森基金 研究報告書

持続可能な地域づくり―エコミュージアムを通じて

政策・メディア研究科 仁藤 安久

 

概要

 

この研究は、自発的なコミュニティ活動の重なりによって、地域の文脈を再構築し、博物館学の理念によって魅力的な空間を形成する圏域としての「エコミュージアム」の考え方、つまり「博物館としての地域づくり」の発想の有用性を検証したものである。

エコミュージアムの取り組みが日本各地で見られるようになって10年以上になるが、その中で持続的な活動が行われている地域は少なく、またエコミュージアムが機能している地域も数少ない。

本研究で明らかにしたいことは4点ある。(1)「文化資源」を利用し、地域文化を住民が中心となり、認知・学習・研究し「対話的」で「多声的」な文化の「創造」(「発見」・「再発見」)を行い「他者」との対話によってアイデンティティを確立していくというプロセスが、より開かれた対話型社会創出(ソーシャルキャピタルの醸成)の「装置」となりうること【文化政策論的地域づくり】、(2)エコミュージアムはそれら諸機能を有しており地域づくりのツールとしての有用性を多分に有しているということ、(3)しかしながら日本においてその活動が根付いている事例は少なく「理念先行型地域づくり」の問題点を明らかにすること、(4)エコミュージアムそのものを実践していくのではなく、エコミュージアムを地域づくりのベンチマークとして利用していくことを提案する。

4年次春におこなったエコミュージアムの理念の検証にとどまらず、2001年夏から秋にかけて行った3つの地域(主に過疎地域)でのフィールドワークの成果を踏まえ、より現実性を帯びた研究となっている。

尚、本研究は修士論文の準備研究に位置付けられるため社会科学的な仮説検証型の研究の形態を取っていなく、所存の問題・要素のサーベイとなっている。

 

キーワード

1.     エコミュージアム    2.地域文化資源    3.コミュニティ

4.内発的発展         5.文化政策論   6.ソーシャルキャピタル

 

■研究課題

 

街並み保存運動など地域住民が中心となって、「持続的発展」のため地域文化・生活文化をいかしてまちづくりを行なう動きがみられるようになった。これは、所有から利用へのパラダイムシフト、分散型というネットワークの概念を内包した事象といえる。

本研究では、町全体を「博物館化」するといった「エコミュージアム」に取り組んでいる地域・団体について取り上げる。エコミュージアムとは地域外の誘客を主目的とした開発ではなく、住民の主体的な参加により地域資源を「発見」していく運動(プロセス)である。

 

1. 研究背景

 

1−1.外来開発型開発方式(自治体主体の文化政策)

 1970年代後半から地方自治体においては、いわゆる「文化行政先進県」を始めに地域における文化振興が盛んに行なわれるようになってきた。その行政内容としては大半が文化会館を始めとする文化施設の整備であり、「文化行政=文化施設建設」の傾向が長く続いた。 

文化施設施設が一通り整備されたことを背景に、その内容が問われるようになり、「箱モノ」批判などが各地で議論され、近年、様々な自治体の試みが行われている。

1−2.内発的まちづくり

 自治体主体の文化振興策により、地域文化は特徴を失い、文化の東京一極集中や地方都市の普遍化が起こったという批判もある。

2000年夏に行われた滋賀県で開かれた文化経済学会の研究大会では、新たな動きとして、そのような状況に危機感を募らせた地域住民が中心となって、もしくは官民が協働しながらまちづくりを行うという事例が紹介された。このような、内発的な地域づくりは地元の資源、地元の技術、産業、文化を生かすという発想をもって地域の活性化を目指すものであり、環境保全の枠の中で地元の産業の持続的発展を目指すものでもある。

一番の特徴は、施設や展示物を「購入」するのではなく、現在ある「資源」を活かしていく(利用)という点であり、内発的なまちづくりは、地域の活性化という目標のほかに、「コミュニティ・アイデンティティ」や「プライド・オブ・プレース」を構築するものであるという性格が強いと考えられる。

1−3.「もの」社会から、「こと」社会へ

このような動きの背景には、「もの」社会から「こと」社会への認識の変化が挙げられる。

 

「もの」社会

「こと」社会

価値

普遍性志向

コミュニティ内志向

希少性

 

 

 

(ものを意味付ける要素:何を発見できるか、何を学べるか・文化的意味・知的創造・どんなリレーションシップが生まれるか)

 

