2002年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

研究課題名:
空間情報表現可能な次世代汎用細胞シミュレータの開発

氏名:
山田洋平(学籍番号:80233037)

所属:
政策・メディア研究科 政策・メディア専攻 修士課程1年

背景:
学部時代、汎用細胞シミュレータE-Cellを用いた「細胞分裂モデリング手法の構築」をテーマとした研究を行った。そしてその過程で、細胞分裂などといった複雑な生命体のシステムを、精密にモデル化し、シミュレーションすることは非常に難しいという問題点に直面した。その理由の一つとして、このような細胞のシステムでは、物質の局在が重要な働きをしており、モデル化の際に、空間情報の表現が必要不可欠であることがある。しかしながら、これまでに用いていた、E-Cellバージョン1には空間情報を表現する機能が無く、モデル化の前提として、細胞モデル内の濃度分布が均一であることを仮定したモデルしか構築できなかったのである。

目標:
そこで、大学院においては、空間情報を表現するための汎用的システムを実装した、次世代汎用細胞シミュレータE-Cell3を開発し、上述した問題点を解決することを研究目標とした。空間情報を表現できるようにすることにより、空間情報を含まない均一系としてだけではなく、物質の局在など、空間情報を必要とする非均一系もモデル化とシミュレーションができるようになる。

手法:
具体的な手法として、非均一系である1つの細胞を複数の小さな空間に分割し、それぞれの空間には均一系を適応して、その間での物質の移動として非均一系を近似することで細胞全体の空間情報を表現し、物質の局在と濃度勾配を表現する。拡散現象は、拡散方程式を差分法で数値的に解くことによって表す。空間情報を含むモデルを構築する際に追加で必要とされる主なパラメータとしては、それぞれの分子種に特有の値である「拡散係数」や、上記した「小さな空間」の「幅」が考えられる。前者は文献より取得することをメインに考え、後者はモデル構築者が設定するモデルの目的・抽象度に応じて任意に変更できるようにする。なお、モデルの「幅」が小さいほど、そのモデルは精密な(抽象度が低い)ものであると言える。

Figure 1:拡散モデル(拡散前)

Figure 2:拡散モデル(拡散後)

成果:
通常の反応モデルであるサンプルモデルを、 空間情報を含む反応拡散モデルへと拡張した。 そして、双方のシミュレーション結果を比較した。 その結果、結果はほぼ一致していることを確認した。

Figure 3:サンプルモデル(反応モデル)

Figure 4:サンプルモデル(反応拡散モデル)

展望:
まずは今回構築した反応拡散モデルを用いて、具体的なシステムの要求分析を行う予定である。モデル構築のコストを削減するシステムをいかに実装するかが、一番の課題となる。現時点では手作業に頼る部分が多く、モデル構築者への負担が大きいためである。システムの実装が終了すれば、本システムを用いて、空間情報を含む大腸菌の細胞分裂機構をモデル化とシミュレーションする予定である。大腸菌の細胞質内には、局在したり振動したりするMinタンパクが三種類存在するとされ、これらのタンパクは、実際に細胞質分裂を起こすFtsZリングが正常に細胞の中央で形成されるように制御していると言われている。