活動報告
牧田 直哉
慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程1年
グローバル・ガバナンス・プログラム所属 80332490
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フィールドワークに向けての準備期間(2003年4月〜7月)
修士課程1年の春学期は8月以降に行なうフィールドワークの準備期間と位置付け、アラビヤ語学習や文献研究にあてた。文献研究では主に先行研究の調査を行い、今後の指針を模索した。特にGeertz,
Clifford(1979); "Suq: the bazaar economy in Sefrou“を中心に先行研究を調査し、アラブ・イスラーム圏研究会(グローバル・ガバナンス・プログラムの研究プロジェクト「グローバル・ガバナンスとローカル・ガバナンス」のサブゼミ)にて発表、討論を行なった。その結果、スークの構造や顧客重視の傾向、さらにはイスラームの示す商売の規範などが複合的に影響することで値段交渉が活発化するのではないかという仮説が浮かび上がった。
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フィールドワーク(2003年8月〜2004年1月)
以上の論点・仮説を踏まえ、「アラブ商人の交渉術」について調査するためにアレッポにて約半年間の長期滞在を行なった。活動した内容は大きく二つに分類できる。
第一にシリア・アラブ共和国第2の都市アレッポ(ハラブ)の旧市街にあるスーク(スーク・アル=マディーネ)で行なわれている値段交渉についての調査である。調査対象をこの地方の特産品であるピスタチオ(フストク・ハラビー)にしぼり、その流通を追いつつどこでどのような値段交渉が行なわれているのかについて調査した。その結果、ピスタチオの流通において値段交渉はほとんど行なわれていないことがわかった。農場から中央卸売市場に運ばれたピスタチオは競売によって取引される。卸売業者が販売するのはほとんどが得意先であり、値段交渉にはならない。唯一値段交渉が行なわれるのは小売の場面であった。そこで店頭における小売の様子をビデオに記録した。これについては今後分析を試みる。撮影と並行して、アレッポの人々にとっての値段交渉の位置付けについて聞き込み調査を行なった。その結果、彼らが買い物の際に値段交渉を行なうのは自らの利益を守るためであり、積極的に行なっているのではないことが判明した。その理由として、商人を信用することが難しいスークの現実が明らかになった。
第二にこの地の多くの人々が信仰しているイスラームの教えにおいて示されている、正しい商業規範について勉強会を行なった。勉強会はアラビヤ語教師ヤーセル・ジャマリー氏と共に主に以下の本を読み、解説していただくことによって進行した。
マンスール・アリー・ナースィフ「アッ=タージュ・アル=ジャーミウ・リル=ウスール」
アッ=ズハイリー「アル=フィクフ・アル・イスラーミー・ワ・アドラトゥフ」
「アル=マウスーアト・アル=フィクヒーヤト・アル=クワイティーヤ」(http://www.alkaf.net)
Muhammad b.Ibraheem At-Tuwaijiry “The
book of trading”
主に聖クルアーンと聖預言者ムハンマドの言行録について読み、その解説をしていただくという形を取った。これにより、現実のアレッポのスークがイスラームの示す理想とはいかに異なっているかについて勉強することができた。また値段交渉についてはスンナ派の4大法学派(ハナフィー派、シャーフィイー派、ハンバリー派、マーリキー派)の見解の違いまで調査し、イスラームにおける位置付けを把握した。それによると、値段決定ついてイスラームは具体的な方法を示していないため、状況に応じて自由に行なってよいことが判明した。
また受入機関であるアレッポ大学学術交流日本センター(アレッポ大学所属の学術交流機関。主幹:山本達也)にて2度報告を行なった。
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成果と今後の課題
調査開始当初の仮説として、イスラームの示す商売の規範が店舗の小規模化を促し、値段交渉を活発にしている、というものがあったが、調査の結果棄却された。システムや提示された値段に対する信用が確立されれば大規模な販売も可能であり、実際湾岸諸国では巨大なスーパーマーケットやショッピングモールが作られている。アレッポの値段交渉を引き起こしているのは商人への信頼度の低さと、自らが値段を決めようという意識の高さである。売り手と買い手の対等な関係はこの点に起因していることが判明した。
ピスタチオの値段交渉においてはあまり時間が費やされず、交渉も希望価格を言い合う単純なものであった。これはピスタチオという品物に価格の上下する要素が少ないためである。要素が多く、交渉に時間のかかる商品について再調査する必要が出てきた。