2003年度森泰吉郎記念研究振興基金報告書

 

国境管理政策の日欧比較:グローバル経済下の政策最適化を目指して

中林啓修(政策メディア研究科 博士課程)

 

 <概要:研究目的と手法>

 本研究は、今日のグローバリゼーションを支える事象の一つである「人の自由移動」について、この移動によ

り不可避的に生じる、不法移民や国際犯罪の増加に対する先進国における社会不安の解消と民主的な社会運営と

の両立可能性を考察するものである。

 こうした研究目標について、本研究では日本を中心とする東アジアでの取り組みと、ヨーロッパにおける取り

組みとの比較考察を進めた。これは、二国間あるいは多国間での協定ベースで協力を進めるアジアと、EUの枠

組みのもとで(主権の一部委譲を含む)共通政策と呼ばれる特殊な政治システムを有したヨーロッパとを比較す

ることで、こうした問題への有効な取り組み方を検討するためである。

 また、こうした研究の性格から今回は特に国際行政論に注目したが、理論の整理と今後の展開可能性を検討す

る意味から、修士論文のテーマであった「ドナウ川の管理を巡る国際協力」をケースに国際行政論と関連する緒

論の整理を行った。

 

<研究発表>

今年度は、上記のテーマに沿って、以下のような研究発表を行った。

20037月:「SFCジャーナルVol.3 NO.1」投稿(採択済み

テーマ:「国際環境保全の機能主義的パートナーシップ〜ドナウ川流域の事例を参考に〜」

      →目的:国際行政論の関する理論整理

200310月:日本国際政治学会ロシア東欧分科会発表

テーマ:「国際環境保全の機能主義的パートナーシップ〜ドナウ川流域の事例を参考に〜」

      →目的:上記投稿論文に関する意見交換および今後の研究動向について示唆を得るため。

200311月:Open Research Forlum2003シンポジウム「北東アジア経済圏の可能性に関する国際研究論壇」発表

テーマ:「通関政策の日欧比較:「人の自由移動」に関する制度的検討」

→目的:研究の経過報告

200312月:グローバルガバナンスプログラム・インターナショナルシンポジウム(上海:復坦大学)発表

      →テーマ:Japan-Europe comparative study of justice cooperation

 

<成果物>

上記の研究発表に対する成果物としては

@論文:1

A研究発表資料:レジュメ2本、プレゼンテーション用パワーポイント2本

がある。

このうち、以下に論文要旨とレジュメ2本(簡略版)を掲載する。

 

論文要旨:SFCジャーナルVol.3 NO.1

国際環境保全の機能主義的パートナーシップ〜ドナウ川流域の事例を参考に〜

Functionalism approached partnership for more effective environmental protection-From The Danube Experience-

政策・メディア研究科博士課程 中林 啓修

 

<日本語要旨>

 ドイツ南部に源流を発し、黒海へと流れるドナウ川は欧州を東西に流れるほぼ唯一の国際河川であり、その地理的な条件故に歴史上ドナウ川の利用は国際共同管理を基調に進められてきた。このドナウ川での、主に90年代以降の環境保全の国際的な枠組みとしてはドナウ川保全国際委員会(ICPDR)とEUWFDが挙げられるが、実際に発生した危機の事例では、枠組み間の対他期待に若干の齟齬が見られた。この解消にむけて論者は機能主義的なアプローチによるパートナーシップを提言する。

<Abstract>

 The Danube is the only International River that runs from west to east. Because of that geographical character, the Danube historically has been harnessed under international joint control.

 Presently, International cooperation for the Danube River Protection and EU’s Water Framework Directive offer “Umbrella” for protecting the Danube River Basin environment.

 This monograph considers these with international regime approach and examinating an actual situation. And finally, this monograph suggests functionalism approached partnership for more effective environmental protection

 

Keyword:ドナウ、ICPDR、機能主義、環境保全、EU

 

レジュメ1:日本国際政治学会ロシア東欧分科会発表

ロシア・東欧分科会

国際環境保全の機能主義的パートナーシップ 〜ドナウ川流域の事例を参考に〜

慶應義塾大学大学院 中林啓修

 

<研究の目的>

 本研究は、冷戦終結以降の大幅な政治的・経済的・社会的変動のもとで多くの国が近い将来のEU加盟を目指すドナウ川流域において、環境保全のための国際共同管理枠組みを紹介し、これらが相互にどのように連携しているのかを具体的な環境危機のケースの中で検討するものである。

 

1)研究の対象地域:ドナウ川について

 ドナウ川はドイツ南部のシュバルツバルトを源流に黒海へと注ぎ込む、全長約2850q、流域面積815,000㎢の

大型国際河川である。ドナウ川はまたヨーロッパを東西に流れかつ外洋船舶が航行できる唯一の河川であり、ラ

イン川と並ぶヨーロッパの大動脈であった。そして近年、特にウイーン盆地より下の流域において、計画経済下

での工業中心の開発や、冷戦後に頻発した紛争あるいは事故などによって深刻な環境汚染に直面している。

 

2)国際河川管理の歴史

 ウイーン議定書(1815)やベルサイユ講和条約(1919)、あるいはバルセロナ条約(1921)に代表される19C.

