5.   考察

5.1     スペクトル特徴からみたTMデータの特徴

  第4章で利用した6つのTM画像は図4-2(b)〜(g)が示したように色調が一部異なっていた.それを定量的に捉えるために画像全体について,NDVI平均値,主成分分析の第1主成分値,TC変換(Tasseled Cap Transformation)の明るさ指標の平均値を計算し,表5-1にまとめた.NDVIは式(5-1)によって計算したものである.

                                           (0≦NDVI≦250)

  PC1やTCTはデータセットの中で正規化されているため時系列の比較に向いていない.しかし,それをもって画像のスペクトル特性を概観することには問題はないはずである.とくに,NDVIと比較して,PC1とTCTはどのような傾向を示すかを掴めることができる.また,画像のスペクトル特性を説明するために,表5-2の右側に同年次の6月,7月,8月の降水量データを併記した.なお,1988年5月2日のデータは第4章の分類に使われていないが,1988年9月23日のデータの参照として,ここに導入した.表5-1から以下のいくつかの傾向を読み取ることができる.

 

5-1 画像のスペクトル特徴と降水データ

 

画像のスペクトル特性

降水データ(mm)

Data sets

NDVI

PC1

TCT

6月

7月

8月

Sum

1984.07.10

148.69

242.76

228.0

42.7

58.4

184.2

285.3

1988.05.02

130.70

259.29

243.4

 

 

 

 

1988.09.23

149.77

147.03

135.4

29.7

59.5

156.7

245.9

1990.07.11

148.92

231.13

210.7

68.9

151.2

74.5

294.6

1994.09.08

153.72

158.16

157.8

48.2

325.4

100.6

474.2

1995.09.11

152.04

155.70

155.6

57.1

130.9

55.6

243.6

2000.09.24

143.12

164.54

156.9

47.9

60.5

79.9

188.3

 

@     NDVIでは1988年5月のデータが最小値を見せる.これは季節の影響である. 5月のコルチンは植物がまだ枯れたままである. このときのNDVI は-1〜1の定義域でいうと,0に近い.同年9月下旬のデータではNDVIが20ポイント増える.

A     1994年のNDVIは最大値を見せる.コルチン地域の年降水量が多くて500mm程度であることを考えると,この年の降雨はかなり豊富だった.また,9月上旬とは,植生のもっとも活力の高い時期である.したがって,1994年のNDVIはこの地域において,上限に近い.以上の@とAの議論からすると,5月上旬から9月上旬まで,平年並みの降雨があると,NDVIは130から149に増え,最大の降雨があると,NDVIがさらに4ポイント増加する.但し,期間中に家畜によって食べられた部分は計上されていない.

B     1984年,1990年のデータは7月にあたり,コルチン地域では,植生が育ち始める季節である.しかし,両データのNDVIはその前後の9月データと比べて,1ポイント低いが,大きな差が見られない.しかし,PC1の値とTCTの値は1988年5月のものを除いても断然と高い.やはり PC1やTCTは土壌裸出を捉えることに有効である.

C     1994年と1995年のデータちょうど一年違いである.1994年に多くの降水があったため,植物の生育がよく,NDVIが高い傾向を見せる.1995年は平年並の降雨であったが,植生の回復が悪く,NDVIの値が小さい.2000年のNDVIがさらに小さくなっている.このことから1995年以降,砂漠化がいくらか進行したのではないかと伺える.

D     植生が比較的に少ない状況の時に,NDVIが明確な違いを見せなく,PC1やTCTが各データの特徴をみせてくれる.一方,植生が多い時に,NDVIが効果的である.

5.2     画像スペクトル特性による分類結果の検証

  以上に述べたスペクトル特性を念頭に置きながら,第4章で作った土地被覆分類図の妥当性を考察する.また,NDVI,PC1,TCTを分類クラス別に集計して,表5-2(a)〜(c)にまとめた.

