1.研究課題

現在、日本の国土面積の約7割を中山間地域が占めており、同時にそれら地域は、わが国の農業などで重要な位置を占める。若者の帰還意志に対する地域条件の不整備から、若年層を中心とした人口流出と高齢化の進行が今後も見込まれる。これら地域における人口還流の実態を正しく把握することは、わが国の地方圏の将来を議論する上できわめて重要な課題である。

本研究は、兵庫県淡路島を事例に中山間地域における人口還流現象の実態とその構造を、高校の同窓会名簿を分析することにより明らかにする。その上で、実際に淡路島に帰還している者に対し、アンケート・ヒアリング調査をすることにより、今後、地域を支え活性化を担っていくべき立場である若者が、どのような条件が整っていれば地域に戻り、またどのような役割を果たしてゆけるのか、そのあるべき条件と可能性を模索することを目的とする。

 

 

2.2002年度の研究活動 総論

2002年度春学期において、本研究の第一段階である兵庫県立洲本高校同窓会名簿の整理を済ませ、淡

路地域における進学高校卒業者のUターン動向の概観を把握した。その後は、今後、実際に淡路地域に

帰還している者に対してアンケート・ヒアリング調査を行なうための準備として、また自身の淡路地域

に対する知識を蓄積するために、様々な統計データの整理や既往関連研究のサーベイ、現地での巡検、

自治体へのヒアリング調査などを行なってきた。

2002年度秋学期においても引き続き、淡路地域に対する知識を蓄積すべき期間と捉え、上述の研究活

動を続けた。淡路地域がどのような状況に置かれた地域であり、過去から現在にかけどのように姿を変

えてきたのか、自治体は淡路地域活性化のためにどのような取組みをしているのかなど、人口移動に関

することはもちろん、その他 広く概況を整理した。

 

具体的に行なった活動は、以下の通りである。

< 2002年度春学期 >

     兵庫県立洲本高校同窓会名簿 整理

     人口動態整理(国勢調査報告、住民基本台帳人口移動報告、住民基本台帳人口要覧)

     ヒアリング(兵庫県淡路県民局労政課、淡路町企画課、北淡町企画課、西淡町商工観光課、南淡

町町長公室、洲本高校進路指導)

< 2002年度秋学期 >

     現地巡検

     ヒアリング(兵庫県淡路県民局労政課・農政課、五色町地域開発課・住民課・健康福祉総合セン

ター、東浦町企画情報課・住民課、淡路地域中小企業支援センター、五色町中山間総合活性化セ

ンター)

     産業構造整理(国勢調査報告、事業所・企業統計調査)

     既往関連研究サーベイ(『日本の人口移動 −ライフコースと地域性』(2002)、『わが国における全

国スケールの人口移動の実態解明に関する研究』(2000)、『淡路町土地利用調整基本計画策定調査

報告書』(2001)など)

 

 

3.淡路地域の人口動態

3.1.人口の推移

淡路地域の人口は減少の一途をたどっている。昭和40年(1965)に185,473人であったものが、昭和50年(1975)に172,133人、昭和60年(1985)に169,044人と減少を続け、平成12年(2000)には159,111人と16万人を下回るに至った。

しかし、市町別に見ると、全ての市町において減少を続けているのではなく、近年では五色町・東浦町・緑町において人口増加を見せている。五色町・東浦町は町として定住・Uターン政策に積極的に取り組んでいること、緑町は洲本市のベッドタウンとしての役割を担っていることによると考えられる。

 


3.2.人口構造の推移

淡路地域の人口推移を、年齢階層別(3分法)に見ると、昭和40年(1965)から平成12年(2000)にかけて、15歳未満の年少人口は46,867人から23,156人へと半減しており、15〜64歳の生産年齢人口は119,391人から96,341人へと23,050人の減少である。これに対して、65歳以上の老年人口は19,215人から39,614人へと倍増している。

このため老年人口の割合は、昭和40年の10.4%から毎回上昇して、平成12年には24.9%となっている。これに対して、年少人口は25.3%から14.6%、生産年齢人口は64.4%から60.5%となっている。このように相対的にも、絶対数の上でも人口の高齢化が急速に進行していることが分かる。

