森泰吉郎記念研究振興基金 2003年度
リモートセンシングによる緑地の炭素固定評価技術の開発
総合政策学部 福井弘道研究室
1.
はじめに
1−1 背景
地球温暖化問題は、人間の活動に伴って発生する温室効果ガスが大気中の温室効果ガスの濃度を増加させることにより、地球全体として、地表及び大気の温度が上昇し、自然の生態系及び人類に悪影響を及ぼすものであり、その予想される影響の大きさや深刻さからみて、まさに人類の生存基盤にかかわる最も重要な環境問題の一つである。
国際社会においてはこの問題に取り組むために、1992年国連気候変動枠組み条約が採
択され、1994年に発効された。1997年12月に開催された気候変動枠組み条約の締約国
会議(以下COP) 第3回会合(COP3)で採択された京都議定書は2002年6月4日によ
うやく批准され、国連に寄託された。議定書批准にあたり5年もの年月がかかった交渉
の過程のうち、特に大きな課題として継続して議論されたのが、森林・農業の吸収源活
動の取り扱いであった。植林や森林管理等の人為的な吸収源を拡大する活動が、二酸化
炭素排出の削減数値目標を達成するために利用できることが京都議定書で認められたも
のの、従来から吸収源に関する取り扱いは不確実性が高いとされ、科学的な議論と政治
交渉が同時進行で行われてきた。2000年IPCCは土地利用、土地利用変化及び林業に関
する特別報告書を発表し、2001年マラケシュ会議(COP7)において京都議定書の運用
細則を定める文書(マラケシュ合意)が決定された。
この流れを受けて国内でも温暖化対策に向けて基盤整備が進められ、平成14年には地
球温暖化対策推進大綱が決定された。削減目標の達成にはエネルギー効率の向上が主た
る課題となる一方、樹木等による二酸化炭素の吸収・固定についても重要視されており、
大綱の中では、京都議定書第3条3項及び4項の対象森林全体で、わが国の森林経営による
吸収量としてCOP7で合意された1300万tC(4767万tCO2,基準年総排出量比約3.9%)
程度の吸収量の確保を目標として掲げている。森林・林業基本法に基づき2001年10月に
閣議決定された森林・林業基本計画では、森林の有する多面的機能の発揮に関する目標
と林産物供給および利用に関する目標の計画が達成された場合、京都議定書第3
条3項および4項の対象森林全体で、森林経営による獲得吸収量の上限値程度の吸収量を
確保する事が可能と推計されている。しかし、上記は森林・林業基本計画に基づく試算
であり、森林簿の更新が行われてことが起因として発生する情報の精度が問題視されている現状を踏まえると、新しく継続的なモニタリングシステムを確立し、吸収量の算定方法等についても精査、検討が重要であると考えられる。
活動名 |
定義 |
植林(新規) |
少なくとも50年間は森林状態になかった土地を、直接人為的に森林に転換する活動 |
再植林 |
一旦は森林地帯であった土地を再度直接人為的に森林に転換する活動。 |
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第1約束期間に関しては1989年12月31日の時点で森林状態になかった事が条件となる。 |
森林減少 |
森林を日森林に転換する直接人為的活動。 |
表1 京都議定書第3条3項
活動名 |
定義 |
植生回復 |
0.05ヘクタール以上の植生回復を行う事によって炭素蓄積量を増加させる直接人為的な活動。 |
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ただし、当該活動は1990年1月1日以降に開始され、上記の植林、再植林の定義にあてはまらない |
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もののみに限定される。 |
森林管理 |
環境(生物多様性を含む)、経済、社会的機能を発揮させる事ができるように森林を持続的に |
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管理する取り組み。当該活動は1990年1月1日以降に開始されたものに限定される。 |
農地管理 |
農作物耕地や農作物の休耕地を管理する取り組み。ただし、1990年1月1日以降に開始された |
|
ものに限定される。 |
牧草地管理 |
植物や家畜生産の量と種類を管理する取り組み。ただし、1990年1月1日以降に開始された |
|
ものに限定される。 |
表2 京都議定書第3条4項
現行対策とその削減量 |
追加対策とその削減量 |
国等の施策 |
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地球温暖化防止を含む森林の有する |
森林・林業基本法及び森林・林業 |
・森林の有する多面的機能の発揮 |
多面的機能の発揮並びに林産物の供 |
基本計画に基づく施策の展開 |
に関する現状(2000年) |
給及び利用に関する目標を示すと共に、 |
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<森林面積> |
森林及び林業に関する施業の総合的 |
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育成単層林 1030万ha |
かつ計画的な推進を図るための計画 |
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育成複層林 90万ha |
(森林・林業基本計画)を策定 |
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天然生林 1390万ha |
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合計 2510万ha |
・森林の有する多面的機能の発揮に |
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<総蓄積> |
冠する目標 (2010年) |
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3930百万㎥ |
<森林面積> |
2003年から第1約束期間の終了 |
・林産物の供給及び利用の現状 |
育成単層林 1020万ha |
年である2012年までの10年間に |
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育成複層林 140万ha |
おいて、基本計画に基づく森林 |
<木材供給・利用量> |
天然生林 1350万ha |
整備等を計画的に協力に推進。 |
20百万㎥ |
合計 2510万ha |
更に吸収量の報告・検証体制の |
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<総蓄積> |