5-2(a) 画像別分類クラス別NDVI

Date sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

1984.07.10

138.78

186.40

163.84

158.28

153.97

149.41

142.30

129.55

1988.05.02

100.78

132.42

131.82

131.42

130.72

132.08

130.90

129.23

1988.09.23

117.93

163.29

158.55

152.88

146.63

139.34

133.65

128.08

1990.07.11

121.44

174.44

166.32

158.64

156.07

148.25

139.18

126.47

1994.09.08

105.07

160.65

166.12

156.33

154.68

146.76

140.85

131.36

1995.09.11

110.12

175.27

166.51

154.13

153.60

144.68

138.79

129.27

2000.09.24

113.30

164.73

158.41

150.79

142.37

136.35

132.07

126.62

5-2(b)  画像別分類クラス別第1主成分

Data sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

1984.07.10

88.08

137.58

166.20

195.36

217.93

237.21

272.46

343.20

1988.05.02

55.87

138.40

192.51

223.40

245.22

280.87

280.98

321.65

1988.09.23

70.51

90.13

118.10

138.40

155.37

181.56

218.48

255.22

1990.07.11

99.63

133.43

162.36

186.92

208.47

236.40

276.05

340.72

1994.09.08

37.24

79.94

126.54

107.20

166.09

201.94

231.11

293.42

1995.09.11

53.94

83.65

108.53

132.36

154.56

182.65

209.17

264.64

2000.09.24

88.75

105.78

123.47

156.96

137.05

183.80

217.32

248.62

5-3(c)  画像別分類クラス別TCT

Data sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

1984.07.10

102.23

154.76

166.20

190.79

208.37

223.14

251.21

309.05

1988.05.02

69.43

139.15

183.37

211.29

229.20

258.24

262.13

306.00

1988.09.23

73.06

89.38

110.68

127.03

145.96

174.98

203.80

238.46

1990.07.11

88.87

125.47

149.15

170.28

190.06

214.53

249.61

309.37

1994.09.08

49.87

89.45

125.60

109.33

154.83

182.93

207.06

259.06

1995.09.11

64.84

95.05

110.99

127.46

146.16

167.45

189.20

235.36

2000.09.24

87.25

100.97

115.15

124.83

140.48

161.83

190.26

224.26

 

  表5-2中の各クラス別の集計値は第4章で作成したそれぞれの年次の分類画像をその年次のNDVIデータ,PC1データ,TCTデータに集計したものである.但し,1988年5月のデータは土地被覆を分類しなかったので,同年9月の分類図で5月のNDVI,PC1,TCTを集計した.

  表5-2(a)では,各年次とも,Water→Forest→Woodland→Shrub→Grassland→Semigrass→Sand2→Sand1の順に,NDVIが減少する.(但し,1994年のものだけが,ForestがWoodlandより低くなっている.原因を追跡中).PC1とTCTは,Water→Forest→Woodland→Shrub→Grassland→Semigrass→Sand2→Sand1の順に値が高くなる傾向を見せる.(但し,これも1994年のものだけが,Forest,Woodland,Shrubの間に乱れを見せる).

  1984年7月,1990年7月の画像はNDVIが低く,PC1やTCTが高いため,第4章の土地被覆分類図では多くの土地は半移動砂丘に分類されていた. このままでは,1984年のデータを砂漠化の評価に利用できない.

 

5.3     降雨と季節のずれがスペクトル特性に与える影響の検証

  1984年のデータは1980年代初期を代表する画像として使いたいが,季節がずれているため,そのまま9月のものと比較できない.そこで,以下のような方法で,スペクトルを補正する可能性を検証した.

