森基金報告書
- プライバシ保護を実現する人材マッチングシステム -

政策・メディア修士2年
須子 善彦
scotch@sfc.keio.ac.jp .


1. 研究題目

プライバシ保護を実現する人材マッチングシステム

2. 研究概要

本研究の目的は、ユーザ間の知人関係を活用することで、ユーザの情報開示に関するリ スクを低減する人材マッチングモデルを提案することである。 人材マッチングに限らず一般に、個人情報や機密情報などを開示することは、情報の不 正利用をはじめとするリスクが生じる。一方で、そのリスクを恐れ情報を開示しなければ、 多くの場合、必要とするサービスを十分に受けられない。また、開示しなくてはならない 情報の種類や項目などはサービス提供者によって一方的に定義されるものが多く、情報開示者側の選択余地が限られてしまうという問題もある。 本研究では、(1) ユーザ間の知人関係という実社会上の資源をコミュニケーションツール にモデル化すること、及び、(2) そのモデル化においてユーザに対し情報開示における自主 選択可能なオプションを提供すること、を通し、情報開示のリスクを低減するマッチング モデルを提案する。また、提案するモデルを、コストやスケーラビリティの点でユーザが 広く利用可能なコミュニケーションツールとして実装し、実運用を通してモデルの有効性 と課題を導き出す。 本モデルが想定するユーザは、業務の遂行など具体的な目標のために必要な知識や人材 を検索するユーザである。また本モデルが特に有効に働くと想定される対象は、ユーザ間 に高度な信頼関係が築かれ互恵性の高いコミュニティ、もしくは、構成員の間で共通の目 的を共有し目的志向性が高いコミュニティである。 本モデルの特徴は、ユーザの情報開示に関するリスクの低減、ユーザ間で交換する情報 の客観的な正確性の向上、及び、他の人材マッチングモデルと比較した実現可能性の高さ である。 モデルの有効性と課題を導き出すため、人材マッチングを目的とする複数のコミュニティ を対象に検証実験を行った。実験の結果、実装の安定性、モデルのスケーラビリティ、及 び、有効性が検証された。また、人材の引き合わせ率(マッチ率) に関して、実用可能レベ ルに達する効果が示された。また、いくつかの課題が明らかとなった。

キーワード: 1: 人材マッチング2: 知人関係3: ネットワーク理論4: グループウェア 5: プライバシ6: 自発性パラドクス7: 信頼.

3. 研究成果物

4. 学会発表

5. 計画からの変更

予算の使途変更

申 請直後に、研究を進める上で、最も重要な機材であるラップトップコンピュータが故障してしまったため、サーバのハードディスク等の増強を計画していた消耗 費を、ラップトップコンピュータに変更した。また、謝金を自費で負担し、その一部を同様に、ラップトップコンピュータに変更した。

6. 研究の成果

6.1 人材マッチングにおける自発性パラドクスを解消

実社会上における資源であるユーザ間の知人関係をコミュニケーションツールにモデル 化すること、及び、そのモデル化においてユーザに対し情報開示における自主選択可能な オプションを提供することを通し、情報における自発性パラドクスを解消するマッチング モデルを実現した。 その実現は、次項から述べるいくつかの達成事項によってもたらされたものである。

6.2 エンドユーザ主体の情報管理の実現

ユーザ間の知人関係によって構成される知人ネットワークにおける信頼の結節点の存在 を用いることで、情報開示に関して、人材検索ユーザに対しては個人情報の開示リスクと マッチングの効用との間でのトレードオフ上に自主選択可能な選択肢を新たに提供した。 この選択肢によって、検索ユーザの情報開示度を最適化し、送信者の自己情報コントロー ル権を強化した。また受信ユーザにとっても、自身のセンシティブ情報を自身の自主選択 によって保護しながら、最終的に自身のセンシティブ情報を開示するか否かを決定できる。 また、公開するタイミングも受信ユーザ自身による自己決定を可能とした。

6.3 共通の知人(仲介者)が生み出す信頼性の高い人材マッチング

本モデルは、ユーザ間の知人関係というシステム外の要素の存在を所与のものとし、ユー ザ間の知人関係(知人ネットワーク)が生み出す信頼性によって、情報配信の範囲の制限 およびコミュニケーション相手の選定を行う。 実際にはユーザ間の知人関係(知人ネットワーク)及び、それが生み出す信頼構造には 様々な種類があるが、本研究の実証実験において、本システムが想定しているユースケー スのいくつかにおいては、2 クリークという配信範囲の限定化と、そのことにより成立する 共通の知人(仲介者)の存在が生み出す信頼の有効性を検証することが出来た。送信ユー ザと受信ユーザの間に存在する共通の知人(仲介者)は、従来のマッチングモデルでは検 94 第7 章結論 証が困難であったユーザのコンピテンシー等の客観的正確性が検証を可能とし、より信頼 性のある人材マッチングを実現した。

6.4 人材マッチングの効果について

マッチングの効果(マッチ率)に関して本モデルを用いることによるマッチ率の向上を 定量的に実証することは出来なかったが、複数の検証実験を通して、本モデルが人材の引 き合わせに妨げとなることはなく、本モデルによってのみ生まれた引き合わせ(仲介者に とっても予期せぬ引き合わせ)も実現した。したがって、本モデルは、マッチングの効果 を低下させることなく、他の達成事項を実現できたと言える。

6.5 高い実現性(スケーラビリティ、コストパフォーマンス)

本モデルは(修士論文3.3.3参照)、特定の役割やリソースに依存せず実現した。実運用による検証は行えていないが、ユーザ数の増加に対して高いコストパフォーマンスとス ケーラビリティを持つモデルが実現できたといえる。 また、本研究が提案したモデルは、数々の実証実験が明らかにしたように、社会システ ムを大幅に変えることなく導入が可能であり、今後も様々なコミュニティを対象に運用を 続けたいと考えている。