[2002年度森泰吉郎記念研究振興基金 成果報告]



研究課題 「植物の遺伝子制御における反復配列の役割に関する研究」


藤森 茂雄
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程二年
E-mail: fujimori@sfc.keio.ac.jp


[研究背景]:  縦列に反復した配列(タンデムリピート)は多くの真核生物に存在する配列である.タンデムリピートは その反復単位の長さによって分類することができる.特に,短い1-6塩基程度の反復単位から構成される 反復配列を「マイクロサテライト」という.
 マイクロサテライトは真核生物のゲノム上に遍在しているという理由から,以前から遺伝子マーカーと して利用されてきた経緯がある[Beckmann and Soller, 1990; Morgante and Olivieri, 1993].一方, いくつかの研究報告にはマイクロサテライトの細胞内での生物学的な役割に関して論じているものがある. トリプレットリピート病に関する研究報告はその最たる例である[Huntington’s Disease Collaborative Research Group, 1993; Nelson .1995; Timchenko et al., 1995; Ashley and Warren, 1995].トリプレットリピート病は, 遺伝子近傍に存在するトリプレットリピート(3塩基単位の反復配列)がDNA複製時のミスよって過度に伸長してしまうことによって 引き起こされる.様々ある中でも, とりわけイントロンやタンパク質非コード領域(UTR)などの転写領域に存在するトリプレットリピートの伸長が原因で引き起こ される疾患のメカニズムは,転写や翻訳においてのマイクロサテライトの役割に関して新しい視点を与えてくれる. FMR1遺伝子のプロモーター領域の近傍に存在する(CGG)n/(CCG)nの過度な伸長は,そのマイクロサテライト自身や近傍の CpGリッチプロモーターの過度なメチル化を誘発する.その結果,FMR1遺伝子の発現は抑制される[Grabczyk et al., 2001]. また,その他の研究報告でもマイクロサテライトが転写活性に及ぼす影響に関して論じているものがある[Iwashita et al., 2001].
タンパク質の構造を決定するアミノ酸配列の中にも,アミノ酸モチーフを反復単位とした反復配列を頻 繁に観察することができる[Groves et al., 1999].従って,タンパク質コード領域に存在していて, 且つ3Nの反復単位から構成されるマイクロサテライトは,翻訳後にアミノ酸モチーフとして機能している場合も考えられる. マイクロサテライトは遺伝子間領域に存在するいわゆる“ジャンクDNA”のような意味を成さない存在として 捉えられることが多かったこともあり,転写領域に存在するマイクロサテライトの機能に関する報告は少ない. 特に植物の転写領域に存在するマイクロサテライトに関する報告は更に乏しい.
 統計的解析はマイクロサテライトの特性を明らかにするための最適なアプローチの一つであると考えられる. 現在までにマイクロサテライトに関する多くの統計的解析が様々な真核生物を対象として行われているが[Katti et al., 2001;  Tautz and Schlotterer, 1994],植物のマイクロサテライトに関する情報は非常に限られたものである. しかし現在,シーケンシング技術の進歩の結果として,植物の塩基配列情報に関するデータベースは急速に拡大しつつある. このように急速に拡大しているデータベースは,植物のマイクロサテライトの詳細な特性を明らかにするための多くの機会を 与えてくれる[Yuan et al., 2001]. 分子生物学において,イネ(Rice:Oryza sativa)は単子葉植物を代表するモデル生物 であり,シロイヌナズナ(Arabidopsis: Arabidopsis thaliana)は双子葉植物を代表するモデル生物となっている. どちらの種もゲノムサイズは小さく,既に全塩基配列が決定されている.また,他の植物種よりも多くの転写産物(cDNA) が決定されている.従って,現在では十分な量のゲノム配列とcDNA配列を同時に利用可能な状況にあり, イネとシロイヌナズナ間でのマイクロサテライトに関する比較解析を行うことも可能な状況にある. 


