2003年度 森基金採択プロジェクト

生態系システム論に基づく国際農産物貿易のモデル構築」

 

 

             慶應義塾大学 政策・メディア研究科 

修士課程2年 本多美香子

 

 

 

 

 

 

 

 

概要

 まず、この研究が第一に答えようとする問題は、われわれの食生活と密接に連関している、環境問題と貧困の深刻化である。残留農薬、感染症などによる食物への信頼低下、先進国の過食と途上国の飢餓の対照図、砂漠化への経路を辿る放棄された耕作地、といった問題は、農産物貿易のグローバル化とともに進行の度合いを強めている。

 1章において、対象とする問題の絞込みと、分析の手法をあきらかにする。分析対象となるのは、国際アグロフードシステム、環境保全型農業システム、内発的農業システムである。農業システムが内包する生態系システムとしての性格が、どのように三つのシステムに影響しているのかを知るため、生態系における三つの法則を分析手法として導入した。すなわち、生態系階層型モデル、遷移の法則、資源の減少に伴う管理費用の増大である。

 2,3章においてアグロフードシステムと環境保全型農業システムの分析を行った結果、この二つのシステムが、遷移の法則における「管理と安定のジレンマ」を表象していることがあきらかになった。ここで、われわれが直面するより大きな問題、「不安のグローバル化」におけるテロ対策、人口制御、健康ブームなどの「管理の言説」の流布について、生態学の観点から一定の示唆がみちびかれた。

 このジレンマを解消するための方策の提案として、4章において、内発的農業システムの提唱を行う。内発的農業システムとは、アグロフードシステムや環境保全型農業システムを包括した生態系階層型モデルのなかで、相互作用の多様化による安定性の強化を目的としたモデルである。最後に、その事例となる調査について触れる。

 

1.問題の所在

 現在、われわれの多くは、誰によって、どのような経由を辿ったかわからない食品によって養われている。そのために、どのような問題が起きているのだろうか。以下に、代表的な問題を簡略に例示してみた。

 

環境問題

地盤沈下・塩害・砂漠化・生物多様性の低下・遺伝子組み替え技術

貧困問題

伝統的農業システムの崩壊・飢餓と飽食

食の安全性

感染症の拡大・農薬汚染

 

 これらの問題を引き起こしている要因のひとつが、農産物貿易のグローバル化、すなわちアグロフードシステムと呼ばれるものの形成である。アグロフードシステムとこれらの問題がいかに連関し、起因しているか、その代替策の提案を含めて分析を行う。

 

1−2.対象

 分析の対象となるのは、@欧米型アグリビジネス多国籍企業の国際展開を軸とするアグロフードシステム、Aその代替策として研究が進んでいる環境保全型農業システム、Bこの研究で新たに定義され、提示される内発的農業システム、である。

 

1−3.手法

 農業システムとは、人為的に管理された生態系システムである(注1)。アグロフードシステム、また環境保全型農業システムの展開において、その根幹である農業システムの生態系としての特質は、システム全体にどのような影響を及ぼしているのであろうか。また、その特質から、問題解決に至るどのような代替策が導き出せるであろうか。

 以下に、分析に使用する生態系システムの三つの特質を抽出する。

 

1).生態系階層型モデル

 生態系システムは、システム外からのエネルギーの取り込みと、システム外への不必要となったエネルギーの排出を行うことによって保たれている。ひとつの生態系システムをサブシステムとすると、より大規模なエネルギー流を持つ大システムへの依存が必要である。これを、便宜上生態系階層型モデルと命名する。

 

2).生態系システムの遷移の法則

生態系システムは、時間の経緯とともに変化し、不安定な初期相から安定した極相へといたる(遷移)。初期相に参入するのは、生産性の高い活発な小数の主体であり、不安定な環境のなかで増減を繰り返しながら、互いの相互作用によって、生き残りの確率を増やしていく。相互作用の複雑性が増し、生物多様性がシステムにおける最大数まで達すると、システムの生産性は低下し、そのかわりに安定性が増す。よって、生態系システムにおける生産性と安定性はトレードオフの関係にある。

 

3).資源の減少に伴う管理費用の増大

 生態系システムにおける資源が減少すると、エネルギーの再生利用のために、何らかの管理システムが必要となる。通常生態系システムにおいては、資源の増減に合わせた生体数の増減システム(サイバネティック・システム)が存在するが、人類社会という生態系システムは、サイバネティック・システムによる制限を、技術進歩や管理システムの開発によって緩和してきたという点に特徴を持つ。

