森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成金 研究報告書
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士2年
清水隆俊(学籍番号:80231943 )
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研究テーマ:ワン・コンテンツ・マルチ・ユース時代における映画著作権法の課題研究
―著作者の財産権保護についての提言―
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本研究の目的
・ 映画著作物に関する著作権法第29条は、著作者と著作権者を分離することを明文化しており、それは「映画作品の流通の円滑化」を図るという要請が基となり、立法化されたと考えられる。
・ 一方で、実際に映画を創作した「著作者の権利」をいかに保護するかという事も考えなければならない重要な課題である。
・ 以上のことから、本研究は、「映画著作者の財産権の保護」と「映画作品の利用の円滑化」という2つの要請を調整するための解決策を提言するものである。
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本研究の社会的意義
・ 現在、新たなメディアの登場やテレビ等の多チャンネル化により、映画・映像コンテンツの不足が指摘されている。それを補うため、劇場用映画作品の利用に注目が集まっているが、一部を除き、良質、且つ商品性の高い作品が、数多く産み出されているとは言い難い。そこでいかに良質で商品性の高い映画作品を生み出すか、その方策の1つは、映画著作者の財産権を保障し、創作へのインセンティブを高めることである。本研究は、映画作品の円滑な利用に留意しつつ、著作者の財産権の保障を図り、その事によって、わが国の映画・映像コンテンツの発展に寄与するものである。
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本研究のアプローチ(研究活動)
・ 本研究を行うにあたり、以下の研究活動を行った。
1、映画産業の収益モデルの調査・研究
2、映画作品の二次使用などに関する収益の統計調査
3、先行研究、関連文献、判例などの講読・研究
4、日本映画監督協会、日本映画製作者連盟へのヒアリング
5、映画監督の山田洋次監督、恩地日出夫監督、龍村仁監督へのヒアリング
6、日本映画監督協会と日本映画製作者連盟の資料の検討
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問題の背景
・ 現在の著作権法は、昭和45年に制定されたものであるが、当時と比べ、わが国の映画産業は大きく変化している。それは主に3つ挙げられる。
@ 1本の映画作品が、ビデオ、DVD、テレビ放映等に利用され(二次使用)、それが近年、益々、増加し、また映画関連のキャラクター商品の収益も増加している。(ワン・コンテンツ・マルチ・ユースの時代が訪れている。)
A 映画製作会社は、製作部門を切り離し、アウト・ソーシングしている。(嘗て、映画製作会社は、監督、撮影、美術等の著作者を社員、或いは専属契約で雇用していたが、このような撮影所システムは既に崩壊している。)
B 製作委員会による映画製作システムが確立している。(現在の映画製作は資金難から映画製作会社1社による製作ではなく、数社が出資し、製作委員会(任意組合)を作り、映画製作を行うケースが増えている。)
● このようは背景の中で、特に重要な点は、@の映画作品の二次使用が増加している点である。
● 1987年に劇場興行からの収益が41%、ビデオ、DVD等の収益が51%だったのに対し、2002年には、劇場興行の収益は、僅か24%であり、ビデオ、DVD収益は、64%にまで昇っている。つまり、現在の映画産業の収益は、劇場興行からのものではなく、二次使用であるビデオ、DVD等の二次使用が中心になっているのである。
● 劇場用映画のテレビ放映回数は急激に増加している。これは、テレビの多チャンネル化に伴い、コンテンツが不足し、それを映画作品が補っていると考えることが出来る。
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問題意識
・ このように増加している劇場用映画の二次使用であるビデオ、DVD、テレビ放映は、
著作権法上、「映画著作物」であり、因って著作権法第29条が適用され、著作権(財産権)は映画製作者(実質、法人)に帰属し、著作者に財産権は保障されない。
著作権法第29条
「映画の著作物の著作権は、その著作者が映画製作者に対し、当該映画の著作物に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する」
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問題の所在―著作権法第29条の現代的課題
1、映画の二次使用(ビデオ、DVD、テレビ放映等)が増えていることは先に示したが、その際、映画製作者と原著作者である原作、脚本、音楽家(クラシカル・オーサー)には許諾が必要になり、財産権も保障されるが、監督等の映画著作者(モダン・アーサー)には、許諾の必要がなく、また財産権も保障されないという問題がある。
