2003年度「森泰吉郎記念研究振興基金」(研究者育成費修士課程)研究成果報告書
1.
研究課題名:
「北東アジア天然ガスパイプライン構想の実現方策に関する研究」
2.氏名:
山田 衆三(Shuzo
Yamada/学籍番号80332825)
3.
所属:
Sustainable
Developmentプログラム(グローバル環境システムプロジェクト)
4.
成果概要:
(1)本研究の背景
北東アジア地域(狭義には日本、ロシア極東、中国東北地区(黒龍江省・吉林省・遼寧省)、内蒙古自治区、朝鮮半島及びモンゴルであるがその範囲に定説はなく、必要に応じて地図を拡大する)においては、目覚しい経済発展が予想される。一方、それに起因して急激なエネルギー消費の増大、特に化石燃料で最も環境負荷の大きい石炭使用の増加による大気汚染や酸性雨越境汚染、温室効果ガス排出による地球温暖化等の環境悪化が懸念される。また、中東原油依存度の高まりや輸送船舶が航行するマラッカ海峡の交通逼迫と海賊被害等のシーレーン防衛をはじめとするエネルギー問題の顕在化が挙げられる。一方、永久凍土が大部分を占めるロシア極東は、豊富な資源を有しながら未開発のフロンティアエリアであり、冷戦終結以降、軍需産業の低迷や貧困、極寒の厳しさによる人口流出が社会問題となり、北朝鮮と同様、発電所の老朽化等に伴うエネルギー不足による停電が深刻化している。さらに、核開発や弾道ミサイル「テポドン」発射等で揺れる北朝鮮問題を解決するため、軍事的なミサイル防衛構想で対峙するのみでなく、有事を回避すべく協調的安全保障体制の構築に資する平和的な外交政策が焦眉の急となっており、喫緊の課題が山積している現況にある。
〔図1〕日中韓における中東原油依存度(2002年)
<出所>(財)日本エネルギー経済研究所
(2)本研究の目的
天然ガスは化石燃料で最もクリーンである環境特性があるほか、埋蔵分布が石油のように中東に偏っておらず、ロシアと二極化しており、特に近年、サハリン大陸棚、東シベリア(イルクーツク州)及びサハ共和国等で天然ガス田の発見が相次いでおり、北東アジア地域において天然ガスの導入促進が可能な状況になって来ている。需要地近隣に位置する天然ガス田から輸送する場合、日本等でよく見られる天然ガスを液化してLNGとして船舶で輸送するよりも、気体のまま直接パイプラインで輸送したほうが経済的かつ環境負荷も低減されることから、国際パイプラインが存在しない北東アジア地域において、その実現に向けたいくつかのオリジナルな予想ルートを選定し、その敷設に係る妥当性や課題を検証したうえで、各ルートに整備優先順位をつけて具体的な提案をする。
〔図2〕化石燃料における環境負荷比較
(3)本研究の流れ
本研究においては、持続可能なエネルギー政策において天然ガスが果たす役割の重要性を確認したうえで、天然ガスの特長と輸送手段について整理しながら、北東アジア地域における人口動態、経済成長動向、環境問題及びエネルギー事情について、国単位で個別に調査・把握した。そして、パイプラインネットワークが完成の域に達している欧州及び北米の事例を調査・検証し促進要因等を把握した。並行して、北東アジア地域におけるパイプライン整備進捗状況を調査・把握し、予想ルートモデルを構築する際に必要な基礎研究を行った。なお、本研究については未知の領域に踏み込んだ分野であることから、机上の文献調査のみでは不十分であるため、関係諸機関や専門家へのヒアリング等も行い最新の情報等を入手しながら精査し、社会科学的な視点から分析を試みた。
(4)本研究の成果
欧州と北米に共通したパイプライン整備促進要因として、近隣に豊富な天然ガス田があったことが挙げられる。欧州の場合、域内ではオランダや英国・ノルウェー領北海、域外ではロシアやアルジェリアの天然ガス田である。北米の場合、米国や隣国のカナダにも天然ガス田が豊富にあった。
〔図3〕欧州の天然ガスパイプライン網(2001年)
<出所>Ruhrgas AG(独ルアガス社)
〔図4〕米国の天然ガスパイプライン網 (2000年)
<出所>Interstate Natural Gas Association of America(米国州際パイプライン協会)
欧州の場合、主要国の多くがパイプラインの整備を国策と位置づけネットワークを拡大し、現在ではEU(欧州連合)のTENs(Trans European Networks)と呼ばれるエネルギー政策の一環としてネットワークのさらなる強化を図っており、お互いの信頼醸成や協調的安全保障体制を維持するための重要な柱となっている。米国の場合、民間州際パイプライン会社主導で敷設された。しかし、旧連邦政府(現:連邦エネルギー規制委員会)による公正な法的保証・監視による手厚い後押しがあり、 国内のパイプラインネットワーク整備が完了した現在においては規制緩和を推進している。また、ジョージ・ブッシュ政権は2001年に発表した国家エネルギー政策の眼目として
