2002年度 森基金 研究成果報告書

研究課題名「企業の自発性による消費者との情報の非対称性解消の研究」

政策・メディア研究科 修士課程2年 長尾雅信

 

修士論文題目「企業の商品への信用担保の研究」

―有機食品業界を事例にー

 

概要

 本研究は有機食品[1]業界において、それに携わっている企業の商品への信用担保手法を明確にし、それぞれの手法の課題と有効性の分析を行った事例分析である。

 

背景

 雪印食品や三菱自動車など、企業による不祥事・事故隠蔽や、狂牛病における政府の失策など、消費者の企業や市場に対する信用は低下している。

 その中で、企業は消費者が安心して購買出来る市場構築、企業自らないし、商品・サービスの信用獲得するために如何なる手法を取るべきか。

 

目的

 今後さらに広がるであろう、消費者がこだわりを求める有機食品業界において、その商品が本物の有機食品であるという信用担保の手法への提案を行う。

 

主な研究対象

有機食品宅配事業者

ポラン広場

大地を守る会

らでぃっしゅぼーや

有機食品店舗販売事業者

マザーズ

 

一般的な企業による信用獲得の取り組み(1章)

 有機食品業界における信用獲得の取り組みを見ていく前に、一般的な企業による信用獲得の取り組みを、各経済団体が社会、消費者の信頼を得るために発表した行動憲章[2]を概観する。

 それによれば、「公正、透明、自由な競争を行う」、「法令を遵守する」など企業が自らを律すること、即ち精神論が多く説かれている。

 その中には、例えば自らの行動に対して、第3者評価を受けるといった項目は盛り込まれていない。

 

 

商品の信用担保手法5分類(3章)

 提供する商品が、本物の有機であることを示すため企業は様々な信用担保手法を行ってきた。筆者は企業へのインタビュー、活動参加からそれらを整理し、以下の5つの手法を挙げた。

 

1社会貢献活動

(通常の企業活動)

 前述の企業行動憲章では、言及されている取り組みである。一般的な企業の多くは、社会貢献をした結果を、消費者へ一方的に伝達する形をとっている。

 

(有機業界での取り組みと特質)

 環境保全型の食品生産法である有機の取り組みは、環境問題に対するアンチテーゼであり、社会運動から出発した。

 そのため、環境に配慮した商品の提供や、現在でも商品や事業に関連した社会貢献活動が、多々行われている。

企業だけでなく、消費者を巻き込むことで、商品や事業に関心を持たせて、商品の身近さを信用につなげる狙いがある。

 

2情報公開

(通常の企業活動)

 企業行動憲章では、言及されている取り組みである。情報の流れは、企業から消費者への一方向であり、情報に対して、正確さの認証を与える取り組みはなされていない。

 

(有機業界での取り組みと特質)

偽物との差異をつけ、提供する生産物が有機生産法に沿ったものであることを示すため、詳しい情報開示が行われてきた。出来ているところだけでなく、敢えて出来ていないところを開示することで、消費者の信頼を得ていくという企業の情報ポリシーがある。

 さらに、一方通行の情報提供ではなく、消費者との情報のインタラクションを意識している。

 

3コミュニケーション活動(産地交流活動)

(通常の企業活動)

 企業行動憲章では、言及されていない取り組みである。近い取り組みとしては、試食や試飲など行楽としての工場見学ある。

 

(有機業界での取り組みと特質)

 有機運動が始まった初期の、産消提携[3]時代から、face to faceで生産プロセスの確認を行ってきた。現在は、「実際に、産地や生産物を見てもらうことが、信頼につながる。」という企業見解があり、商品である生産物や生産者に身近を感じてもらうのである。チェックというよりは、行楽的要素が強い。

 

4独自基準の策定

(通常の企業活動)

 企業行動憲章では、言及されていない取り組みである。ISOの環境ラベルなどにその取り組みが見られるが、基準策定プロセスの開示などはなされていない。

 

(有機業界での取り組みと特質)

 市場に有機食品の偽物が横行したため、有機生産の基準を策定し、それに基づいて有機食品を作ることを示すことで、真面目に有機生産法に携わっていることを示した。

また、独自基準や策定プロセスを公開していくことで、批判材料の提示を行った。

 

