2003年度・森基金報告書

来街者回遊行動に対する交通機関別回遊特化係数の提案

〜東京・大田区蒲田地区への適用〜

横 山 大 輔(政策・メディア研究科 修士1年)

1.研究のねらいと目的

1.1 研究の背景

 市街地の郊外化・モータリゼーションの流れは、中心市街地における商業活動の停滞をもたらす一因となった。特に、大都市に比べて大量交通輸送機関が乏しい地方都市では郊外に、中心市街地の商業地区にひけを取らない多様なサービス機能を持つ商業施設の立地が進んできた。すなわち中心市街地の衰退は、交通行動と都市構造の変化によってもたられた構造的な衰退にほかならない。しかし、高齢化・低成長時代を迎えた今、日本でも中心市街地の再構築の必要性が浸透し、それらを「中心市街地活性化法」をはじめとするまちづくり3法で後押しするスキームが整えられてきている。

このような背景から、近年、中心市街地の活性化に交通の視点を取り入れる動きが多く見られている。例として、自動車を駐車場に止めて公共交通機関に乗り換えて都心部へ向かう「パークアンドライド」、都心部の道路空間の再配分によって歩行者・公共交通専用の広場を整備する「トランジットモール」、中心市街地における回遊性を高めるための手段としての「循環ミニバス」の導入などが挙げられる。すなわち中心市街地のまちづくりを考える上では、店舗構成の充実等によって中心市街地の魅力を高めていく商業の視点だけでなく、人々の流れといった交通の視点を取り入れていくことも不可欠ということが言える。ただし、すでに多くの人々が生計を営む既成市街地においては、こういった交通施策の実施は商業に多大な影響を及ぼすことが考えられる。ところがこれまで交通施策のインパクトは、費用便益分析などによって大枠で論じられるにとどまっており、売上高の変化といった商業的な影響が中心市街地内のミクロなスケールで評価されることは少なかった。

そのような中で近年、中心市街地における来街者の回遊行動への関心が高まっている。なぜなら「回遊行動」を多く発生させる中心市街地ほど、来街者にとって魅力のある商業空間であると同時に来街者1人あたりの商業施設への立ち寄りも多く、中心市街地の商店も潤うためである。

しかし「回遊行動」そのものが中心市街地における人々の「移動」であると同時に、「回遊行動」は来街時の交通機関などにも左右されることを考えれば、「回遊行動」は中心市街地における交通と商業との関係を示す指標としても注目できると言えよう。

1.2 既存研究と研究の目的

回遊行動に着目した商業地の評価については深海[1]がその発端となり、斎藤・石橋[4]において回遊マルコフ連鎖モデルに多項ロジットモデルによって推計されたパラメータを導入することで、様々な再開発計画の実施による来街者の回遊行動パタンの変化を予測できるモデルとなった。これまでにも回遊行動に関する研究は様々な視点から取り組まれているが、斎藤・石橋[4]は回遊行動を様々な条件に応じた政策提言が可能な形で定量的に示した意味で画期的といえる。さらに斎藤・熊田・石橋[5]では、既存の来街者の回遊行動パタンの変化を予測するだけでなく、来街者調査にもとづいた都心への入込者数を予測するモデルと統合することで、再開発によって新たに来街者がどれほど増えるのかも予測できるようになった。そして石橋・斎藤・熊田[6]では、再開発計画のインパクトを金額ベースで予測し、個店の売上高の変化を明らかにすることも可能となった。

 このように回遊マルコフ連鎖モデルは、これまでは主に中心市街地における都市開発の評価ツールとして用いられてきた。しかしそもそも回遊マルコフ連鎖モデルで表されている「回遊行動」は、来街者の商業地内での移動パタンを確率を用いて示したものである。したがって交通施策の実施によって移動パタンを示す確率は変化するものと考えられ、例えばここから実施前と後の回遊行動の変化から中心市街地における交通施策のインパクトを評価することも可能である。また来街時の交通機関など属性の違いによっても回遊行動は異なるものと考えられ、この関係を見出すことも交通と商業との関係を考察し、中心市街地の活性化を考える上での鍵となるだろう。