強化 |
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4410百万㎥ |
(地球温暖化防止森林吸収源 |
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<木材供給・利用量> |
10ヵ年対策を展開) |
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25百万㎥ |
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表3 地球温暖化対策推進大綱
1−2 目的
京都議定書の発効はロシアの態度次第という不安定な状態に置かれているが、地球全体の炭素循環を分析することは人類共通の問題として捉えられており、様々な手法を用いた森林の吸収量評価は活発に試みられている。わが国では京都議定書の批准に伴い、国全体の吸収量を2008年から始まる第1約束期間において報告するために、林野庁が中心となって、1970年代に全国的に作成された森林簿の再評価を行い、各県ごとに吸収量評価に必要となる森林情報の整備を進めている。しかし国内の森林情報は、各県ごとに蓄積量が異なり、また森林GIS導入の有無によっても大きな乖離が発生しているため、日本全体というスケールで評価すると精度が極端に低くなることが考えられる。
そこで本研究では陸域生態系の二酸化炭素吸収量を定量的に評価するために必要となる継続的なモニタリングシステムの構築について検討を行っていくことを目的とする。
1−3 意義
1−3−1 既往研究
本研究に関連する既往研究は以下のように分類できる。
まず、京都議定書やIPCCの報告書における炭素固定の取扱について焦点を当てたものが挙げられる。大倉(2002)は京都議定書発効に向けた各国の動向をまとめ、COP7での焦点や、各国の対応について意見を述べている。丸山(2002)はBAUシナリオとWRE550安定化シナリオの比較を行い、京都議定書の効果について分析を行っている。松本(2002)はCOP4後の交渉経緯についてまとめ、今後の論点について解説をしている。橋本・高村(2002)は森林吸収源を巡るCOP3以降の交渉経緯と争点についてまとめ、今後の課題について考察を行っている。山形他(2000)は京都議定書における吸収源プロジェクトに関する国際的動向について研究を行っている。
次に地球規模での炭素固定能に関する研究としては以下のものが挙げられる。箕輪(1991)はIPCCのレポートより全球的な森林の面積の現状を抜粋し、造林のコストやその炭素固定機能の関係について考察を行っている。袴田他(1994)は温帯地域性体形における炭素収支の定量的解析を行っている。石塚(1999)は熱帯林を中心に森林・林業における炭素蓄積量を評価している。天野(2000)はFAOのデータをもとに森林資源の現状について考察を行っている。山田・森川他(2000)はパプアニューギニアや南アフリカ、ベトナムなどの産業植林早生樹種の炭素固定量の評価を行っている。
また、山形・小熊ら(2001)は吸収源活動のモニタリングと認証に関わるリモートセンシング計測手法について研究を行っている。
1−3−2 本研究の意義
これまで森林における二酸化炭素吸収量の評価には、フラックスタワーの値をもとにしたエコシステムモデルから算出する生態学的アプローチと、森林簿などの統計情報をもとに幹重量を計算し、拡大係数を掛け合わせていくことによって算出する林学的アプローチの二つの手法が取り入れられてきた。しかし、これらの値はそれぞれにおいて不確実性を含んでいるため、値の正当性を証明するのが難しいのが現状である。そこで本研究では、まず二つの手法それぞれにおいて必要となるデータを収集し、その値の比較が行える状況に整備する。今回は1983年、1988年、1993年、1998年の4時期の空中写真のステレオペアからDSMを作成し、森林の変化をZ値を用いて検証する。
次に、日本のように新たに植林することが出来ない国においては、人為的な森林管理を証明する事が吸収源獲得の条件となるが、細かい林班単位で管理がなされていることを考えると、大規模な伐採・造林が行われている海外の研究事例に多いようにLANDSATやSPOTなどの低解像度の衛星画像ではなく、IKONOSやQuick Birdなどの高解像度の衛星画像を使っていくことが重要となる。そこで、本研究ではこれらの画像を用いて林相分類を行っていく。この結果と空中写真から作成したDSMを組み合わせることによって、最終的には立体的に森林のボリュームを測定することが可能となる。
2.
対象地について
本研究における研究対象地は岐阜県とした。
今回研究をするにあたり、岐阜県を対象地とした理由は、昨年より岐阜県・岐阜県
立森林アカデミー・森林科学研究所・株式会社ファルコン・三菱商事・日本スペース
イメージング株式会社と慶応大学で、属地森林簿の更新や高解像度衛星画像の利用などについて研究を行ってきた経緯があげられる。岐阜県は全県で1位をほこる森林GISを整備しており、他県に比べて様々な情報を蓄積している。また共同研究という立場で高解像度衛星画像IKONOSを研究用にお借りすることができた。吸収量把握のために最も重要となるのはデータの豊富さであり、今回はこれらの経緯を踏まえて岐阜県を対象地とすることにした。
3.
収集データ
•森林簿 ・空中写真ポジフィルム
•森林計画図 (1983、1988、1993,1998)
•森林基本図 •LANDSAT TM 1989
•伐採実態管理データ •10mDEM
•森林整備データ
・IKONOS
•伐採照査 ・数値地図
4.
今年度の活動内容
本プロジェクトは、今年度から活動を始めたものであり、これまでの主な活動として
は、対象地に関する様々な統計情報の収集、衛星画像や空中写真の収集、およびGISデータへの変換作業と、吸収源問題における情報収集があげられる。
4−1 吸収源研究の最新情報
吸収源の研究を行っている組織のWEBを参考に、各国の研究レポートを調査した。対象とした組織は以下に記述したものである。
nIGOS(Integrated Global Observing Strategy)
nCEOS(地球観測衛星委員会)
nGCOS(全球気候観測システム)
nGOOS(全球海洋観測システム)
nGTOS(全球陸域観測システム)
nTCO(Terrestrial Carbon Observations)
nGOFC−GOLD(Global Observations for Forest and Land Cover Dynamics)
nGCP(Global Carbon Project)
4−2 研究参考事例
今回調査した事例の中で、最も有益な研究として注目したのがオーストラリアにおける全炭素軽量システムである。この事例ではリモートセンシングを積極的に活用し、継続的にモニタリングを行う研究である。