5公的基準に準拠

(通常の企業活動)

 企業行動憲章では、言及されていない取り組みである。ヒューマンサービス分野における認証制度は、有機JAS制度に比べて法的拘束力は弱い。

 

(有機業界での取り組みと特質)

 有機JAS制度という、国が定めた罰則が伴うルールに則ることで、不正を犯さないことを示している。またそれ以前にも、第3者に商品を検査、認証してもらうことで、信用獲得を図っていた。

 

 以降、これを基に分析を行う。

 

 

社会貢献活動(4章)

 有機農法は農薬や化学肥料の使用を極力減らし、土壌の汚染を防ぎ、環境に負荷をかけない。有機運動が起きた初期、消費者は有機を推進する農家、組織を支えることで、環境を守ることが出来、また食品公害なども起こらずに安全な食品を食べることが出来るというインセンティブは消費者の中にはあったようだ。しかし、それは有機食品を扱う事業者からのソーシャルマーケティングという体系化されたものではなくて、市民運動という自発的なものから生まれたのであった。

 その流れをくむ有機食品企業は、環境問題解消への貢献活動を多々行っている。

 

 ただ、有機運動がはじまった頃の消費者は有機=環境保護という構図を明確に描けていたが、現代の消費者はそのようなことを事前に考えておらず先ず、「食の安全ありき」である。

 ただ、総理府が行った世論調査[4]によれば、消費者はごみ問題やリサイクル、ダイオキシン問題など、自らの生活に影響を及ぼす可能性が高い、身近な環境問題への関心は高い。

 このような中で、消費者を社会貢献活動に巻き込んでいく、取り組みを行っている企業もある。

 らでぃっしゅぼーやが行っているエコキッチン倶楽部はその1つである。日本では、年間2000万トンもの生ゴミが発生している。それを解消すべく食品リサイクル法が施行されたが、半分にあたる家庭ゴミは対象外である。

 そこで、らでぃっしゅぼーやは、各家庭で発生した生ゴミを、処理機で肥料にしてもらい、それを回収し、生産者へ提供する。生産者はその肥料で生産物を育て、消費者へ生産物を送るという、流れで生ゴミの循環利用を行っている。

 

(らでぃっしゅぼーやWEBサイトより)

 

 このような、手軽に出来る社会貢献により、消費者はゴミの削減だけでなく、環境にやさしい有機農業に対して、目に見える形で援助することで社会貢献をしているという意識を抱く。肥料を使う生産農家からも、ともに作る仲間という反応があり、参加する消費者は商品である生産物に対して、身近さを感じうる。

 

 一方で、消費者とのインタラクションをとったところで、商品の安全性からの信用創造は難しい。

 

 

情報公開(4章)

 昨今食品業界全般において、トレーサビリティシステムの導入が謳われるなど情報公開の取り組みに力が入れられている。一方、有機食品業界では、提供する商品が偽物ではない事の証明のため、食品履歴や成分表示などに関して古くから行われていた。

 

 情報公開のポリシーとしては、社会責任(大地を守る会、ポラン広場)とマーケティング(らでぃっしゅぼーや)など異なった傾向が見られた。しかし、共通認識としては、「情報を出し、それに対する消費者からの反応を受けて、自己改善へとつなげていく。」という事で、消費者とのインタラクションを重要視していた。

 インタラクションの効用を挙げる。

 

 

情報のフロー図

 

・牛病問題

大地を守る会と提携していた畜産業者は、普段からその取り組みを示し、消費者とのやり取りがあった。狂牛病問題が起きたときにも、長年のインタラクションの積み重ねによって、周りの生協の売り上げが落ち込む中、売り上げが落ち込むことはなかった。当時の消費者の反応を見ると、「普段から取り組みを公表しているので、安心して食べられる」という意見が多々あった。

 

・チェルノブイリ事故

 ポラン広場では、環境に悪影響が出るため、ビニールハウス栽培は行っていない。チェルノブイリ事故が起き、メディア上で放射能が日本まで飛んでくる可能性が示唆された時、ポラン広場は、ハウス栽培を行っていない旨と、事故の影響がない事を科学的に、宅配会員と、店舗向けに示した。

