2003年度森基金報告書
実生活と連続したコミュニケーション支援ゲームの開発

政策・メディア研究科 修士一年
80331768 codama
児玉哲彦

概要

 本研究における問題意識は、既存のデジタル・エンタテイメントの多くがソフトウェアの中で完結しており、実世界や社会と断絶していることである。そこで、本研究では、モバイル端末内のユーザが作成したデータを用い、データ交換を支援することがエンターテイメントとなり、結果的にユーザ同士のコミュニケーションを支援するアプリケーション「DataJockey」を提案、PDA上で試作システムを開発した。

 当初、モバイル環境とWWWという二つの環境を想定していたが、予算等の都合により、前者のモバイル環境のみを対象に研究を行った。

背景 既存のモバイル・デジタル・エンターテイメントの分析

 ゲームを中心とするモバイル環境におけるデジタル・エンターテイメントは、広く親しまれているが、実世界や社会の豊かなリソースを情報環境と融合していくという、ユビキタス時代のパラダイムを考えると、多くの問題がある。ここでは、本研究で提案するアプリケーション「DataJockey」ではそれらの問題をいかに解決するかを論じていく。

仮想のデータであること

 ネットワークに接続されていることを利用した、メッセージや写真の交換サービスは大きな人気を博している。ゲームの分野においても、育てたキャラクターデータを交換し合う、任天堂の「ポケットモンスター」シリーズ[1]が同時発売の二本で800万本を売り上げている。ゲームの場合には、開発者側が制作したデータに縛られてしまうが、写真の交換やウェブを考えると、ユーザがデータを発信する主体となることができ、より多様な楽しみ方ができる。DataJockeyでは、携帯情報端末にユーザが制作・保存した個別のデータ、特に端末に内蔵されたカメラによる写真を、交換して遊ぶためのトークンとして用いる。

社会性

 ゲームの多くは一人用であるが、他者と遊ぶことでその経験はより豊かなものになる。DataJockeyは、データ交換を楽しむため、初めからマルチユーザを前提としている。

物理空間の共有

 ネットワーク端末は遠隔地のコミュニケーションの支援という意味でも有効であるが、メディアによって媒介されたコミュニケーションは、実空間であれば伝わる様々なアウェアネス情報が伝わらず、行き違いやなりすましなどの問題が発生している。DataJockeyでは、実空間を共有した、非媒介的なコミュニケーションを、その脇にあってサポートすることを目的としている。

身体利用の貧しさ

 既存のモバイル・デジタル・エンターテイメントの多くは、携帯電話やゲーム機、PDA等に搭載された、カーソルキーとボタンによる操作を中心としている。ナムコの「太鼓の達人」[2]のヒットに象徴されるように、新しいデバイスによる入力方法の提案は、それ自体が新たな楽しみを生む。DataJockeyでは、ジョグダイヤルの利用という、エンターテイメントにおいてはこれまであまり有効に活用されてこなかったインターフェースを利用する。

没頭しすぎてしまうこと

 ゲームの大きな問題の一つに、没頭し続けて、特に子供が生活のリズムを崩してしまうという問題がある。DataJockeyは、他者の存在、また自分の撮った写真という、長期的に見れば無限だが短期的・一回の利用では有限なリソースを用いるため、遊び続けるという問題が生じにくい。

データ交換インターフェースの非直感性

 多くのデータ交換のためのインターフェースは、アドレスの指定やネットワークへのアップロード・ダウンロードなどをユーザに意識させる。DataJockeyは、日本人に馴染み深い中華テーブルのメタファを用い、テーブルにデータを置く・取る、また回転させることでデータを相手に回すという、直感的な使い勝手を実現している。

DataJockeyアプリケーションについて

 上に述べたような問題意識に基づき、実空間で、同じ端末を持った相手とアルバムを見せ合うように写真画像を交換し合うためのアプリケーション「DataJockey」を試作した。これは、fig.1に示すような中華テーブルのメタファを用い、直感的であると同時にデータ交換をゲームのような遊びとして表現するものである。実装にはSONYのCLIE PDAを用いた。

fig.1 中華テーブル fig.2 DataJockeyの概念図

 fig.2に示すのが、DataJockeyの概念図である。各々のユーザが、DataJockeyをインストールした情報端末を携帯しているものとする。 DataJockeyの特徴は大きく二つに分けられる。

 まず、データを共有するための場を中華料理店で見られるような回転テーブルとして表現することである。回転テーブルにはPDAのカメラで撮影したデータをアップロードすることが可能で、ジョグダイヤルを用いてテーブルを回転することができる。

 次に、DataJockeyのテーブルはネットワーク上で共有されており、複数の端末が一つのテーブルの別々の位置を閲覧できる。いずれの端末からもデータのアップロード/ダウンロード/テーブルの回転が実行できる。テーブルの回転位置も全ての端末で共有されているため、一つの端末でテーブルを回すと、実世界の回転テーブル同様全ての利用者の閲覧位置が変化する。このようにテーブルを回すことで、ほかの端末へデータを送ることができる。


fig.3 DataJockeyの画面例

 fig.3は、CLIE PDA上の画面例である。写真をタップすることで、テーブルに写真を乗せることができる。

コミュニケーション支援のゲームとして

 まず、自分で撮影した写真のデータを用いることで、ゲームのリソースは事実上無限となり、飽きられてしまうことがない。アルバムを見せ合うように、新しい写真があれば、それがコミュニケーションの契機となる。