  1988年5月2日の画像と1988年9月23日の画像のスペクトル値を表5-4にまとめた. 1988年5月以降,6月に29.7mm,7月に59.5mm,8月に156.7mm,3ヶ月間で合計245.9mmの降雨があった.この3ヶ月間の降雨量はコルチン地域では平年並みのものである.そして,5月から9月まで,表5-4に示すようなNDVI,PC1,TCTの指数の変化が見込める.降雨がすぐに植生に反映されないこと,降雨から長い時間がたつと,影響が消えることを考えると,1988月9月23日の画像には6月,7月,8月の降雨が影響していると仮定できる.そこで,降雨量1mmあたりにNDVI,PC1,TCTに影響する係数を試算することができる.それを画像全体に対して計算することもあるが,土地被覆によって,応答が異なることから,表5-4の土地被覆カテゴリー別に影響係数を計算することができる.それは表5-4(a)に示しているNDVIに対する影響係数,表5-4(b)のPC1に対する影響係数,表5-4(c)のTCTに対する影響係数である.

5-4(a) NDVIに対する降雨影響係数

Date sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

MEAN

1988.05.02

100.78

132.42

131.82

131.42

130.72

132.08

130.90

129.23

130.70

1988.09.23

117.93

163.29

158.55

152.88

146.63

139.34

133.65

128.08

149.77

NDVI較差

 

30.870

26.729

21.462

15.914

7.260

2.746

-1.152

19.070

影響係数

 

0.126

0.109

0.087

0.065

0.030

0.011

-0.005

0.078

 但し,NDVI影響係数=(1988年9月のNDVI-1988年5月のNDVI)/245.9

5-4(b)  NDVIに対する降雨影響係数

Data sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

Mean

1988.05.02

55.87

138.40

192.51

223.40

245.22

280.87

280.98

321.65

259.29

1988.09.23

70.51

90.13

118.10

155.37

138.40

181.56

218.48

255.22

147.03

PC1較差

 

48.27

74.40

68.03

106.83

99.31

62.51

66.43

112.26

影響係数

 

0.196

0.303

0.277

0.434

0.404

0.254

0.270

0.457

 但し,PC1影響係数=(1988年5月のPC1-1988年9月のPC1)/245.9

5-4(c)  NDVIに対する降雨影響係数

Data sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

MEAN

1988.05.02

69.43

139.15

183.37

211.29

229.20

258.24

262.13

306.00

243.4

1988.09.23

73.06

89.38

110.68

145.96

127.03

174.98

203.80

238.46

135.4

TCT較差

 

49.77

72.69

65.33

102.17

83.27

58.33

67.54

108.00

影響係数

 

0.202

0.296

0.266

0.415

0.339

0.237

0.275

0.439

 但し,PC1影響係数=(1988年5月のTCT-1988年9月のTCT)/245.9

  このように求めた土地被覆別の1mmあたり降雨がNDVI,PC1,TCTに対する影響係数が成立するとしたら,1984年,1990年の7月画像に適用できるのではないかと考える.1984年,1990年の画像は7月に取れたものであるが,そのあとの降雨データをみると,1984年,1990年にともに平年並かやや多い降雨があった.1984年は1988年と比べて多くの家畜の放牧もないと考えると,1988年の1mmあたりの補正係数は1984年に適用できると考える.降雨は1ヶ月後に最も植生に現れると言われている.補正の時期を8月末までとするなら,6月と7月の降雨だけを考慮する.すると,1984年,1990年のクラス別NDVI,PC1,TCTの補正係数を表5-6のように計算される.

5-5 年次別夏期降雨量

Data sets

6月

7月

6+7月

8月

Sum

1984.07.10

42.7

58.4

101.1

184.2

285.3

1988.09.23

29.7

59.5

89.2

156.7

245.9

1990.07.11

68.9

151.2

220.1

74.5

294.6

1994.09.08

48.2

325.4

373.6

100.6

474.2

1995.09.11

57.1

130.9

188.0

55.6

243.6

2000.09.24

47.9

60.5

108.4

79.9

188.3

 

 表5-6の結果は降雨量が大きな影響を与えることになっている.とくに1990年は6,7月に1984年の倍の降雨があったため,補正した値が大きくなっている.このように補正した結果を表5-2(a)と統合して,一覧にしたのは表5-7である.