[研究成果要約]:  植物の転写領域及び転写開始点上流に存在するマイクロサテライトが転写/翻訳効率に影響する可能性を探るために, マイクロサテライトの特徴を分布,タイプ,保存性という観点から異種間比較を行った. 解析には植物二種と比較対象として哺乳類二種の完全長cDNAデータセット, 及びそれら四種のゲノム配列を併せて使用した.解析の結果,植物二種の転写領域においては, 哺乳類二種よりもマイクロサテライトが高い頻度で存在していることが確認された(fig. 1). また,植物二種ではCpT二塩基を含む反復単位から成るピリミジンリッチなマイクロサテライトと それらのいくつかの相補配列から構成されるマイクロサテライトが転写開始点近傍に偏って存在していた(data not shown). 更に,イネに特異的な傾向として,CpG二塩基を含む反復単位から成るマイクロサテライトが転写開始点近傍 に偏って存在していることが確認された.これらの植物に特異的な傾向を示した幾つかのタイプのマイクロ サテライトは他の植物種の遺伝子にも保存されていることも明らかになった.更に,cDNAのゲノム配列への マッピング結果から,植物の転写領域内で確認された転写開始点近傍への特定のマイクロサテライトの強い 偏りは,転写開始点直後に特有な傾向であり,転写開始点直前ではその傾向は弱いことが分かった(data not shown). つまり,転写領域内での転写開始点近傍へのマイクロサテライトの偏りは,ゲノム上に散在するマ イクロサテライトの影響を受けてないということができる.これらの結果から, 転写開始点近傍に特異的に存在するマイクロサテライトがメチル化等の機構を用いて転写あるい は翻訳の制御に関わっている可能性が示唆される.それらのマイクロサテライトを通じた遺伝子の制御は哺乳類 (ヒト,マウス)に比して,植物で積極的に行われているものと推測される.



fig. 1




Beckmann, J. S. & Soller, M. (1990). Toward a unified approach to genetic mapping of eukaryotes based on sequence tagged microsatellite sites. Biotechnology (N Y) 8(10), 930-2.
Morgante, M. & Olivieri, A. M. (1993). PCR-amplified microsatellites as markers in plant genetics. Plant J 3(1), 175-82.
The Huntington's Disease Collaborative Research Group (1993). A novel gene containing a trinucleotide repeat that is expanded and unstable on Huntington's disease chromosomes. Cell 72(6), 971-83.
Nelson, D. L. (1995). The fragile X syndromes. Semin Cell Biol 6(1), 5-11.
Timchenko, L., Monckton, D. G. & Caskey, C. T. (1995). Myotonic dystrophy: an unstable CTG repeat in a protein kinase gene. Semin Cell Biol 6(1), 13-9.
Grabczyk, E., Kumari, D. & Usdin, K. (2001). Fragile X syndrome and Friedreich's ataxia: two different paradigms for repeat induced transcript insufficiency. Brain Res Bull 56(3-4), 367-73.
Iwashita, S., Koyama, K. & Nakamura, Y. (2001). VNTR sequence on human chromosome 11p15 that affects transcriptional activity. J Hum Genet 46(12), 717-21.
Katti, M. V., Ranjekar, P. K. & Gupta, V. S. (2001). Differential distribution of simple sequence repeats in eukaryotic genome sequences. Mol Biol Evol 18(7), 1161-7.
Tautz, D. & Schlotterer. (1994). Simple sequences. Curr Opin Genet Dev 4(6), 832-7.
Yuan, Q., Quackenbush, J., Sultana, R., Pertea, M., Salzberg, S. L. & Buell, C. R. (2001). Rice bioinformatics. [A]nalysis of rice sequence data and leveraging the data to other plant species. Plant Physiol 125(3), 1166-74.




- Poster sessions in academic confferences (2002) -


● US-JAPAN Joint Workshop on Systems Biology of Useful Microorganisms: “Analysis of repeats in higher eukaryotic transcribed sequences” Fujimori, S., Washio, T., Higo, K., Otomo, Y., Murakami, K., Matsubara, K., Kawai, J., Carninchi, P., Hayashizaki, Y., Kikuchi, S. and Tomita, M.  (2002)
● 日本分子生物学会: “Analysis of simple sequence repeats in transcribed regions and their upstream regions of plants” Fujimori, S., Washio, T., Senda K., Higo, K., Otomo, Y., Murakami, K., Matsubara, K., Kawai, J., Carninchi, P., Hayashizaki, Y., Kikuchi, S. and Tomita, M.  (2002)