 

3.3.自然増減と社会増減

平成2年(1990)、平成7年(1995)、平成12年(2000)における、自然増減率(人口千人あたり)と社会増減率(同)について、その値をプロットし推移を見ると、4つの特徴があげられた。

特に、グラフが左右に狭く上下に広いことから、人口増減(すでに見たように、ほとんどの市町においては減)の多くの部分が、社会増減によって担われていることが分かる。また、近年(平成7年と12年)において総人口増加域に値がプロットされたのは、五色町と東浦町だけであり、両町ともに社会増に大きく起因している。一方で、淡路町や津名町では大幅な社会減に起因する人口減が見られ、淡路地域内においても、人口増減が明確に分かれてきていることが分かる。

 

3.4.転入と転出

住民基本台帳人口要覧より、淡路地域の各市町について、人口の転入・転出の推移を見た。すると、淡路地域における経済・産業の中心地である洲本市をはじめ、ほぼ全ての市町において近年、転出超過であり、淡路地域全体でも一貫した転出超過である。

明確な転入超過が見られたのは、五色町と東浦町だけである。この2町においては、定住・Uターン政策として、宅地造成や企業誘致、公園整備などを積極的に行ない、過疎脱却と淡路地域における定住地域として貢献している。特に五色町は、高齢者福祉施策にも力を注ぎ、全国的にも高く評価されている町であり、高齢者の介護移動(福祉Iターン)も多いようである。

 


3.5.通勤/通学による流出と流入

通勤・通学による流出と流入について見ると、市町ごとにそれぞれ特徴があることが分かる。

まず、洲本市は淡路地域内の全町に対し流入超過であり、淡路地域における経済・産業の中心地であることを裏付けている。

最北端の淡路町は、淡路地域で最大の流出率である。この町は、流出者のうちの62.4%が、神戸市や明石市など、淡路地域を除く兵庫県に対するものであり、生活の大部分を島外へ依存した特異な地域であることが分かる。これに対し、最南端の南淡町においては、徳島県などに対して流入超過であり、淡路町に見られた島外への依存は見られない。

上で見た、近年人口増加をしている五色町と東浦町については、ともに流出超過であり、五色町は洲本市に対するベッドタウン、東浦町は神戸市に対するベッドタウンの役割を担っていることが分かる。

 

3.6.淡路Uターン協議会

上で見たように、市町単位ではUターン政策を積極的に行なっている地域もあり、それなりの成果をあげていることが分かった。しかし、淡路地域内での人口の奪い合いを行なっている感があり、淡路地域全体での取り組みが必要である。

兵庫県庁淡路県民局労政課の近年の取り組みとして、インターネットを利用したUターン支援策がある。Uターンバンクに登録することにより、淡路島内の企業情報誌が提供され、また年数回の島内外で開催される就職セミナー・合同説明会などに案内される。また、本ホームページのデータベースより、条件に合った島内企業を検索することができ、Uターン希望者と島内企業のマッチングを行なっている。

現在、85社が会員企業として登録されているが、ホームページに記載されている情報が昨年のものであったり、またイベント情報の書き込みが0件であったりと、どれほどの成果をあげているかは疑問であり、今後詳しく追求してゆく必要がある。

 

 


4.進学高校卒業者の人口還流


4.1.コーホートによる比較

淡路地域において、最も大学進学率の高い洲本高校の1948年版から2002年版まで、計8冊の同窓会名簿を利用し、彼らの淡路島へのUターン動向を整理した。まず、コーホート間で比較を行なった。

20代の前半から後半への移行を、雇用状況が良好であった1970年頃に迎えた19期生(1948年コーホート)については、大学卒業後も大都市圏で就職しそのまま安定期を迎えているが、他のコーホートについては、全てにおいて大学進学時に減少した後、20代後半において帰還し、その後再び流出していることが分かる。また、近年ほど20代後半に帰還者が増加している一方で、その後の減少も早く数も多くなっており、将来的には、最終的に淡路地域に在住するものは減少していくと思われる。

