問項目 四川省における西部大開発の現状について】

    中国政府は、第十次五ヶ年計画決定後に、調査グループを結成し、市場か指数を計算した。これによれば、西部地域内において格差の深刻な拡大が見て取れる。政府は西部地域の天然ガス・石油・電気をパイプラインによって東部に輸送しようと考えている(西気東送、西電東送)、例えば、上海―新疆パイプライン(石油)、四川―上海パイプライン(天然ガス)などがある。これらのパイプラインの敷設は、各省相互に利潤が見込めるとして、現在建設中である。

    しかし、四川省・貴州省の天然資源を上海に輸送することは、近年環境保護問題が叫ばれる中、非常に厳しいものとなっている。例えば、一部の西蔵民族の生活拠点は森林にあるが、政府が環境保護をすることによって、彼らが困窮の地位に伏しているため、民族に生活費を付与している、という状況がある。西蔵民族から見れば、給付される生活費が低いことは不満の対象であり、したがって不足分を観光産業などによって補完するしか方法がない。実際、四川省成都市や重慶市は工業が主な産業であるが、雲南省や貴州省、西蔵自治区などは観光産業が多い。以上の状況は、市場開放後も中央政府の焦点は依然として東部にあり、東部に目を向けすぎた後遺症である、ということが出来るだろう。

    実際、西部大開発は下火になりつつあり、政府のスローガンのみが形骸化している状況である。市場開放の影響も低い水準のままであり、食物や衣服の物価は安い。主な収入源としては、観光産業・漢方薬を上げることが出来るのみである上に、現在の西部地域は各省による競争の時代が到来している。統計学的に言えば、最も低水準にある地域は貴州省・陜西省・西蔵自治区・東北地方であり、高水準にある地域は、四川省・重慶市である。四川省や重慶市における問題としては、農民に対する教育問題がある。具体的な方向性は未定であるが、今後西部地域が発展をしていくには教育は不可欠な要素となってくる。西部地域は資源は豊富なものの、農民の技術が低いために起用することが困難であり、農民に対する技術教育の必要性が唱えられている。実際、省内の農民を使わずに、浙江省出身の大工を利用することが多々ある。

    また、西部地域農民の経済状況としては、毎日生きていくだけの食糧を得ることができる程度である。貧困に苦しむ彼らが食べ物を得るための最終的な手段としては、北京市で軽犯罪を犯し、牢獄で食糧を得る、という状況にある。また、成都市中心の発展とは裏腹に、周辺地域との格差は大きい。実際、成都市付近には、四川省で最も貧しいとされる農村が存在している。発展と貧困の表裏一体の状況において、急激な発展と相俟って治安の悪化が指摘されている。

    しかし、環境保護の観点からは、徐々に向上している。河川への生活用水の混入禁止など、国家による3ヵ月に一度の検査が功を奏したといえる。インフラ面においても、未整備地域が多く残されている。四川省には34ヶ所の飛行場を有しているが、整備状況は悪く、交通手段は不便である。工業面においては、四川省・雲南省は漢方薬の製薬をメインとした産業を打ち出しており、特に四川省では漢方薬を研究する機関として、四川医科大学も整備している。ハイテク開発区では、様々な優遇措置があり、例としては、留学生の積極的採用がある。

    総括すれば、現在の中国の西部大開発では既存のものを全て壊し、新しいものを作ろうとする動きである、ということが出来る。全体的にはまだレベルは低い水準にあるが、インフラ整備など、ここのプロジェクトを見る限り、徐々に向上してきていると言える。しかし、成都市と周辺地域との格差は大きく、深刻である。

  3. 投資服務局
  4. The Chengdu Hi-techIndustrial Development Zone

    Bureau of Investment Sevices The Sommision of Foreign Trade and

    Economic Cooperation

     

    【先方】 Mr.Gang Lee, PH.D Department of Foreign Investment Deptuty Director

    【当方】 香川敏幸 慶應義塾大学 教授

    孫前進 慶応義塾大学 SFC研究所 訪問研究員

    【日時】 1011日(金曜日)10:0013:00

    【場所】 成都市投資服務局

    【目的】 西部大開発の進捗状況を政府系機関の視点から捉える。その際には、高等学

    術機関が見る西部大開発の全体像を、開発・環境・インフラに関する情報を

    確認しながら、把握することを目的とする。

     

    【質問項目 重慶市における西部大開発の現状について】

    四川省成都市が第八次五ヶ年計画において経済開発の重点都市に認定されて以来(91年に認定)、約十年が経過し、その間に大きな変化があった。十年前、成都市一帯は農村であったが、現在は四川省の中で最も盛んな工業地帯と化した。GDPは138億元に達し、第二次、第三次産業が著しく増加した。中国経済と四川省経済が共に発展した好例である、と言える。

    重慶市には、二つの産業が発達しており、ひとつはIT、もうひとつは漢方薬である。漢方薬は、全部で18万種類のうち約5,000種類がメインとなっている。特に、漢方医学と西洋医学のミックスによる新しい薬品開発が盛んであり、これには必ず四川省産n漢方薬を成分として取り入れることを義務づけている。この産業は発展しており、中には現在15億元もの収益を上げる企業も出現し始めている。

    投資環境について、ハード面においては数十億元もの資金を投入してインフラ整備を行うことによって、交通の便が改善されているように思われる。3年以内に成都―昆明間、成都―紹州間の高速道路が完成するため、成都市は西部中枢都市となるであろう。

