2002年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究者育成費(修士) 活動報告

討論における情報密度(World Economy)の計測

鈴木 雅子

政策・メディア研究科 修士2年

masako@sfc.keio.ac.jp

 Word Economyとは、各大学のDebate ProgramコーチやWritingの講師が頻繁に使う言葉である。冗長な表現をWordyで無駄が多いと考え、伝えたい内容を的確に簡潔に述べることをWord Economyが良いと評価する。このWord Economyの概念は、一般に広く流布し多くの場面で用いられる。しかしその概念は依然曖昧であり、定量的な評価はされていないのが現状である。そのため、指導を受ける学生にとっては、自分の話し方が冗長であることは指摘されるが、どの程度長過ぎ、どの部分が無駄で、どのような対策をとるべきであるのかは示唆されないのである。

 

 本研究では、こうしたDebate教育の不備を補うべくWord Economyのより具体的なモデル化を試みた。先ず国内外のDebate大会においてVTR撮影を行い、それをもとにスピーチを文章(スクリプト)に書き起こした。スクリプトの文字数・語数から総情報量(bit)を算出した。それと並行し、スクリプトを応用言語学における議論構造分析にかけ、議論構造を示すステートメント数を算出した。先述の総情報量をステートメント数で割った数をWord Economyとして、その分布と勝率との相関を検定した。この過程で、より相応しいBitへの換算のモデル化及び議論構造分析の改良を試みたが、結論付けるには至らなかった。最終的には、より信頼性の高いWord Economy計測手法モデルを発表する予定で、既に2003年夏に開かれるInternational Ergonomics Associationの学会における発表が受け入れられている。

 Matterとはスピーチの論理性のことである。論理的なスピーチは説得的であると考えられている。本研究では論理性の最大2要素と目されているLogicRelevanceのそれぞれを、Argument Pyramidモデル及びWord Economyモデルを新たに考案することで定量化を試みた。 

 結果、Argument Pyramidモデルによる各スピーチのLogic値はランキングと相関を持たなかった。原因はサンプル数の不足もしくはLogicが審査に影響を与えていないかのどちらかが考えられる。

 Word EconomyモデルによるRelevance値は、モデル式の分母に用いる「Argument構造を成すステートメント」の定義により相関の有無が変わることが分かった。しかしこの変動は一貫性のある結論を導かず、Word Economyモデルはランキングとの相関を示せなかったと結論付けざるを得なかった。こちらも原因はLogicの場合の二つと同じものが考えられる。

 このように議論のMatterに関するモデル2つは、どちらもランキングとの明確な関係を示さない結果となった。

 今回狭義のArgumentを成すステートメントを分母とした場合は語数・文字数どちらを分子にした場合も相関が見られなかった。一方広義のArgumentを成すステートメントを分子とする場合には相関が見られた。このようにデータの差異は十分なサンプル数を必要とする複雑で微妙なものであることが確認された。

 一見、WEモデルの分母に広義のArgument構造を成すステートメント数を採用するのが相応しいように見えるが、これは矛盾した結論を導くことになる。

1.相関は負の相関であるから、勝っている選手ほどWord Economyが悪いという意外な結果ということになる。しかしこれは、より修飾やレトリックが多用されているのがプラスの評価を受けているのだと考えれば説明をつけることが出来る。つまり、実はWord Economyは一般に行われているコーチングの内容に反して求められておらず、流暢で美しい言語で修飾をふんだんに用いたスピーチが好まれるということになる。無駄が好まれるということである。

2.しかし、相関は「広義のArgument構造をなすステートメント数」を分母とした場合により明確に現れている。もしも、無駄が好まれるのであれば、狭義のArgument構造を成すステートメント数を分母に採用した場合の方が顕著な相関を出すはずである。

 このように、現状のデータでは相関結果が一貫性のある結論を導かない。

 以上のようなことから、WordEconomyと成績の相関については、複数のランキングリストとの相関を確かめる必要があるため、恒常的に参加する国・弁者のデータが必要になりそうである。そしてWordEconomyの算出では、分母に代入するArgument構造の限定の仕方を、よく吟味する必要がある。

成績との関係から、主張・詳述・論拠に限定するのが好ましいことが予想される。

 また今後、MatterとしてのWordEconomyと、MannerとしてのSpeedのどちらがより大きな影響を観衆に与えるものか、研究が可能そうである。

 今回、文字数・語数、構造分類、WEの算出の各段階で、安定した数値が求められたことから、弁者カテゴリー間の比較に用いる数値として実用が可能であることが確認された。

 今後の課題としては、1サンプル弁者数を随時補っていくこと、2出身地域の偏りを防ぐこと、3ビットへの換算など使用言語に影響を受けない情報量のあり方を考慮すること、4文字情報ではなく音声情報としての言語情報量のあり方を検討すること を考えている。

 より詳細なデータに関しては、鈴木雅子による2002年度秋学期修士論文「競技ディベートにおける審査基準の定量分析」を参照いただきたい。