5-6 降雨に基づいたNDVI値の季節ずれの補正

Date sets

Water/

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

MEAN

1988.05.02

100.78

132.42

131.82

131.42

130.72

132.08

130.90

129.23

130.70

1988.09.23

117.93

163.29

158.55

152.88

146.63

139.34

133.65

128.08

149.77

較差

 

30.870

26.729

21.462

15.914

7.260

2.746

-1.152

19.070

影響係数

 

0.126

0.109

0.087

0.065

0.030

0.011

-0.005

0.078

1984.07.10

 

186.40

163.84

158.28

153.97

149.41

142.30

129.55

148.69

84年補正値

 

199.09

174.83

167.10

160.51

152.39

143.43

129.08

156.53

1990.07.11

 

174.44

166.32

158.64

156.07

148.25

139.18

126.47

148.92

90年補正値

 

202.07

190.24

177.85

170.31

154.75

141.64

125.44

165.99

84年補正値=84年NDVI+84年NDVI影響係数×101.1mm

90年補正値=90年NDVI+90年NDVI影響係数×220.1mm

5-7 画像別分類クラス別NDVI(84年,90年のものは補正値)

Date sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

1984.07.10

138.78

199.09

174.83

167.10

160.51

152.39

143.43

129.08

1988.05.02

100.78

132.42

131.82

131.42

130.72

132.08

130.90

129.23

1988.09.23

117.93

163.29

158.55

152.88

146.63

139.34

133.65

128.08

1990.07.11

121.44

202.07

190.24

177.85

170.31

154.75

141.64

125.44

1994.09.08

105.07

160.65

166.12

156.33

154.68

146.76

140.85

131.36

1995.09.11

110.12

175.27

166.51

154.13

153.60

144.68

138.79

129.27

2000.09.24

113.30

164.73

158.41

150.79

142.37

136.35

132.07

126.62

  補正した値はほかの画像のNDVIより,全般的に高い値を示している.これは植生の増加は降雨量とは相関があると推測されるが,単純に線形でのばせるものでないことを示唆するものである.

  PC1についても同じことをやり,結果を表5-7に示す.同様に,それをほかの画像のPC1と一緒に並べたのは表5-7である.

5-7 降雨に基づいた画像のPC1の季節ずれの補正

Data sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

Mean

1988.05.02

55.87

138.40

192.51

223.40

245.22

280.87

280.98

321.65

259.29

1988.09.23

70.51

90.13

118.10

155.37

138.40

181.56

218.48

255.22

147.03

較差

 

48.27

74.40

68.03

106.83

99.31

62.51

66.43

112.26

影響係数

 

0.196

0.303

0.277

0.434

0.404

0.254

0.270

0.457

1984.07.10

88.08

137.58

166.20

195.36

217.93

237.21

272.46

343.20

242.76

84年補正値

 

117.73

135.60

167.39

174.01

196.38

246.76

315.88

196.61

1990.07.11

99.63

133.43

162.36

186.92

208.47

236.40

276.05

340.72

231.13

90年補正値

 

90.23

95.76

126.03

112.85

147.51

220.10

281.26

130.65

84年補正値=84PC1+84PC1I影響係数×101.1mm

90年補正値=90PC1+90PC1影響係数×220.1mm

 

5-8 降雨による季節ずれを補正したPC1(84年,90年は補正値)

Data sets

Water

Forest

Woodland

Shrub

Grassland

Semigrass

Sand2

Sand1

1984.07.10

88.08

117.73

135.60

167.39

174.01

196.38

246.76

315.88

1988.05.02

55.87

138.40

192.51

223.40

245.22

280.87

280.98

321.65

1988.09.23

70.51

90.13

118.10

138.40

155.37

181.56

218.48

255.22

1990.07.11

99.63

90.23

95.76

126.03

112.85

147.51

220.10

281.26

1994.09.08

37.24

79.94

126.54

107.20

166.09

201.94

231.11

293.42

1995.09.11

53.94

83.65

108.53

132.36

154.56

182.65

209.17

264.64

2000.09.24

88.75

105.78

123.47

156.96

137.05

183.80

217.32

248.62

 この補正により,各分類クラスのPC1がもと画像より減少される.但し,水域は補正を掛けていない.補正したPC1は同クラスのほかの9月画像と比べると,かなり比較可能な範囲にあることがわかる.

