2002年度森基金報告書


土壌汚染マップの構築と汚染リスクを含んだ資産価値評価手法の開発
介護サービス市場への外国人労働力導入の可能性

慶應義塾大学大学院政策メディア研究科
修士課程1年 GeoInformatics所属
白井 泉(izumi517@sfc.keio.ac.jp)


森基金は、「土壌汚染マップの構築と汚染リスクを含んだ資産価値評価手法の開発」をテーマに申請をし、当初はこの研究に取り組んだ。しかし、研究を進めていく上でいくつかの理由故に、テーマを変更し、「介護サービス市場への外国人労働力導入の可能性」について研究を進めた。


土壌汚染に関する研究について

 森基金の申請時には、「土壌汚染マップの構築と汚染リスクを含んだ資産価値評価手法の開発」を研究課題に掲げた。前期中盤までは、このテーマのもとに研究を続けた。しかし、
1)汚染マップを構築するためには個々の土壌の汚染調査が必要であるが、汚染調査が行われているサイトは限られたものである、
2)すでに汚染が発覚しているサイトもすべて一般には情報公開されているわけではない、
3)資産価値評価手法として、なんらかの定量的な分析を行うことが望まれるが、汚染地域が公開されていないため分析にかけることが不可能であること、
を理由に、研究として扱うことを断念した。個人の研究テーマとしては、扱うに壮大過ぎるテーマ設定であり、機会があればチームでの研究プロジェクトとしてこのテーマを進めることが望ましいともいえるだろう。

 今年度の土壌汚染に関する研究の成果としては、1)平成14年5月に施行された土壌汚染対策法案についての調査、2)土壌汚染を含めた資産価値評価に取り組んでいる企業の調査がある。特に注目に値する企業の取り組みとしては、日本不動産研究所の土壌汚染プロジェクトがあげられる。参照されたい。(日本不動産研究所HP

研究テーマの変更に関する説明

テーマの変更は、6月に行った。上記のテーマは、調査を進めた結果としてでてきた最終的な研究のテーマであり、今年度の活動の中心は、そこに至るまでの周辺分野の調査であるともいえる。

動機
1980年代に、都市社会学や経済地理学の分野で、『世界都市論』に関する研究の流行があり、現在シカゴ大学で教鞭をとっているサスキア・サッセンが、グローバリゼーションが進行するなかでの、都市の中心部における2重労働市場と外国人労働者の都市下層への集中の問題を取り上げた研究を行った。アメリカ大都市を中心とした研究で、日本に関しても同様の考察を行っている。日本では、町村敬志が同様の研究を行っている。

その後、都市のグローバリゼーション、都市の労働市場のグローバリゼーションに関する研究は沈静化し今に至っている。しかし、高齢化や、新しい産業への外国人労働力の導入の可能性が出てきた今、1980年代に言われた、都市の中心部に外国人の労働者が集積するというとは違った、新しい理論が検証できるのではないかというこを考えた。今後高齢化が都市だけでなく郊外で起こることを念頭に置き、仮に介護サービス分野での外国人労働者受け入れが実現されるならば、都市の中心部に外国人労働者が集中するのではなく、都市の郊外に外国人が集積することも考えられるのではないか、という仮説に基づく理論である。

しかしながら、都市における外国人の空間分布に関する研究は、非常に表面的なものであり、空間分布の議論の前には、詳細な労働市場への受け入れ、日本への受け入れに関する研究が必要である。

こうした意識のもとに、以下に報告するような研究・調査を実施した。


介護サービス市場への外国人労働力導入に関する研究について

研究の背景

 日本では高齢化の進展により、今後、より介護サービス部門の労働力が必要とされることが言われている。介護サービスは、労働集約的であり、かつフェース・ツー・フェースの労働であり、今後、介護関連機器の技術進歩が進んだとしても人的な労働力を必要としていくことは周知の事実である。しかし、今後、高齢者の増加に対する若年労働力の減少などの理由から、どのようにして介護サービス部門の労働力を確保していくかということが大きな問題として取り上げられるようになってきている。こうした理由から、1980年代から1990年代の初めにかけて、外国人労働者の研究が盛んに行われた時期に、将来、介護サービス分野へ外国人労働者導入について議論することになるだろうと示唆されていたことが、より現実的な議論として顕在化しつつある。

