【最終成果報告書】

基盤型実世界指向アプリケーションの構築

 

古市 悠

 

慶応義塾大学政策・メディア研究科修士2年

1.        プロジェクト概要

1.1.      背景
 近年、電子機器が情報家電、ネットワークMDなどのようにネットワーク機能を持つようになった。これにより、今までAV機器などの同一機種間で行われていた協調動作がネットワークを介すことで椅子とテレビなどの異機種間においても行えるようになった。しかし、現在構築されている協調動作アプリケーションの特徴としてアプリケーションプログラマがアプリケーションを汎用的に構築し,環境へ導入する導入型であるという事が挙げられる。具体的にはドアを開けるとライトがつくアプリケーションや雨が降ると洗濯物が濡れないようにベランダの屋根が自動的に伸縮するアプリケーションである。これらのアプリケーションは想定した環境で想定した動作のみを行う。しかしユビキタス環境内に存在するデバイスやソフトウェアコンポーネントは場所や状況により変化する。また,アプリケーション利用者(ユーザ)のアプリケーションに対する要求も環境や時間などの条件により変化する。アプリケーションプログラマはユーザに対して最適なアプリケーションを提供するためには、この2点を考慮しなければならない。しかし、プログラマが構築したアプリケーションではアプリケーションの利用される環境やユーザの心理などを把握する事が困難であるため、上記の点を考慮できずユーザが本当に欲しいアプリケーションを提供する事ができない。

1.2.      開発目的
 我々は上記の問題を解決するシステムとして一般ユーザによる協調動作定義を可能にする基盤型実世界指向アプリケーションSticky Editor Systemを提案する。基盤型実世界指向アプリケーションとは,ユーザに機器間協調動作を定義する環境を提供するアプリケーションである。研究例としては、InfoStickTouch-And-Connectなどが挙げられる。InfoStickとは,アプリケーション定義のフレームワークである。このフレームワークではInfoStickという固有のデバイスを使用することにより機器間でのデジタルデータの移送を実現できる。Touch-And-Connectとは,無線機器間の接続指示手法である。当研究では,各機器が保持している2つのボタンを押す事により機器間の協調動作を実現する。接続元のボタンを押した後に対象のボタンを押す事により通信の確立行う。しかし、このような協調動作定義アプリケーションは特殊な定義手法を採用している。このためプログラミングやシステムアーキテクチャーなどを知らない一般ユーザが自身の要求を実現するためには、「定義手法の習得」という負担を負わなければならない。また、ネットワークコンポーネント間の定義は従来のように実世界で行われるのではなく、目に見えないネットワーク上で行われるためユーザが多種多様な定義を把握するのは困難である。本開発では、これらの問題点を解決するアプリケーションとして基盤型実世界指向アプリケーション「Sticky Editor System」を提案する。

2.        開発概要
 Sticky Editor Systemは、ユーザに対して実世界指向ユーザインターフェイスと「付箋」という実世界メタファを用いた定義手法を提供する。これらを提供する事により、協調動作定義の際の「デバイス、定義等の把握」、「定義手法の習得」におけるユーザの負担を軽減し、一般ユーザ自身による協調動作の定義と利用を実現する。


     図1:Sticky Editor System構成図
アプリケーション概要
 Sticky Editor Systemでは、図1にあるようにSticky EditorSticky Board2つの動作定義アプリケーションとサービスコンポーネントにより構成されている。Sticky Editorは、付箋の実世界メタファを用いた定義手法を使い図2(左)のGUISticky Editor内で付箋をサービスコンポーネント(機器)に貼り付けるという実世界行動を用いた定義手法を採用する事でユーザの「定義手法の習得」を軽減し、サービスコンポーネント間の協調動作定義を実現する。Sticky Boardは、付箋の実世界メタファを用いた定義の操作手法を使い、図2(右)のGUISticky Board内で付箋をBoardに貼り付けるたり剥したりする事で、ユーザの「デバイス、定義等の把握」の負担を軽減複雑な協調動作定義を実現する。
 
          図2:Sticky Editor()Sticky Board(右)


