森基金報告書資料

アレッポにおけるフストク・ハラビー

牧田 直哉

慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程1

 グローバル・ガバナンス・プログラム所属 80332490

 

フストク・ハラビーの定義

1.字義的な意味

フストク(الفستق           :ピスタチオ

ハラビー(الحلبي           :アレッポの

2.生物学的分類

11種類あるピスタシア科[1] のうちの1種類。日本人がイメージするところのいわゆる「ピスタチオ」がこれにあたり[2]、さらに細かく20種類に分類できる。字義的な意味からも分かるように、フストク・ハラビーという名前は古来よりアレッポで盛んに栽培されていたことを語源にもつ。詳細については歴史の項を参照されたい。

 

フストク・ハラビーの歴史

1.原産地

 トルコ共和国東部ガズィアンテップからイラン国境にかけての一帯

2.栽培の歴史

 既に古代ユーフラテス文明において、果樹は重要な商業製品であった。フストク・ハラビーも例外ではなく、サバア女王で有名な紀元前のカーファ王国において既に製品としての役割を担っていた。またプリニウスによると、紀元前4世紀、当時ベローホ(بيروه)と呼ばれていたアレッポから、当時のイタリア王ティビリウス、ガリヌスに初めてフストク・ハラビーが送られたという。またアレッポ周辺地域における本格的な栽培については、200年以上前から行なわれていたことが記録されている。

3.現状

「フストク・ハラビー」という名の品種ではあるが、現在アレッポの都市近郊ではほとんど栽培されていない。その多くがアレッポ県北のクルド人地域、あるいは以南100キロのイドリーブ県、およびさらに南のハマ県で育てられている。

その原因として、アレッポ市の拡大が挙げられる。ここ30年でアレッポ県の人口は2.8倍に増加している(1参照)

 

 

 

年代

人口

1970

1382000

1980

2222000

1990

3215000

1999

4039000

1.アレッポ県の人口推移 (Syria Farming Directory 2002より)

 

都市として成長した結果、かつての農場は宅地として変えられた。現在の場所でのフストク・ハラビー栽培が活発になったのも30年程前からだという。

アレッポのフストク市場のある場所は、街の中心部、アレッポ城に近い「ブスターン・アル・カスル(بستان القصل)」と呼ばれる地区である。現在では住宅地であるが、ブスターン(農場、農園)という名前は、かつてここが農場、農園であったことを示している。

 

フストク・ハラビーと気候条件

1.気候

 夏季に乾燥し、冬季に降雨のある地中海性気候が必要

 降雨量               150o〜500o

 気温    :ウズベキスタンにて−41℃〜50℃という環境下での生育が確認されている

             ただし7℃以下の環境が最低600700時間必要

               1000時間以内であることが望ましい

 標高    :海抜50m(オーストラリア、メルビン)〜1900m(イラン、カルマーン)

               での生育が確認されている

2.土壌

 水はけの良い土地。砂地であればなお可。

3.寿命、農業適齢期

 大抵200年程度の寿命を持つが、ダマスカス近郊の村アイヌ・ッ・ティーネ(عين التينة)には樹齢1800年の老木があり、現在でも実がなっている。幹の円周は11mに及ぶ。

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写真1.樹齢約30年のフストク・ハラビー。先端部分の採集がそろそろ困難になってくる
 ただし、農場主の方の話しによると、あまり大きくなりすぎると農作業が困難になるため成長に応じて切り倒すのだという。シリアにおいて、フストク・ハラビーの収穫はほとんど手作業で行なわれている。そのため農作業で用いられるのは高さ2.5メートルほどの木で、幹に登った時に高い部分の実が採れなければならない。

 フストク・ハラビーの木は発芽後数年で実をつけるようになるが、農作物として出荷できるようになるまでには12年ほどかかるという。

 

 

 

 

 

フストク・ハラビーの生産量

 

世界総計

イラン

米国

トルコ

シリア

中国

476252

313957

49990

40000

33867

30000

2.フストク・ハラビーの生産量(FAO Yearbook1999より)

 世界的に生産量は増加しており、特に近年伸び率が大きくなってきている。

シリアでは70年代初頭2,500tだった生産量が、現在では39,900tと、約14倍の伸びを記録している。6万ヘクタールの耕地に約1千万本のフストク・ハラビーの木があり、そのうちの約450万本が収穫できる状態にある。

