2002年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成金報告書
「研究者育成費 修士課程・博士課程」
研究課題名 日中間における酸性雨対策の効果的な環境政策の研究
氏名 吉田 敦子 所属 政策・メディア研究科・修士課程1年
サステイナブル・ディベロプメント グローバル環境システム
連絡先(Tel) 090-9887-3617 e-mail
ayoshida@sfc.keio.ac.jp
研究課題
工業化を急ぐアジア各国では、今後酸性雨問題が深刻な問題となり、危機的な状態に陥ることが指摘されている。その中でも中国は人口増加、エネルギー需要の急増などにより、SOXとNOXの排出量が、加速度的に増加する。もし、中国が石炭の大量使用に歯止めをかけなければ、今後20年間で酸性雨が日本の土壌の多くに破壊的被害を与える恐れがあるともいわれている。そこで中国に技術、資金援助を行なっている我が国は、今後どのように対処していけばよいのか、日中間でも欧州諸国や米・加が行ってきたように、法や条約の締結必要性を明らかにし、様々な国際機関へのインタビュー、調査を行ない、データベース化する。最終的には日中間の酸性雨政策の効果的なシナリオを作成していく。
1.研究の背景
今後工業化を急ぐアジア各国では、酸性雨問題が深刻な問題となり、危機的な状況に陥ることが指摘されている。そのなかでも、中国は人口増加、エネルギー需要の急増などにより、二酸化硫黄と窒素酸化物の排出量がアジア地域の中でも極めて多く、さらに今後加速度的に増加するとされている。専門家によると、もし、中国が石炭の大量使用に歯止めをかけなければ、今後20年で酸性雨が日本の土壌の多くに破壊的被害を与える恐れがあると結論付けている。
さらに、酸性雨は中国から国境を越えて日本に到来してくる。すなわち中国における酸性雨の影響は、中国本土にとどまらず、日本にも影響を及ぼすのである。中国の酸性雨問題の解決は、日本における酸性雨問題の解決にも影響を与えるので、日本と中国が協調して中国の酸性雨問題に取り組むことは、両者にとって意義のあることである。
そこで、本研究では、中国に技術、資金援助を行なっている我が国が、今後どのように対処していけばよいのか、日中間でも、欧州諸国や米・加が行なってきたように、今後、法や条約を締結した方がよいのかなどを明らかにし、様々な国際機関へのインタビュー・調査を行ない、データベース化し、日中間の酸性雨政策の効果的なシナリオを作成していくものである。
2.研究の目的
酸性雨問題は越境大気問題であるため、一国では解決できるものではない。そこで、関係する国の間で協力してその対策を講じることが必要である。本研究では日中間の協力により、この越境大気問題を解決するシナリオを提案することを目的としている。日中が互いの所得格差や環境に対する価値観の違い、自国における利益の優先等の問題を越え、EANET(補注1参照)、日中間の協力を今後どのような手法で、どこまで進めていけるのか、様々なケースを予測し、アジア地域の酸性雨削減の成功に向けての一助としていきたいからである。
補注1:東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)
東アジア地域の急速な経済成長、エネルギー消費量の増加により広範囲にわたる大気汚染と酸性雨が出現する恐れがあることを踏まえて、環境庁は東アジアモニタリングネットワーク構想を1993年に提唱 参加国:中国・インドネシア・日本・韓国・マレーシア・モンゴル・タイ・ロシア・フィリピン・シンガポール 内容:酸性雨の実態を評価するために協同でモニタリング方法を検討する モニタリング方法が異なっていることに鑑み、それぞれ地域に適したガイドラインを策定することが有益 |
3.研究の概要
日中間において、資金援助、技術協力などにおいては、行なわれていることが、文献、資料、インターネットなどから明らかになっている。また、欧州や米・加においては酸性雨に関する法や条約などの締結が行なわれていることも明らかになっている。しかしながら、日中においては、議定書や枠組み条約などといった政策面においては行なわれていない。したがって、日中の酸性雨における政策の研究を進めていく。
また、現在行なわれている日本における経済援助や、排煙脱硫装置などの技術の導入が、中国で円滑に機能していない現状がある。これを克服するためには、今後日本がどのようにしていけばよいのかといった政策も研究していく。
まず、はじめに各国の酸性雨の現状とその対策について把握し、特に、多国間協力の酸性雨対策や、他国におけるSO2・NO2削減のための条約、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)の現状を調査することにより、酸性雨対策の現状と問題点を把握する。次に調査結果に基づいて日中二国間協力のシナリオ・シミュレーションを作成し、コスト・ベネフィット分析を行なう。次に、議定書や条約等の作成においての問題点と、可能性、種類、さらに日中二国間、日中韓、EANETのなかでの比較分析などを行ない、最も効果的なシナリオの提案を明らかにする。
4.研究計画
修士課程においては、以下の手順で研究を進めていくことを考えている。
(1)
日本の酸性雨の現状調査(修士1年6月)
(2)
中国の酸性雨の現状調査(修士1年6月)
(3)
酸性雨における他国における国際的な枠組みの調査(修士1年8月)
(4)
アジア太平洋地域におけるSO2発生量予測・シナリオの収集(修士1年10月)
(5)
多国間協力、EANETの状況の把握(修士1年12月)
(6)
日中二国間の政策に向けての条約などの可能性(修士1年12月)
(7)
日中二国間条約の問題点(修士1年2月)
(8)
日中韓・EANETにおける条約締結と比較(メリット・デメリットの調査)(修士1年3月)
(9)
最適な協力シナリオの作成・提案(修士2年4月〜12月)
(10) 修士論文の作成(修士2年8月〜1月)