 

5.3 土地被覆分類図からみた砂漠化の進行の検証

  以上の5.3で行った補正をもとに,TM画像による砂漠化マップを作成してから,砂漠化の進行を考察すべきであるが,時間の関係で,それはできなかった.

  以下では,元々データの季節が近かった1961年のCORONAの結果,1988年,1994年,2000年のTMを中心に砂漠化の進行状況を考察する.

  図5-1は各時期の土地皮被覆分類マップを示している.図5-1 (a)〜(d)を通して南東部ではあまり変化が見られなかった。

 

(a)1961

(b)1988

(c)1994

(d)2000

      図5-1 各年次の土地被覆分類図

 1961年から1988年にかけて樹林地が大幅に減少し、草地から半草地、半移動砂丘への変化も所々見られる。1988年から1994年にかけては、半移動砂丘から移動砂丘に変わっている場所が多く見られ、対象地域全体でも砂丘域が目立つようになってきている。1994年から2000年への変化は著しく、草地、半草地から半移動砂丘への変化が特に北西部で広く見られる。この4時期の画像から、樹林地→草地→半草地→砂丘という遷移が起こっていることを確認することができ、40年間の土地被覆の変化を視覚的に示すことができたといえる。

 

5.4 砂漠化進行の定量評価

 前項で視覚的に砂漠化の進行を見たが、次にその変化を定量的に評価する。土地被覆分類図から砂丘域のカテゴリーを取り出して面積を計算し、4時期で比較した結果を表5-1、図4-7に示す。

 

5-8 砂丘域の面積比較(q²)

年次

1961年

1984年

1988年

1990年

1994年

1995年

2000年

砂丘域

67.4

 

143.7

 

260.8

 

551.4

年拡大率

 

 

2.8

 

19.5

 

48.4

 

5-2 砂丘域の面積比較(縦軸単位はkm2

 

 年が経つにつれ砂丘域が増加していく様子が分かる。特に1994年から2000年にかけての変化が大きいが、これは単に砂漠化が進んだということを意味するものではなく、降雨の状態も影響していると考えられる。

 砂丘域の定量的評価は、5.1で述べたように土地被覆分類の結果が有意であると考えられるので、分類カテゴリーから砂丘を抽出して算出した面積も同様に有意であるといえる。ただし、1961年から1988年、1988年から1994年、1994年から2000年といった個別の比較においては、必ずしも純粋な砂丘域の拡大を示していないと考えられる。一方、1961年から2000年の約40年という長期間で比較した場合、砂漠化の進行度合いが大きく、雨量による誤差も相対的に小さいといえるので、約8.2倍という結果はほぼ純粋な砂丘域の拡大を示しているものであるといえる。

 

5.5     農業政策が砂漠化の進行に与えた影響の考察

  砂漠化の拡大は地形・地質的影響(地質構成,土壌),気候的影響(降雨,風向・風速など),人的影響が総合的に作用した結果である.また,人為的な影響として,農地の開墾,樹木の伐採,草原の放牧という3つが主な要因である.以上の解析結果から,これらの複雑な要因をそれぞれ区分けることはできないが,人為的影響の大きさを十分に説明できる.

  表3-4は研究地域が所在する通遼市の家畜の変化,表3-5はコルチン左翼後旗の基本情報を示していた.その二つの表を再度ここに掲載する.

