2002年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書



政策・メディア研究科修士課程1年 梅香家絢子
80231339 / umegae@sfc.keio.ac.jp

ネットワークコミュニティ所属




「地域住民の学校参加を目指した情報公開のあり方」に関する研究


1.研究課題

 近年の公教育改革における一つの手法として地域住民を中心とした学校への参加が注目されている。これまでの学校の特徴でもあった閉鎖性を見直し、父母や地域住民をはじめとした地域社会と供に学校が子どもへの教育を行うことで、学校教育の改善を試みようとする動きであり、中央教育審議会答申による「家庭・地域との連携」という概念や、「総合的な学習の時間」の導入を受けて、各学校では、地域住民の学校参加への取り組みが始められている。しかし、まだ初期段階ということもあり、多くの学校が暗中模索の状態であることは否定できない。そのような中で、地域住民の学校参加を得ることに成功している学校と、難航している学校との格差が生じ始めてきている。では、地域住民の学校参加の高低というこのような差は、一体どこから生まれてきているのだろうか。
 その一要因として、各学校の情報公開のあり方を挙げることができるのではないかと考える。なぜなら、学校参加を得るためには地域住民に対して学校理解を獲得することが必要不可欠であり、更に、学校理解を深めることは学校からの情報公開なくしては実現不可能だと考えられるからである。近年、様々な場面において情報公開の重要性が問われており、事実、各自治体においては情報公開条例が定められるなど、住民に対する情報の公開・提供が必要不可欠な要素となってきている。しかし、その一方で、同様の行政サービスである公立学校においては、その閉鎖性が指摘され続けて久しいことからも伺うことができるように、未だ情報公開を実現できずにいる部分が少なくないという事実は否めない。以上の状況を受けて、公立学校による情報公開の必要性も注目を浴び始めている。

 以上から、本研究の目的は、各学校の地域住民の学校参加と情報公開のあり方の相関関係を調査することにある。情報公開が、その学校の地域住民の学校参加(地域との連携)に大きな影響を及ぼしているのではないかという問題意識の下、以下の調査を行った。


2.事例紹介

 ここでは幾つかの事例をごく簡単にではあるが紹介したい。注目すべき点は「当該学校の学校参加(地域との連携)に影響を与えている要因は何であるか」ということである。

 まず、調査対象校として、文部科学省の指定により今年度から始まった「新しいタイプの学校」に関する研究の実践研究校に注目した。「新しいタイプの学校」の一要素として「地域との連携」が掲げられており、その実現を左右させている要因を各事例から探ってみた。

津市立南が丘小学校
□現状:
平成4年に開校されたばかりの新興住宅地に位置する学校。新興住宅地であることから、そもそものネットワークやつながりといったものが未だ成立しておらず、そのことから学校への地域住民の参加ということもあまり積極的には見られていないようである。また、比較的裕福な家庭が多く、子どもを塾に通わせるなど、学校に教育機能をあまり期待していない家庭も多いとのことだった。現在、新たに設置した「南が丘地域教育委員会」(地域学校協議会と同等)を通して、地域住民への働きかけに取り組んでいる段階である。
□考察:
地域との連携に影響を与えている要因として、学校から地域への情報公開という以前に、新興住宅地や裕福な家庭が多いという地域事情が大きく存在していると考えられる。

京都市立御所南小学校
□現状:
明治2年の「番組小学校」にその歴史が始まる。当時9つ存在した小学校が、時代を経て現在の御所南小学校に統合された。途中、5つの小学校が存在したが、その頃から各学校が学区のシンボルとして地域住民に親しまれる存在だった。統合後もそれは変わらず、直後には各学区間での抵抗もあったが、現在では学校と地域住民との間に密接な関係が築かれているとのことだった。地域学校協議会の公募委員には多くの応募がよせられたという事実からも、そのことを伺うことができる。
□考察:
津市立南が丘小学校とは全く逆に、旧来からの住宅地であることが学校と地域住民の連携を促進している。ここでも、情報公開という要素以上に、旧来からの住宅地という地域事情が地域住民の学校参加に大きく影響していると考えられる。