しかし注目すべきは、最近5年間の動向である。各コーホートの5年間における減少率が、それぞれ5年前のコーホートの同時期における減少率に比べて、緩和されていることが分かる(ex.26期生の40代前半から後半への減少率は、19期生の40代前半から後半への減少率より低い)。1998年に明石海峡大橋が開通したことによる転出の減少であるとも考えられ、今後、本研究を進めるにあたり、非常に大きな論点となる点である。

 

4.2.淡路地域全体との比較

次に、国勢調査報告より、淡路地域全体について、彼らの淡路島へのUターン動向を整理し、比較した。

淡路地域全体での推移は、近年のコーホートになるにつれUターン率が上昇していることがはっきりと分かる。20代前半の流出が減少し、さらに20代後半のUターンが増加している。男女別に分析することにより、これは特に女性のUターン率上昇によるものであることが分かった。

また淡路地域全体では、Uターン後の再流出が見られず、早い段階で定常状態に入っていることが分かる。ここに、洲本高校卒業者の就職後の職のミスマッチが仮定できる。

最近の5年間に注目すると、洲本高校卒業者に見られた再流出減少の動きは見られない。明石海峡大橋は、洲本高校などの進学高校を卒業した者の流出を緩和する役割を見せるが、淡路地域全体で見ると、それほど大きな影響がないのかもしれない。しかし、国勢調査が2000年における調査であり、明石海峡大橋開通後わずか2年であり、まだその影響が現れていないのかも知れず、この点は今後、考察を要する。

 

4.3.他地域への流出動向

洲本高校卒業者に対し、彼らの他地域(国立社会保障・人口問題研究所の人口移動調査におけるブロック区分に基づき分類)への流出動向について整理した。

淡路島という地域は、神戸・大坂・京都といった大都市圏が近くに存在し、わざわざ東京圏へ移動することなく大学進学や就業の機会を得ることが出来るため、流出の大部分が近畿圏に集中している。同時に、このように大都市圏が近い地域であるがゆえに、東京圏がそれほど特別な意味を持つ地域ではなく、東京圏への流出動向は、他の一般的地域に対する流出動向と大きな差異が見られない。

近年では、きょうだい数の減少や、明石海峡大橋の開通などから、神戸市などとの結びつきをより強め、近畿圏への一極集中の傾向がより色濃く見られる。

 

 

5.淡路島巡検

2002年8月に大学夏期休暇期間を利用し、淡路地域の巡検を行なった。自身の出身地でもあり、18年間生活してきた本地域であるが、2002年度春学期までに研究をしてきたことを踏まえ、仮説・問題意識を持ち巡検することにより、改めて見えてくるもの、気づかされる点も多かった。

淡路地域における経済産業の中心地である洲本市の中で、最大ともいえる企業のサンヨー電気。五色町の宅地造成された住宅地域、全国から高く評価されている福祉施設群。西淡町の瓦や、南淡町の人形浄瑠璃、一宮町の線香など、地場の産業。最北端の淡路町と明石海峡大橋を経た本州との近接性。三原町・南淡町で一面に広がる田畑。人口の移動にも深く関わる様々な地域特性を改めて確認することができた。

 

 


6.人口増の町への注目

淡路地域の人口は減少の一途をたどっており、昭和40年(1965)に185,473人であったものが、平成12年(2000)には159,111人と16万人を下回るに至っている。

しかし市町別に見ると、全ての市町において減少を続けているのではない。人口増を示している町を見ると、1990年から1995年にかけ人口が増加しているのが津名町・東浦町・五色町・緑町の4町、1995年から2000年にかけ人口が増加しているのが東浦町・五色町・緑町の3町である。このように、この10年間で人口が増加している地域は特定してきているということが分かる。

