2002年度森泰吉郎記念振興基金研究報告書

 

大野 浩

ho@sfc.keio.ac.jp

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程 1年

申請研究課題名: 肝細胞”Zonation”のモデリングとシミュレーション

* 本報告書ではその性質上、研究成果の概要を「大まかに」述べることを目的としており、厳密性を欠く記述があることを予めご了承下さい。

[研究テーマ]

  1. 肝細胞の糖代謝モデルの構築 

-プロジェクトの一部として

  1. 肝細胞のZonationのシミュレーションに向けて- アンモニア代謝のモデリング −

-個人研究として

[目的及び概要]

  1. (糖代謝モデルの構築)

現在先端生命科学研究所では糖尿病プロジェクトとして、テーラーメイド医療を視野に入れた糖尿病シミュレータ作成を目指し、第一段階として全身の血糖調節システムをコンピュータ上に構築する試みを行っている。

体内の血糖は肝臓や骨格筋等におけるグルコース代謝、それらを調節する膵島β細胞のインスリン分泌などによって決定されている。本研究では全身の血糖調節システムのパーツ作りとして肝臓における糖代謝のモデリングとシミュレーションを行った。

  1. (Zonationのシミュレーション)

肝臓では門脈周辺と中心静脈周辺とで細胞の性質が不均質であることが知られているが、その原因や意義については議論中であり、現在も尚不明な点が多い。アンモニア代謝では、この不均質性により門脈周辺において尿素生成が、中心静脈周辺においてはグルタミン生成が起きるなど、役割分担のように異なった状況(Zonation)が考えられている。そこで、アンモニア代謝を行う細胞モデルを構築、複数連結し、どのような要素をどの程度加えるとZonationが生じるのかを検証し、更にはシミュレーション結果から意義の考察を行うことを目的とする。

 

[手法]

 

a, b, 両研究共に各反応についてサーベイを行い、既存の数理モデル、キネティックパラメータを利用、或いは得られた情報から数理モデルを作成、キネティックパラメータの逆算を行い、それらをE-CELL Systemに実装した。(400-600程度の文献を調査。文献リストは紙面の都合及び本報告書の性質上割愛。)

  1. (糖代謝モデルの構築)

下図のような解糖・糖新生、グリコーゲン合成・分解(2002年度前に構築済み)、ペントースリン酸経路(追加)、他周辺物質の流入・流出(追加)計98物質、59反応をLondon WP(1966), Bergman RN et al.(1975, 1976), Cardenas ML et al. (1996), Achs MJ et al. (1971), Anderson JH et al. (1971), Sabate L et al. (1995)を中心に他多数の文献を参考に(インスリンによる活性調節モデルを除き)全て微分方程式からなるダイナミックモデルとしてE-CELL System上に構築した。

又、定常モデル作成の為にCrawford JM et al. (1983)の流束データを使用し、Greenbaum AL et al.(1971)によるラットの各中間代謝物質の濃度で定常に達するように酵素濃度や酵素濃度を含むパラメータ(Vmax)等を逆算し、実装した。

 

 

  1. Zonationシミュレーションに向けたアンモニア代謝の構築)

下図のような肝細胞におけるアンモニア代謝と外部環境である類洞(Sinusoid)をシステムとして構築した。物質数は59, 反応数は49であり、Kuchel PW et al. (1977), Kohn MC et al. (2002)を中心に、他多数の文献を参考に全て微分方程式からなるダイナミックモデルとしてE-CELL System上に構築した。

又、Barayai JM et al. (1989)の流束データを使用し、Kohn MC et al. (2002)らによる中間代謝物質濃度で定常になるよう、更に幾つかの仮定を含め(割愛)、各酵素濃度を逆算した。

本モデルでは計148のパラメータを使用しているが、この内112は文献(リストは割愛)によって得られたもの、31は何らかの逆算によって得たもの、5つが情報の不足から任意の値になっている。

 

 

又、Zonationシミュレーションモデルのプロトタイプとして、作成したアンモニア代謝モデルを10個連結し、605物質・514反応からなるシミュレーションモデルを構築した。各肝細胞モデルには全く同一の数理モデル及びキネティックパラメータが実装されている。但し、Carbamoyl phosphate synthetase I及びGlutamine synthetaseに関しては門脈周辺(PP)と中心静脈周辺(PV)とで遺伝子発現が強い不均質性を示すことが知られている為、これら2つのインスリンなどの外部シグナルによる遺伝子発現モデルが組み込まれている。

外部環境システムである類洞では門脈周辺から中心静脈周辺にかけて、アンモニアとグルタミン、シグナル(主にインスリン)の濃度勾配を与えた。

 

[結果・成果]

  1. (糖代謝モデル)

Crawford JM et al. (1983)の流束を実現し、Greenbaum AL et al.(1971)によるラットの各中間代謝物質の濃度で定常に達する「現実的な」肝細胞の糖代謝をE-CELL System上で再現することに成功。E-CELL System上ではシミュレーション開始後約7000秒で定常状態となる。

  1. Zonationプロトタイプモデル)

プロトタイプ作成前段階として10万秒間ほぼ定常状態をとり続ける安定したアンモニア代謝モデル構築に成功。

又、プロトタイプモデルについて1万秒間のテストシミュレーションを行った。今後諸条件の検討、数理モデルの検討を行ったうえで結果の分析を行う予定である。

 

[備考]

本成果は5月度に申請した研究スケジュール通り、或いはそれ以上の進行によるものである。

[本年度の外部発表]

以上の研究成果については下記の国内外の学会で発表を行った。

Ohno H, Naito Y, Nakajima H, Tomita M (2002) "Modeling of Hepatic Carbohydrate Metabolism Using E-CELL System", International Conference on Systems Biology 2002, Stockholm, Sweden

 

Naito Y, Ohno H, Sano A, Nakajima H, Tomita M (2002) "Construction of a Simulation Model of Diabetes for Pathophysiological Analysis Using E-Cell System", The 13th Workshop on Genome Informatics, Tokyo, Japan

 

Atsumi A, Naito Y, Ohno H, Nakajima H, Tomita M (2002) "A Simulation Model of Cardiovascular System for Diabetes Pathophysiological Model using E-Cell System", The 13th Workshop on Genome Informatics, Tokyo, Japan

 

内藤泰宏, 大野浩, 佐野厚美, 中島弘, 冨田勝 (2002) "E-CELL Systemによる糖尿病モデル構築の試み", 第25回日本分子生物学会年会

 

Ohno H, Naito Y, Nakajima H, Tomita M (2002) "Modeling of Hepatic Carbohydrate Metabolism Using E-CELL System", US-JAPAN Joint Workshop on Systems Biology of Useful Microorganisms, Tsuruoka, Japan

 

Naito Y, Ohno H, Sano A, Nakajima H, Tomita M (2002) "A Pancreatic beta cell Model for Pathophysiological analysis of Diabetes Using E-Cell System", US-Joint Workshop on Systems Biology of Useful Microorganisms, Tsuruoka, Japan

 

Naito Y, Ohno H, Nakajima H, Tomita M (2002) "Construction of Diabetes Model for Pathophysiological Analysis Using E-CELL Simulation Environment", Intelligent Systems for Molecular Biology 2002, Edmonton, Canada