 回遊マルコフ連鎖モデルを用いて、来街時や回遊時の交通機関の選択が中心市街地にもたらすインパクトを検証した研究として、木下・牧村・山田・浅野[2]や齋藤・山城[7]が挙げられる。前者は、複数の都市における歩行回遊データから都心へ来街時の交通機関と回遊行動との関係を「回遊トリップ数」という概念で考察するとともに、中心市街地における駐車場のタイプを来街者の回遊行動の観点から分類した。後者は、都心において回遊するための交通手段と回遊行動の関係に注目し、福岡都心部への100円バス導入による消費者の回遊行動の増加から100円バスの経済効果を金額ベースで推計している。しかし両者とも、来街者の来街交通機関が回遊行動に及ぼす影響度を、交通機関別・地域別に比較できる指標としての提示はなされていない。

 したがって本研究では、回遊マルコフ連鎖モデルを用いて交通と商業の関係を示す交通機関別・地域別の比較が可能な指標として「回遊特化係数」を提案するとともに、「回遊特化係数」を具体的な回遊データを用いて交通機関別に求め、交通と商業の関係に関する考察を行なうことを研究の目的とする。

2.「回遊特化係数」の概念について

2.1 回遊マルコフ連鎖モデルの構造



 図1は、来街者の回遊行動を模式的に示したものである。自宅にいた来街者は、自宅から任意の交通機関を利用して商業地の入口ノードへ到着(H→H)し、ここから商業地内の店舗・施設を目指す。例えばある商業地には3つの商業施設ノード{I1,I2,I3}があった時、来街者には3つの商業施設ノードのいずれかに向かうか(H→I)、あるいはどの商業施設ノードにも寄らずにいずれかの入口ノード(はじめに通った入口ノードとは限らない)から商業地を出る(H→H)の4つの選択肢が存在している。次に3つの商業施設ノードのいずれかに立ち寄った場合は、その次の選択肢として、同じ商業施設ノードにとどまる(滞留)か残りの2つの商業施設ノードに向かって回遊を継続するか(I→I)、入口ノードから商業地を出るか(I→H)で、この場合にも4つの選択肢が存在している。


テキスト ボックス: 図2 中心市街地におけるノード間のOD表

 以上の概念をもとに、回遊行動調査で得られたデータを実数でカウントしてOD表に示したものが図2である。例えば商業施設ノードがIi〜Inまで存在し、入口ノードがHm〜Hzまで存在している時に、I1からI2への移動パタンを示した回遊データの合計を実数で示したものはF12と表す。


テキスト ボックス: 図3 中心市街地におけるノード間の推移確率

 図2は各々の移動パタンを示す回遊データの合計を実数で示したものであるが、図3はこれを行和で除したもの、すなわちIやHから次にどのノードに推移するかを確率で示したものである。例えば、I1にいる人がI2へ推移する確率は、F12を1行目の行和で除した値=P12で表す。そして図3の推移確率のOD表を、h:帰宅状態(吸収)ノード、h:出発ノード、i:商業地ノードによる3行3列の行列で示すと、以下のようになる。

 吸収定常マルコフ連鎖による回遊行動の表現は、(1)式のような入口・商業施設ノード間の推移確率行列に従って、来街者が無限回の回遊を行なうことを仮定したものである。また来街者1人あたりが、1つ目の施設以降に立ち寄る施設数の期待値を回遊効果(RE)と定義し、これを商業地の魅力を示す指標と位置づけている(斎藤[3],斎藤・石橋[4] )。斎藤の定式化(斎藤[3])に従えば、消費者の回遊効果(RE)は1つ目の施設以降に各商業施設ノードを訪れる確率の和となることから、