 だが、管理システムには大規模なコストが必要である。生態系システム内部における再生利用系(循環系)が増加するほど、コストは増す(注2)。

 

2.アグロフードシステム

2−1.多国籍企業とアグロフードシステムの成立

 第二次世界大戦終結後、保存や生鮮性の問題から、従来長期の輸送になじまないとされてきた農産物貿易が急速な拡大をはじめた。それは大量生産を可能にする近代農法の発展、鉄道や船舶、冷蔵法といった輸送システムの開発、穀物余剰を背景にしたアメリカ輸出戦略の展開(注3)などを背景にしている。こうした実情を受けて、欧米の識者たちのあいだで、「国際フードシステム」もしくは「フードチェーン」(注4)と呼ばれる考え方が定着した。

図1: フードシステムの流れ  (Bowler ;1992)を参照して作成

 

 フードシステムとは、農業生産から食糧消費までの垂直的な流れを、ひとつのシステムとして理解したものである。

 フードシステムがグローバル化していく過程には、世界各地に海外直接投資による子会社を設置し、事業機会をとらえ、輸送網を整備し、農産物市場の形成に大きな役割を果たした多国籍企業(Multinational enterprise)の存在がある(注5)。1950年代から発展を開始し、現在では経営多角化を通じて、農業資材の開発と販売(種子、農薬、化学肥料、農業機械など)、農業生産、生産物加工、流通などを行う多国籍企業のことを、フードシステムを内部化した組織として、「アグロフードシステム」と呼称する。

 アグロフードシステムは、近代農業発祥の地であるアメリカ合衆国を中心として発展した。第二次世界大戦後、穀物余剰を所有していたアメリカ合衆国の輸出戦略が、アグリビジネス多国籍企業の国際的展開を促した結果、現在のような発展を遂げたものである。

図2 :アグロフードシステム

 

2−2.システム構造

 生態系階層型モデルからみたアグロフードシステムは、大システムとして、市場システム、社会システム、自然環境システムの三つのシステムの中に位置している。

図3: 生態系階層モデルから見たアグロフードシステム

2−3.遷移の法則からみたアグロフードシステム

@近代農業システム

 アグロフードシステムは、広大な耕作地における、大量の化学肥料と農薬の投入を前提とする近代農業法を前提としている(注6)。アグロフードシステムに組み込まれることによって、国際的な伝統農業システムから近代農業への統合が進められている。

 近代農業システムは、農業の持つ最大の課題とジレンマ、高い生産性と安定性という拮抗する命題を、化学肥料と農薬の大量投下によって克服した、人為的に管理された耕作生態系である。外部から流入するエネルギー流を効率よく利用するために、単一の作物を栽培し、生物個体数は抑えられる。そのために増加する不安定性を、除草剤や殺虫剤の投入によって防ぐ(注7)。

図4: 近代農業システムの流れ (瀬戸:2002)を参考して作成

 

Aアグロフードシステム

 アグロフードシステムは、不安定な大システムに支えられたサブシステムである。第一に、気象条件の変動によって、農産物生産は大きな変動を受ける。それに加え、輸送技術の発展をもってしても、農産物の管理・輸送はリスクをともない、季節性によって大きく変化する(自然環境システムの不安定性)。第二に、農産物供給の不安定性の影響から、農産物市場は投機性が高く、企業間の競争が激しい。さらに、あえて言及すると、経済メカニズムは生態系システムと同じく、生産性と安定性はトレードオフの関係にあるため、根本的に不安定性を内包している(市場システムの不安定性)。第三に、農産物貿易は国の輸出入政策によって保護を受ける割合を大きく、政策変更リスクを負っている。食糧の安全基準の変更や、食の嗜好の変化の影響も大きくかかわってくるであろう(社会システムの不安定性)。

 これらの不安定性を背景にして、アグリビジネス多国籍企業は、遺伝子組み替え作物(GMO)の開発による生産性向上や、M&Aを通じた寡占化や事業多角化(注8)、国へのロビー運動、安全基準の引き下げ(注9)や、均質な食生活の宣伝活動などによる安定性の向上(取引費用の減少)を図るのである。

 

表2: アグロフードシステムの不安定性とその対応例

自然環境システム

・農業システムの内包的不安定性

     気象条件

     管理、輸送リスク

     遺伝子組み替え作物(GMO

     F1(ハイブリッド品種)

