2003年度森基金報告書 政策・メディア研究科 80166119 瀬藤 康嗣

研究課題:芸術の社会的外部性に関する調査研究- 芸術の教育的効果に関する実証研究および実践モデルの構築

1 日本科学未来館『時間旅行展』について

a.概要
展示期間:2003.3.19(水)〜6.30(月)
主催:日本科学未来館
時間をテーマとした展覧会。山口大学・時間学研究所の研究者がサイエンティフィック・ナビゲーターとして科学的監修にあたり、先鋭的なアーティストがクリ エイティブクルーとして展示デザインを行い、<時間>という一般的且つ抽象的なテーマに関するさまざまな展示を行う。

クリエイティブクルー:秋山伸、石黒猛、岩井俊雄、緒方壽人+宮田里枝子、クワクボリョウタ、佐藤可士和、島田卓也、鈴木康広、瀬藤康嗣、田中陽明、トコ ロアサオ+小川陽子、tomato interactive、長岡勉、西村佳哲、福田桂、flow、ミュゼグラム、ミントス
サイエンティフィック・ナビゲーター:一川誠、井上慎一、富岡憲治、藤沢健太、永井智哉

b.展示の詳細
瀬藤は、二点の作品にクリエイティブクルーとして関わった。
b-1.『聴覚による錯時間−光ったのは何回? 』
この作品は、カリフォルニア工科大学の認知科学研究グループLadan Shamsによる、聴覚による視覚体験の変化に関する論文("What you see is what you hear")に基づいている。具体的には1回の視覚フラッシュに対して、2つの音を連続提示すると、フラッシュ が2度見える、という錯覚を体験するための空間を制作した。

b-2.『無響空間』
人間は日頃、無意識のうちに視覚や聴覚からのさまざまな影響を受けている。外界からの物音、目に入る物の動きはそれぞれのリズムをもち、それらが織り成す ポリリズムの影響を受けながら、人は自分のリズム=時の流れの中で生活している。
無響室は多くの外部刺激を遮断し、自然界にはあり得ない完全な沈黙と暗黒を提供する。しかしながら実のところは無響室にあっても沈黙は訪れない。観客は自 らの循環器系の脈動と神経末梢の放つノイズを聴き、そして、暗黒が極めて豊穣な色彩に満ちていることを発見することになる。
ここで私は、日常的な時間の流れからしばし隔絶し、体験者自らの神経末梢が放つ音響と色彩とに満たされた時間の流れを体験するための空間をデザインした。

c.結果
日本科学未来館が行った観客へのアンケートでは、研究者による監修と、アーティストによるデザインによる展示は、おおむね好評であり、この展覧会の試みは 成功したと評価することができる。また、瀬藤が担当した『無響空間』は、アンケートに回答した観客によると全展示作品中一番高い評価を得た。

しかしながら、この展覧会において問題となったのは以下の二点である。

a. 展覧会においては1 キュレーター 2 展示業者 3 研究者 4 アーティストという四つのプレイヤーが業務分担を行った。日本科学未来館は、旧科学技術庁所轄の独立行政法人であり、現在文部科学省管轄の科学事業振興団 が運営にあたっている。その基本的な性格上、美術館などのようにアーティストに対する謝礼の枠を設定することが困難であった。そのため、1〜3の各プレイ ヤーに対する支払いなどは制度的の用意されていたが、アーティストのディレクション業務に対する謝礼枠が制度的に用意されておらず、その結果経済的報酬が 費やした時間に対して非常に低いものとなり、多くのアーティストがその点に対する不満を持った。

b. また、通常の展覧会で上述1〜4のプレイヤーが共同して仕事をすることは極めて稀であり、そのために各プレイヤー間の業務分担に関する共通認識や、プロト コルが形成されるまでに時間がかかり、少なからぬコミュニケーション上のストレスが生じた。結果的に一部の作品はアーティストにとって満足度の低い仕上が りとなった。そのため、現在一部の作品は2004年度以降開催される予定である巡回展にむけて、再制作を行っている。