3-4 通遼市家畜の変化

年次

大小家畜

大家畜

小畜

合計

小計

ウシ

ロバ

ウマ

ラバ

ラクダ

小計

ヒツジ

ヤギ

1949

54.9

42.5

29.4

10.8

1.9

0.2

0.2

12.4

5.8

6.6

31.7

1959

180.2

92.3

69.4

13.8

8.2

0.6

0.3

87.9

33.2

54.7

43.7

1969

239.2

123.9

83.0

18.0

20.7

2.0

0.2

115.2

73.5

41.7

47.4

1979

328.1

136.8

90.1

17.3

26.7

2.5

0.2

191.3

144.0

47.3

32.6

1982

318.9

127.7

86.5

17.0

21.9

2.2

0.1

191.2

153.4

37.8

110.7

*1985

 

279.3

86.6

18.2

25.1

3.3

 

 

 

 

 

1990

3731.5

707.5

385.3

87.8

156.8

55.3

22.3

3024.0

2075.0

949.0

522.9

1991

4220.5

699.8

376.5

89.8

154.8

58.5

20.4

3520.7

2014.9

946.0

559.8

出典: 張啓徳・王玉秀,1994,科爾沁砂地与大気環境.科学出版社:北京,pp.10.

* 高耀山・魏紹成,1994,中国科爾沁草地.吉林科学技術出版社:長春,pp.10.

  ここからわかるのは,通遼市では,1949年以来,家畜が一貫して増え続けてきたことと,1980年代後半から大小家畜とも増加し,特に小家畜が以上に増えていた.一方,研究地域が所在するコルチン左翼後旗の農作物作付面積は1980年代以降,殆ど変わっていない.これは,要するに,コルチン地域の砂漠化の拡大は1980年代以降に最も激しく,しかもその原因は農地の開墾よりも小家畜の増大の影響が最も大きいと推測する.ヒツジやヤグを中心とする小家畜の増大は草原全般の劣化を招くことが特徴である.それは農地の開墾が局所的な固定砂丘を活性化させ,少しずつ移動砂丘が拡大することと異なる.

 振りかえてみると,1980年代から中国では改革開放政策が始まった.そのなかで,1949年以来,農業中心としてきた農業政策が,必ずしも正しくなかったことが議論され,草原は放牧に適していると普通に認識するようになった.そのなかで,それまでの人民公社体制が解体し,家庭単位の農業経営が一般化されるようになった.生活の向上を求める農民・牧民,財政を豊かにしたい地方政府が一気にヒツジとヤギの増産に走り出した.その結果,草原は広範囲にわたって荒れるようになった.1994年には天候に恵まれて,草原には植生の回復が見られた.それでも移動砂丘,半移動砂丘の拡大は止まらなかった.またその翌年から2000年まで,年々降雨が減少し,乾燥化が続いた.同時に,家畜は必ずしも減少しなかったため,砂漠化が一気に拡大した.これは1990年代後半に,砂漠化,砂あらしが一般に注目されるようになった背景である.

3-4 科爾沁左翼後旗基本統計(中国国家統計局)

 

単位

1984*

1985**

1991***

1992

1995

1999

郷()の数

34

 

 

34

34

34

村の数

527

 

 

537

517

529

行政区域土地面

km2

11535

 

11481

         

         

11576

年末総人口

万人

36.2

36.6

37.4

37.2

37.8

39.4

農村人口

万人

 

31.0

26.7

30.0

28.9

29.0

農村労働力

万人

 

 

 

8.7

7.4

8.7

:農林牧漁業労働力

万人

 

 

 

7.1

6.9

8.3

農業機械総動力

kw

 

 

 

14.5

13.4

19.4

化肥使用量(トン量計算)

トン

 

 

 

5759

7921

12222

地膜使用量

トン

 

 

 

32

302

56

農作物作付総面積

Ha

112358

 

116820

113620

118830

133733

粮食作物作付総面

Ha

 

 

 

101293

108740

113292

食料総生産

トン

 

 

 