と表すことができる。このことから、1つ目の商業施設ノードも含めた来街者の期待立ち寄り施設数を示す総来街(TV)は、



となる。この時、Saito,Ishibashi[8]による観測集計定常性定理より、あらかじめ観測されたデータを用いた回遊効果であるは、回遊マルコフ連鎖モデルによって推定された回遊効果(RE)と等しくなり、回遊行動を無限回の吸収定常マルコフ連鎖モデルで表現することの妥当性が確認されている。

2.2 属性別の回遊効果・回遊特化係数の定式化

 次に、回遊行動を発生させている属性ごとの回遊効果について考える。はじめに属性ごとに回遊行動のデータを取り出し、前頁の図2のような頻度ベースのノード間OD表を構築する。これに基づいて図3のようにノード間ODを推移確率に置き換え、この確率行列をもとに属性別の回遊効果を導出する。したがって回遊行動を行なっている来街者の属性別の回遊効果(RE)は、以下の式で表すことができる。

以上のように来街者の属性別の回遊効果を用いることで、属性別に回遊行動の多寡を把握することが可能となる。しかし、回遊行動の多寡に関する属性間の関係を、特に異なる地域間で比較するには向いている指標とは言いがたい。

したがって、本研究では「回遊特化係数」を提案したい。特化係数とは、属性間の関係を異なる地域間で比較するために用いられる指標で、これによって産業構造がどの分野に偏っているかを示すのに利用されることが多い。「回遊特化係数」とは、回遊行動の多寡に関する属性間の関係を特化係数の概念で表したものであり、(5)式によって求められる属性別の回遊効果を、全体の回遊効果で除することで、特定の属性が回遊行動の多少に与える影響度を示す。すなわち、回遊特化係数は以下の式で表すことができる。



また観測集計定常性定理より、回遊特化係数はあらかじめ観測された回遊行動のデータを用いて求められる「属性mの全体に対する回遊(Fii)構成比」を「属性mの全体に対する入口(Fhi)構成比」で除した値と等しいといえる。

 このように回遊特化係数を用いることで、回遊行動の多少を属性別に考察することが可能となる。このことは、街全体の魅力を向上させ回遊性を高めていく上で、どのようなターゲットに絞ったまちづくりを展開していけばよいかを示唆する情報として有益である。また回遊特化係数を用いることで、特定の属性が回遊行動に与える影響度について、交通機関別・地域別の比較も可能となる。今回は1節で掲げた研究の目的にそって、回遊特化係数を交通機関別に求めることで、当該地区における中心市街地活性化に絡めた地域交通政策のあり方を考察する。

3.蒲田地区の現況について

3.1 商業

 本研究で対象として取り上げる蒲田地区は、東京23区の最南端である大田区の中心市街地にあたる。蒲田地区をはじめとした大田区は、高度経済成長期に人口のピーク(約76万人)を迎えた後、長期的に下落して1995年度に約64万人と最も少なくなり、近年では再び回復傾向にある(国勢調査[8])。この背景には、60年代までの大田区が製造業を中心とした産業集積とともに成長していったのに対し、60年代後半以降は住民や工場の郊外化が進んでいったためである。これは、大田区に立地する「製造業」の従業員数が1970年代以降減少していることからも伺える。一方で「製造業」の事業所数については、1980年代までは横ばいであったが1990年代以降は不況の影響を受けて急激に減少している(事業所・企業統計調査[9])。事業所の跡地は主に集合住宅に利用されており、これが近年の人口増の原因にもなっている。それでも大田区や蒲田地区の小売業の年間販売額は1991年以降一貫して下落しており(商業統計[10])、変わりゆく住民のニーズに対応しきれていない現状が伺える。

