2003年度森基金 研究活動報告書

政策・メディア科修士1年
所属:ネットワークコミュニティ
学籍番号80331138
氏名:石神夏希 natsuki@sfc.keio.ac.jp
テーマ:NPOとしての「劇団」・システムの構築

1.研究課題

日本の現代演劇界は、芸術分野としては明治初期に西洋から導入されたメソッドに基づいて形成されてきたが、市場の未成熟という問題を抱え、演劇製作活動の継続が非常な困難な状況にある。90年代から公的助成の増加がみられ、現在でも少しずつ増えているものの、欧米諸国に比較するまでもなく、未だ製作・提供・享受のすべての面において、充分な体制とは言いがたい。つまり、演劇製作活動に携わる人々―あるいは「実演芸術」に携わる人々―の活動が、市場にも公的支援にも保証されることがなく、また一方で活動自体が外部的な組織や国家に依存せざるを得ないのである。
このような困難な状況下で、「劇団」と呼ばれる演劇製作団体(製作基盤となる集団単位)を法人格の有無にかかわらず市場にからめとられることの少ない、NPO的なミッションと機能を持った組織ととらえ、彼らが市場や公的支援ばかりに頼ることなく、自らの力で主体的な継続的活動を可能にするための、マネジメント・システムを提案することが、本研究の当初の課題であった。

 

2.研究背景

私は5年間に渡ってひとつの劇団の運営・製作活動に、創立から一貫して携わってきた。また「プロ」と認められる演劇人との共同作業、自分の劇団側の代表者として劇場・財団・NPO法人格を持った芸術支援団体などとの共同事業も行ってきた。

現代演劇界は明治初期にヨーロッパで実践されていたメソッドを導入したもので、啓蒙的な意義を持つと同時に、歌舞伎などの近世芸能の廃絶を掲げたものであった。「小劇場」と名づけられた新しい劇場は、前近代的あるいは先行する文化に対するアンチテーゼであり、社会的状況が異なる現在でも、「小劇場演劇」という言葉は受け継がれ、比較的小規模かつコンテンポラリーな演劇ジャンルとして認められている。この分野についての綿密かつ唯一といってよいであろう研究は、佐藤郁也氏の『現代演劇のフィールドワーク』に認められる。
当初から社会運動的かつ非営利組織的な組織として誕生した「劇団」は、商業主義的なものも含め、それぞれの組織ごとに非常に多様な形態とミッションを持つに至っているといえるであろう。

このような歴史的背景と現在の姿から、日本の現代演劇界は「演劇百貨店」と呼ばれるほどであるが、その出自の経緯を継承するように、欧米諸国と比較しても公的支援や国家的な保護は薄く、演劇市場も未成熟であり業界として成立した歴史も浅いと言われる。90年代からの公的助成金の増加に伴い、「劇団」の資金調達経路は大きく変化しつつある。同時に、組織の運営手法ばかりでなく活動内容や作品そのもの、組織としてのミッションの捉えなおしが行われつつあると考えられる。

このような現象に注目しての今年度の調査・研究を経て、問題意識の練り直し、仮説の再構築を行った結果、「劇団」という組織内で行われるマネジメント手法ではなく、「劇団」を取り巻くさまざまな外郭団体や観客層とのネットワークの中で、分散されて行われる芸術製作(プロデュース)やマネジメントの手法事例に、上記のようなNPOとしての「劇団」運営の将来的展望を見出すに至った。したがって、「劇団」に限らず、日本の芸術文化に携わる組織が、それを基点にしたネットワークのなかでリスクを分散し、継続的な活動を可能にするとともに、観客への安定した作品提供と芸術教育や若手育成といった非商業目的の活動などから、社会において公益性あるいは一定の社会的意義を獲得していく理論的手法を提案する、という課題を設定しなおした。

現代演劇界に散在する多様な組織にとって、一様なマネジメント手法が通用することはないと考えられるうえ、今年度のフィールドワークを経て、芸術文化の担い手・提供側にとって目下の問題はむしろ、そのような理論的根拠が日本の現況では見出せていないことにあると考えたためである。

 

3.今年度の成果

概要を述べると、以下の3つに大別される。

●自分の所属する劇団http://www.pepin.jpの運営活動に携わりながら、また自らが「劇団」組織内部の人間として劇場、財団、NPO法人を含む支援団体との共同事業を行い、そのインタラクションの中で行われるマネジメントについて参与観察を行った。
―横浜STスポット提携公演(6月)
―横浜STスポット主催演劇フェスティバル特別企画公演(11月)
―非営利特定法人アートネットワークジャパン主催・東京国際芸術祭・リージョナルシアターシリーズ参加公演(2月)
●問題意識の練り直しと仮説の再構築に伴って、「劇団」へのヒアリングよりも、「劇団」組織の外部から「劇団」に携わる組織・人々、あるいはそうしたネットワークの構築を試みている人々(製作者の情報交換サイトの運営、エンタテイメントのコンテンツファンド企画運営)への調査やインフォーマルなヒアリングを行い、「劇団」を取り巻くネットワークの意義や展望を考察した。
● 文献調査から、研究のフレームの再設定を試みた