大規模文化施設が目指していたものは、大量の集客であった。そのために、「もの」の収集と保存、豪華に脚色した展示物の創作、膨大な予算を投じてのパブリシティー活動に膨大な金額を注ぎ込まなければならなかった。ところが、豪華さや希少性を強調した展示やイベントは2度目以降になると利用者をひきつける効果は急速に低下してしまう。実際、博物館などでは、オープニングイベントでの集客が一番多く、それ以降集客が下がり続けているという例が多い。

「こと」社会は、「知」と「リレーションシップ」がキーワードとなる。図1のように、資料や展示物をとりまく、「記号的価値」に重点がおかれるのである。この考え方を体現したまちづくりが「エコミュージアム」といえる。

 

2. エコミュージアムとは

 

 ここでは、エコミュージアムの発生から、現状までを記す。

 

2.1 発生

 

「エコミュージアム」(Ecomuseum)は、1970年代にフランスの博物館学のアンリ・リビエール氏[1]によって発想された「エコミュゼ」(Ecomusees)の英語訳である。彼によると、「地域社会の人々の生活と、そこの自然及び社会環境の発達過程を史的に探求し、自然及び文化遺産を現地において環境とともに保存し、育成し、展示することを通して当該地域社会の発展に寄与することを目的とする現地保存型の野外博物館」として定義される[2]。この定義からわかるように、単にエコロジーに関するミュージアムであるのではなく、ミュージアムそのものが地域においてエコロジカルな存在であることを意味している。

 エコミュージアムは、ecologyとmuseumの合成語であり(図2-1)[3]、博物館の一類型として位置付けられる。しかしながら、従来型の博物館とは異なる理念の上に成り立っているため、一般に博物館として認識されていない。

 

 

 

 

 

 

 


     図2-1


 

2.2         定義

 

 フランス文化省の定めた「エコミュゼの組織原則」[4](エコミュゼ憲章)の第一条において、次のように定義されている。「エコミュゼは、ある一定の地域において、住民の参加によって、その地域で受け継がれてきた環境と生活様式を表す自然・文化財産を総体にして、恒久的な方法で、研究・保存・展示・活用する機能を保障文化機関である」

 エコミュージアムの理念の上での特徴大きく上げると3つある。第一に、ある一定の「領域(territory)」すなわち「地域」を主要な対象としていることである。第二に、手法的な特徴として地域社会・住民との一体化、すなわち住民の主体的な参加である。第三に、形態的な特徴として、地域内の各種遺産の保全、つまり「遺産の現地保存」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


         図2-2

 

 これら3つを統合させた博物館活動がエコミュージアムといえる(図2-2)。エコミュージアムの説明で多用されるのが、図2-1であり、3つの要素の頭文字をとって、H・P・Mがバランスよく整い、かつ一体的に密接なネットワークを組んでいることがエコミュージアムの理想的な姿であるとされる。

 

H( heritage : 地域における自然環境、文化遺産、産業遺産などを現地で保全すること)

P( Participation : 住民の未来のために、住民自身の主体的参加による管理運営)

M( museum : 「領域」における博物館活動、すなわち調査研究・収集保全・展示教育普及の一連の活動)

 

 「日本におけるエコミュージアムの中では、現在のところ、この3つの要素がそれぞれの力を発揮しあい、対等な関係で相互に協力している実例は極めて乏しい」[大原,2001, p30]という現状がある。しかしながら、図2-3に示すようにその類型は、極めて多様であり、数も多い。

 

2-3

 

 

博物館とエコミュージアム

 

エコミュージアムは博物館であると先ほど述べたが、従来型の博物館の定義と比較するとわかりやすい。

 日本における博物館の定義は「博物館法」によってなされている。博物館の目的については「この法律は、社会教育法の精神に基づき、博物館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もって国民の教育、学術及び文化の発展に寄与することを目的とする」と明記されている。この法律において「博物館」とは、「歴史、芸術、民族、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成も含む)し展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関である」と定義されている。

 一方、国際的な機関ICOM(International Council of Museums=国際博物館会議)の定義によると、「博物館とは、社会とその発展に貢献し、研究・教育・楽しみの目的で人間とその環境に関する物質資料を取得、保存、研究、伝達、展示する公共の非営利常設機関である」とされている。

 

 

資料について

地域社会に対して

博物館法(日本)

収集・採集

明記なし

ICOM

取得(所有権のみにとどまる)

発展に貢献する

エコミュージアム

原則として現地保全

発展に貢献

環境保全

2-4

 