5.具体的な研究計画と研究方法
上記の(1)(2)においては、文献、資料、雑誌、インターネットから収集する。(2)では、中国の酸性雨の現状だけでなく、中国の環境保護システムなどによる環境法・環境政策、環境技術においては脱硫排煙装置、バイオブリケット技術などの進行状況・現状把握、環境意識においては市民の環境調査など幅広く現状を把握し、資料を収集する。なぜなら、問題とされている中国の酸性雨問題に関する現状が把握できていなければ、日中の政策の立案は不可能であるからである。
(3)においては、日中での酸性雨政策を立案するための参考とするために、過去のデータとなりうる欧州、米・加においての結果や問題点などを把握することになる。(4)においては、国立環境研究所が作成したデータを収集し、可能であれば作成した専門家へのインタビューを行なう。
(5)では、酸性雨におけるアジア地域における多国間協力(EANET)の進展状況をインターネットなどから把握し、現状の問題点などを酸性雨研究センターにおいてインタビューしていく。次に(6)で日中二国間での政策、条約締結における可能性を考察する。なぜなら、日本と中国では制度的問題、所得格差、中国における経済優先主義、環境意識の違い、技術者の不足などの様々な問題により政策の立案が困難であるため、不可能な政策が生じてくるからである。また、現在行なわれている日本からのODA・円借款などが中国における酸性雨問題の解決策となっているが、このなかにも問題点が数多く存在するので、ODAによる資金援助、技術の導入に関する今後の展望も考察していく。さらに、(7)でこれらを踏まえての問題点を明確にしていく。
なお、各機関へのインタビューや調査等で得た情報はデータベース化する。これらの情報は今まで誰も手をつけなかった条約締結のシミュレーションである協力シナリオに役立つ非常に有益な資料となる。
(8)では、政策(条約締結)において考えられる種類は3種類あげられる。第1に日中二国間、次に日中韓、最後にEANET(アジア地域の参加国10カ国)である。これらを比較分析し、どれが有効的かつコスト削減で行なえるのかを考察していく。そして最後に最適な協力シナリオを作成・提案し(10)論文を作成していくのである。
6. 研究成果
6.1 中国の現状
過去のシュミレーションモデルにおけるアジア地域の排出量予測と、最近の新たなデータを比較してみた。その結果1997年より中国においては、予測とは大幅に違う結果が現れていた。しかしながら、表1からもわかるようにpH値を考慮してみると、過去2年間で大幅に改善されており、文献からのデータの正確さを問わなければならないことになった。
風よけ 降水試料自動捕集装置 故障していた!!
従って、環境局からの文献などからデータを収集するのではなく、実際に中国に行き、調査する必要があった。中国での調査を明確に行うため、まず国立環境研究所の村野健太郎教授のもとへ行き同行して頂き、日本での酸性雨測定状況を調査した。調査した場所は、長野県の八方尾根酸性雨測定所と長野県衛生公害研究所である。
八方尾根酸性雨測定所、長野県衛生公害研究所による調査の結果、中国で以下に着目し調査しなければならないことが明らかにされた。
1.器具
2.調査の周期
3.温度 25℃±1℃ EANETでは規則とされている
中国でしっかりできているかどうかは難しい
監視する人がいない
この温度にしていないと全く違ったpH値が出る
また、中国での関係者、専門家へのインタビューも行った。
6.2
環境フォーラム、シンポジウム、国立環境研究所における情報収集
国立環境研究所に何度も行き、フォーラム・シンポジウムにおいてはIIASA-RITE国際シンポジウム、CREST International Symposium、日中環境協力情報交流会、新潟大学 酸性雨集中大講義、UFJ総合研究所環境友の会「名古屋大学加藤教授における排出権取引、CDMの情報交歓会」などへ参加し、インタビュー調査、情報収集を行った。
表2 One-Atmosphereモデル
現在、米国EPAでは3/CMACモデルでOne
Atmosphereといったモデルなどが行なわれていることが明らかにされた(表2参照)。
これはO3やNOX、OHなどマルチな汚染物質にわたるモデルである。このようなモデルを使用することにより、NOXを50%削減するなどのコンセンサスを得て、科学的なファンディングを行なっている。しかしながら現在日本を含むアジア地域においては、このような政策的オリエンティッドなモデルは現在行なわれていない。したがって、アジア地域では、表3の既存のコンピュータシミュレーションモデルであるRAINS−ASIAを使用していくのが最も望ましいことが明らかになった。
米国などにおける先行例などを考察しながら、我々はアジア地域における酸性雨問題の対策を講じていくべきである。
7. 今後の展望
上記の研究成果により、今後は以下について調査していく必要がある。
1.排煙脱硫装置の稼動状況と調査
2.1における結果より対中環境ODAの見直し
3.中国での酸性雨測定状況の分析と評価
4.RAINS-ASIAモデルにおけるシミュレーション
5.他国での条約締結における成功例から考察したアジア地域(EANET)での今後の枠組み条約の作成
8. まとめ
東アジア全域においての防止対策としては、化石燃料の使用を減らす省エネルギーやエネルギーのベストミックス、一極集中の打破、化石燃料の事前処理などが必要である。また日本は東アジアの中でも唯一の先進国である。そのため、日本は東アジアの酸性雨改善のために決して努力を怠ってはならない。EANETなどで国際比較できる酸性雨データを作成し、統一した手法による酸性雨の観測、国際的な共同実施の実現にむけて全力をつくし推進していかなければならない。またモデルに関しては、SOX、NOXさらに黄砂を含めた中国等を納得させることのできる開発が必要である。さらに観測用機器の提供や、専門家の派遣なども引き続き行なっていく必要がある。