2003年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

シームレスな移動体通信環境の構築に関する研究


政策・メディア研究科
修士課程1年
小柴 晋
koshi@sfc.keio.ac.jp



  • 目次

    0. 研究背景
    1. 研究要旨
    2. 研究のマイルストーン
    3. 購入した機材、及び用途
    4. 今年度の進捗
    5. まとめ
    6. 将来の展望


  • 0. 研究背景

    近年の携帯電話の普及は、移動体通信技術に対する社会的需要の高さを如実に反映している。 しかし、既存の携帯電話に用いられている通信技術では、通信インフラの効率的な利用や サービスの開発の効率化を図ることができない。まず、通信インフラの効率的な利用を考慮した 場合、既存の通信モデルでは一度通話を行う毎に一つの回線を占有しなければならず、通話への 需要が保有している回線数を上回った場合、通話を行うことができない。 この様な状況は、災害発生時や年末・年始といった通話への需要が圧倒的に高まる時に見られる。 また、サービスの開発効率に関しては、それぞれの携帯キャリアが独自のサービス開発環境を 持っているため、それぞれに特化したサービスの開発を行わなければならない。 そのため、サービス及びコンテンツのプロバイダは各携帯キャリアの仕様に合わせてコンテンツの 開発を行っていく必要があり、非常に非効率的である。

    上記のような既存の問題を解決するために現在開発が進められているのが、Internet Protocol(IP)を 用いた移動体通信技術と、IP上で音声の送受信を行うための技術である。 前者に関しては、現在IETF(http://www.ietf.org/)にてMobile IPという技術が提案、及び研究が 長年に渡ってなされており、近々標準化がなされ、Request For Comment(RFC)として公開される 予定である。また、後者に関しては現在急激に普及し始めているIP電話でも見られるようにインターネットを 用いた通話が問題なく行えることが証明されている。 インターネットを用いることにより、一つの通話に対して一つの回線を占有する通信モデルから 一つの回線を複数の通話で利用することが可能になる通信モデルへと移行することが可能となる。 これにより、既存の技術では通話量と回線数が一致していなければならなかったのに対し、 通信データ量と通信回線の帯域で通信品質を保証することが可能となる。 また、通話以外にもデータの通信にも同じ回線を利用することができるなどのメリットがある。 さらに、全てがIPを用いて通信を行えるようにした場合、サービスプロバイダ側もサービスの 開発が今までよりも容易になり、新たなサービスの開発もより活発に行うことが可能となる。 しかし、これは携帯電話に用いられるハードウェアや実行環境にも影響されるので、インターネットでの 通話や通信にするだけでなく、今後現在我々が使っているPCと同様の環境が携帯電話上でも実現されて 行くことが望まれる。

    しかし、上記の二つの技術をそのまま携帯電話などに応用しただけでは、通話に耐え得るだけの クオリティを提供することは非常に困難である。 これは、既存のインターネットの技術が移動することのない通信ノードを対象に開発が行われてきた為、 Mobile IPやIP電話などの技術をそのまま応用するだけでは、実用に耐えうる性能を提供することが 困難となる問題が多々存在するためである。



  • 1. 研究要旨

    本研究では、上記のような環境を実現するための第一歩として移動体がより高速に通信を 再開することを可能にする技術であるFast Mobile IPv6の開発を行う。 本研究により、携帯電話などの移動体計算機が音声データを送受信する際に必要となる 条件のうち、通信再開までの時間の短縮、及び通信データを確実に配送することが可能となる。 本研究では、このような環境をシームレスな移動体通信環境と呼ぶ。さらにその実現へ向けた 研究開発を行う。

    本研究では、既存のインターネット上の通信プロトコルであるTCPなどのチューニングは 一切行わない。しかし、シームレスな移動体通信環境の実現には、既存の通信プロトコルの チューニングも必要となってくる。これらの問題は、本研究の将来の課題として今後アプローチを 取って行く予定である。

    Fast Mobile IPv6の開発は、現在普及が進められている通信プロトコルであるIPv6を用いて行う。 IPv6を用いたシームレスな移動体通信環境を実現することにより、携帯電話やパソコンのみならず 自動車や電車、更には時計などのような小型デバイスまで一意のIPアドレスを持って通信することが 可能となる。



  • 2. 研究のマイルストーン

    シームレスな移動体通信環境の実現へ向け、本研究では以下の順序で研究・開発を 進めていく。

    1. 既存の通信モデルにおける問題点の整理
    2. 現在研究及び開発が行われている解決へのアプローチの調査
    3. 根幹となる技術の選択及びテスト実装
    4. テスト実装を用いたパフォーマンス測定、及び問題点の調査
    5. テスト実装における問題点を解決する新機構の考案、設計
    6. 新機構の実装
    7. 実装のパフォーマンス測定、評価
    8. テスト実装との比較及び考察