3.2 交通

 蒲田地区には、同地区を東京都心と川崎・横浜を結ぶJR京浜東北線と京急線が南北に縦断するほか、東急多摩川線・池上線と京急空港線がそれぞれの路線に接続し、東に5kmほどの場所には羽田空港も存在する「交通の要衝」となっている。しかし、蒲田駅と京急蒲田駅は図1のように1kmほど離れており、東急・京急相互の乗り換えは不便である。京急線が羽田空港ターミナルに乗り入れたこともあり、乗り継ぎ利便性向上のニーズは強く、1998年にはシャトルバスによる社会実験も行なわれているが、商店街等の反発もあって本格運行は実現していない。また上記の問題もあって蒲田駅周辺は自転車の乗り入れが多く、放置自転車については東京都内ワースト1・全国ワースト3(2001年東京都・内閣府調査)となっている。上記のような交通問題を抱える中で、商店街の活性化と交通問題の解決をいかに両立させていくかがポイントである。

4.蒲田地区における来街者の特性と回遊行動

次に蒲田地区の商業地構造について把握するため、2002729日(土)・30日(日)にJR蒲田駅〜京急蒲田駅周辺を訪れた来街者を呼び止め、10分ほどのアンケートに答えてもらう聞き取り調査を実施した。調査の時間帯は11:0019:00、2日間の調査で集まった有効票数は339票となった。

調査対象は主にJR蒲田駅と京急蒲田駅をはさむ東西約1kmの範囲で、駅ビルとユザワヤ・サンライズカマタとサンロード(蒲田西口商店街)・ぽぷらーど(蒲田東口商店街)・京急蒲田あすとの商店街を含むエリアで設定、この範囲内の店舗への買い回り行動を分析対象としている。この中に5ヶ所(西口2ヶ所・東口3ヶ所)の調査ポイントを設定し、各ポイントを通過する来街者を呼び止めて調査を行なった。

4.1 来街者の特性

 上記の来街者行動調査から、蒲田地区を訪れる来街者の大型店や商店街への来店頻度・年齢層、来街者の居住地と来街交通手段について集計し、その傾向を以下に示した。

(1)来街者の来店頻度と年齢層

 蒲田地区には主な商業施設として駅ビル(サンカマタ・パリオ・東急プラザ)とユザワヤ、西口・東口・京急蒲田の3地区の商店街を挙げることができる。ユザワヤは専門店のため、週に1回以上来店する人の割合は少なく「買い回り品」としての購買が中心だが、それ以外の大型店・商店街は全く行かない人を除くと、ほとんどが月に1回以上来店する人で占められている。すなわち蒲田地区の商業施設は「日用品」を中心に購買されている。

パリオを除いて全ての大型店・商店街が、老年層の来店頻度が高く、若年層の利用頻度は低くなっている。中でもJR線の東側にある東口商店街・京急蒲田商店街はその傾向が顕著である。

(2)来街者の居住地と来街交通手段

図2 来街者の居住地(地区別)

 図2より来街者の居住地は、蒲田地区を抱える大田区内が7割、区外が3割を占めていることが分かる。区内では蒲田地区からの距離が離れるほど各地域からの来街者が占める割合は低下する傾向にあるが、JR線の西側・東急沿線に比べてJR線の東側・京急沿線では相対的に近距離でも来街者は少なめである。また区外では、東京都内からよりも川崎・横浜市からの来街者の方が多い。


図3 各居住地からの最多来街交通手段

また図3より、各居住地からの最多来街交通手段については、JR・京急蒲田駅に隣接する地域からは徒歩が最も多く、周囲2kmまでの地域からは自転車、それ以外の地域からは鉄道の利用が最も多いことが分かる。

4.2 回遊行動の解析

 各商業施設ノード間の推移確率を地図上に表した図4に、推移確率を西口・東口・京急蒲田の3地区間で集計しなおしたものを図4に示した。

テキスト ボックス: 図4 蒲田地区における商業施設ノード間の推移確率

 図4によると、回遊行動が主に駅ビル・ユザワヤ・西口と東口の駅前を中心に引き起こされていることが伺える。特に駅コンコースや東急プラザ〜ユザワヤにかけては、推移確率を示す矢印が何本も重なっている。この地点は蒲田地区の歩行者流動量のデータでも最も多い地点であり、このことからも回遊行動の誘発の有無が、街のにぎわいを示す指標として妥当なことが伺える。逆に東口商店街〜京急蒲田商店街にかけては、西口に比べて推移確率を示す矢印は疎になっている。すなわち、東口商店街〜京急蒲田商店街にかけての買い回りは相対的に少ないことが伺える。