     気象観測システム

市場システム

     投機性

 

     寡占化

     事業多角化(アグロフードシステムの形成)

社会システム

     政策変更リスク

     食糧安全基準リスク

     食嗜好の変化

     ロビー活動の展開

     安全基準の引き下げ

     均質な食生活の宣伝

 

2−4.管理システムへの移行

 アグロフードシステムは、高生産性の維持のために、不安定性をはらんだシステムであり、その管理コストは非常に高い。さらに、以下のような副作用が存在する。

     環境問題

各国における環境保全・回復のための財政負担の増大。

     貧困問題

伝統的な農業システムの崩壊と、商品作物の単作化により、多くの途上国が食糧の輸入国に転落している。アグロフードシステムに組み込まれた一部の新興富裕層と、周辺化した貧困層の亀裂が広がっている。商品作物の価格低下による、さらなる増産の試みが、さらに価格低下を招くという貧困の悪循環を招いている。

     食の安全性

近代農業に起因する食糧汚染と、安全基準の引き下げが連関した結果、各地で食品に対する信頼性の崩壊が起きている。そのため、輸入停止リスクがあらたに生じている。

 

 こうした問題を考慮しても、今後のアグロフードシステムはますます管理型に移行する可能性がある。すでに世界穀物流通量のほとんどを占めていた穀物メジャーの五強体制(カーギル社、コンチネンタル社、ドレフュス社、ブンゲ社、ガーナック社)が崩れ、二強体制(カーギル社、ADM社)に移りつつある。多国籍企業の寡占化はますます進むであろうし、これを支える先進国の補助金体制に、大きな変動はない(注10)。食生活の均質化、伝統的農業の崩壊はこれからも進行するであろう。

 

3.環境保全型農業システム

3−1.背景

 環境保全型農業システムは、上述のアグロフードシステムの生み出した負の側面、特に環境問題に対応するために、特に日本において研究開発されているものである(注11)。環境保全型農業システムの特徴は、以下に集約される。

 

1. 低負荷農業技術の開発……低負荷農薬、防除手段(天敵、拮抗性品種、遺伝子改変作物など)の開発

2. 環境保全型生産技術の開発・普及……GPSGIS、土壌診断システム、各種農業シミュレーションの開発。その管理のための人的教育。普及活動。

3. 未利用有機物資源のリサイクル利用……堆肥利用など

 

 このような研究と実践が行われるのは、日本における農産物貿易の拡大に伴う、以下のような問題が起因している。

 

     輸入食糧の増加に伴う国土の養分富化……食料中に含まれる窒素が、食糧大量輸入によって河川や国土の過剰栄養化をもたらし、水質汚染や耕作不可などを引き起こしている。

     家畜排泄物の過剰……家畜排泄物は耕作における堆肥として利用するため、耕作系のなかに組み込まれるのが普通である。しかし日本においては、家畜数の増加、耕作農家と家畜農家の分離、上下水道の整備における排泄物利用の不備、などが急速に進行したため、家畜排泄物の再生利用がなされなかった。また、上記の問題と関連するが、飼料穀物の大部分が輸入されたものである。

     連作障害

     農村生態系の破壊

     国土保全機能の低下……水田農業は、二酸化炭素の浄化作用や貯水作用などの保全機能を持つが、近年水田の放棄によって低下している。

 

3−2.生態系階層モデルからみる環境保全型農業システム

 環境保全型農業システムは、生態システム工学の発想を軸にして、@環境的に持続可能であること、A社会的に受け入れられること、B経済的に充足できること、の三つを追及したシステムである。その結果、GPSGMOを利用した自然環境の管理・計測、社会的便益の数量化、人的資源の管理・教育、収益率や資産管理、国・地域レベルの政策指導といった要素を含んでいる。

図5 :生態系階層モデルからみた環境保全型農業システム

 

3−3.遷移の法則からみた環境保全型農業システム

 環境保全型農業システムは、輪作や生物多様性の増大によって、農業システムの安定を目指す。そのため、システムの安定と生産性が、最大化する遷移の地点を求める必要がある。

 