358000

429444

570848

豚牛羊肉総生産

トン

 

 

 

21221

13959

21347

国内生产总值(当年価格)

万元

 

 

 

         

         

168003

内:第一産業増加

万元

 

 

 

         

60364

96003

    第に次産業増加

万元

 

 

 

         

         

25000

地方財政総収入

万元

 

 

 

1624

3355

5802

財政支出

万元

 

 

 

1619

2968

12872

住民貯蓄残高

万元

 

 

 

6304

19507

26306

年末各種貸付残高

万元

 

 

 

36007

77805

171299

在校学生総数

 

 

 

         

62293

57056

1人あたり粮食占有量

kg

 

 

 

962.4

1136.1

1448.9

1人あたり国内総生産

 

 

 

         

         

4264

1人あたり地方財政収入

 

 

 

43.7

88.8

147.3

万人中の在校学生人数

 

 

 

         

1648

1448.1

万人中の病院生院病床数

病床数

 

 

 

13.7

25.9

19.1

教員1人あたり負担学生数

 

 

 

 

12.2

11.8

*   梁宝成,1985,内蒙古自治区哲里木盟行政区画地図集,内蒙古自治区哲里木盟民政処.

** 張啓徳・王玉秀,1994,科爾沁砂地与大気環境.科学出版社:北京,pp.10.

*** 高耀山・魏紹成,1994,中国科爾沁草地.吉林科学技術出版社:長春,pp.10.

 


6章 結論と今後の展望

6.1 結論

 本研究は、CORONA、Landsatの時系列衛星画像を用いて中国コルチン砂地の砂漠化の進行を分析したものである。研究の結論は以下の通りである。

@     時系列衛星画像を用いて各年代の土地被覆分類図を作成し、過去50年の間に急激に進行したといわれているコルチン砂地の砂漠化の進行を視覚的に表すことができた。

A     土地被覆分類図から各年代の砂丘域を抽出し、面積を集計することで、砂丘域の拡大を定量的に評価することができた。結果として1961年から2000年の40年間で砂丘域が約8.2倍拡大していることが分かった。

B     砂漠化の拡大は1980年代以降に特に激しいことがわかった.それを農業政策との関連から考えると,1980年代以降に爆発的に増えたヒツジやヤギなどの小家畜の増産の影響が最も大きかったことを認めた.

C     時系列の衛星画像によく見られる季節ずれをスペクトル特性から検証して,降雨条件を考慮した補正を提案した.

 

6.2 今後の展望

@     衛星画像による砂漠化の評価方法について.

  降雨とNDVI,PC1,TCTとの関連性を考察することに止まった.これらの要因の間に,一定の関連性が見られるが,砂漠化の進行の評価にどのように利用するか,具体的に示さないことにした.

A     農業政策の影響について.

  砂漠化の拡大と農業政策との関連性については,1980年代以降のことについて一定の傾向が見られたが,50年間を通して一貫とした統計データが取れていないため,踏み込んだ検証はできていない. 今後,土地利用構成,農地面積,家畜,人口等を50年間のスパンで揃えると,農地の開拓と放牧の影響を確実に検証することができるようになる.

B     砂漠化土地の景観生態と砂漠化の過程について.

  研究目的で掲げた砂漠化の拡大を時系列的,空間的に解析することまで至っていない.今後,分類した土地被覆分類図をもとに,各年次のエコトープマップを作成し,砂漠化の過程を景観生態学の指標を用いて解析することができる.それにより,砂漠化の拡大にあたえた人間行動の影響をより定量的に示すことができる.

 

謝辞

本研究は慶應義塾大学森泰吉郎記念研究振興基金2003年度研究助成を受けて行ったものである.武蔵工業大学吉崎真司先生を通して現地から入手した研究地域の一部の降水量データをご提供頂いた.また,1988年5月2日のTMデータは慶應義塾大学福井研究室が所管する中国ランドサットデータアーカイブから取り出したものである.

 

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