 さらに詳しく 従来の博物館とエコミュージアムを比較すると以下の図2-5のようになる。

 

従来の博物館

エコミュージアム

目的

国民の教育、学術および文化の発展に寄与する

当該地域社会の発展に寄与する

展示手法

購入・賃借による収集と一ヶ所に集中して展示

地域社会の自然・文化・産業を現地において保存・展示

構造形態

一ヶ所に集中保管・展示

ネットワーク構造

運営主体

主に行政

地域住民と行政

2-5

 

 

 

アンテナ

 

 一つの地域の中には、人間と環境とのかかわりを表現する様々な産業遺産、自然遺産(資源)、文化遺産(資源)などがある。エコミュージアムでは、各地域に存在する様々な遺産を学ぶ分館的な機能を、その地域を知り、活動を起こすための「触手」として「アンテナ」と称している。アンテナ網が張り巡らされた地域の環境を、人間とのかかわりにおいて解釈する統合的な概念がエコミュージアムと言える。

 

関係的概念

 

 エコミュージアムが提唱された1970年代当時のフランスにおいては、エコロジーと特に、「ヒューマン・エコロジー」[5]と捉え、単なる生物生態系の学術的表現ではないことを強調した。

「エコミュゼの組織原則」やスウェーデンのベリスラーゲン・エコミュージアム(資料2-1)[6]の定義では、「形態よりも機能を重視」[大原 1999]ということであり、実態的概念ではなく、関係的な概念であるといえる。

 

 

 

 

 

 

      広範な地域をカバーする。

      文化的風景の中から選ばれたいくつかの環境からなる。

      何が、どこに、どのように位置を占めていたのか、もともとそれらがあったような形で、実地説明をする。

      何が、どこに、どのように、ということを説明するようにつとめる。

      保存、復元、再建の努力をする。

      訪問者を活発にさせ、文化資源に近づきやすくするように努力する。

      文化と観光の相互作用に基礎をおく。

      すでに前もって存在していたものを保存する。

      地方自治体、非営利協会、組織団体、会社企業、民間個人の結束による努力にねざしている。

      積極的で自発的な努力に依存している。

      ほとんど知られていない地区を旅行者に近づきやすくすることを目指している。

      地域アイデンティティ意識をつくりだそうと努力している地域住民の心を動かす。

      学校とすべてのレベルの教育に対して問いかける。

      進化しつづける過程の中にあり、新たな姿や改善進歩はすべて、長期短期に関わらず、進化発展のプログラムに伝えられていく。

      一般的なものから特殊なものまで全体を見せることを目的にする。

      芸術家、職人、作家、俳優、音楽家たちと、ともに協力しあう。

      勉強サークルの意味合いと学術的レベルとの両立の分野の研究を促進する、。

     技術と人間、自然と文化、過去と現在、これからと今、の関係を説明することを目的とする。

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  資料2-1

 

2.3         エコミュージアムと観光

 

 日本におけるエコミュージアムは、しばしば商業主義的な観光事業として行われていることがあり、これは「エコミュージアム」の理念とかけ離れており、「エコミュージアム」と呼ぶことはできない。基本的にエコミュージアムは地域住民の内発的発展のためにあるもので、外部からの観光客に対して迎合するということとは逆の発想である。その地域の主要産業が観光である場合には、観光を無視することはできないが、外部からの観光客による収入を目的とした集客施設としての博物館設置は、エコミュージアムの目的と本質的に異なる。エコミュージアムの役割は、観光を通じて地域住民が自分の地域を誇り(プライド)を持ち自らの地域の「遺産」を大事にし地域を育てる意欲を高めることによって、意識を活性化することである。この場合の活性化は経済的活性化のみを意味するのではない。

 ここで意識された「観光」とは、「商業主義的な観光」であるが、図2-3に示した類型の「新たな観光事業」はエコミュージアムと共通した考えをもつところがあるといえる。


これらの概念は、商業的な観光形態とは基本的に異なる。

 マッギ[Maggi, M 2000]は、商業的な観光を異常な短絡的観光主義(hetero-direct tourism)として危険視し、長期モデルにおける目標が必要であり、観光収入による地域経済は短期的な戦略に過ぎないことを忘れては、ならないと指摘している。