 2002年12月には、フィリピンのアロヨ大統領が日本へ介護労働者の受け入れを要請した。フィリピンは、国内の労働需要不足、失業対策、外貨獲得のため、国をあげて労働者の海外進出を進めている。1974年には海外雇用のため政府組織を立ち上げ、現在ではフィリピン海外雇用庁(Philippine Oversea Employment Administration: POEA)が中心となって海外雇用促進政策を進めている。フィリピンは、高等教育を受けた若年労働力を多く抱える国であり、すでにアメリカやカナダへ医師や介護士、看護士を輩出した実績を持つ。この要請に対して、日本政府や介護関連は、1)日本人の職が奪われること、2)言語の問題があることを理由に挙げ、消極的な態度を取っている。また、厚生労働省も外国人労働者を取り入れなければならない状況にはならないと表明している。

 受け入れ側である日本と、送り出し側であるフィリピン双方の見解は、現時点では以上のようになっているが、こうした現実が示していることは、1)介護サービス分野の労働力は不足することはないのか、また労働力はどのようにして確保していくのかを認識することの必要性(特に、失業率が高まっている今に、海外からの労働力を受け入れるか否かの問題は、非常に難しい問題である)、2)1)を正確に認識した上での、外国人労働力導入の是非を議論することの必要性、である。しかしまだ、これらの問題に関して詳細な調査研究がなされていない。

日本経済新聞2002年11月30日(土)9面記事より、フィリピンからの受け入れ要請に関する記事


研究の概要
先にあげたような背景の元に、研究を進めていくことを考慮すると、研究の枠組みは大きく二つの段階に分かれることになる。(むしろ分けて議論することが必要となる。)
  1) 介護サービス・労働の認識および介護サービス・労働市場の認識
   ―― どのような問題を抱えているのか/労働力は不足するのか/など
  2) 1)を踏まえた上での外国人労働力導入の是非


研究の成果
T.今年度は、まだ独自の研究を進めるにはいたっておらず、既往研究のレビューや過去の議論の整理を行うことが中心となった。特に、@外国人受け入れの是非をめぐる論争、A介護労働者導入をめぐる議論、B介護市場についての議論に焦点を当てた。Bは、日本に関する既往研究はまだほとんどないため、参考になりそうなアメリカの事例についてここでは紹介する。

U.また、外国人人口が増加しており、先駆的に市をあげて外国人の受け入れに取り組んでいる例として藤沢市があり、藤沢市へのヒアリング調査を行った。その上で、来年度に向けての研究方針を定めるのが今年度の成果である。


研究の成果T



@ 外国人受け入れの是非をめぐる論争

受け入れの是非に関する議論、経済情勢や産業構造との関係、労働市場を中心に扱った既往研究で代表的なものに、1980年代から1990年代にかけては、梶田・伊豫谷(1992)、宮島(1993)、近年では井口(2001)が挙げられる。ここでは、日本の外国人労働者受け入れの是非をめぐる論争について整理してみたい。
 井口が述べているように、戦後の日本における外国人労働者の議論は大きく2つの時期に分けることができる。第一期は、1986年代から1994年ごろの時期であり、第二期が1990年代後半から今にかけての時期である。
この間、1990年には「研修制度」の規制緩和、1992年に「改正出入国管理基本計画」、1993年には「技能実習制度」、2000年には「第二次出入国管理基本計画」が施行されている。制度の変化と、外国人の流入の関係に関しては、現在まだまとめを行っている段階のため、今回の報告書では割愛する。

第一期(1986‐1994年)
第一期の議論の論争は、「労働市場と外国人労働者との関係(受け入れるか否か)」「不法労働者」「単純労働者」をその話題の中心としている。ここでは、本研究と関連のある労働市場と外国人労働者との関連についてレビューをすることにする。

※ 「単純労働者」に関しては、その受け入れの是非について議論されているものの、そもそも単純労働者とは何かが明確に示されていないため議論の焦点が定まっていないと感じられたためである。

※ また、ここでは、不法労働者に関する問題は重要であると考えるが、本研究に不法労働者は違う次元の問題(むしろ、入国管理の方法や罰則のあり方との関連がある)と考え、特別に注目することはしないことにする。