3−4.管理コスト

 常に変動する生態系システムを、もっとも最適の地点に維持しようとする環境保全型農業システムの試みは、多大な管理コストを必要とする。

 こうした管理型農業システムの極端な例として、アメリカ合衆国・西ヨーロッパにおいて導入が試みられている精密農業(Precision Farming)の事例がある。

 精密農業は、GPS、収量計測技術、可変施用技術、土壌分析、GIS、リモートセンシングなどの先進技術を利用した自動農業システムである。各地点における土壌・気性・土質などの情報が管理・予測システムに送られ、意思決定支援システムによる作業計画の立案に基づいて、農業機械が設定された量の資材を自動的に施用する。

 

3−5.新たな問題意識の発生―「管理⇔安全」を巡るジレンマ

 以上の議論を踏まえ、このような管理型農業システムには、生態系に見られる最も基本的な案件が欠けているのではないだろうか。管理型農業システムにおける生物は、持続的利用、最大効率、システム最適化のために管理され、常に一定の数値を保つよう緊張を迫られている。これらのシステムにおける人間とは、システム管理者としてシステムから除外されると同時に、システムによって管理される対象でもある。これを敷衍したかたちが、数値目標によって人口統制を迫られる途上国であろう。

 不安定な環境のなかで人口を増加させ、高い生産性を維持するため、人類はさまざまな管理システムを発展させてきた。それが近年になって、「管理⇔安全のジレンマ」として認識されるようになったのは、テロ防止対策や、国境を越えたBSEなどの食品不安などの、「不安の日常化」が存在しているからである。いまやわれわれは、健康ブームに見られるように、自分の身体すら管理の対象とみなす傾向にある。それは生態系の一員である生物の状態としては、必ずしも健全とはいえない。

ともあれ、サイバネティック・システムによる個数制限の枠を超えて生きるために、管理技術を発展させたことは、われわれの人類たる所以である。管理システムを利用しつつ、生態系の一員としての性質を活ききるためには、どのような方策が考えられるであろうか。

 

4.内発的農業システムの提唱

 この章では、これまで提唱してきた問題解決のための、内発的農業システムの提唱と事例紹介を行う。

4−1.生態系システムの特徴

 まず、上述したアグロフードシステムと環境保全型農業システムに、内発的農業システムを合わせた、三つのシステムを比較すると同時に、生態系システムの持つ基本的な性質を確認したい。

表3: 三種のシステム比較

 

アグロフードシステム

環境保全型農業管理システム

内発的農業システム

目的

大量安価生産

最適化

相互作用の進展

人間の位置づけ

生産者の部品化

四角形吹き出し: 気象予測・土壌管理・遺伝子組み換え技術など情報からの疎外(企業情報の優位性)

システム管理者・管理の対象

サブシステム主体

技術

 

大量生産技術

 

低負荷技術

 

 

手法

自由貿易

 

環境予測

システム工学

サブシステムを基点に、アグロフードシステムと環境保全型農業システムを取り込んだネットワークの形成

 

 生態系システムにおける生物の目的は、限られた環境のなかで発展する相互作用の網のなかで、自己の生存に必要な関係性を築くことである。

 生態学を巡る言説のなかで、多くの者が、生物の目的とはその環境における最適化であり、進化であると考えてきた。しかし、本来、生態系システムは、最適化を目的とはしない。でなければ、自然界になぜ大量の「ムダ」が存在するのかが説明できない。ムダがないシステムを構築するのは人間だけであり、そのため人為設計型システムは常に緊張をはらんで不安定である。

 人類の生存のためには、今後も管理システムは必要となるだろう。だが、その不安定性を補うため、また相互作用の複雑化を目的とする生物としての性質を生かすため、管理システムを内包したシステム概念を創造しなければならない。それは、生産→消費→排泄を行うサブシステムとしての人間システムを中心に据えた、内発的農業システムである。

 

4−2.内発性の定義

 ここで用いた「内発的」という言葉の定義と同時に、その見直しを行う。

 内発的という言葉は、1975年にハマーショルド財団によって提唱された「内発的発展」という概念によって広まった。ここでいう定義された「内発的発展」とは、

1.衣食住などの、人が生きるための基本的要求を充足

2.地域共同体の共同

3.地域環境との調和

4.社会内部の構造的改革

などの要素を含むとされた。よって内発的発展とは地域性と外来の技術・知識の結びつきから発生する、多系的な発展方式である。

だが、この論文で示唆する「内発的」という言葉の意味は、「生態系の法則に沿った」という内容とほぼ同義語である。生態系は設計されるものではなく、常に内発的であり、地域に依存した多系的なものであるからである。

 

4−3.内発的農業システム

 