2、また、アニメ映画から派生する物の商品化(キャラクター商品等)に際し、キャラクターはそれ自体、著作物ではなく、あくまで映画著作物の範疇に入るため、そのキャ
ラクター等を創作した著作者には、同じく財産権は保障されていない。
● 以上のことから、映画を実際に創作した著作者(監督等)の財産権は、極めて脆弱なものになっていると考えられる。このような現状は、新たなメディアの誕生や多チャンネル化と共に増加する映画の二次使用、及び商品化等から得られる利益とその公平な分配という観点から、極めて重要な課題であると思われる。
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著作権法第29条をめぐる議論
このように映画著作者に財産権が保障されていないという問題に対して(或いは著作権法第29条1項の問題に対して)幾つかの意見・主張が述べられている。
@ 日本映画監督協会の主張
「著作権法は、著作物を思想又は感情を表現したものと定義し、著作者を「著作物を創作する者をいう」と定義している。つまり巨額の製作費も、企業活動として作品を製作し、公表するということも著作権者の条件にはならない。因って著作権は著作者に帰属するべきである。
A 半田正夫青山学院大学教授の主張
「著作権の原始的帰属主体はー沿革的にも、理論的にもー著作物を実際に創作した著作者とみることが正当である。映画著作権だけを例外として製作者(法人)に帰属させているのは、著作権法全体として一貫性を欠き、不可解と言わざるを得ない。」
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日本映画監督協会と半田正夫教授の主張の問題点
・ 日本映画監督協会と半田正夫教授の主張の共通点は、映画著作物も、他の著作物を同じく 自然人である著作者に著作権(財産権)を帰属するべきであるということであるが、著作権法第16条によれば、映画の著作者は、「制作、監督、演出、撮影、美術等を担当した者」とされ、複数の著作者が存在する。よって彼らに著作権が帰属されれば、権利処理等が複雑になり、円滑な映画利用が困難になると考えられる。
■著作者の利益を保障するための日本映画監督協会と日本映画製作者連盟の協議規定
日本映画監督協会と日本映画製作者連盟は、著作者である監督の財産権を保障するために、
映画の二次使用に関して、次のような規定を定めている。
・ ビデオ、DVD化等の二次使用の場合:
販売価格x1.75%x複製本数の90%を監督に支払う。
・ テレビ放映、有線放送等の場合:
カラー作品:120.000円x放送回数を監督に支払う。
モノクロ作品:80.000x放送回数を監督に支払う。
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日本映画監督協会と日本映画製作者連盟の協議規定の問題点
・ 現在、日本映画監督協会に所属している監督は、1083名であり、また日本映画製作者連盟に加盟している映画製作会社は、東宝、東映、松竹、角川大映の4社であって、映画製作に関係する全ての著作者、製作会社、或いは製作委員会に、この規定が適用される訳ではない。また映画著作者は監督だけでなく、制作、演出、撮影、美術等を担当した者も含まれるが、彼らに対してこの規定は適用されず、よって財産権は保障されないということになる。
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映画著作者の利益(財産権)を保障するための解決策の提言
「映画の二次使用を前提とした映画製作者と著作者間の事前契約の徹底とその遵守」を解決策として提言する。
その根拠:
@ わが国と同じく、製作者(法人)に映画著作権が帰属しているのは、米国であるが、米国においては、映画製作会社(Studio)と著作者の間で、厳密な事前契約が交わされ、著作者の利益に関して一定の保障が確保されている。
A わが国において、著作権法第29条1項が立法化される前に審議された、昭和44年、第63国会・参議院文教委員会の中で、政府委員が「著作権は、映画製作者に帰属するが、著作者の利益は、製作者との「契約」によって確保することが可能である」と述べている。
B 事前契約制度を徹底することによって、監督のみならず、著作権法第16条に定められている著作者のすべての利益を保障することが可能になり、また円滑な映画利用の障害にもならない。
C 「従来の撮影所システムが崩壊し、専属スタッフが殆どいなくなった現在、製作者と著作者は合理的な関係を作り、また、わが国の映画産業を近代化するためにも、契約制度は前向きに検討されるべきである」と日本映画製作者連盟の専務理事、福田慶治氏は述べている。
■映画製作者と映画著作者の間で交わされる事前契約の内容
現在がワン・コンテンツ・マルチ・ユースの時代であることを踏まえ、以下の項目の契約が必要であると考えている。
@ 劇場興行を前提にした作品監督(著作者)契約
A 劇場用映画の市販用ビデオ・DVD複製物に関する契約
B 劇場用映画の業務用ビデオ・DVD複製物に関する契約
C 劇場用映画のテレビ放映(配給)に関する契約
D 劇場用映画のCATV供給に関する契約
E 劇場用映画の通信衛星放送供給に関する契約
F 劇場用映画のキャラクター等の商品化等に関する契約
以上の提言をもって、本研究の課題である、「ワン・コンテンツ・マルチ・ユース時代における映画著作権法の課題研究―著作者の財産権保障―」が解決できるものと考えている。