2003年度森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

「ベンチャー育成政策の効果−日本版SBIRの実態調査−」

小倉 都

政策・メディア研究科 博士課程 

 

 

1)研究課題

本研究は日本のベンチャー育成政策が現状において効果的に機能しているのか、その実態を日米比較可能な制度を取り上げて企業の経営戦略の面から明らかにするものである。取り上げる施策は米国で最も有名なベンチャー政策、SBIR(Small Business Innovation Research)を手本にして創設された日本版SBIRのひとつ、課題対応技術革新促進事業(以下、課題対応事業)である。課題対応事業は段階選抜制をとる点で米国のSBIRに最も日本版SBIRと類似しており、日米比較分析に際し適当な施策といえる。

本研究では日米制度比較と日本版SBIR採択企業へのケーススタディの二つのアプローチをとった。

日米SBIR制度比較の狙いは日米の制度の類似点、違いを明らかにすることである。一方、ケーススタディは課題対応事業の採択企業を対象とし、特に今年度はバイオ産業における当事業、および関連施策の利用実態を詳細に聞き取りした。ここでの狙いは当事業の利用が企業におけるR&D活動、ひいてはイノベーションにどのような影響を与えているのかを明らかにすることにある。

 

2)調査報告

@     日米SBIR制度比較

米国を手本にした日本版SBIRといわれているが、日米でイノベーションシステム、従来の企業支援のメカニズムは大きく異なっており、まったく同じ制度を導入したとは考えにくい。

日米の制度について政府公開資料をもとに比較したところ、フェイズ支援と予算の面で明らかになった。

         予算

米国制度では参加省庁が一律(外部R&D研究費の2.5%)に予算をSBIRにあてることが義務付けられているが、日本では特に義務はない。毎年目標額を参加省庁が個別に提示し、それを経済産業省が束ねているにすぎない。

         フェイズ支援

米国のSBIRは$1億以上の外部R&D予算を持つ参加省庁すべてが統一的な2段階の支援制度で採択企業を支援する。具体的にはF/S($10万まで/6ヶ月)とR&D($75万ドルまで/2年以内)の2段階の競争選抜に基づく支援である。商業化段階には省庁による直接的支援はなく、民間VC資金や政府調達を通じた商業化が期待されている。

それに対して、日本のSBIRでは米国と同様にF/S、R&Dの2段階競争選抜制度は今回のケーススタディの対象とした課題対応事業のみで、ほかは参加省庁の従来施策をSBIRの枠組みに当てはめているにすぎない。ただし、商業化段階では米国と異なり、経済産業省を中心に融資制度を中心にした制度が用意されている。

これらの違いから、日本版SBIR制度は次のようにまとめることができる。日本版SBIR制度は米国型の複数参加省庁が共通の枠組みで支援する制度とは全く異なり、参加省庁それぞれが決めた予算で独自の支援枠組みをSBIRで運用しているにすぎず、フェイズ支援が不完全である。

 

A     バイオベンチャーを対象にしたケーススタディ

日米制度の比較では両国の制度が全く異なる制度であることが明らかになったが、日本版SB

IR制度の中で唯一米国SBIR制度と類似の2段階の競争選抜制度をとる課題対応事業が存在する。

ここでは課題対応事業採択企業へのインタビュー調査を通じて、当該事業のイノベーション

に与える影響を考察した。昨年度の課題対応事業採択企業へのインタビュー調査を通じてバイオ産業において公的施策の継続的利用傾向が強い可能性が推察されたため、今年度はバイオ関連企業における施策の利用実態をインタビューで明らかにした。