人口還流を扱う本研究においては、人口増を見せている町に強く注目し、そこに何かのヒントを探りたいという思いから、今学期は特に五色町と東浦町に注目しつつ研究活動を行なった。(緑町は、人口は増加しているものの、人口増減率の増減の幅が非常に激しく、隣町であり淡路地域最大の経済産業都市である洲本市のベッドタウンとして、そこに依存した形で人口増減を示していると考えられることから、それほど強く注目はしなかった。)

 

 

7.五色町の取組み

五色町の人口は、1990年の10,232人から2000年には11,090人へと、10年間で1割近くの人口増を見せている。本地域は、若者のUターン・定住施策に非常に積極的に取り組んでいる。

施策としての1つは、企業の誘致である。昭和57年より行ない、計14社の企業を町へ誘致し、誘致企業における従業員数は現在600人を数える。もちろん、従業員は町内に住むものだけとは限らないが、若者のUターンの大きな誘引要因となっていることは間違いない。しかし、各企業の誘致に至るまでの経緯を見ると、ほぼ全てがもともと五色町にゆかりのある企業であり、今後も企業の誘致活動を続けるのは困難であると町も悩んでいるようである。

五色町は、若者のUターン・定住施策として、宅地の造成を行なっている。平成元年より始め、計4団地714区画の整備を終えている。わかもの定住圏創造事業や定住促進団地整備事業など、国からの補助金を受けた事業となっている。この分譲地への移住者の内訳を見ると、五色町出身の若者のUターンが全体の約1/3、五色町以外の淡路地域出身者のUターンが全体の約1/3、そして島外の高齢層が残り1/3となっている。

島外の高齢層の移住に関してであるが、五色町はもともと、若者の定住施策と同時に、高齢者の福祉サービスにも非常に積極的に取り組んでおり、福祉の先進自治体として全国から高く評価された地域であったことが背景にある。分譲地への申込者の出身地と年齢を分譲時期ごとに見ると、分譲当初は島内出身者で20〜40代の若い世代がそのほとんどであることが分かる。しかし、平成8年9月の分譲から、一気に島外高齢層の数が増加し、島内若年層との割合を逆転させている。これは、平成8年の敬老の日において、五色町が高齢者福祉の進んだ「介護移住(高齢になった者が住み慣れた都市を離れ、公的福祉サービスの充実した町へ老後の安住を求め移住する現象は「介護移住」「福祉Iターン」などと呼ばれる)」の町だとNHKスペシャルで放映されたことによる。以後、島外高齢層の移住が進み、最近の神陽台団地では約4割を島外高齢層が占めている。

このように五色町は、若者の人口誘致策として行なった分譲地・町営住宅への高齢層の移住というジレンマも抱えており、地域開発課としてはやや戸惑い気味であるが、若者の人口も一貫して増加しており、過疎脱却と淡路地域における定住地域としての役割にも大きく貢献している。

そこで、介護移住という現象を引き起こすほどの魅力ある五色町の福祉施策とはどのようなものなのかを見ることにする。

五色町は昭和45年に国から過疎地域に指定されているが、その時すでに高齢化率は20%近くあった。現在は27.0%であり、古くから高齢化が危惧された地域で、早い段階から保険・医療・福祉の施策に取り組まなければならない状況であった。こうして、昭和55年に斉藤貢前町長が「健康の町」を宣言し、住民の健康対策を町政の基軸に添え取組んできた。

五色町がまず取り組んだのは、保健・医療・福祉行政の一元体制づくりであった。これまで、縦割り的な相当機関、施設別の事業計画で運営されてきたものを、全てを町全体の事業として福祉部門を一元化し「健康福祉課」とする機構改革を断行した。五色町職員340人のうち、健康福祉課には約160人が配置されている。健康福祉課は、3ヵ所の国保診療所、健康道場、健康福祉総合センターを統括し司令塔の役割を果たすようになっている。この健康福祉総合センターには、保健センター、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、国保五色診療所、訪問看護介護ステーション、グループホーム等が整備されており、全て町の運営となっている。このように、1ヵ所で効率的かつ充実したサービス体制が築かれており、「地域包括ケアシステム」と呼ばれている。