アラスカ州やメキシコ湾深海における新規天然ガス開発と輸送インフラとなるパイプライン敷設も明言している。このようにパイプライン整備にあたっては、近隣に十分な天然ガス資源量を持つ供給地が複数存在し、国策又は政府による効果的な支援が実施された結果、域内のパイプライン網が整備され、さらに域外と接続する国際パイプラインネットワークに発展したものと考えられる。欧州の場合、世界初の国際パイプラインとして旧ソ連から天然ガス輸入を開始したのは1972年である。旧西ドイツのブラント首相が、冷戦を続けていた旧ソ連との間に緊張緩和をもたらすため、「オスト・ポリティーク(東方外交)」戦略の一環として、あえて旧ソ連産の天然ガスをパイプラインで輸送することを英断したことがきっかけで、これが最終的に冷戦終結の大きな一助となり、パイプラインの整備が政治的に位置づけられた点で画期的な出来事と言える。
北東アジア地域において協調的かつ持続可能なエネルギー政策を講じる手段としても、天然ガスパイプラインの整備は不可欠であることが確認できた。中国は国土を東西に横断するパイプライン「西気東輸」(新疆ウイグル自治区タリム盆地〜上海間)が、2004年末にも完成する見通しで、
〔図5〕「西気東輸」天然ガスパイプライン
<出所>サーチナ「中国情報局」
石炭や石油に代替するエネルギー源して天然ガスの導入促進に積極的である。また韓国では、天然ガスを“清浄燃料”と位置づけ、国策に基づくガス公社主導で国内供給向けのパイプラインを敷設し、2003年にその整備をほぼ完了し北東アジア地域で唯一、パイプラインネットワークが存在する。日本はLNG船舶による供給体制が盤石であることもあり、大規模なLNG受入れ基地を有する電力・ガス会社はパイプラインネットワークの整備について消極的である。結果として国内のパイプライン網は先進国で最も未熟である。日本のエネルギー政策を牽引する立場にある経済産業
平澤基地 光陽基地 仁川基地 統営基地
省資源エネルギー庁は、韓国のような国策によるパイプラインの整備については否定的であり、民主導を強調しているが、サハリン大陸棚における天然ガスは第三国を介さず直接日本に輸送されるパイプライン計画「サハリンT」があることから、状況によっては国に準ずる公的な機関が関与し、我が国初の国際パイプラインを実現することが“アジアプレミアム”と呼ばれる割高で硬直化したLNG価格に弾力性を持たせ、エネルギー内外価格差(欧米と比し日本は約3倍)の是正に寄与し国民社会生活やバーゲニングパワー(井戸元への価格交渉力)及び産業分野における国際競争力の強化に資するものと考えられる。さらに、サハリン大陸棚については、極東ロシアの老朽化した既
設パイプラインを改修しながら新に延伸南下してUNDP(国連開発計画)イニシアティブによるロ中朝国境の図們江(朝鮮名:豆満江)下流域開発地区を通過し中国、北朝鮮、そして韓国に至るルートも米国や韓国から提案されている。『米朝枠組み合意』に基づき米国主導で発足した国際事業体KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)の新浦琴湖地区における軽水炉建設計画に替わる北朝鮮へのエネルギー支援策として朝鮮半島を縦貫するパイプライン構想がクローズアップされつつある。東シベリアにおいてはバイカル湖近郊のイルクーツクの北西450kmに位置するコビクタ天然ガス田から中国及び韓国向けの北東アジア地域初の多国間パイプライン計画が事業化調査の段階にあるが、本来モンゴルを経由して中国に至るルートのほうが最短で経済的であるものの、モンゴルと中国領である内蒙古自治区の民族的な政治問題もあって迂回される模様である。また、北朝鮮についても政情的に不安定であることから迂回することとなり、中国東北地区最大の港湾都市である遼寧省大連から黄海の海底パイプラインを通じて韓国西岸のLNG受入れ基地を有する平澤と接続する非効率なルートとなっている。まさに北東アジア地域を取り巻く課題を如実に露呈した結果と言える。このほか、欧州市場とも競合するが、
以上、今後の研究としては、欧米でパイプライン埋設空間としてよく利用される幹線道路や鉄道の整備進捗状況について調査・把握したうえで、北東アジア地域における輸送回廊と一体となった国際パイプラインの実現に向けた予想ルートの選定を行い、オリジナルなルートモデルを基に天然ガスパイプライン構想の実行可能な将来イメージを描く。中核都市・国家級開発区(経済特区等)・港湾等の需要地や物流拠点とを結ぶ有機的なネットワークを構築すべく、デジタル地図を用い地点間の敷設距離を測定、建設費を推計し、パイプライン整備に係る優先順位の具体的な提案を試みる。