2002年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科博士課程
常盤拓司

研究課題:
コンピュータ音楽の作曲技法のモデル化に関する研究

研究課題の概要:
本研究は、コンピュータ音楽、エレクトロアコースティック音楽の作曲技法について検討を行い、楽曲構造のモデルの構築と、その検証のための作品の制作を行う。これらの音楽での作曲は楽譜と音符による作曲による表現と異なり、電子音や具体音などが素材となる。また、コンピュータを用いる場合、部分的な構造や、素材音と構造の中間的なものをコンピュータプログラムで生成し利用することが多いため、既存の作曲という枠組みからのアプローチのみでは、概念的に限界が発生する。本研究では、これまでに提唱されている作曲技法や楽曲構造の概念について検討を行い、それらを包括する作曲技法の構築と、その検証と、デモンストレーションのための作品の制作を行う。


取り組みの概略:
本研究では,以下の取り組みを行った.

  1. 情報処理学会 音楽情報科学研究会での研究報告
  2. インターカレッジコンピュータ音楽コンサート2003での作品発表
  3. 日本科学未来館での作品発表(予定)

  1. 情報処理学会 音楽情報科学研究会での研究報告

    発表の概要:
    2002年3月,および4月に国際フェスティバルにおいて発表した作品の制作方法について検討を行ったものを,発表した.
    研究会では,創作の方法論に関する研究の優劣を判定する指標として,その方法論によって優れた作品ができるかということが重要となるという指摘を受けた.

    研究報告のPDFファイル
    発表の際に用いたpowerpoint
    four tears -first movement
    four tears -third movement

  2. インターカレッジコンピュータ音楽コンサート2003での作品発表

    概要:
    研究の直接的な応用として作品「Rain season」の制作を行った,インターカレッジコンピュータ音楽コンサート2003において作品発表を行った. この作品の制作では,研究会で報告を行ったアイデアを実際に利用するためにはどのような方法が適切なのかということを実際の制作を通じて検証することを目的としていた.

    楽曲制作の方法:
    楽曲の制作作業を楽曲を構成するブロックの構成と楽曲全体の構成の2つに分け,それぞれに異なった方法を用いた.楽曲を構成する各ブロックの構成は,音響合成言語Csoundのためのマクロ言語CMaskを用いて,議事乱数を用いた自動生成プログラムを用いて,ブロックごとに異なった音素材を用いた.全体の構成は,グラフ用紙上で事前に制作し,音編集ソフトウェアを用いて実現させた.

    プログラムノート:
    この作品は、7種類の音の素材と、それによって作り出される音の塊によって構成されている。それぞれの音の塊は、アルゴリズミック・コンポジションによって作られた短い楽曲となっている。この作品の内部では、この短い楽曲が楽曲の中で幾重にも重なりあい、さらに大きな部分的楽曲が作り出される。楽曲全体はこの部分的楽曲がさらに重なり合うことによって形成される。

    短い楽曲(=音の塊)を作曲するアルゴリズムは、擬似乱数を用いて以下の3つ の要素を決定している。

    1. 塊を構成する音の数
    2. それぞれの音の発音される時刻
    3. 左右の音の大きさのバランス(パンニング)

    この作品の音の塊の生成には、CMaskを、音の塊の生成にはCsoundを用いている。
    楽曲全体の構成は、あらかじめグラフ用紙上で行い、マルチトラックの編集ソフトウェア上で、構成プランに基づいて編集を行った。ソフトウェアはCool EditPro 2.0を用いた。

    アルゴリズムのソースコード(一部)
    楽曲の構成図
    楽曲

  3. 日本科学未来館での作品発表(予定)

    概要:
    2003年4月に日本科学未来館において開催される"Imaginaly Soundscape"(主催:"Imaginaly Soundscape"実行委員会,共催:日本科学未来館)において,アイデアを楽曲の時間構造以外の要素に対する適用と,楽曲の全体構造をブロックのアイデアに基づき作曲するプログラムによって生成するという方法を試みる.

まとめ
本研究では,情報処理学会音楽情報科学研究会において報告を行い,その際の指摘から,アイデアの具体化と検証を行った.
その結果,作品という形でのアイデアの提示は具体的でわかりやすいものとなった.しかし,楽曲というアウトプットの形式は方法論の良し悪しだけではなく,作家の音楽性が大きく影響する.
そのため,楽曲という具体化された形を評価するという方法の場合,アイデアに対する評価と楽曲の音楽性の二つの評価対象が混在することになる可能性が高い.
また,現在まで,研究の対象として時間軸上の構成の方法として適用してきたが,今後はさらに他の要素に対して適用することも考える必要がある.
このことから,本研究の次の段階として,方法論にに対する作品の美的価値観以外の軸による評価の方法と,音楽作品という形式以外での方法論の応用の可能性の2点について,今後も取り組む必要があるという結論を持った.現在予定されている日本科学未来館で発表する楽曲では,特に後者について試みる予定である.