 図5からは、店舗間の移動後も同じ地区(商業施設ノード)にとどまる確率(滞留確率)は、西口地区と京急蒲田地区が7〜8割なのに対して、東口地区は5割程度しかないことが分かる。ただし京急蒲田地区は、西口地区と比べて移動の絶対数が約4分の1と少ないことから、蒲田地区では西口地区の求心力が圧倒的に高く、京急蒲田は近隣住民を中心とした独自の商圏となっている現状が伺える。

4.3 回遊効果の考察

 2.1でのマルコフ連鎖を用いた回遊行動モデルの定式化にしたがって、蒲田地区の回遊行動データにおける回遊効果を示したものが、表1である。

入口来街とは、来街者が入口ノードから1つ目の商業施設ノードに向かう確率を示しており、その合計は必ず1となる。回遊来街とは、来街者が2つ目以降に商業施設ノードに向かう確率の合計であり、この合計が回遊効果となる。

したがって蒲田地区の回遊効果(RE)は1.086であり、これまでの調査対象となってきた地方都市と比べて低いことがわかる。(1990年の福岡における回遊効果は2.9(斎藤・石橋[4] )・1994年の小倉における回遊効果は2.78(斎藤・熊田・石橋[5] )。

 また各商業施設ノード間の中では、パリオ・東急プラザ・ユザワヤといった駅ビル・大型店と西口・東口・京急蒲田のそれぞれ駅前地区の総来街(TV)が他の地区と比べて相対的に高くなっていることが分かる。

5.回遊行動の交通機関別の考察

5.1 交通機関別の回遊パタンの考察

はじめに、来街者の回遊パタンを来街交通機関ごとに考察することで、それぞれの来街交通機関と回遊特性の関係を定性的に把握した。来街交通機関ごとに一定値以上の推移確率を持つ回遊パタンを図示したものが、以下の図6・図7である。


テキスト ボックス: 図6 公共交通機関利用者の商業施設ノード間の推移確率


テキスト ボックス: 図7 私的交通機関利用者の商業施設ノード間の推移確率

以上のように回遊パタンには、各路線の乗り場の置関係や利用者の居住地によって、交通機関ごとの特徴が見られることが分かる。

JR・京急・東急池上・東急多摩川といった鉄道路線ごとの比較では、中央に位置するJR線の利用者はまんべんなく回遊が見られる反面、回遊そのものは他路線の利用者に比べて少なめになっている。京急線の利用者は京急蒲田地区・東口地区が中心ではあるものの、西口地区への回遊も見られる。これに対して東急線の利用者は西口地区への回遊に偏っている。また、東急線の利用者は滞留確率の高いノードが多い。バスについては、利用者の多くが終点で降車するためか、JR・東急蒲田駅を中心とした回遊パタンとなっている。

 一方、私的交通では、自動車の利用者は全体的に回遊が少なく西口に偏っていることが分かる。自転車の利用者はJR・東急蒲田駅を中心に回遊しているのに対して、京急蒲田地区では回遊は少ない。他方で徒歩での来街者では相対的に京急蒲田地区に多くなっている。

5.2 交通機関別の回遊効果・回遊特化係数の比較

次に2.2の(4)式にもとづいて、回遊効果を交通機関別に比較した表2に示す。さらに2.2の(5)式にもとづいて、交通機関別の回遊効果をベースに回遊特化係数によって交通機関の違いによる回遊行動の多寡を図示したものが図8である。


テキスト ボックス: 図8 来街交通手段ごとの回遊特化係数
 表2・図8によると、来街交通機関において公共交通ではバスや東急多摩川線、私的交通では自転車の利用者の回遊効果が高くなっているのに対して、公共交通ではJR、私的交通では自動車の利用者の回遊効果が低くなっていることが分かる。