後ほど、細述するが、「地域づくり運動」の中でツーリズムが重要な役割を占めているがという考え方もできる。ツーリストという外部者の視点を直接に考慮するという他の地域との違いを強調する必要があるという点において、対自個別化の典型現象と点において、さらにツーリストの目を通じて他の地域との違いを強調(「対自個別化」)する必要があるという観点である。

 

     ヘリテイジツーリズム

     カルチュラルツーリズム

     エコツーリズム

     グリーンツーリズム

     タウンツーリズム

     持続的な観光

     など

 
 

 

 

 

 

 

 

 

2-3

 
 

 

 


2.4         エコミュージアムとまちづくり

 

 町並み保存型まちづくりなど、現代のまちづくりとは、更地に何かを作ることではなく、すでに前もってそこにあるものを調整し、統合し、新たな平衡状態を作り出すこと、つまり社会秩序を再編成していく過程にこそある。社会的調整のプロセスこそ、既成環境におけるまちづくりの本質であると言える。エコミュージアムは、その存立基盤を「領域」(地域)に求めることから、本質的には、このまちづくりと同様の意味を持っているのであり、あくまでも地域社会に状況づけられた「創作」行為なのである。

 

 

2.5         エコミュージアムの今後(「領域博物館学」へ?)

 

 「新博物館学」(Newmuseology)を提唱するメンバーを有する国際ネットワークMINOM(国際新博物館学運動)が現在、エコミュージアムについての議論を多く行っている。(エコミュージアム国際会議もMINOMのメンバーが中心となり運営を行った)

 2001年7月に「領域博物館学」というものをP.メラン[7]から提唱された。これは、新博物館学運動の中に位置づき、ソシアルミュゼオロジー、コミュニティミュゼオロジー、エコミュゼオロジーなどの思想に立つ実践の手法であり、「参加プロセスにこそ目的を持ち、社会文化アニマシオン、平等への参加、歴史的な時間と未来に開かれたアイデンティティ空間の統合プロセスの再活性化に向けた、道具としてのミュゼオロジー」であるという。この具体的な先例がエコミュージアムや近隣博物館といわれるものだとしている。

 これらのことから、領域=地域そのものはその地域住民の活力創発の材料やきっかけにすぎず、それを活かす方法が博物館活動であることがわかる。すなわち、エコミュージアムにとっては、文化遺産や伝統などの継承や保全が最終目的でなく、活動を通じて得られる住民活力の開発こそが目的なのである。

3. 研究対象・手法・スケジュール

 

 研究手法は、主に2つのアプローチがある。

3−1.エコミュージアムの類型化

 

それぞれの事例を評価するために、以下の視点から研究を行なう。

@実態調査

A意識調査

様々なステークホルダー(地域住民、商店街、訪問者、学校など)への取材・アンケートを通し、意識調査を行なう。

B運営方法の比較

C連携体制

コミュニティの各主体がどのように、行政、民間などの異種団体の間に有機的なネットワークとなる横の繋がりを形成しているのか検証

D信頼性の構築

E情報技術・ネットワーク

情報共有システムやコミュニティツールとして、いかにコンピュータが用いられているか、有効に活用されているか検証

主体

地域

類型

地域住民

埼玉県大滝村など

「環境教育のまち」等

産業

千葉県豊浦町など

地場産業資源振興等

商店街

墨田区・新宿区など

店舗ネットワーク博物館等

自治体

山形県朝日町・山梨県川口胡町

街並み保全・フィールドミュージアム等

広域行政

静岡県川根地区・新潟県妙高地区

地域資源の統合化等

     内発的発展論の考察

 

 

 「内発的発展論」とは、鶴見和子が日本において論理展開を行ったが、世界においては1975年にダグ・ハマーショル財団による「もう一つの発展」という報告書による、「人間集団が、自分たちの持つもの――自然環境・文化資産、男女のメンバーの創造性――に依拠し、他の集団との交流を通して、自分たちの集団をより豊かにすることである。そうすることによって、それぞれの発展様式と、生活様式とを、自立的に創り出すことができる。」というものが始まりであると言われている。

 ここでは、内発的発展論が「西洋をモデルとする近代化論」への批判から生まれてきたということをもとに、トムリンソンのグローバリゼーション観を援用し、「文化資源」(伝統、文化遺産・記憶)を通して再考察する。その上で、「日本民族」などといった規模の大きな「想像の共同体」[8]的な枠組みは、自分たちのアイデンティティを確立するための領域としては日常感覚とあまりにかけ離れている点を指摘する。

 

3.1         グローバリゼーションと文化資源

 

