2003年度森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

 

研究課題

「新しい地域社会の形成とその核としての大学の役割」

 

政策・メディア研究科 修士1

谷 一

 

1.研究の進展について

  森基金申請時においては、研究の内容として次のことを調査・検討することを目的としていた。それらは、一つは、組織としての大学が社会の中でどのような役 割を果たすことができるのか、ということ、もう一つは、社会の中で大学がどのように位置付けられているのか、ということである。そしてその事例としては、 大学を中心に据えてまちづくりを考えている地域を取り上げる予定であった。これは、研究課題の中にある「大学の役割」という言葉が示す通りである。

 

  しかし、近年急激に変化する大学を取り巻く環境の中で見出されるさまざまな現象を整理していくと次のような点に引っかかりを覚えるようになった。それは、 結局は「組織としての大学が地域社会に対して何ができるのか」ということであり、大学の構成員から遊離した組織論に陥ってしまっているのではないか、とい う点である。例えば、国公立大学が法人化を控えた状況において打ち出した対策を見ても、また私立大学が生き残り戦略として打ち出した戦略を見ても、であ る。そこで打ち出されているものの多くに共通することは、産学連携、公開講座、大学施設(図書館)などの地域への開放、地元行政の審議会への教員の参加、 などである。しかしこれらに対しては、産学連携、公開講座、地元行政の審議会への参加など、ここで挙げられている多くのことの中心を担うことになっている 教員側から不満の声を聞かれることが多くあり、また、その裏方を支えることになる事務員からも不満の声が聞かれる。それらは、今まで必要でなかった業務が 新しく増えてしまった、というような認識から生まれるものである。そして、ここではもう一つ注目すべき点がある。それは、大学で学ぶ学生の姿がほとんど現 れないということである。

 

  このようなことから、当初の目的としていたように「組織としての大学」というものに注目するだけでは不十分なのではないか、と考えるようになった。また、 いくら大学側が地域にアプローチしようとも、地域側がそれに答えようという意識を見せなければ全く意味がない。これは、多くの大学で上で述べたようなこと が行われながらも、いまだ地域との関係で余り大きな成果が現れていない、という点からも言える。

 

で は、大学が地域社会から頼られる、あるいは誇りに思われるような存在になるためにはどうしたらいいのか。これが新たな問題意識となっていった。そのきっか けとして、現在行われている大学と地域社会との連携の議論の中で忘れられている大学の構成員、その中でも特に「学生」に注目して調査・検討を進めていくこ とにした。

 

2.研究内容

  研究は、フィールドワークと文献調査が中心となった。フィールドワークの対象は、兵庫県姫路市の姫路獨協大学や広島県東広島市の広島大学東広島キャンパ ス、藤沢市の慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスとし、森基金の援助は姫路市の調査に活用させていただいた。文献調査では、主に大学の歴史についての調査を 行った。それは、現代の日本の事例研究では「学生」の立場がほとんど考慮されていないので、歴史の中での学生の位置付けを考察するためである。

 

3.研究報告(姫路市の事例)

@ 2003916日 宍戸夫妻へのインタビュー

  宍戸夫妻は、姫路獨協大学が開学した15年 前から留学生のホームスティの受け入れを行っている。また、チャリティーコンサートも行っている。その活動で得られた収益金は日本語検定試験用教材の購入 に充てられ、その教材は姫路獨協大学に寄贈されている。寄贈された本は、「コスモス文庫」と名付けられて、大学で日本語を勉強する留学生に非常に活用され ている。また、チャリティーコンサートには留学生も出演することで、学生と地域住民との交流の場となっている。他にも、定期的に宍戸夫妻は留学生を集め て、日本の文化を知れるような小旅行(お花見、社寺の祭りへの参加など)も企画されている。

  このような宍戸夫妻にインタビューを行い、

@)なぜこのような活動を始めたのか

A)このような活動を行う中での大学との連携、

   B)活動を通して感じたこと

などを伺った。

簡単に整理すると、

@) 留学生はそれぞれのお国の特徴を持った特技を持っていたので、その発表の場を作りたいと思ったから。当初は単なる発表会のようなものであったが、このよう な場を利用して留学生の援助をしたいと考えた。だが、お金を集めるにしても奨学金には不十分なので、違う方法を考えた。大学という場は勉強するところだか ら、一生懸命勉強する学生を支援した。そこで、大学にたりない本を寄贈しようと考えた。

A)なかなか難しい。担当者が変われば方針が変わるという状況もある。大学施設を借りようにも警備上難しいと言われる。

B)(特にアジアからの)留学生への理解が地域の人を含めて進んだ。また、勉強を頑張っている姿を見るだけで微笑ましい。若い力に支援したいと思う。

 

A 2003123日 「外国人留学生交歓会」への参加

  宍戸夫妻の例のように、姫路獨協大学では留学生をきっかけとして地域住民との関わりを持っている例が多い。そこで、年に一度、普段お世話になっている地域 の方々にお礼をする意味も込めて「外国人留学生交歓会」というパーティーを行っている。そこには、地域の方・外国人留学生は当然として、学長を始めとした 教員、日本人学生なども参加する。

 今回は、宍戸夫妻の紹介で参加することが可能となった。そこでこの機会に、参加していたさまざまな人に「大学と地域との連携」について話を伺った。

 

・教員Aへの聞き取り

 大学は地域と連携することは非常に重要だ。(非常に一般的な意見)

・教員Bへの聞き取り

   大学は連携連携といっているが非常に表面的な議論しかしていない。留学生の本当の問題は別のところにある。せっかく日本で学んだのだから日本で働きたい と思っている。卒業後の進路をどう(地域で)確保するのか。それ以前に在学中にも多くの問題がある。高い学費を払えなくて休学してしまう。アルバイトで稼 ごうにも外国人ということで差別を受ける。そういう問題を地域とどう解決していけるのかを考えることがまず重要だ。

・留学生A

  今までにお世話になった地域の方と多く会えるこのような場があってうれしい。

・留学生B

 (地域との関係の中で)留学生ばかりが表に出てきて逆に差別を受けているみたいだ。日本人も同じ学生なのだから、同じように扱って欲しい。

・市職員A

留学生と会うと外国語を学ぶいい動機になる。学生と話をするのは楽しいし、大学と関わるのは趣味の    ようなものだ。

 

ここでは、少数の、かつ特徴的なものしか挙げなかったが、同じ話題に対しても、さまざまな考えの深さや見方があることが分かる。大学と地域社会との連携はよい部分が謳われることが多いが、教員Bの意見は一歩足を止めてこの問題を考える必要性を与えてくれたように思った。

 

B その他

 このようなインタビュー調査の他に、それぞれのインタビュー前後と20041月初旬に姫路を訪れ、姫路市立図書館や姫路獨協大学図書館で、大学誘致過程の出来事など、姫路でしかない資料の調査などを行った。

 

4.研究成果

  当初の研究目的であった「組織としての大学」から方向転換を行って、大学に関わる人々、特に「学生」に注目する、というアプローチで、姫路では以上のよう な調査を行った。ここから導き出される「姫路」という場における結論は調査過程であるためまだ出てはいないが、「学生」に注目する、という観点から「大学 と地域社会との関係」を考察する枠組みの整理は行った。この論文は、20041月末に大学行政管理学会に提出した。これは、投稿の性格上大学側からの視点を強めて述べているが、一つの成果として参照されたい。

「大学と地域社会との関係構築に向けて」(pdf

 

 

以上