から20C.半ばにかけての水運(航行利益)中心の管理に対して、20C.半ば以降は、国連を中心に産業利用や環境

保全(非航行利益)にも注目が集まる(ヘルシンキ規則(1966)や「国際河川の非航行利益に関する条約」草案

作成(1979-)など)。注目うもくほぜんバルセロナ規則にお則の設定と組織化がすすめられた

 

3)今日のドナウ川における環境保全

 ドナウ川の環境保全を巡って今回取り上げる主な枠組みは以下の通りである。

 *ドナウ川保全協定(Danube River Protection conventionDRPC)

    EPDRBを発展させたもの。1994年にソフィアで締結。ドナウ川保全国際委員会CPDrであるるルツバルト→船舶が航行できるほぼの設置をうたう。

 *ドナウ川保全国際委員会(International Commission for the Protection of the Danube RiverICPDR

    DRPCにもとづき1998年に発足。流域国+EUで結成

 *CPDrであるるルツバルト→船舶が航行できるほぼ「水枠組み指令」(Water Framework DirectiveWFD

    EUの取り組みとして、水の生態系の維持改善・持続可能な水利用の推進・汚染物質の削減・地下水汚

染の削減・洪水や渇水の軽減を目的に2000年に成立。

 

4)ケース

 *ユーゴ紛争復興支援

   →ICPDRは崩壊した橋の再建などで環境アセスメントを実施。航路管理のためのドナウ委員会などと協調CPDrであるるルツバルト→船舶が航行できるほぼ

 *バイア・マラ(Baia-Mara)危機への対応

   →ドナウ川支流域で発生した、鉱山からの有毒物質による水質汚染。EUは報告書でICPDRの機能強化を

求めるが、発表者のインタビューに際してICPDRは否定的な見解を示す。

 

5)まとめ

 *危機的な状況に際して環境の保全を成功させるには、関係するアクター間での相互への認識や期待の一致が

重要。

  →では、どのように相互への認識や期待、あるいは自身の役割を表明し、決定していくのか。

  →機能主義的アプローチの「復権」

 

レジュメ2Open Research Forlum2003シンポジウム「北東アジア経済圏の可能性に関す

る国際研究論壇」発表

 

「通関政策の日欧比較:「人の自由移動」に関する制度的検討」

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 後期博士課程 中林啓修

 

発表要旨

今日、グローバル化の進展に伴う、国際経済の大幅な自由化はもはや避けがたいものとなっている。WTOの発足と拡大や、EUによる共通通貨の導入など、昨今の各国各地域における経済的な取組みはもはやこうした背景抜きには語り得ない。ASEAN自由貿易地域(AFTA)を除いて、FTAと呼ぶべき経済空間が存在していないが故に長く「FTAの空白地帯」と呼ばれてきた日本を取り巻く東アジアでもこの歴史的な潮流の中でASEAN+3(日中韓)にオーストラリアやニュージーランドを加えた東アジア自由貿易圏が構想され、またその一方で、地方レベルでも国際的な経済交流の活性化が模索される(例えば㈳東北経済連合会の「ほくと七星構想」など)など、FTAを軸とした多層的な経済空間の構築に向けて様々な取組みがはじまりつつある。

 このように、国際経済の自由化に対して積極的な取組みを見せている一方で各国、特に北半球に集中している先進諸国・地域は大きなジレンマに直面している。多くの識者が指摘するように、経済の大幅な自由化は当然のことながら活発な人の国際移動や国際物流と一体となっている。この結果、特に先進諸国・地域では国民の間に(不法)移民の大量流入や薬物・武器の流入が自国の社会不安を増大させることへの強い警戒感がある。例えば90年代中盤以降、欧州においてしばしば指摘される極右の台頭などはこうした警戒感が顕在化したものと考えられている。ここにジレンマがある。すなわち、先進諸国・地域は、一方で経済の自由化を積極的に進めつつ、他方でこの経済の自由化促進が不可避的にもたらすであろう各国内の社会不安を取り除いていけるような政策上の均衡点を未だに見い出せていないのである。本研究はこうしたジレンマを問題とし、これに対する北東アジアにおける回答を模索するものである。

ところで、現在進められている二国間、或いは多国間における国際経済の自由化には、自由な経済活動を目的とみなすか手段の一部、あるいは通過点とみなすかで大きく2つに分類される。すなわち、純粋な経済政策としての自由化政策と、地域統合のための手段としての経済統合である。日本がシンガポールや韓国との間で進めている一般的な意味でのFTAは前者にあたり、EUがすすめる経済統合は後者にあてはまる。両者のこうした差異は当然、実際の政策立案・実施における差異とも結びついている。例えば前者の場合多くの国際的な取り決めは従来的な国家間の合意によって決定され原則として合意に参加した各国の責任によって実施されるが、後者の場合は、例えばEUなどの国際的な政治主体によって多くの取り決めが一括して決定・実施されている。

 ここで、今日のグローバリゼーションはまた経済と政治との相互接続を更に深める働きをしており、ゆえに分野を問わぬアクターの多様化が起こっていることに留意すると、マルチレベルガバナンスを標榜し重層的なシステムを構築している今日のEUは、我々の生活する北東アジアと地域の統合の度合いなど多くの基礎条件について大きな相違があるという無視しえない大きな留保点はあるものの、その高度な制度間調整手法などについて大変有効な参照事例を提示しているといえる。

 

キーワード:「人の自由移動」、司法内務協力、シェンゲン協定、ICPO、国際犯罪対策

 

<研究成果と今後の展望>

 今回の研究では、アジアにおいても、地域レベルで多国間での枠組み作りが目指されていることが、その課題と共に明らかになった。また、ヨーロッパにおいては、空路による移民の一次審査を航空会社が政府の助言のもとで行うなど、行政アクターの拡大という現象が起きていることも明らかになった。

そこで、今後の研究展望として、こうした行政アクターの拡大が我々の社会にどのような影響をもたらすのかを中心に継続的・発展的な研究を続けて行きたい。

 

この研究成果に対するお問い合わせは中林啓修(ひろのぶ:compacts@sfc.keio.ac.jp)まで