空間データに関する時間的差異が及ぼす影響の低減化

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 博士課程 臼田裕一郎

 

1. 研究の背景・目的

地球環境問題等を対象とした調査研究や、施設立地・建設に伴う環境影響評価といった実務の場において、地理情報システム(Geographic Information System: GIS)による空間データの利用が活発化している。GISは、様々な主題を示す空間データを統合して解析することが可能であるという点で、原因や影響先が複雑かつ多様な問題の解明、解決において、今や不可欠なツールとして位置づけられつつある。さらに、近年のインターネット技術の発展により、Webブラウザ上で動作するGIS(WebGIS)の開発や、空間データの分散相互運用に向けた国際的な検討が進められており、GISの利用はさらに一般化、そして多様化していくことが予想される。 こうした流れの中、従来、空間データの統合利用において十分に検討されていなかった問題として、「空間データに関する時間的差異」の問題がある。この問題については、以下のとおり整理できる。

問題@:同一データ内における時間的差異
空間データ作成のための調査期間が長期にわたる場合、位置によって調査した日時が異なってしまい、同一データ内に時間的差異が存在する。
問題A:データと実世界の間における時間的差異
空間データの作成(調査開始から提供まで)に時間を要する場合、空間データと実世界の間には提供の時点で既に時間的差異が存在する。
問題B:データ間における時間的差異
空間データ作成のタイミング、頻度、周期は、空間データそれぞれの作成者に依存する。従って、複数の空間データを統合して利用する際には、利用する空間データ間に時間的差異が存在する場合がある。
 
従来、空間データにおける誤差の概念として、位置精度や主題の表現手法に関しては厳密に定義されていたが、時間的差異(誤差)については何の定義も行われていなかった。また、GISを用いた様々な空間データの統合利用例を見ても、時間の扱いとしては、利用の対象とする時点にできるだけ近いデータを選択するというだけで、その時間的差異が結果に及ぼす影響を考慮した例はほとんどないのが現状である。上記表に示すとおり、空間データに関する時間的差異はそのまま空間データ利用の結果に反映される。GISにおける空間データの統合利用が進み、その結果が実社会に対して影響力を持つこととなればなるほど、これまでのように「時間」の取り扱いを軽視することは極めて危険である。従って、今後はここで挙げた「空間データに関する時間的差異」をGIS上での空間データ統合利用における重要な問題点として掲げ、十分に検討していく必要がある。 「空間データに関する時間的差異」という問題に対するアプローチとしては、2つ考えられる。1つはこの差異を低減させる手法を検討すること、もう1つはこの差異を考慮に入れた空間データの解析・利用手法を検討することである。理想的には、前者のアプローチにより、空間データ作成時点において、空間データに関する時間的差異を可能な限り低減し、それでも打ち消しきれない差異を、後者のアプローチにより解析・利用において明確に取り扱い、その結果にどのくらい影響を及ぼすかを明示することが期待される。従って、今後様々な分野で活発化が予想される空間データの統合利用における、「時間的差異」という問題に対するアプローチとして、まず第一に、前者の「空間データに関する時間的差異」を低減させる手法の開発を目的に、 本研究は、その助走的研究として以下を実施する。

 

2. 結果

2.1. 時系列SAR画像の時系列解析による地物変化の抽出手法の検討

従来、地物の変化抽出は2時期間での差分で求めることが多かったが、本研究では、SAR画像から得られる後方散乱係数を利用し、時系列解析によって、地物変化の抽出を行うことが可能かどうか検討した。なお、評価検証については、現地調査結果との照合で行った。

まず、 平成16年度に打ち上げが予定されているわが国の陸域観測衛星ALOSでの実利用/実運用の実現を目指し、その先行機であるJERS-1(運用期間:1992-1998年/44日周期観測)のデータを使用して、光学センサ画像(OPS/VNIR)とSAR画像での地表情報取得可能性の差異について検討した。

この図より、南関東エリアでは、被雲率0%の光学センサ画像を得られたのは6年でわずか2回である。これに対し、SAR画像は、欠損が2回あるが、それ以外は全て地表を観測できており、時系列解析により土地被覆変化を抽出可能であれば、それを高頻度で行うことができる可能性があることがわかる。

次に、地表変化の発生が明確な地点において、SARによる後方散乱の時系列プロファイルを利用し、時系列解析によって土地被覆変化を抽出する方法について検討した。以下がそのアルゴリズムの概要である。

光学センサ画像では1993年には森林であったものが、2000年には人工被覆となっているが、この二時期の画像からは、いつその変化が発生したのか把握することは不可能である。これに対し、本アルゴリズムでは、それが1996年に行われたことがわかる。時系列解析により、さらに周期性の抽出や、ノイズ(ゆらぎ)の除去を行うことができれば、さらに微細な変化の抽出も可能と考えられる。

 

2.2. 地物の変化情報の各種空間データの更新への利用可能性についての考察

このアルゴリズムの各種空間データの更新への利用可能性について検討した。例えば、環境省現存植生図の場合、従来、以下のような問題があった。

問題@:同一データ内における時間的差異
第4回調査結果には、SFC設立が反映されていない
問題A:データと実世界の間における時間的差異
SFCがデータに反映され、公開されるのは設立9年後

2.1で検討したアルゴリズムを適用することができれば、このSFC設立を1990年以前に抽出することが理論的に可能(今後将来における可能性として。観測システムのない過去の情報抽出は当然不可能。)であり、その結果を即時にデータに反映することが可能となる。従って、将来的には、上記問題点@Aを解消できる可能性がある。また、他のデータについても、地表を示すデータ(例えば土地利用データ)に関しては同様のことが言え、高頻度の変化抽出が可能となれば、Bデータ間における時間的差異についても解消できる可能性がある。

 

3. まとめと今後の課題

本研究は助走的研究と位置づけ、時系列SAR画像の時系列解析により、土地被覆の変化を高頻度に抽出できるかどうか、また、その抽出アルゴリズムにより、空間データにおける時間的差異の問題を解消できるかどうかについて検討した。その結果、抽出の可能性は高く、土地被覆変化検出の研究の実現可能性及び有効性、必要性を示すことができた。今後は、土地被覆の周期性やSAR画像の特性等を考慮した上で、空間解析手法を統合しつつ、土地被覆変化を自動的かつ即時的に抽出する手法の開発を行う。