 次に、テーブルの回転が同期しているということは、一人がテーブルを回転すると他のユーザの端末でも回転が起こるということである。すると、実際の料理店で見られるように、今手元の写真を見ていたのに回転されてしまった、また、などの、エラーを含むかけひきが起こる。こうしたコミュニケーションの促進は、ダイナミックにシステム内の動きを共有しているために発生するが、これはマルチユーザのゲームでよく見られることである。

ユースイメージ

 fig.4に、利用の様子を示している。


fig.4 ユースイメージ

 ここでは、旅行の打ち合わせのようなカジュアルな利用を想定している。一人が持ってきた情報を、その場でテーブルに乗せて共有している。よりフォーマルな会議、また学生が教室で手紙をまわし合うようなシチュエーションに利用されることも考えられる。

システム構成

 試作システムは、クライアントとしてSONYのWi-Fi接続可能なSONY社製CLIE PDA二台、サーバーとしてWindows PC一台を用いた(fig.5)。


fig.5 システム構成図

 クライアントはWi-Fiを通じて、あらかじめ登録されたアドレスのサーバーに接続し、一つのテーブルを構成する。 クライアントはいずれもカメラを内蔵しており、試作システムではそれを用いて撮影された画像を交換している。 一つの端末で画像をテーブルに乗せると、バックグラウンドでサーバーへの転送と他のクライアントへの配信が行われる。実際に他のユーザがアップロードされたことを意識するのは、テーブルが回転して写真が回ってきたときであるが、そこでは画像データはすでにキャッシュされ回転量のみが配信されるため、大きな画像であってもスムーズに端末から端末へ受け渡されるように見える。

 また、fig.6に示すように、ジョグダイヤルを回す親指の運動は、断続的であるという性質を持つ。そのため、テーブルの同期は、親指が連続して動いている間はそれほど厳密である必要はなく、親指が離れて回転が停止した際に正確であればよい。この特性により、無線通信環境にラグがあっても、回転の同期はそれほど意識されない程度の遅延に抑えることができる。


fig.6 ジョグダイヤルを回す親指の運動

既存手法との比較

 携帯電話において搭載されたカメラ画像を共有する場合、添付メールの利用が主流である。遠隔地にいる相手にデータを転送する場合は有効であるが、相手が近くにいる場合、DataJockeyのテーブル上の位置が実空間上の位置と対応していれば、ネットワークのアドレスやアップロードなどの作業を意識せずに、ジョグダイヤルを相手の向きに回すだけでデータを交換することができる。また、相手が複数の場合でも、回覧することで利用者間で情報をゆるやかに共有し、また各々がローカルにデータをコピーすることもできる。

 テーブル型のデバイスを介して、回転テーブル上でラップトップのデータを共有する手法がEagle、Pentlandらによって提案されている[3]が、本手法では新たなデバイスを用意することなく、一般的なPDAや携帯電話が複数台ある環境であれば仮想的にテーブルを構成できる。

 上杉、三輪らの研究[4]により、実世界の料理店の場合のように、テーブルの回転を共有することで、相手をより密に感じ、コミュニケーションを促進する作用があることが確認されている。

まとめ

 モバイル環境における、実世界との連続性と社会性を持ったエンターテイメント・ソフトウェアについて検討し、中華テーブルのメタファを用いたデータ交換インターフェース「DataJockey」の提案と、PDAを用いた試作を行った。今後システムの実装を進め、評価を行っていく。

対外発表

本研究に関連した対外発表は、以下の通りである。

SFC Open Research Forum 2003

 2003年11月20日、21日の二日間に渡って、六本木ヒルズ森タワーにおいて開催された。安村研究室のブースにてデモンストレーション展示を行い、好評を博した。

インタラクション2004

 2004年3月4日、5日の二日間開催される学会であり、本研究は査読の上インタラクティブ発表に採択された。

湘南四大学 産学交流テクニカルフォーラム

 2004年3月13日、14日の二日間開催される。ORFでの好評により、安村研究室として招聘された。

 また、現在国際学会UIST2004に向けた論文を執筆中である。

参考資料

[1]株式会社ポケモン, ポケットモンスター, 2004.
[2]株式会社ナムコ, 太鼓の達人, 2002.
[3] Chia Shen, Katherine Everitt, Kathleen Ryall, UbiTable: Impromptu Face-to-Face Collaboration on Horizontal Interactive Surfaces, UbiComp 2003, LNCS 2864, pp. 281-288, 2003.
[4]上杉繁,三輪敬之, 共存在的仮想空間創出のための同期運動テーブルの開発, ヒューマンインターフェースシンポジウム論文集2002, pp. 573-576, 2002.