 内発的農業システムは、人間の生活をサブシステムとし、相互作用の進展を目的とした生態系システムである。高い生産性を目標としないため、「生産性⇔安定性」のトレードオフ関係に陥ることはない。

 

4−4.内発的農業システムのもたらす影響

 内発的農業システムのもとで、アグロフードシステムや環境保全農業システムの持つ技術特性をどのようにいかすことができるだろうか。

 たとえば、内発的農業システムのもとで、社会的相互作用によるネットワークが形成されることで、アグロフードシステムの情報・技術に対し公開請求をすることや、安全基準の独自作成を行っていくことができる。輸入された食品履歴を発信するように要求することで、アグロフードシステムの持つグローバルな展開力を生かして、消費者と生産者をつなぐ国際的なネットワークを形成していくことが可能になるだろう。

 

4−5.事例

 以上の議論を踏まえて、実際に参加した活動を事例提示する。

1.「自然農業研究会 稲作体験」(20035月〜11月)

有機栽培における稲作の苗起しから田植え、収穫までの一連の作業を、レクリエーションとして体験し、有機栽培に対する理解と技術共有を図るもの。

2.「遺子組み替え食品いらない! キャンペーン」(2003年夏)

有機野菜の宅配会社、環境保護団体、地域住民などが展開した署名運動と、GMO研究機関の強制作付けに対する抗議運動のうち、署名運動に参加。

   

4−6.内発的農業システムにおけるアグロフードシステム変更の可能性

 日本各地に存在する、地域密着型のフードマーケット、有機食品の宅配などでは、市場・社会・環境の三つの基準から、独自の価格や安全基準を策定している。さらに、現在一般の食品マーケットでも進められているのが、食品履歴の掲載、特に生産者の名前表示である。このような基準提示が、アグロフードシステムにおける価値基準の変更を促す可能性がある。

 

5.結論と展望

 人間の生存と、歪みのない成長を図るためには、管理・設計システムと、生態系・相互依存システムの共存が不可欠である。こうした認識のもと、今後も事例の収集と理論の洗練を進めていきたい。

 

■注釈

(注1)       生態系とは、ある地域に生活する生物群集とその環境が、相互関連しつつ共生する物質系システムを指す(遠藤、1999

(注2)        栗原康は、「有限の生態学(1994)」のなかで、管理システムについて以下のように語っている。「(宇宙基地システムは)すべての生物と「一緒に生きる」ことが人間の生につながるという考えのもとに設計された。しかし、……全ての生物は全体に寄与する「部品」と化し……“人口”は統制され、食品の選択も摂取量も制限され、……他のために生きることこそ自分のためであると言う「倫理」によって正当化され、他律的に毎日毎日規制されながら単調な日々を送らなければならない。……何か生物共同体のもつ基本的な特性が欠損しているのではないか。」

(注3)        アメリカ合衆国の穀物輸出政策は戦後一貫して続けられてきたが、EUが食糧自給政策の成功によって穀物輸出国に転じてからは、アメリカ合衆国対EUの補助金つき輸出競争となり、1993年のガット・ウルグアイ・ラウンド妥結まで紛糾の種となった。むろん、そのあおりを受けて食糧自給率を27%まで低下させたのは、日本である。

(注4)        豊田、2001

(注5)        多国籍企業とは、海外直接投資によって、ホスト国における企業の経営を支配し、複数の国に事務所・加工場・農場などの施設を所有し、世界市場に大きな影響を与える寡占企業体である(Hymer,1960             

(注6)        世界で行われている農業のうち、近代農業と呼べるものは約40%、地域性と自己充足性を特徴とする伝統的農業で行われているものは60%(オダム、2001)。

(注7)        だが、必ずしも伝統的農業システムに比べ、近代農業の生産性が高いわけではない。例えば、ニューギニアの伝統的農業システムのエネルギー投入:産出比が1:16なのに比べ、近代農法のそれは1:1、もしくは投入量を産出量が下回る場合すらある(Rappaport,1971)。

(注8)        アメリカの穀物輸出型多国籍企業であり、世界52カ国に800以上の子会社を所有し、経営多角化を行っているカーギル社は、経営の多角化を進めた結果、穀物以外にも、飼料・肥料・農薬・種子・製塩・運輸・鉄鋼・研究開発・保険・水産物・製粉・油性種子・卵・ブロイラー・七面鳥・牛肉・豚肉・生分解質プラスチック・オレンジ果汁など、フードシステムの下流から上流に至るまでを支配している。