このほかハード面では、保健・医療・福祉の連携の一環として、参画各医療機関がICカードを媒体に連携して患者の医療にあたるICカードシステムや、療養患者とその看護者への医療相談支援や各種ケアスタッフによる在宅ケアを支援することを目的とした双方向有線テレビ(CATV)による在宅保健医療福祉支援システムが平成7年5月より稼動している。

 

このような充実した福祉サービスの中で、高齢者の介護移住という現象が起こっているわけだが、五色町健康福祉総合センターでは地域開発課とは対称的に、高齢者の介護移住を肯定的にとらえている。島外から福祉サービスを目的に移住してきた高齢層には、福祉サービス利用者は現在まだおらず、先を見越しての移住者が多い。彼らは、経済の生産性から言えば決してプラスとは言えないが、非常に健康に対する意識が高く、ボランティア活動や地域活動などに積極的に参加し、地域活性化の担い手として十分に役割を果たしているということである。

非常に福祉サービスの充実した五色町であるが、他の淡路地域と比べ、そのサービス内容は突出しており、今後、淡路地域の市町合併が進む中でどのように姿を変えてしまうかは危惧されるところである。

 

 

8.東浦町の取組み

淡路地域において、もう1つ人口増を見せている町が東浦町である。本地域も若者のUターン・定住施策に積極的に取り組んでいる。施策としては五色町同様、宅地造成を平成8年より始め、計84区画の整備を終え、また約200戸の町営住宅を整備している。平成8年から始められたこの施策は、震災復興としての事業であり、昨年に完了しているが、好評であったため今後、定住施策とした位置づけでさらに50区画整備する構想もある。

また本地域は、地理的に淡路島北部に位置しており、1998年の明石海峡大橋開通より神戸へのベッドタウン化をまちづくりの方針として視野に入れ、バス停の整などにも取り組んでいる。住民基本台帳人口要覧をみると、東浦町への転入者が増え始めたのも1998年であることが分かる。また通勤・通学による流出入を見ると、流出者は計1,752人で、このうち約1/3の532人(30.4%)が神戸市や明石市など、淡路地域を除いた兵庫県への流出であり、神戸圏へのベッドタウン化を裏付けている。今後、東浦町は神戸圏への通勤者に対し通勤補助を行なう構想もあり、より本州とのつながりを強め、同時に進学高校卒業者のUターンにも大きな影響を与えるものであると考えられる。

 

 

9.淡路地域の産業構造

若者のUターンの誘引・阻害要因として、最も密接に関わっていると考えられるのが、地域における就業構造である。そこで、淡路地域における産業構造について調べてみた。

まず従業者数について見る。国勢調査(産業を13に分類)によると、淡路地域における従業者は、全国と同じようにサービス業(22%)、卸売・小売業・飲食店(19%)が多い。全国と比較し淡路地域は、やはり農業・漁業が非常に多いことが分かる。また公務員については、全国では3.4%であるのに対し、淡路地域では3.2%と少なく、予想外であった。

次に事業所数について見る。事業所統計(産業を12に分類)によると、淡路地域においては卸売・小売業・飲食店が、全事業所の5割弱を占めていることがわかる。ここで、卸売・小売業・飲食店について全国と比較すると、従業者は全国よりも割合が少なく、事業所は全国よりも割合が多いことが分かる。つまり事業所の規模に、全国と淡路地域で差があるのではないかと考えられる。

そこで、事業所について規模別に見ることとする。淡路地域において従業者数の多かった卸売・小売業・飲食店と、サービス業について見たものが右図である。両産業において、全国・兵庫県では1〜4人の小規模事業所は全体の2/3程度であるのに対し、淡路地域では3/4以上を占めていることがわかる。

淡路地域においては、家族・家庭単位で経営をしているところも多く、このように小規模な事業所が多いのではないかと考えられる。全国と比べたこのような違いは、人口還流に対してどのような差異を生じるのであろうか。非常に重要な問題でもあり、今後の課題としたい。