2.横浜赤レンガ倉庫『chanson d'amour』について

a.概要
会場:横浜赤レンガ倉庫
展示期間:2003.7.4(金)〜7.21(月)
主催:財団法人横浜市芸術文化振興財団

会場となった横浜赤レンガ倉庫1号館は、国内最大規模の現代美術展『横浜トリエンナーレ』の主会場の一つであり、運営コンセプトの一つとして、現代美術/ メディアアートを重視することを謳っている。次回開催の2005年にむけて、横浜市民の現代美術への理解を深めるための展覧会を企画し、その第1回目の展 覧会として、瀬藤が共同主宰するメディアアートユニットflowへの作品制作が依頼された。いくつか提案したアイデアの中で、"chanson d'amour"という作品を制作することで会場側と合意し、作品の制作を行った。

b.展示の詳細
作品のコンセプトは以下のようなものである。
『ジュウシマツのことを知らない人は少ない。しかしジュウシマツの愛の秘密を知る人も、また少ないだろう。

千葉大学の岡ノ谷教授は、このジュウシマツに着目して彼らの歌の構造を研究し、ある種の文法と、そこに隠された愛の秘密を発見した。それは『より複雑な歌 を歌えるオスほど、より多くのメスを誘惑することができる』というものであった。

愛に生きる動物=ジュウシマツの密かなる生態と、音とエロスとテクノロジーを巡る人間の恐るべき欲望が、いま明かにされる. . . 』

千葉大学文学部助教授の岡ノ谷一夫氏による研究を下敷きに、人間と鳥の愛の歌を比較する展示を行った。展示詳細はhttp://www.floweb.org/frame_set/chanson.htmlを 参照されたい。

c.結果
1 アンケート結果
来客へのアンケートを実施し、その中で下記のような質問を設定した。
a-1 現代美術への関心が高まったか
a-2 現代美術への理解が深まったか
b-1 岡ノ谷氏の研究への関心が高まったか
b-2 岡ノ谷氏の研究への理解が深まったか
回答結果は以下の通りである
	a-1 現代美術の関心が高まったか
はい 68(66.7%)
いいえ 29(28.4%)
無回答 5(4.9%)
a-2 理解が深まったか
はい 62(60.9%)
いいえ 33(32.4%)
無回答 7(6.7%)
b-1 岡ノ谷氏の研究への関心が高まったか
はい 54(52.9%)
いいえ 43(42.2%)
無回答 5(4.9%)
b-2 岡ノ谷氏の研究への理解が深まったか
はい 57(55.9%)
いいえ 41(40.2%)
無回答 4(3.9%)
上記のアンケートは、厳密な統計的な処理をしていない、観客の自由な意志による回答であったため、厳密さに欠ける部分があるのは事実であるが、展覧会の意 図の一つである、現代美術への興味と理解の誘発と促進、は達成されたと理解できる。
また、科学的研究に対する興味と理解の誘発と促進、という点については、現代美術への関心よりは全般的に数値が落ちるものの、半数以上の回答者が関心、理 解ともに深まったと回答していることから、一定の効果があったと考えることができる。

2 その他の考察
この展覧会の企画は、瀬藤らの発案によってなされ、岡ノ谷氏とは数回の直接会合とメールのやりとりによって進められたが、その過程で我々の企画意図にたい して、岡ノ谷氏がご自身の研究を単に面白おかしく取り上げようとしているのではないか、という疑念を持たれる事があった。
日本科学未来館においては、主催者の性質上、そういったことはなかったが、美術館のような場所でこうした展示を行う場合には、研究者サイドが求める研究の 厳密な理解という点に関して、充分に留意する必要があるだろう。

3.まとめ
以上、2つの展覧会の試みから、以下の考察が導きだされる。

1 科学的展示を、アーティストがデザインすることにより、科学的研究の内容をより分かりやすく鑑賞者に伝えることが可能性が示唆された。

2 また、こうした展示により、鑑賞者の芸術に対する関心を高める可能性が示唆された。

3 こうした展示においては、1 キュレーター 2 展示業者 3 研究者 4 アーティストの四者がプレイヤーとなるが、この四者が共同作業を行うことは今まで稀であったため、コミュニケーション上の誤解やトラブルが生じやすいた め、それを避けるために充分な時間を設けることが望ましい。

4 3と関連するが、科学博物館においてはアーティストへの謝礼が不十分に、また美術館においては研究者に対する謝礼が不十分になりやすい。その結果、作業に さける時間が少なくなるために、上述3ので指摘したコミュニケーション上のトラブルや、あるいは不満が生じる可能性がある。


以上。