(注9)        例えば、コーデックス委員会(国際食品規格委員会)において、大幅な国際安全規格の引き下げが行われているが、1991年の委員会総会の各国代表は、スイス代表のうち半数がネスレから、アメリカ合衆国代表27名のうち17名がカーギルをはじめとする企業代表であったという(豊田、2001)。また、日本および途上国は議長国になれず、食品輸出国に限定されている。

(注10) ガット・ウルグアイ・ラウンドにおいて、各国は農産物の価格支持政策をはじめとする補助金の削減に合意したが、アメリカ合衆国はさまざまなセーフティネットの使用(無制限在庫受け入れ、実質輸出補助金、ローンレート引き上げなど)によって、実態上これまでの政策を維持している(鈴木、2003)。

(注11) アメリカ合衆国においては、環境保全のための低投入農業、EU諸国においては低集約農業の実践が行われている。これは近代農業の欠点を克服するためには生産性の低下→安定性の確保という解決策を採るしかないとの観点に立ち、その減収分は政府の補助金で補うというもので、費用コストは非常に高い。

 

     参考文献

1)栗原康、1994、「有限の生態学」 岩波書店

2)E.P.オダム、三島次郎訳、2001、「基礎生態学」 培風館

3)遠藤織太郎編著 1999、「持続的農業システム管理論」 農林統計協会

4)豊田隆、2001、「アグリビジネスの国際開発―農産物貿易と多国籍企業」 農山漁村文化協会

5)嘉田由紀子、2003、「環境社会学」 岩波書店

6)時子山ひろみ、荏開津典生、2003、「世界の食糧問題とフードシステム」 放送大学教材

7)アレッサンドロ・ボナンノ他著 上野重義・杉山道雄共訳、1999、「農業と食料のグローバル化―コロンブスからコナグラへ」 筑摩書房

8)茅野信行、2002、「アメリカの穀物輸出と穀物メジャーの成長」 中央大学出版会

9)クライブ・ポンティング著 石弘之・京都大学環境史研究会訳、1997、「緑の世界史」 朝日新聞社

10)井野隆一・重富健一・暉峻衆三・宮村光重編著、1995、「現代資本主義と食糧・農業」 大月書店

11)瀬戸昌之、1992、「生態系」 有斐閣ブックス

12)竹内和彦、1991、「地域の生態学」 朝倉書店

13)鈴木宣弘、2003、「WTOとアメリカ農業」 筑摩書房

14)鶴見和子、1996、「内発的発展論の展開」 筑摩書房

15)全国農業協同組合連合会、中央会編、2000、「環境保全型農業と自治体」 家の光協会

16)ウルリッヒ・ベック、島村賢一訳、2003、「世界リスク社会論」 平凡社

17)木村康二、2000、「アメリカ土壌浸食問題の諸相−農業環境問題の社会経済学分析」 農林統計協会

18L.スクレアー著、野沢慎司訳、1995、「グローバル・システムの社会学」 玉川大学出版部

19P.S.ルーミス.D.J.コナー著 堀江武・高見晋一監訳、1995、「食糧生産の生態学―環境問題の克服と持続的農業に向けて― T.農業システムと作物 V.食料生産と資源管理」 農林統計協会

20)農林水産省・国土庁・環境庁・日本学術会議関係研究連絡委員会監修、1998、「農業・農村と環境」 養賢堂

21)藤本文弘、1999、「生物多様性と農業」 農文協

22)農林水産省農業環境技術研究所編、1990、「環境インパクトと農林生態系」 養賢堂

23)山崎清・竹田志郎編、2001、「テキストブック 国際経営〔新版〕」 有斐閣ブックス

24)久野秀二、2002、「アグリビジネスと遺伝子組み替え作物―政治経済学アプローチ」 日本経済評論社

25)磯田宏、2001、「アメリカのアグロフードビジネス」 日本経済評論社

26)服部信司、1997、「大転換するアメリカ農業政策」 農林統計協会

27)日本農業市場学会編、1996、「農産物貿易とアグリビジネス」 筑摩書房

28)吉田十一、2000、「農産物の国際市場」 筑摩書房

29)逸見謙三監修、昭和62、「アメリカの農業」 筑摩書房

30)ブルースター・ニーン著 中野一新監訳、1997、「カーギル―アグリビジネスの世界戦略」 大月書店