岡山市立岡輝中学校
□現状:
不登校児童が多いという課題を有する学校。生活基盤の弱い家庭が多いという地域全体の事情に起因するものであり、その解決のためには地域全体で取り組む必要があるとの意識のもと、学区内での幼稚園・保育園・小学校・中学校の相互連携を基盤として、地域との連携を重要項目として取り組んでいる。これまでに補導委員との連携により、「みどりの林檎」というイベントを実現している。
□考察:
新旧住宅街という上記2例の視点とは異なるが、やはり、生活基盤の弱い家庭が多いという地域課題、つまり地域事情が大きく影響しているのではないかと考えられる。

足立区立五反野小学校
□現状:
地域との連携を目指し、学校のオープン化や学校評価の実施などに既に取り組んできている学校。結果として、地域住民の学校活動への参加などが実現している。一方で、従来から足立区全体で学校選択性など積極的な取り組みが行われてきており、当該地域の教育委員会の取り組みへの熱心さを強く感じた。特に、当該小学校は教育委員会と積極的に協力し、その連携のもとに多くの活動を展開している学校である。
□考察:
授業・学校参観や学校評価といった情報公開の一端である取り組みを意識的に実践してきており、その結果が地域との連携につながっているようである。一方、その背景には市の教育委員会の協力・連携というものがより大きく存在するように思えた。

習志野市立秋津小学校
□現状:
地域の諸団体により構成された「秋津コミュニティ」の活動が盛ん。中でも、学校の余裕教室を地域住民に開放するという「秋津小学校コミュニティルーム」の取り組みは、地域の人々にとっての学校を身近なものにしており、事実、日常から余裕教室を使う地域住民が多い。一方、習志野市の福祉地域であることを活用し、住み易いまちづくりをテーマにした授業を展開するなど、子どもたちの授業に関しても地域との連携を図っている。
□考察:
地域事情という直接学校がどうこうしがたいものが大きな要因となっている場合とは異なり、ここでは、参加の場の提供という学校運営のあり方が大きな要因となっている。しかしながら、同じ学校運営でも、情報公開よりも参加の場の提供という取り組みの影響が強いように思われる。また、習志野市の福祉地域であるという地域事情も存在する。


 以上に加え、上記の学校とは異なる要因を持つ以下の学校にも注目した。

茅ヶ崎市立浜之郷小学校
□現状:
1998年、「茅の響きあい教育プラン」という茅ヶ崎市の教育制策の下に開校された新設校。子どもと教師と親がともに育ちあう「学びの共同体」を目指した活動を展開している。学校運営の中心にあるのが教師の改革であり、「同僚性」や「自律性」といった概念のもとに、教師間でのコミュニケーションを重視している。本来ならば自分の授業を他の教師に見られるのを嫌うことが一般的であると思うが、当該小学校では教員同士の授業参観が日常的に行われている。
□考察:
閉じられた空間の中で他者に見られることなく授業を行ってきたというのが、これまでの教師には多かったと思う。しかし地域住民の学校参加実現のためには学校からの情報公開が必要不可欠であり、そのためには、そのような教員の意識を改革し各教員が積極的に情報を公開していく姿勢を身に付ける必要がある。その意味で、浜之郷小学校の教員の意識改革は、情報公開以前に達成すべき要素として、地域住民の学校参加に大きく影響を与えるものと考えることができる。


3.事例分析の結果

 以上の幾つかの事例分析の結果から、「地域住民の学校参加(地域との連携)」の要因には情報公開に限らず様々なものが存在する、という考察が導き出せるのではないかと思う。
 つまり、現時点では、情報公開以外の要因がより大きな影響を及ぼしており、情報公開自体は、他の要因に比べればその影響力は小さい。また、現時点では、地域との連携実現のために必要不可欠な要素として、情報公開というものがあまり強く意識されていない、と言い換えることもできるのではないか。