 普段から、情報のインタラクションがあった宅配会員では、売り上げの落ち込みはなかったが、不特定多数の消費者を相手にしている店舗においては、売り上げが3ヶ月間落ち込んだ。

 

 このように、消費者との情報のインタラクションは、効用をもたらすことがある。一方でネガティヴ情報の公開は、インタラクションの積み重ねがない分、不特定多数の消費者向けには受け入れられない。消費者との認識の整合性を如何にもたせるか、が課題となる。

 

 

コミュニケーション活動(産地交流活動)(5章)

 初期の産消提携の時代から、生産プロセスのチェックを行うために、消費者と生産者とのコミュニケーション活動が行われていた。現在では、産地交流会という形で行われているが、目的は行楽である。宅配事業者が、その開催頻度が多く、年10回以上平均20〜300人規模で行われる。

 

 企業側の狙いとしては、消費者と生産者が直接会うことで、「想いの共有」を図っている。消費者の反応としても、“生産者の取り組みに共感”したり、“作物の生長に関心を持つ”など、商品となる生産物に対して、身近さや共感を覚えている。

 一方で現在の産地交流会では、農薬残留検査や成分分析は行われないし、産地へ行って実際に作物を見ても、消費者にはその作物が有機栽培されたものかは分からない。

 

 そのような中で、東都生協は安全性の確認を付与するために、公開監査という取り組みを行っている。ここでは、現場評価を、専門家、学識経験者、消費者などに行ってもらう。

2001年度より実施をはじめたばかりなので、効果のほどはまだ確定出来ない。現時点での課題は3つある。1つは、消費者への知識のフォロー。2つは、経済的コスト。3つは、第3者の人選である。1つ目の課題に関して、東都生協がとった消費者へのアンケートによれば、「真面目な取り組みはわかったが、専門用語が飛び交いよく分からなかった」という意見が多かったという。

 また消費者の参加者は、近場では50人を越えるものがあるが、遠くなると2〜3人しか参加しなかった。現段階では、コストパフォーマンスは悪いと言える。

 

 

独自基準の策定(6章)

 市場にまがいものが横行し出した、1980年代後半以降、各企業は独自に有機生産のルールを策定し、それを公にすることで、批判材料を提示した。

 有機JAS制度が出来た現在でも、独自基準を採用している主な企業は、らでぃっしゅぼーやと大地を守る会である。

 らでぃっしゅぼーやは、農水省が定めるルールよりも厳しい内容であり、かつ日本の環境にあった基準を策定した。[5]

 大地を守る会では、国のルールより緩いが、国のルールの中で取り扱われていない環境ホルモンに関するルールを盛り込んでいる。

 上記の2つの基準は、消費者と同じく、企業にとって重要なステイクホルダーである生産者と企業が、基準に関する議論を行い、生産者のキャパシティーを確認した上で、また企業と生産者、基準の生成過程を見ている消費者が納得した上で、作られた基準こそが、まがいものを生まないための信用になり得るという、企業見解の基に作られた。

 

独自基準の問題としては、いくら厳しい基準を策定しても、有機JAS制度と比べて、法律という拘束力がないため、内部事情を反映した緩やかな取締りになりかねない。

 幾つかの第三者認証機関は、独自基準を用いている企業の中には、そのような状態であることを指摘している。

 このような疑心を払拭すべく、独自基準を策定するプロセスだけではなく、基準を守るための取り組みを、消費者に伝えていく必要がある。

 

 

公的基準に準拠(6章)

 農水省は、2000年4月に有機JAS制度を施行した。

有機JAS制度の仕組みは以下のとおりである。

国が世界標準に準拠した基準を設定する。そして国が認定した認証機関が、農家の農場や生産プロセスが基準を満たしたものであるかをチェックし、認証する。

 

JAS制度の仕組み

 その有効性は、基準が世界会議で論議され、決められたグローバルスタンダートに沿ったものであること。これは、企業が独自で策定する基準に比べて、信用が高い。

また、2重の保証もある。というのも上図で示すとおり、生産者は第3者(認証機関)によって認証され、さらにその認証機関は、農水相が認定するという2ステップでの保証がなされているのである。