 アメリカの社会学者であるR.ロバートソンによると、グローバリゼーションとは、「国を超えるとともに諸国の間で相互依存関係の程度をますます増大させる、(中略)一つの全体としての世界の縮小」[9][Robertson.1992.p2]であると定義されている。しかし同時に重要な点は、相互関係が増大することによって世界は縮小するが、その結果、世界は単純に画一化されるのではなく、むしろ「個別主義の普遍化」[Robertson 同上 p6]が進むことにあるという。つまり、世界全体に共通するものが現れてくるのだが、それは世界そのものが同じようになってくるという形で起こるのではない。世界における様々な事象が「自らのアイデンティティや活動を形象として表すときにますます頼るようになってきた準拠枠」[10][トムリンソン 1999 p30]が共通化され、単一化されていくというのである。

 したがって、その共通化された「準拠枠」に基づきながらさまざまな局面で個別的な現象が現れることになる。地域を例にして考えてみると、移動・情報網が発達し、その意味で世界が縮小された状況のなかで、各地域は容易に他の地域の情報を手に入れることができる。しかし、その結果として単純に平準化していくのではなく、むしろ他の地域との違いを設けることによって自らの地域アイデンティティを確立しようとする。かつての地域の個別性は、他の地域との比較とは関係のないところで、いわば即時的に形成されるものであった。しかし、今日の地域の個別性は常に他の地域を意識しながら、いわば「自省的、対自的に形成されるものなのである。」[清水 2001 p42]

 こうした視角から実際の日本での動きを振り返ってみると、ここ最近に見られる地域づくり[11]のさまざまな運動も対自的に自らの地域のアイデンティティを確立しようとする点において、まさしくグローバリゼーションが進行する過程の中での表れであったといえるだろう。

 すなわち、エコミュージアムや地域づくりで言われる「文化資源」(記憶、遺産)は、グローバリゼーションにおける「準拠枠」の一つであって、それをもとに個別化が推進される一つの拠り所なのだ。地域で考えると、自らの地域のアイデンティティを確立するために、他の地域とは異なる独自の特徴を作り出そうとする。そのとき、「文化資源」はそうした差異化を行うための格好の資源となるといえるだろう。

 

3.2 内発的発展論

 

 社会学者の鶴見和子は内発的発展論を次のように定義している。

「目標を実現するであろう社会の姿と、人々の生活のスタイルとは、それぞれの社会および集団によって、固有の自然環境に適合し、文化遺産に基づき、歴史的条件にしたがって、外来の知識・技術・制度などを適合しつつ、自律的に創出される」[鶴見和子 1996: p9]

 そして、それを解説する形で、「内発的発展は、発展の政策および戦略にかんするだけでなく、より身近な、暮らしのスタイルの工夫にも関わり、人びとがなにを楽しいくらしと感じるかの、生活の感覚および価値観にあいわたってこれまでの画一的な近代的生活様式を根底から考え直そうというラディカルな提案である。」さらに、「内発的発展には、文化遺産、またはもっと広くいえば伝統のつくりかえの過程が重要である」とも述べ、「地域の小伝統の中に、現在人類が直面している困難な問題を解くかぎを発見」するというように重視すべき伝統のスケールについても示唆している。

 内発的発展論は「西洋をモデルとする近代化論」への批判から生まれてきた。そういう出自をもつ性格上、そこで語られる伝統も西欧を比較対象としてきたものとなる。鶴見は伝統についてそれほど多くを展開していないが、わずかに触れられている「小伝統」もやはり西欧の反射板とした伝統を想定していたのではないだろうか。たしかに私たちの住むこの国には、まだまだ西欧と対比させて自らのアイデンティティを確立しようとする傾向が強い。しかし、この現在のグローバリゼーション時代にあっては、「文化資源」は差異をつくる「準拠枠」の一つとなる。そのとき、その場所でいかに生きるべきかという問いに対して、西欧のみを比較対象とすることから、個々の地域間(領域[12])での差異へと変化していくだろう。そのような意味で、エコミュージアムに代表される(個性ある)内発的地域づくりが重要視されているのだと思う。

 

3.3 閉ざされてしまうことへの危惧

 

 しかしながら、あまりに地域社会コミュニティについて集中して言及すると、一方で地域限定的な閉ざされた思考の限界点が指摘されてしまう。

 地域コミュニティに無批判に埋没することは危険なことである。それは、下手をすると、せっかく建物の壁を取っ払った概念であるエコミュージアムが、別に地理的壁をつくっただけのことになってしまうからである。