写真1:慶応義塾大学湘南藤沢キャンパスSSLABの写真

2.1.        成果:アプリケーション
本システムにより構築した協調動作アプリケーションを挙げる。
・マルチボタン(図3)
 使用サービスコンポーネント:ボタンサービスコンポーネント、MP3プレーヤサービスコンポーネント、ライトサービスコンポーネント、テレビサービスコンポーネント
 定義内容:本アプリケーションではSticky Editorを用いて以下のように定義を行う。
  1、ボタンの「1回押されている」状態に「ライト:ON」と書いた付箋を貼る。
  2、ボタンの「2回押されている」状態に「TVOn」、「MP3:停止」、「ライト:ON
  3、ボタンの「3回押されている」状態に「TVOff」、「MP3:再生」、「ライト:
    ON
  4、ボタンの「4回押されている」状態に「TVOFF」、「MP3:停止」、「ライト: 
    OFF
 アプリケーション概要:ネットワークに接続したボタンに上記ように付箋を貼り付ける事でユーザが部屋に入ってきた際にボタンの押す回数により部屋を通常状態(ライトがついた状態)、TVルーム(ライトとテレビがついた状態)、リラックスルーム(ライトがついていて音楽が流れる)、不使用時状態(全てがOFF)の4状態に変化させる事ができる。

     図3:マルチボタン概念図

・マルチタイマー(図4)
 使用サービスコンポーネント:時計サービスコンポーネント、音楽プレーヤサービスコンポーネント、ライトサービスコンポーネント
 定義内容:本アプリケーションではSticky Editorを用いて以下のように定義する。
  1、時計サービスコンポーネントの時刻に「音楽プレーヤサービスコンポーネント:
    再生」
  2、時計サービスコンポーネントの時刻に「ライトサービスコンポーネント:
    ON
 アプリケーション概要:時計の時刻に付箋を貼ることにより全てのネットワーク機器にタイマー機能をつける事が可能となる。上記の二つの定義をする事により音楽プレーヤーを目覚まし時計に、タイマー機能のないライトにタイマー機能を付加した。


       図4:マルチタイマー概念図

Smart BusStop
 使用サービスコンポーネント:メールサービスコンポーネント、BusStopサービスコンポーネント
 定義内容:本アプリケーションではSticky Board以下の定義を行う。
  1、付箋に「BusStopサービスコンポーネント:バス到着5分前」、「自分宛てのア
    ドレス:バスが着ます」と記入しBoardに付箋を貼る
 アプリケーション概要:
  バス停の公共サービスコンポーネントに付箋を貼ることによりバス到着の知らせを自身の携帯メールへ通知する。

 

2.2.      成果:特徴
 本開発では、Sticky Editor Systemの開発を行った。近年の目覚しい技術の発達によりユビキタス環境が構築しつつある。しかし、その反面、様々な理由によりコンピュータを使うことのできない人や情報弱者と呼ばれる人々も存在してきている。近年、運用されているアプリケーションとして番組予約システムがある。しかしこのようなアプリケーションはPC上の操作を必要とする。このような場合、先に挙げた人々が使用する事が困難である。
 ユビキタス環境とは本来、「人が意識せずにコンピュータを使用する環境」であると考えられている。本アプリケーションの特徴は生活空間内での実世界における行動を定義手法に取り入れていた事である。これらを取り入れることにより本アプリケーションは多くのPCの利用を不得意とする人々に対して様々なコンピュータを使用を可能にする。本アプリケーションのような「人が意識せずにコンピュータを使用する環境」を構築するアプリケーションが本来のユビキタス環境を実現するためのキラーアプリになると考えている。

 

2.3.      成果:
本開発は平成15年度未踏ソフトウェア創造事業(未踏ユース)に採択されました。

3.        今後の課題と展望
 今後の課題としては2つ挙げられる。
 一つ目としては、今回の開発でサービスコンポーネント詳細情報の一つであるロケーション情報があげられる。ロケーション情報については任意に登録させるためデータ形式を文字列とした。しかしロケーション情報とは住所などの絶対的な位置を表す尺度と相対的な尺度を示すものなど様々な尺度がある。今回の開発ではその点について改良の余地が数多く存在すると考える。
 二つ目としてはSticky Editorの実世界デバイス化である。今回の開発ではFlashを用いたGUIを提供したが、よりユーザフレンドリーなUIを目指すうえではグラフィカルなUIではなく実世界デバイスとしてUIを提供する必要があると考える。