2003年度森泰吉郎記念研究振興基金 研究報告書
政策・メディア研究科 修士課程2年
内田 淳(uchida@sfc.keio.ac.jp)
学籍番号:80231313
視覚における興味深い現象として、幾何学的錯視がある。幾何学的錯視に関して、これまでに数多くの研究が行われてきた。また、様々な種類の幾何学的錯視が報告されている。しかし、それがどのような要因によって起こるのかという点に関しては、いまだに不明な点が多い。また、幾何学的錯視現象という、従来の視覚モデルでは説明のできない現象を研究することで、視覚情報処理の特徴を明確にできるのではないかと期待される。
そこで、本研究では、心理実験およびモデル構築とシミュレーションによって、線分の傾きが誤って知覚されるような幾何学的錯視について心理実験及びモデルシミュレーションを行った。これは、この幾何学的錯視がどのような要因によって起こるのかを調べる事を目的としている。
図1
Ebbinghaus錯視図形
本研究で使用する錯視図形はEbbinghaus錯視図形の類似の図形である。Ebbinghausの錯視図形では、直線上にある2線分が直線上に無いように知覚される。(図1)心理学的には、この現象は、線分が交差している場合、その線分の傾きが、2線分間の鋭角が拡大する方向に誤って知覚されるような視覚の性質のために起こると説明される。心理実験から、Ebbinghausの錯視と同様の原因により起こるとされる錯視は数多く報告されているが、Ebbinghausの錯視図形はそれらの錯視の最も基本的なものとされている。
図2
心理実験、モデル、シミュレーションの関係
本研究では、心理実験および、モデル構築とシミュレーションによる研究を行った。各手法の関係は図2のようになる。本研究では、まず心理実験を行った。その結果を用いてシミュレーションモデルを構築し、心理実験と同様の条件によるシミュレーションでその有効性を検証した。
本研究における心理実験に用いた画面のスクリーンキャプチャを図3に示す。ただし、ただし、数字は説明のために付け加えたものである。 被験者に与えられる課題は、3の点を移動させ、1の線の延長線上に3が存在するように見えるようにすることである。3は上下にのみ移動可能であり、キーボードの上下のボタンを押すことによって移動させる。以上の実験を、2の線の位置を変化させるなどの全64条件において、被験者に行わせた。
図3
心理実験に用いた画面
次に、心理実験の結果を説明し得るようなモデルを構築する。モデルは3層構造よりなる。(図4)第1層は入力層である。線が存在する位置に存在するニューロンが発火する。第2層は、線分の傾き検出層であり、局所的な線分の傾きに特異的に反応する。第3層では第2層の発火が統合される。
図4
モデルの概念図
従来のモデルと比較した場合、本モデルでは、第2層でのニューロン間の距離に応じた抑制を特徴とする。また、心理実験の結果から、線分の端点を重視して、第3層の端点の位置のニューロンに注目することとした。
上記のモデルによるシミュレーションを行った。シミュレーションに用いた入力図形は、本研究の心理実験などと類似の物である。その結果、モデルの有効性を確認できた。結果の一部を表1に示す。ただし、それぞれの条件は図5に示したような物である。
分離条件 | 端点接触条件 | 線接触条件 | ||
鋭角 | 心理実験との適合 | ○ | △ | △ |
モデルの錯視量 | 大 | 中 | 中 | |
心理実験の錯視量 | 大 | 小 | 大 | |
鈍角 | 心理実験との適合 | ○ | ○ | ○ |
モデルの錯視量 | 小 | 小 | 大 | |
心理実験の錯視量 | 小 | 小 | 大 |
図5
分離条件、端点接触条件、線接触条件
今後は、第1にモデルの出力を線分の傾きとするように拡張し、定量的な線分の傾きとの比較が必要であろう。また、他の錯視図形への適用が可能なモデルへの拡張が考えられる。さらに、このモデルについてもより多くの条件でのシミュレーションを行い、それを基に新たな生理実験、心理実験の提案を行いたい。