調査の結果、次の点が明らかになった。第一に特定地域では外部資源の利用傾向に特徴が強く現れること。第二に高コスト、長期的な研究開発投資が必要なバイオベンチャーでは地域、成長段階に関わらず、外部資源(研究開発資金、共同研究、販売網,etc.)の入手先、方法として、大企業との提携が最も重視されているが、実現が困難でありそれに代わって現状では公的資金を得て研究開発を進めるケースが多いこと。第三にバイオベンチャーではプロジェクトごとに異なる公的施策を使い分け、しかも継続的に利用する傾向が強いこと。言い換えると、課題対応事業を含め現状の公的資金はバイオベンチャーの研究開発資金の獲得手段として最も利用しやすく、実際に採択される可能性も高いこと。

【調査概要】

対象地域:6道府県(北海道、大阪、兵庫、熊本、愛知、京都)

対象:バイオベンチャー経営者、ベンチャー支援機関(TLO、経済産業局)

訪問企業(機関)数:23社(+5機関)

内訳:北海道5社(+2支援機関)、大阪5社、兵庫(神戸市)3社、熊本4社(+1支援機関)、愛知2社(+1支援機関)、京都4社(+1支援機関)

調査方法:訪問インタビュー調査(1時間〜2時間)

調査項目:

〔バイオベンチャー経営者〕

課題対応事業を含む公的施策を研究開発・事業化プロセスにおいてどのように(方法、相手、タイミング)で利用しているのか。またその他の外部の資源(人、資金、モノ、知識)の利用方法。

〔支援機関〕

バイオベンチャーが外部資源を利用するにあたってどのような支援を実施しているのか。

【今年度調査先一覧】

<北海道>

     ネイチャーテクノロジー株式会社 

     株式会社フロンティアサイエンス

     独立行政法人 産業技術総合研究所北海道センター

     株式会社 トランスアニメックス

     ラボ株式会社 

     株式会社 ジェネティックラボ

     北海道経済産業局

<大阪>

     株式会社 総合医科学研究所

     クラスターテクノロジー株式会社 

     クリングルファーマ株式会社

     アンジェスMG株式会社(連結子会社 ジェノミディア株式会社)

     株式会社カルディオ

<兵庫>

     ステムセルサイエンス株式会社

     株式会社エムズサイエンス

     株式会社バイオリサーチ

<愛知>

     株式会社 ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J‐TEC)

     財団法人 名古屋産業科学研究所 中部TLO

     株式会社 医学生物学研究所(MBL)

<京都>

     株式会社 バイオセレンタック

     株式会社 ミレニアムゲートテクノロジー

     プロテインウェーブ株式会社 

     株式会社 ホリバ・バイオテクノロジー

     株式会社 関西TLO

<熊本>

     株式会社トランスジェニック(子会社 株式会社ユージーン)

     財団法人 くまもとテクノ産業財団 (熊本TLO)

     株式会社パナファームラボラトリーズ

     アーク・リソース株式会社

 

3)学会活動

小倉都「中小・ベンチャー企業の研究開発支援制度の実態調査−日本版SBIRの実態調査に基づいて−」2003年6月 組織学会2003年研究発表大会

 

4)今後の課題

現在、バイオベンチャーのケーススタディ結果を分析中である。今後はバイオ産業において、公的施策がイノベーション活動にどのような影響を与えているのか詳細に分析し、新規産業分野における中小・ベンチャー企業の支援施策の課題について検討していきたい。

 

5)先行研究

Lerner, J., (1996), "The government as venture capitalist: The long-run effects of the SBIR program.” Working Paper 5753, National Bureau of Economic Research.

齊藤義明 (1999) 「日本版SBIR成功への政策提言」,知的資産創造19996月号,pp.71-81,野村総合研究所

Wallsten, S., (2000), "The effect of government-industry R&D programs on privateR&D:the case of the Small Business Innvation Research program", RAND Jounal of Economics, Vol.31, No.1, Spring 2000, pp.82-100

Wessner, Charles W.,(1999), The Small Business Innovation Research Program: Challenges and Opportunities, Washington, D.C. : National Academy Press.Wessner,

 Charles W.,(2000), The Small Business Innovation Research Program: An Assessment of the Department of Defense Fast Track Initiative , Washington, D.C. : National Academy Press