受け入れるか否か
「労働市場の外国人労働者との関係」は、具体的には外国人労働者の流入が2重労働市場を生み出すのか、逆に日本国内の2重労働市場の存在が外国人労働者を流入させているのかという議論であった。宮島(1989)、駒井(1989)は、いずれも、2重労働市場の形成は、外国人労働者の流入の原因ではなく結果であるという見解を挙げている。   
逆に、式部(1992)は、2重労働市場は、外国人労働者流入の原因と指摘している。国内労働者が参入しない、もしくは国内労働者によって確保することができない劣悪な労働部門に外国人労働者が集積する、という見解である。
式部によれば、2重労働市場の因果関係の議論に陥らないようにするために、労働需要(都市の仕事構成)と労働供給(労働人口の構成問題)に分けることが必要であるとし、外国人労働者は下層労働市場の需要サイドに応える労働力としてみることが妥当としている。同じく伊豫谷(1992)も、外国人労働者の流入によって賃金が低下し労働条件が悪化するのではなく、本国の労働者が参入しない、賃金が低く、労働条件の悪い職業(つまり、3Kといわれるような部門)として区分化されている労働市場に外国人労働者が参入してくるのだということを指摘している。
1980年代から1990年代初期にかけての時代は、日本経済の成長期であり、中小企業を中心とした慢性的な人手不足の時代であり、先にあげたような議論はマクロに労働市場をとらえるかたちで行われている。

この議論と本研究との関連
今日の介護労働市場への外国人労働者の受け入れの是非を考える際も、もちろん、外国人労働者が介護労働市場に与える影響について検証することが必要ではあるが、むしろ力点をおかなければならないのは、介護労働市場そのものと、介護サービス市場についてであろう。1980年代から1990年代にかけての議論で、外国人労働力の流入が2重労働市場を生み出すのか、逆かということがあったことを説明したが、これらの議論では、因果関係を探っているに過ぎず、受け入れ側である日本の労働市場について個別に詳細に調査している部分は少ない。特に、本研究においては因果関係の議論が目的ではなく、介護労働市場、介護サービス市場についての詳細な調査を行い、そこに外国人労働力を導入することが可能なのか否かについて議論を進めることのほうが重要であると考える。
介護・福祉分野への外国人労働者導入の可能性については、この時期すでに宮島(1993)が示唆しているが、介護福祉部門に導入することになるだろう、という見解を述べているに過ぎず、それ以上の論の発展はまだされていない。

第二期
井口(2001)によれば、第二期の外国人受け入れに関する議論は、日本経済の停滞と少子高齢化への危機感に対する一部の経済界の積極的な姿勢が発端となっているという。が、今までのところ第一期のころに匹敵するようなまとまった議論はされてなく、これから議論がなされていく時期にあるのではないだろうか。


A介護労働者導入をめぐる議論

現在において、特に本研究と関連すると思われるものに井口(2001)があり、外国人労働者の介護労働者導入について次のように述べている。

井口(2001)は、送り出し国において、海外に送り出すに匹敵する労働者を絞り込むよりも、一人でも多くの労働者を送り出すため、現地での政府認定や資格を採用しているのではないかと非難し、送り出し国の要請に慎重にならなければならないことを示している。
また、井口のアプローチは、介護サービス・労働市場と介護に関する制度を取り上げ、外国人労働者導入の議論の前に日本の介護サービスに対する見直しが必要であることを指摘している。具体的には次のように述べている。

在宅介護サービス事業が、厚生省が決めたサービス単価では、民間企業が黒字を出すのに困難であり、従業員の8〜9割はパートタイム労働者のヘルパーにしなければならない。介護の分野では、介護福祉士や社会福祉士であっても、看護婦などの医療従事者のような報酬を支払う仕組みになっていない。高い能力に対しては、正当な賃金を支払えるようにする仕組みを作った上で、必要があれば外国人労働力を受け入れ、希望によっては長く日本に滞在してもらうということが望まれるとしている。


B なぜアメリカのケア労働者は低賃金なのか

この研究では、アメリカのケア労働者の劣悪な状況をなす要因について考察している。就労する女性が増加したこと、平均寿命が延びたこと、入院費の上昇などを背景とし、アメリカでは在宅ケア産業が登場した。サービスの利用者は自宅に要介護の家族がいても仕事を継続し、高額な入院費や老人ホームの費用を節約することができていることや、劣悪な低賃金のケア労働者のおかげで、州の歳出が抑えられている。しかし、ケア産業で働くケア労働者は社会にとって不可決な存在にあるにもかかわらず、社会的にも経済的にも最下層に位置している。そして、こうした状態を改善するのに、労働組合の設立が有効であったことをあげている。

日本のケア労働者も低賃金であり、そのことがケア労働者が不足する理由として挙げられているが、需要があるにもかかわらず低賃金となりうる理由を調査する必要があると思われる。

アン・ザガイア・ウォルシュ「なぜアメリカのケア労働者は低賃金なのか - 正義の戦いに用いた戦略とは -」
女性労働問題研究会(2002)『介護労働の国際比較』青木書店。pp.46-58に収録