 そして、有機JAS制度という統一基準に則ったシステムを構築したことで、1つ1つの生産者ないし企業を信用するという煩雑さから、スケーラビリティが生まれた。

 

 公的基準の課題は、そのスケーラビリティの諸刃の部分にあたる。

認証機関のJOIAやNPOの日本子孫基金は、インタビューにおいて、認証機関の質に差があることを指摘した。認証機関やそこに所属する検査員によって、チェック項目やレベルに差があり、いい加減な検査が行われることがあるという。例えば、その結果の1つが、ローソンが有機栽培だと思って販売していたほうれん草が、実は農薬栽培されたものであった事件である。

 統一基準に則ったシステムに頼った結果、このような問題を引き起こすこともある。

このような信用システムを補完する取り組みとしては、定期的に認証団体を変える、ないし複数の認証団体から検査を受けるなどが考えられるが、どの企業においても行われていない。

 

 

結論(7章)

 国が推進する信用担保手法である有機JAS法が制定されたことにより、売り手と買い手との間で、有機に対する共通認識への土台が出来た。ただ、その制度に完全に頼りきるのはまだまだ問題がある。

 有機食品業界に携わる企業が、消費者からの信頼を獲得するには、商品への信用を担保する取り組みと、有機業界全体への信用付与の取り組みが求められる。

 

有機業界全体への信用担保の取り組み

世界標準作りへの参加

 有機JAS制度は、前述したように世界基準に沿っている。世界基準はCODEXというFAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機構)が合同で設立した食品規格委員会で、定められたものである。実は、この基準は、IFOAM(国際有機農業運動連盟)というNGOで、論議された有機基準に強い影響を受けている。IFOAMには、研究者、科学者、消費者、農業者など多くのプレイヤーが参加して、有機基準を定める論議を行っている。

 CODEX会議に参加しているNPO「チェンジ・コーデックス市民の会」によれば、「一般的な企業はもちろん、日本の有機を取り扱う企業でさえ、国際的なルール作り参加への意識はまだまだ低い。」という。

 有機食品業界に携わる企業は、IFOAMやCODEXのような場で、国際的なルール作りに参加し、基準作りに日本の現状を反映したり、グローバルスタンダートの状況を把握していくことで、JAS制度という信用システムを補完するないし、自らの信用を担保することにつなげていけよう。

 

 

商品への信用担保の取り組み

専門家との協働

 ポラン広場のチェルノブイリ事故における情報公開の例で見られたように、普段からインタラクションの少ない、店舗に訪れる消費者にとっては、企業との認識の整合性がとれていないため、情報公開の内容によっては、動揺をもたらすことがある。また、インタラクションを持っている消費者においても、それは起こっている。

 認識の整合性を埋めたり、情報公開の内容にどのような意味があるのか、公開した情報に対して信用を保証するために、科学者や学識経験者、専門的なNPOなどとの協働も考えられる。第3者によって、情報の認証作業をすることで信用の担保を行うのである。

 

インフォームドネットワークとのかかわり

 インフォームドネットワークとは、筆者の造語である。その数はまだ少ないが、アトピー関連のNPOなど、消費者を巻き込み、商品に関する知識をつける場を設けている。この場をインフォームドネットワークと呼ぶことにする。

 そのような場に参加する消費者は、当該分野に関する商品の知識獲得に、アクティブであり、公開監査など、安全性をチェックするような産地交流活動に参加する可能性が高い。

 一般的な消費者にとっては、コストパフォーマンスが低い公開監査であるが、この場合は有効であるかもしれない。

 

 

 



[1] 生産過程だけでなく、生産前から、農薬など化学薬品を使用していない食品。

 

 

[2] 日本経済団体連合会 「企業行動憲章 −社会の信頼と共感を得るために−」 2002

 東京商工会議所 「企業行動規範(案)」 2002

[3] 消費者と生産者が直接契約して、生産物を購入するシステム

[4] 総理府 「循環型社会の形成に関する世論調査」 2001

[5] 日本は高温多湿なため、農薬を使わずに有機栽培を行うのには、困難が伴う。