    成都市に住む人々は投資者である企業に好意的であり、多くの日本企業も進出している。例えば、住友、トヨタ自動車、伊藤忠商事、富士フィルム、三菱などがある。特に、住友は初期投資として1,000万ドルを準備したが、結果として事業に成功し、現在は2,000万ドルを越える投資を行っている。

     

    【質問項目 産業構造について】

    成都市の産業構造において、変動が起きている。成都市は、国有企業の比率が比較的高いが、現在国有企業と外資企業との合弁によって民営化を進めている段階にある。ただし、鉄道と郵便事業は国家によって行われている。先進的な改革としては、現在6,000もの民営企業が成立しており、今後は民営企業の時代ということが出来よう。

     

  5. 重慶大学 数理学院

Chongqing University Department of Mathematics

【先方】 Mr.Gang Lee, PH.D Department of Foreign Investment Deptuty Director

【当方】 香川敏幸 慶應義塾大学 教授

孫前進 慶応義塾大学 SFC研究所 訪問研究員

【日時】 1013日(日曜日)10:0012:0013:0015:00

【場所】 成都市投資服務局

【目的】 西部大開発の進捗状況を統計学の視点から捉える。その際には、高等学術機

関が見る西部大開発の全体像を、開発・環境・インフラに関する情報を確認

しながら、把握することを目的とする。

 

【質問項目 重慶市における西部大開発の現状について】

西部大開発は単なるスローガンだけではなく、実際に実行されているプロジェクトである。重慶市は荷台プロジェクトを抱えており、ひとつが西部大開発プロジェクト、もうひとつが三峡建設であり、後者に力点をおいた取組みを行っている。

重慶市は人口3,000万人を抱える西部地域における唯一の直轄市であるが、その主な要因として三峡建設が挙げられる。

中国の発展は、東部沿海部に集中し、人口も集中している。一方。西部地域は開発の余地が多く残され散るが、当初の予測より実際の発展及び実行が遅れている。陜西省、四川省は更なる発展段階を迎えている一方で、西蔵自治区、新疆ウイグル自治区は著しく遅れている。現在、周辺地域との貿易が模索されている。特に問題なのは、西蔵自治区、新疆ウイグル自治区は裕福ではない省と隣接しているため、貿易が困難なことである。

西部大開発自体の問題点としては、現在の発展の大部分は東部によるものであり、西部地域自身による自立した発展ではないため、東部沿岸地域から来た人々が戻った後、発展に遅れが生じてしまうのではないか、との懸念が持たれている。また、人口が少ないため、発展が進行している陜西省、四川省、重慶市と他の西部地域との格差が問題視されている。

 

【質問項目 資金面について】

技術・資本・人材は発展の必要条件である。国家による資金援助の他に、民間からの援助、また国際的な援助が存在する。これらによってゴルムドーラサ間の鉄道敷設などのインフラ建設が行われているが、その工事は立ち後れている状況であり、さらに23年かけて完成される予定である。

また、民営企業の貢献度は大きく、国家の資金援助はもはや限界に達している。国家は主に、政策援助を行っている状況である。

 

【質問項目 人口流動について】

高い技術を持った人々が東部沿岸部へ流動していく動きの中で、重慶市周辺に住む人々も重慶市に集まってくるのではないか、と予想される。昨年(2001年)実施した国勢調査の結果を見れば、10年前より東部沿岸部への人口流出が減少していることが分かる。その背景としては、以下の3つの理由が考えられる。すなわち、第一に、東部に流出していた人口が自身の能力不足によって戻ってきたこと、第二に、西部大開発に魅力を感じて戻ってくる、もしくは流出せずに西部に留まる可能性が高いこと、第三に四川省成都市や重慶市がすでに大都市と化したこと、が考えられる。実際、第一次産業の割合が、10年前は90%であったが、昨年度(2001年)は58%(兼業を含む)にまで減少している。また、郷鎮企業の活躍が目立ち、市場経済の浸透を見ることができる。

特筆すべきは、流動人口の質が変化したことである。すなわち、東部の大都市に行くのではなく、西部地域の大都市に行って戸籍をとるケースが増加している。

 

【質問項目 統計データの採取について】

重慶大学は中国政府の統計局に対して、データの支援を行っている。中国政府には精密なデータは少なく、その背景として、政府が恣意的にデータ操作を行っている可能性が考えられる。また、本大学(重慶大学)は国勢調査を行っていることもあり、その研究内容は非公開となっている。現在、重慶市では20のプロジェクトが実行されており、その中の四大重点プロジェクトのうちのひとつが人口調査プロジェクトである。

 

【質問項目 西部地域の住民に対する金銭面の援助について】

中国政府が全ての貧困状態にある人々について資金援助を行うことは不可能である。援助を得るボーダーラインとしては、対象を月収180元以下と定めている。現在、100万人の移民と100万人の省内の貧困者に付与しているが、単に付与するだけでなく、職業探しなども援助している。西部大開発は、従来より行われている作業の延長に過ぎず、住民は自分の生活水準がどれだけ上昇したかによってしか、発展の水準を図るすべがない。少なくとも、都市部はインフラ建設などの面において発展を実感しうるが、農村では実感できる部分が少ないのが現状である。

 

以上