森基金研究成果報告書
研究者育成費(修士課程)
大腸菌の遺伝子発現モデル構築
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程1年
児島 始言
概要
本研究の最終目標は大腸菌という一つの生命をコンピュータ上で再現する事であり、その中で取り組んだ研究は遺伝子発現モデルを構築する事である。
これまでに、代謝モデルの構築は数多くされており、当研究室においても大規模なモデル化が行われている。しかし、遺伝子発現についてはこれまでに大規模にモデル化する手法がなく行われていなかった。実際の生物の細胞により近いモデルを作成するには、代謝モデルを作成するだけではなく、このような遺伝子発現モデルを組み込む必要がある。
そこで、大腸菌の遺伝子発現を式化しモデル化する事を行なった。また、コンピュータ上でシミュレーションする際に実験データとしてのタンパク質翻訳量が必要であり、タンパク質精製実験を奈良先端科学技術大学院大学の森浩禎教授の研究室で行った。
研究成果
1. 大腸菌の遺伝子発現モデルの構築(例:fabA遺伝子の式の導出)
大腸菌の遺伝子fabAの制御機構は以下の図1で示される。
fabA
DNA
図1. fabA:脂肪酸の代謝に関わる遺伝子であり、σ因子としてσ70が関係している。
アクチベータであるFadRというタンパク質により正の制御をうけ、
リプレッサであるFabRというタンパク質により負の制御を受けている。
この制御機構をモデル化する為に、酵素反応速度式を用いて以下のように解いた:
DNAを酵素として考え、ホロ酵素であるRNAP(σ70含んでいる)をそこに結合する基質とし、その反応によって、mRNAが出きる。
またDNAにリプレッサが結合した場合はそこで反応が止まり、アクチベータが結合した場合は転写が活性化する。
DNA・A+RNAPDNA・RNAP・ADNA+RNAP+A+mRNA
Ka
A
+
DNA+RNAPDNA・RNAPDNA+RNAP+mRNA
+
R
Kr
DNA・R
上記の模式図から転写開始頻度を求めた。
v = 転写開始頻度 [DNA] = DNAの濃度 [RNAP]
= RNAP(σ含む)の濃度
[A] = 活性因子の濃度 [R] = 阻害因子の濃度 Kb = DNAにRNAPが結合する結合定数
Kc = 染色体レベルの各遺伝子への影響 Ka = 染色体レベルの影響
Leaky
transcription(L) Regulatory
effect(R)
この式によって遺伝子fabAを式化する事ができた。
Leaky transcription(L)はアクチベータとリプレッサが関係しない状態を表現している。
アクチベータとリプレッサがDNAに結合した場合はRegulatory effect(R)としてLeaky
transcription(L)の状態に制御がかかり、
転写開始頻度が変化する状態を表現している。
2. 大腸菌のタンパク質精製
大腸菌の解糖系にある図2の12種類のタンパク質を精製した。
(この研究は奈良先端科学技術大学院大学で行なったものである)
図2:大腸菌の解糖系に存在する 遺伝子の種類
タンパク質精製を図3のSDS-PAGE実験で確認した。
全てのタンパク質が目的の分子量の所に存在していた。
よって今回の実験において12種類のタンパク質全て精製できた事が確認できた。
(注意:7、14は解糖系以外のタンパク質である)
M 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 32.5KDa
25KDa
図3:SDS-PAGE
1.pykF(51KDa) 2.pykA(51KDa) 3.pfkB(33KDa)
4.pfkA(35KDa) 5.fbaA(39KDa)
6.gapA(36KDa) 7.CarB(118KDa) 8.pgk(41KDa)
9.pgi(62KDa) 10.glk(35KDa)
11.tpiA(27KDa) 12.gpmA(29KDa) 13.eno(46KDa) 14.epd(37KDa)
今後の課題
今回の研究におけるモデル化した式と実験で得られたデータを用いて、当研究室で開発した細胞シミュレーションソフトウェアー
(E-CELL3)で解析を行う。
将来的にはマイクロアレイデータを用いて大規模にモデル化を行なう事を考えている。
謝辞
本研究を行なうにあたり、適切な指導及び助言をしてくださった、中山洋一氏、柚木克之氏、三由文彦氏に誠に感謝しております。
また、このような研究の機会を下さった奈良先端科学技術大学院大学の森浩禎教授と慶應義塾大学環境情報学部の冨田勝教授に心からの感謝の意を表したいと思います。