中世・近世芸能史とネットワーク
この結果、「劇団」という組織形態そのものや内部的なシステムに注目することよりも、「劇団」を取り巻くネットワークの様相を観察することの重要性を見出した。また、本研究は演劇界に限らず日本の芸術文化団体のマネジメントに貢献することを長期的な目標としているが、そのなかでも事例や研究対象として演劇界を選択する積極的な根拠として、演劇を「実演芸能」と捉えなおす視点を盛り込むこととした。このことにより、実際的に応用可能な事例としてではないが、ネットワークの様相のメタファーとして日本の中世〜近世の芸能史を参照することが可能になった。中世〜近世の芸能史は、ネットワーク型の移住生活と中央権力のパトロネージュによって職能として成立していた実演芸能が、一般的な大衆観客層の享受するものへと変化していくと同時に地域に根付いた劇場と興行主を基点に興行が行われるようになったことから、あるいは本研究が提案すべきマネジメント手法を鮮明にするメタファーとして有効であると考えられた。

「興行」制度
また、現代演劇界の問題点を抽出するにあたって、組織内部のマネジメント手法ではなく、「興行」という制度内のマネジメント手法として捉えなおすこととした。これは、守屋毅氏『近世興行史』と演劇を実演芸能と捉えなおしたことを踏まえた結果であるが、実演活動を社会環境のなかで観察していくために必要であると考えられる。「興行」は、守屋氏によれば芸術文化支援の担い手/芸術文化の享受者が、特定の権力者・富裕層から大衆へと受け渡されていく過程で必要とされた制度である。これは、アート・マネジメント研究の嚆矢とされるボウモル&ボウエン『舞台芸術 芸術と経済のジレンマ』のなかで、公的支援の理論的根拠を、国家に付与する威信や教育的貢献などを含め「共同体全体に普遍的な便益を提供している」こととしている一方で、舞台芸術(実演芸能のなかに含まれる)が私有財と公共財との混合財として分析されていることを踏まえ、このような公共財としての性格―不特定多数の人々に便益を提供する、公益性―が認知されづらい、あるいは現在あまり認知されていないであろう日本の現代演劇界において、いったい公益性とは何を指すのか、公益性をどのように獲得するか、むしろ、公益性を持ったミッションをどのように表現していくか、という問題には、通常の実演芸能の活動がほとんどその形態をとっている「興行」というシステムは重要な論点であるといえよう。このような側面から実演芸能活動を考察することで、営利/非営利組織のミッションやマネジメント手法の相違を考察することが可能になるであろう。

公益性
上記の論点に通ずるが、劇団、劇場、外郭団体の人々へのヒアリングやレクチャー聴講を経て、彼ら”実演芸能活動を主体的に行う立場”の人々が多く抱えている問題として、「なぜ舞台芸術が社会にとって必要なのか」「その活動の社会的意義は何か」という根本的な疑問に対して理論的な根拠や説明を行うことができない、ということを見出すに至った。これは、前述のボウモル&ボウエンの言うような公共財としての普遍的価値が日本において低く考えられている(国家予算の配分においても、その結果は見ることができるであろう)ことも原因であるとも推測されるが、このような普遍価値の認知は調査測定は本研究では不可能であるし、むしろこのような問題意識が現場の人々の間に芽生えたのは、公的支援の増加・充実が図られている昨今において、このような説明責任―アカウンタビリティを果たすことが必要不可欠になってきたためと考えられるであろう。それはまた、実演芸能に同時に関わるアクター(ステークホルダー)の種類が増え、そのような複数のアクターが協働して芸術文化の製作・マネジメントを行うようになってきたことから、外部への説明責任としても、内部のコンセンサスとしても、ますます必要とされるようになった結果であるとも考えられる。

 

4.今後の展望と本研究の意義

今年度は、上記のような問題意識の練り直し・仮説の再構築に基づいて、中世〜近世の興行史の文献調査を継続し、またアート・マネジメントの分野で分析されてきた芸術支援の理論的根拠を参照していく。
実地調査としては現行の興行制度とそこで行われているマーケティングについてのフィールドワークを必要とするが、非営利活動かつ社会的貢献を視野に入れたミッションを設定している組織とともに、商業目的の実演芸能組織(今年度ヒアリングを行った劇団四季を予定)におけるマーケティング手法の考察も加えることを目指す。

従来のアート・マネジメントは人文科学に属し、実践的なマーケティングの理論からは切り離されているという批判がある。本研究もまた、フィールドワークを伴うものの、理論的な提案を最終目標としているが、あくまでそれは現場にとって”いま、すぐ必要な理論”であると考えられる。本年度のフィールドワークを経て、いま現場にいる芸術文化の担い手たち・それを享受する潜在的な観客層にとって、一部の人々にとっての娯楽(私有財)としてではなく、公共財としての普遍的価値やミッションを、欧米におけるケーススタディからのみ導き出したものではなく、現在の日本の状況において位置づける”言葉”あるいは表現方法の必要性を強く感じた。それは、現在非営利法人として活動している実演芸能組織にとっても、近年ますます増加している非営利法人化を目指す芸術文化組織にとっても、望まれる法制度の整備などに先立って、必須となる理論であると考える。よって、具体的なマネジメント手法よりも、公益性を表現するためにどのような活動を行っているのか、という点に注目し調査を行っていく予定である。

 

以上

■本報告書の主な参考文献

・ウィリアム・J・ボウモル&ウィリアム・G・ボウエン、池上惇、渡辺守章監訳『舞台芸術 芸術と経済のジレンマ』芸団協出版部、1994
・守屋毅『近世芸能史の研究』弘文堂、1985
・佐藤郁也『現代演劇のフィールドワーク』東京大学出版会、1999
・社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)『芸能活動と組織 芸術団体実態調査報告書 2000年度』2001
・同上『芸術文化にかかわる法制<資料集>芸術文化基本法の制定に向けて』2001
・和田充夫『関係性マーケティングと演劇消費―熱烈ファンの創造と維持の構図』ダイヤモンド社、1999