    上記のマイルストーンでは、既存の通信モデルにおける問題点の整理から 始め、既に提案されている機構のテスト実装を行うことから始まる。 その後、パフォーマンステストを行い既存の解決アプローチに対する問題点を 追求する。新たな機構の提案及び設計はその後の段階で行われる。
    最終的には、新たに設計した機構の実装を行い、テスト実装との差を 検証する。結果として、シームレスな移動体通信環境の実現にどこまで 貢献できる技術を開発することができたのかを考察し、今後更なる研究へと 発展させる予定である。



  • 3. 購入した機材、及びその用途

    今年度の森泰吉郎研究振興基金では、Sharpが販売している ノート型パソコンであるMuramasa(PC-MT2-H1W)を購入した。 本機材にUNIX系のOSであるFreeBSD 4.9Releaseをインストールし、 テスト用実装の開発環境として利用した。

    本機材は非常に軽量かつ、薄型であることから、出張などへ持ち歩き 開発を行う際に非常に有用である。本研究では、connectathon(http://www.connectathon.org)へ 本機材を携帯し、同様の研究をしている他の企業及び大学などの研究機関と 相互接続実験を行った。今回の相互接続実験ではIPv6を用いた移動体通信支援技術 であるMobile IPv6をテストした。これは、本研究の成果ではないが、シームレスな 移動体通信環境を実現する際の基盤となる技術である。



  • 4. 今年度の進捗

    今年度の研究の進捗としては、既存の携帯電話などの通信モデルにおける 問題点を整理し、インターネットを用いたシームレスな移動体通信技術に 必要な項目の整理を行った。また、インターネット上の移動体通信支援技術として Mobile IPv6及びそれの高速化を狙った技術であるFast Mobile IPv6を研究の対象として 選択した。

    Fast Mobile IPv6に関しては、現在テスト実装を進めており、近々パフォーマンス測定を 行う予定である。しかし、Fast Mobile IPv6の実装を実用的なものにするためには 解決しなければならない問題が山積している。本研究ではテスト実装としてFast Mobile IPv6を 実装すると共に、実際の移動体通信環境での用途に耐えうる技術にするための支援技術の設計及び 開発を行った。しかし、これらの支援技術は全てテスト実装を実際の移動体通信環境で最低限 動作させるのに必要な技術であり、シームレスな移動体通信環境を実現するための技術として 今後設計していく予定のものとは異なる。以下にFast Mobile IPv6を実環境で動作させるために 必要な技術として今回実装を行ったものを示す。

    1. Candidate Access Routerリストの取得・管理機構
    2. L2 triggerを用いた早期移動検知機構
    3. 移動体通信ノードに対する通信ポリシーの入力・管理機構
    4. 通信ポリシーに基づいた通信手法切り替え機構
    5. リモートにある通信ノードから、Access Routerの情報を取得・変更を行うための機構

    まず始めに、Candidate Access Routerリストの取得・管理であるが、 Fast Mobile IPv6の実装では移動体通信ノード(Mobile Node)が移動する先の Access Routerに対して通信データを転送する必要がある。そのため、Mobile Nodeが 移動する可能性があるAccess Routerのリストを常に管理している必要がある。 本研究では、試験的にCandidate Access Routerリストを入力し、それらを適宜 管理するための機構を設計及び実装した。

    L2 triggerを用いた早期移動検知機構は、通信インターフェースが保持している 情報の取得を行い、その情報に基づいて適切な移動処理をおこなうための機構である。 これは、IP層での移動検知よりも早期に移動を検知することが可能である、シームレスな 移動体通信環境を実現するためには不可欠な技術であると言える。

    移動体通信ノードに対する通信ポリシーの管理機構に関しては、利用者が あらかじめ入力した通信ポリシーと、IP層及びL2 triggerからの情報を比較し、 通信状態に最も適した通信手法へと自動的に切り替えるための機構である。 これは今後インターネットを用いた移動体通信環境が普及した際に通信料金や 通信速度などに基づいてMobile Nodeの通信を管理することができるようになるため、 シームレスな移動体通信環境の実現に必要な技術となってくる。

    最後に、リモートにある通信ノードからのAccess Routerの制御機構であるが、 これはAccess Routerに何らかの異常があった場合や、通信ポリシーを変更する際に Access Routerに関する情報を素早く収集し、適切な処理を行わせることができるように するための技術である。ターゲットしては、テスト実装の実験を行う際の利便性の 向上である。以上が、今年度の進捗である。



  • 5. まとめ

    今年度の研究では、シームレスな移動体通信環境の実現へ向けて調査及び テスト実装を行った。テスト実装では、提案されているプロトコルだけでは シームレスな移動体通信環境を提供することができないことが判明した。 本研究では、既存のプロトコルが持つ問題点を解決すべく様々な手法を検討し、 設計を行った。



  • 6. 将来の展望
    本研究では、テスト実装から得た問題点を解決すべく、現在設計を行なった 機構を実装し、評価を行なう。また、本実装をより多くのプラットフォームで 動くように移植を行なう予定である。

    また、今回行なった実装と、評価をまとめ論文として提出する予定である。


    以上