右図は、淡路地域市町別に人口総数、昼間人口率、事業所数について塗り分けたものである。事業所は洲本市を中心に東側に発展しており、それとほぼ似た形で人口が分布していることが分かる。ここに、人口と事業所、つまり産業構造との密接な相関関係を理解できる。

ところで、[3.2.人口増の町への注目]でも見たが、近年人口増を見せている五色町・東浦町・緑町について事業所との関係を見てみると、必ずしも事業所が多い町において人口が増加しているとはいえないことが分かる。まず五色町であるが、本地域は上でも見たとおり、企業誘致を積極的にしており事業所は近年増加しており、それが人口増につながっている。しかし東浦町と緑町について見ると、事業所の非常に少ない地域において人口が増えているということがわかる。これは、東浦町は神戸市に対しての、緑町は洲本市に対してのベッドタウン化による人口増だと考えられる。

このように、就業構造がUターンに大きく影響していることは確かであるが、同時に、地価や周辺地域の就業構造、その地域へのアクセスの容易さなど、自市町の就業構造以外の環境要因もUターンには大きく影響していることがわかる。

 

 


10.既往関連研究

既往の研究調査のサーベイとして、淡路町におけるUターン意向調査を見た。本調査は『淡路町土地利用調整基本計画策定調査報告書』において、土地利用への資料として、淡路町からの転出者に対してUターンの意向を調査したものである。

平成7年1月1日以降の転出者全員(1,086人)に対し送付されたアンケートであり、有効回答は209(19.2%)となっている。

回答者の属性は39.2%が29歳以下、30歳代が30.6%と、若年層の定住が大きな課題であることが確認できる。淡路町に対する「ふるさと」意識は過半数が強い愛着を持っており、さらに再び淡路町で生活したいという意向は1/4近くまでのぼっている。しかしUターンの時期については、不明と答えているものが6割にのぼり、また目処をつけている者の過半数が8年以上と答えており、ほとんどの者が漠然としかUターンについて考えていないということが伺える。

 

転出者に対するアンケート調査などは、プライバシーの問題などからも、自治体にしかできないものであり、本調査はその意味では貴重な資料であるといえる。しかし本調査結果では、それぞれの質問に対する回答者数しか整理されておらず、年齢や淡路島内居住者・島外居住者など属性とのクロス集計などがされていないため、全くUターンに対する属性との関連が見られない。また質問設定も、あまりに漠然とした問題設定が多く不満な点も多い。

 

だが、私が今後実施しようと考えているアンケート調査は淡路島へのUターン者に対するものであり、ここで見た淡路町の調査は転出者に対するものであった。また、私は「淡路島」を1つの単位として考えているのに対し、淡路町での調査は当然に「淡路町」を1つの単位として捉えている。このようなアプローチの違いは非常に視野を広げるものである。また、[淡路町に住んでいた際の不満や不便][Uターンのための条件、ネックとなる条件]といった質問で挙げられていた項目は、今後、私が調査票を作る際の転入・転出要因の例示として参考にしたいと考えている。

 

 

 


11.今後の予定

2002年度春学期は、本研究の前半部分であり基礎となる、兵庫県立洲本高校同窓会名簿の整理に尽力することにより、淡路地域における進学高校卒業者のUターン動向の概観を把握した。

2002年度秋学期は、自身の淡路地域に対する知識を蓄積する期間と捉え、様々な視点から淡路地域を眺めてきた。特に、人口還流を扱う本研究では、人口増を見ている五色町と東浦町に注目し、その取組みなどについて詳しく見た。また、若者のUターンに密接にかかわると考えられる産業構造についても整理した。

今後、今回紹介した淡路町における「Uターンに対するアンケート調査」のような事例を、淡路地域に限らず他の自治体におけるアンケート調査から、あるいは既往の研究調査から多く見ることにより、人口還流の誘引要因・阻害要因について、自分なりの仮説を立てなければならない。同時に、そのためには地域特性をもより詳しく把握しなければならない。ある程度、自分なりの仮説が立てられた状態で、実際に淡路地域に帰還している者に対して行なうアンケート調査表を作成してゆきたい。