 以上を簡単にまとめたものが下図である。


 当初、「地域住民の学校参加(地域との連携)」実現に大きく影響を及ぼす要因として、「情報公開」のあり方を予想していた。しかし、実際に幾つかの事例を見てみると、新旧住宅地の差や地域課題の存在といった「地域事情」であったり、教育委員会がどのような存在であるか、教育委員会とはどのような協力体制が築かれているかなどの「教育委員会との連携」であったり、情報公開と同じ学校運営の問題ではあるけれども、情報公開とはアプローチの仕方が異なる「参加の場の提供」といったものが、各学校の「地域住民の学校参加(地域との連携)」の結果を左右させている要因であるということがわかった。また、「情報公開」を達成するための要素としてそもそも「教員の意識改革」というものが重要であり、それが最終的には「地域住民の学校参加(地域との連携)」に影響を及ぼす要因であるということも予測することができた。
 このように、「地域住民の学校参加(地域との連携)」を左右する要因は様々であり、その中で情報公開という要因は、現時点では影響力が小さい、もしくはあまり意識されていない要素であるということが言えるのではないかと考える。


4.今後の、学校の「情報公開と説明責任」への注目

 しかし、だからといって、「地域住民の学校参加(地域との連携)」の実現に際し「情報公開」を重視しなくても良いという結論にはならないと考える。というのは、今日の教育改革の動向から、学校の「情報公開と説明責任」の必要性が今後より高まり、今まで以上に強く意識して取り組まれるものになると予測されるからである。

 例えば、その一つに、2002年4月より思考された「学校設置基準」の省令がある。その第一章「総則」中において、教育活動と学校運営について「自ら点検及び評価を行」う自己評価に努めること(二条)、教育活動と学校運営の状況について保護者などに「情報の積極的な提供」を行うこと(三条)が規定されている。
 以上は学校のアカウンタビリティを追及するものであると言い換えることができるだろう。また、最近の動向として、教育特区の取り組みが始まり、株式会社やNPOの学校経営への参入が認められるなど、これまでと比べ公教育の内容が多様化しつつある状況を迎えている。その過程においては、これまで以上に、学校がどのような教育活動を行っているのかという情報公開を、保護者や地域住民に対して積極的に行っていくことが必要不可欠なものとなってくるだろう。


5.今後の展望−「地域学校協議会」「学校評価」への注目−

   以上見てきたように、「情報公開と説明責任」の必要性を受けて、今後、各学校においてそれへの取り組みがより強い意識の下に展開されることが予想される。そして、その取り組み如何によっては、学校からの情報公開が「地域住民の学校参加(地域との連携)」を促進する重要な要素として働くことが期待されるのである。

 しかし、現状を見る限りでは、多くの学校が「性的」な情報公開を行っているに過ぎないのではないかという疑問を感じる。というのは、近年の学校情報化に伴い普及しつつあるWebページにおいて学校の沿革や理念に関する情報ばかりが掲載されている例を挙げられるように、保護者や地域住民に対して、学校側が一方的に情報を提示するという情報公開が行われている現状が確実に存在するからである。また、各自治体での情報公開条例の制定を受けて、学校教育の情報公開のあり方も議論されつつあるが、そこでは"どのような"情報を公開すべきかということに焦点が当てられている場合が少なくない。例えば、公文書の公開であるとか、個人情報に関するものは扱いに慎重になるべきであるといったものである。以上ような情報公開のあり方や議論が重要であることはもちろん否定しないが、地域住民の学校参加という目的を前提としたとき、そこで重要となるのは"どのように"情報を公開すべきかということであると思う。
 地域住民の学校参加の促進を実現するためには、情報公開は「動的」なもので ある必要があるだろう。なぜなら、そこでは単に情報が蓄積されるのではなく、 その相互作用の下に、学校と保護者・地域との連携が成立することにより、地域 住民の学校参加へとつながることが求められているからである。

 では、「動的」な情報公開とは何を指すのであり、その実現のためには何が必要とされているのだろうか。その追求に当たり、今後より多くの取り組みが見られるようになると思われる「地域学校協議会」と「学校評価」に注目していきたいと考える。地域学校協議会は、それが学校と地域との掛け橋となることで、両者の相互の情報のやりとりに貢献する役割が期待される。また、学校評価については、それが学校から地域への情報公開なしには評価を受けることができないという点において、情報公開と学校評価を繰り返しながら相互作用のもとに実施される必要があるものである。その意味で、両者とも「動的」な情報公開を模索する中で、あるきっかけを与えてくれるものであると考えられる。

 以上から、今後、「地域学校協議会」「学校評価」というシステムに注目し、それらが「動的な情報公開」にどのように貢献するのかということを模索していきたい。





2003/1/31