しかし上記のような回遊効果の多少は、それぞれの交通手段を利用した来街者サンプルにおいて、調査対象地区の商業施設を目的とした来街者の多少が表れただけにすぎない可能性もある。そこで、表3に来街交通機関ごとに調査対象地区の商業施設を目的とした人々の割合を示した。回遊効果の低いJRや高い東急多摩川線・自転車は、商業施設を目的とした人々の割合においても同様の傾向が見られる反面、回遊効果の高いバスや低い自動車は、全く逆の傾向が見られている。実際に、来街交通機関ごとの調査対象地区の商業施設を目的とした人々の割合と回遊効果の関係を散布図にして表したものが図9であり、相関係数を求めても-0.081にとどまっている。


テキスト ボックス: 図9 来街交通手段ごとの商業施設目的の人々の割合と回遊効果の関係
このことから来街交通機関別の回遊効果は、調査対象地区の商業施設を主目的とした人々の割合に必ずしも影響を受けているとは言いがたく、むしろそれぞれの交通機関自体が持っている特性が回遊行動にも影響を及ぼしていることも考えられる。例えば、商業施設目的の割合がほぼ変わらない自動車・自転車での来街者の回遊特化係数を比較しても、自転車での来街者が全体の回遊効果に対して約1.2倍となっているのに対して、自動車での来街者は全体の回遊効果に対して約4分の3にとどまっている。

4-3.回遊効果・回遊特化係数と観測データとの関係

次に、4-2で求められた交通機関別の回遊特化係数と観測された回遊データとの関係について考察を行なった。交通機関別に入口ステップ数、回遊ステップ数、入口構成比(入口ステップFhiにおける交通機関mの占める割合)、回遊構成比(回遊ステップFiiにおける交通機関mの占める割合)、回遊効果、回遊特化係数を比較したものが表3である。

 回遊特化係数と観測された回遊データとの関係については2-2の(7)式でもふれたが、表3からも、回遊構成比を入口構成比で除した値が回遊特化係数にほぼ等しくなることが分かる。


5.結論と今後の課題

 本研究では回遊マルコフ連鎖モデルを用いて、現状における各交通機関利用者の回遊パタンの特徴と回遊行動への影響度を回遊特化係数という指標を用いて考察した。このような取り組みによって交通機関と消費者回遊行動の関係が明らかとなり、当該地区への地区交通計画や都市再開発にも大きな示唆を与えうるものと考える。今後はさらに、具体的な交通プロジェクトが与えうるインパクトの評価に適用しうるツールに改良していくことが課題といえる。

参考文献

(1)深海(1974,1977)「商業地における歩行者流の研究1、2」都市計画論文集No.9、pp43-48、No.12、pp61-66

(2)木下・牧村・山田・浅野(2000)「歩行回遊行動からみた地方都市における都心歩行者空間計画に関する一考察」都市計画232号、pp86-95

(3)斎藤参郎(1984)「延岡地域商業地の現状と課題」延岡地域商業近代化計画報告書、pp37-94、80-88

(4)斎藤・石橋(1992)「説明変数を含んだマルコフチェインモデルによる都心再開発に伴う消費者回遊行動の変化予測」都市計画論文集vol.27、pp439-444

(5)斎藤・熊田・石橋(1995)「来街者調査ベースポアソン回帰集客数予測モデルの提案とその応用」都市計画論文集No.30、pp523-528

(6)石橋・斎藤・熊田(1998)「来街頻度に基づく販売額予測非集計回遊マルコフモデルの構築」都市計画論文集No.33、pp349-344

(7)斎藤・山城(2000)「回遊行動からみた都心100円バスの経済効果の推計〜福岡都心部におけるケーススタディー」地域学研究Vol.31、No.1、pp245-251

(8)総務省統計局、国勢調査(1960-2000)

(9)総務省統計局、事業所・企業統計調査(1972-2001)

(10)経済産業省経済産業政策局、商業統計(1972-1999)