 あるいはまた、おのおのの独自の文化を尊重するふりをして、文化相対主義に陥り、自己満足的な「エコミュージアム」に陥る危険性がある。「対話のないところに発展は期待できない。」[大原 2001, p34]というように、いかにその「領域」において多様な対話、よりひらかれた対話型社会が創出できるかがエコミュージアムにとって重要になってくる。

 ベレーグ[13]は、コミュニティのアイデンティティを追及するエコミュージアムの陥りやすい問題と危険性について、次のように6点挙げている。

1.     そこに住み同時に自身の文化を研究することは誰にとっても難しい

2.     アイデンティティを研究することは他のグループに対して排他的になりやすい

3.     保存と発明と開発のバランスはデリケート(例:まちは凍結保存できない)

4.     覆い隠されていた記憶やものがあらわになるときの沈黙(過去の負の遺産を表現しようとするときの強硬な反対や隠蔽工作)

5.     エコミュージアムとその職員の成長はコントロールされるべき。その成果と同様に、地域の政治の道具につかわれないように

6.     このような博物館の評価基準は経済的な価値ではない。本当の利益は精神性や意識の発展である

 これらを見るといずれにしても、コミュニティは求心的にアイデンティティを確立しようとしつつも、いくつかの尺度で自己を相対化する手続きを踏むことが必要なのだといえるだろう。

 

4.4 authenticityについて

 

 よく「文化を決定するものは誰か」という問いが発せられるが、エコミュージアムにおいても、専門家・研究者の役割やそれに関してauthenticityを担保するという方法課題もしばしば議論になるようである[新井 1996: p128]。

それらは最終的には地域住民の決定にゆだねるのだとするのがエコミュージアムの立場である。しかし、問題は結果ではない。つまりなにが「本物」かという判定に意味があるのではなく、それを誰が「本物」と評価するのか、誰が価値を見出すか、お互いの意見の交流やまた着地点を見出していく合意形成のプロセスにこそ重点がおかれているということがエコミュージアムの理念から読み取ることができる。

 エコミュージアムは、文化そのものを固定化したものと捉えていない。また、「もの」そのものよりも「記憶」を重視するので、客観的な価値付けは外部から測定しにくい。しかしながら、イニシアチブをコミュニティの地域住民にゆだねているので、生成される文化は流動的であり権威からはかけ離れた存在となるといえるであろう。

 

結語

 

 全体に文献に対する読解が未消化の部分が多く、「書き散らしてしまった」という観が拭えない。しかしながら、「内発的発展論」の考察において、グローバリゼーションとの関係についてある程度考察が深められたことはこれからの研究の土台となる収穫を得られたと思っている。なぜ、「Think globally, act locally」[14]という言葉が自治体の合言葉のように多用されているのか、今まで漠然と感じていたことがこの論文を書くという作業を通して、ある程度クリアになった気がする。(しかし、消化不足であることは否めない)



[1] Georges-Henri Riviere 当時ICOM(国際博物館会議)会長、フランス国立民族芸能博物館長兼任

[2]根木昭・枝川明敬『美術館政策論』(晃洋書房、1998

[3] 日本エコミュージアム研究会編 新井重三『エコミュージアム理念と活動』1997より抜粋

[4] フランス文化省(1981) 前田千代訳

[5] Varie 1970

[6] ベリスラーゲン・エコミュージアム、1995

[7] Pierre Mayrand: MINOM設立メンバー

[8] B.アンダーソン(白石さや、白石隆訳)『想像の共同体』NTT出版、1997

[9] 訳書は、R.ロバートソン(阿部美哉訳)『グローバリゼーション−地球文化の社会理論』東京大学出版会、1997

[10] J.トムリンソン(片岡信訳)『グローバリゼーション―文化帝国主義を超えて』青土社、2000

[11] まちづくり、むらづくりなどひらがなで表記する意味は、「市民参加的」であるということを意識している。[清成 1990 p244]

[12] ここでは「コミュニティアイデンティティ」「Pride of Place」が形成され得る地域という意味でつかっている。

[13] Bellaigue, Mathilde: “Local Identity in the Process of Globalisation the Ecomuseum Questioned <Finding the Signs of a World Rematerialisation>”, Nordisk Museology, 1992.2

[14] 渡辺靖研究会では、「Think and act globally and locally」つまり、共に全て必要だと考えている。