 

アレッポの人々とフストク・ハラビー

 歴史や生産条件、そして「ハラビー」という名前から分かるように、アレッポとフストク・ハラビーのつながりは深い。アラブでは古来より医食同源の叡智が育まれており、フストク・ハラビーも健康によいとされている。特にイブン・シーナーは効能として「記憶力向上」「頭が良くなる」「咳の沈静化」「口内炎の治癒」をあげている。

取れたばかりのフストクの中身は赤々としており、硬い殻の裂け目からわずかにのぞく。これはこの地域で美しいとされる女性の小さな口を思い起こさせるという。20世紀初頭の詩人アブド・ッラーヒ・ユーリキー・ハッラークは詠う

 

           眩き賢人達のアレッポ                      その光輝世界を照らす

           花咲き乱るる楽園の街                      わが悲しみを慰めり

           街を囲むフストク・ハラビー            美しき乙女の唇に似る

 

フストク・ハラビーの食べ方は大きく二つに分類することができる。収穫したものをそのまま食べる方法、何らかの加工をしてから食べる方法である。どちらもアレッポの人々に日々食され、豊かな食文化を形成している

 

1.生フストク

収穫期(7月〜10月末)にはアレッポの街中に採れたてのフストクが並ぶ。

 フストクの実はまわりを2重に覆われている。まず堅い殻が覆い、さらにその外側を赤い色の皮が包んでいる。この皮ははじめ白く堅いが、実が熟するにつれて赤くなり、指で簡単に取り除けるようになる。それと並行して内部の殻にも裂け目が生まれる。この殻にも水分が含まれていおり、やや弾力がある。実はほのかに薄黄緑をしているが、まわりをやはり赤色の薄皮で包まれている。この薄皮ごとそのまま食べる(写真3参照)。

 

 

 

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写真4.フストク・ハラビーの収穫風景
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写真3.生フストク 右から順に、皮のついた状態、皮をむいた状態、殻をとった状態

 

 

 

 

 

 

 

 

2.加工したフストク

 

フストク・ムマッラフ

 日本でピスタチオとして売られているのはこれである。皮を取り除いたフストクを天日で乾燥し、塩で加工する[3]

     お菓子

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写真5.フストクを用いたお菓子
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写真7.フストク入りクッベ・マクリーエ
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写真6.ラーハの製造風景
 お菓子屋(الحلويات)では、フストクを用いた様々な生菓子が売られている。和菓子における餡のように、アレッポのお菓子には非常に多くフストクが用いられる。単に中身として用いるだけでなく、トッピングとしても広く用いられており、スライスしたフストクを店頭で見ることができる。 またラマダーン月およびイード・アル・フィトゥル(عيد الفطر 、斎戒明けの祭り)、イード・アル・アドハー(عيد الأضحى 、犠牲祭)ではラーハと呼ばれる特別のお菓子が作られ、食べられる。こちらは天ぷら饅頭と餅を兼ねたようなものである。ラマダーン月の終りにはガズル・アル・バナートというフストク入りのお菓子も出回る。

ラマダーン月においては棗椰子が重要な役割を担う。日没後の食事(イフタール)は水と棗椰子によって始められる。これはスンナによるもので、地域・文化を越えて共通である。これに対しラマダーン月、及びイード期のフストク・ハラビーの役割は、祝い事に合わせて後に出来上がったものである。ゆえに普遍的宗教から派生した地域文化として捉えることができ、この木の実が文化の一部を担っていることがわかる。

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写真9.ガズル・アル・バナート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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写真10.フストク・ムマッラフの製造機械

 

 

 

 

 

 

 

 

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写真11.ナッツ店の風景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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写真12.スライスしたフストク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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写真13.フストクの老木
ダマスカス近郊アイヌ・ッティーネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



[1]落葉果樹、雌雄異体の種子植物

[2] 英語の「ピスタシア科ピスタチオ」が「フストク・ハラビー」である。そのため「フストク・スーダーニー(落花生)」のように、ピスタチオでないフストクも存在する。

[3] ムマッラフ(مُمََّلحٌ)とは「塩漬けされた、塩で加工された」という意味である。