研究の成果U


藤沢市へのヒアリング調査

研究と直接的な関係はないが、外国人受け入れの問題を扱うに、外国人が多いことで知られる神奈川県藤沢市の現状と行政に取り組みについて調査をした。神奈川県藤沢市の外国人世帯は1988年より増加傾向にあり、1993年の4066世帯をピークに、1984−85年、1999−2000年を除き増加傾向にある。人口総数を世帯数で除して算出した1世帯あたりの人員は1.40〜2.08人となっているが、市役所によれば、単身よりも世帯で来日するケースの方が多いという。外国人の出身国は、ブラジル、アルゼンチンの南米系、朝鮮系が多くなっている。

藤沢市の中でも、湘南台など北部の地区に外国人が多い。湘南台地区には、いすず自動車工場があることから、工場作業員として雇われている外国人労働者が多いことが予想できる。雇用口といった労働条件、安い価格での住宅供給を行っている市営住宅があること、物価水準が安いといった受け入れ地区の条件、外国人同士による口コミやネットワークの深さといった条件がそろっていることが湘南台の北部に外国人が集まる理由として考えられる。

また、最近の日本の失業率の高さ、不景気といった受入国側の経済状況が停滞しているにもかかわらず、来日する外国人が増加している理由は、市役所の外国人担当の方の話によると、たとえばアルゼンチンのケースだと1)現地の階級意識の強さ(ヒエラルキーがある社会では、努力するインセンティブがない。)、2)現地の治安、3)現地の経済状況(相対的に考えれば日本の状況の方がよい)、4)先進国である日本に対する魅力(財やサービスの選択肢の多さ)をあげている。

こうして藤沢市に流入してきた外国人の傾向としては、出稼ぎや一時的な滞在という短期的な生活を送るのではなく、日本に定住(永住権所得や帰化)を希望するケースが増えていることである。藤沢市で職を失ったケースも母国に帰るのではなく、知人のネットワークを用いて、群馬県前橋市や愛知県豊田市に日本国内で移動しているケースも見られるという。

藤沢市は、10年ほど前に藤沢市役所市民自治部相談情報センター外国人相談室を設置している。相談室には、南米系の外国人人口がしないに多いことから現地の生活事情や社会情勢に詳しい、ポルトガル語とスペイン語に堪能な非常勤職員が勤務している。相談内容は、行政上の手続き、ごみの処理、子供の教育、就職、福祉、医療と多岐にわたっている。


そのほか、今年度はプロジェクトの活動報告の時間を利用して、外国人に関する統計(外国人登録と国勢調査)の比較検討(どの調査をする場合に、どのデータを用いるのがいいのかを知るための調査)、法務省、厚生労働省の受け入れ方針に関する報告書の調査、外国人受け入れのための制度の研究(特に、研修制度)を行った。

また、後期にはAcademicWritingの授業内を通じて、この研究テーマに関連する海外の論文についてのレビューを行った。


研究発表
前期
 2002年07月中
 アーバンリノベーション研究会および環境と開発のジオインフォマティクス両プロジェクト研究会内で、
 ・ 新たな研究のフレームワークの説明
 ・ 日本の外国人人口推移の説明
 ・ 国連「毎年移民を60万人」の見解の紹介
後期
 2002年09月09日 夏休み合宿発表
 ・ 厚生労働省職業安定局外国人雇用対策課の2001年度雇用者に対する外国人労働者の雇用に関する調査
 ・ 藤沢市役所市民自治部相談情報センター外国人相談室(ヒヤリング内容)
 2002年10月11日 秋学期研究発表@
 ・ 町村敬志(1994)『「世界都市」東京の構造転換』東京大学出版会。8章
 ・ 外国人流入の歴史
 2002年11月00日 秋学期研究発表A
 ・ 外国人人口統計について(国勢調査・外国人登録)
 ・ 介護サービス分野への外国人の受け入れについて
 2003年12月00日 秋学期研究発表B
 ・ 研究の方針の再認識と今後の調査事項
 ・ 文献の紹介
 2003年01月18日 秋学期研究発表C
 ・ 文献の紹介
 ・ 既往研究のレビュー@(杉本早実自立した生活ができない介護職)


今後の展望
今年度は、これまでの既往研究を調査することと、既往研究が行われたころとどのような社会経済的な変化があり、今、どのような研究が求められているのかを探る時間となった。春休みおよび来年度は、自分自身の研究につながる調査や分析を行う必要がある。GISを取り入れたり、また、きちんとした統計的手法を用いた定量的な分析も行いたいと考えている。また、このテーマでは、送り出し側の労働者の質が重要になると考えられるため、フィリピンで行われているという海外へ送り出すための国内での研修についてフィールドワークを夏前に行うことも考えている。

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