氏名  鄭 浩瀾

所属  慶應義塾大学政策・メディア研究科 博士課程二年  

課題名 現代中国農村における基層政権の変動過程:19781985

 

 

2003年度森基金の報告書

                                    

20034月から現在までのほぼ一年間、筆者は「政社分離、郷政府を設立する」という政策の執行過程に焦点を絞って、政治過程論の視点から改革・開放以降の中国における人民公社体制から郷村制への基層政権の変動を考察した。主な研究成果は次の三段階にわけて報告することにする。

1、先行研究の整理(20034月―2003年7月)。この段階において、19781985年における人民公社体制から郷村制への変動過程に関する先行研究、さらに1930年代から現在までの中国農村の権力支配に関する日本および欧米の先行研究を全体的に把握した。先行研究を整理した上で、人民公社体制の解体と郷村制の成立によって、農村社会の権力支配構造が本当に変わったのかという問題を提起した。他方、197885年の『人民日報』、『解放日報』などを検索し、人民公社体制から郷村制への変動に関わる報道を数多く通読し、19781985年における基層政権変動の歴史的背景を把握した。

2、現地調査(20037月―20039)。中国江西省井岡山市の農村を調査地域として、二ヶ月をかけてフィールドワークを行なった。一方、筆者は「政社分離、郷政府を設立する」という政策の執行に携わった江西省共産党委員会、江西省民政局と農業局の幹部にインタビューした。インタビューを通じて、当時、人民公社の解体に対して、中央指導者の間だけでなく、江西省の指導者の間でも、改革派と保守派が存在しており、意見の対立が激しかったということが分かった。

他方、筆者は江西省井岡山の村に一ヶ月に滞在し、1970年代末期と1980年代初期における県委員会の幹部や人民公社、生産大隊、生産隊の幹部などにインタビューした。調査したところ、「政社分離、郷政府を設立する」という政策の執行が人民公社と生産隊レベルでただ名称の変更だけであり、実質上、何の影響も及ぼさなかったということを判明した。いいかえれば、名目上、人民公社体制が解体され、その代りに、郷鎮政府と村民委員会が成立されたが、実際には、基層政権の変動に伴って基層レベルで幹部の人事異動がなく、基層政権の変動に対して農民も大きな関心を示さなかったのである。

3、調査成果の文章化(200310月から現在まで)。筆者はまず、中国農村の権力支配に関する研究現状をまとめて論文として作成し、20031213日に中国上海復旦大学で開催された「日中韓の共同ワークショップ」で発表した。次に、江西省井岡山の農村での調査成果をいかして、19781985年における中国農村社会の統治構造の変動について論文を書いている。

まとめて言えば、ほぼ一年間にわたる研究を通じて、19781985年における人民公社体制から郷村制への基層政権の変動過程を解明した。研究の結論は、人民公社体制から郷村制への基層政権の変動過程は中国改革・開放以来、農村社会における最大の政治変動であったにもかかわらず、農村社会の権力構造はその変動によって必ずしも変わったわけではないということである。いままでの先行研究の多くが人民公社の解体にもたらされた農村社会の変革に注目した点においては、本研究は独自性がある。

ところが、人民公社体制から郷村制への変動過程によって、農村社会の権力構造が必ずしも変わっていないといっても、どの部分が変わっていないのかという問題を解明する必要がある。この問題を解明するには、まず、人民公社体制の権力構造がどのようなものだったのかを考察しなければならない。さらに、農村社会の権力構造の連続性を単に19781985年の時期に入れて考察するだけでは不十分であり、もっと視野を広げて、その連続性を建国後の土地改革、農業集団化と人民公社体制の成立、人民公社の解体と郷村制の成立といった歴史の流れの中で検討する必要があると思われる。これらの点を今後の研究課題として取り組むことにしたい。