2003年度森基金 研究成果報告書

多様なセンサ遍在環境における
位置履歴取得・活用システムの構築

慶應義塾大学
政策・メディア研究科
修士2年
80231172, niya
伊藤昌毅

はじめに

環境に計算機能やセンサが埋め込まれ人間活動を支援するユビキタスコンピュー ティング環境では,日常生活のさまざまな行動情報の自動取 得や記録が容易になり,記録された情報を活用することで新しいアプリケーショ ンの可能性が広がる.現在,日常から持ち歩く携 帯電話に計算機能やカメラ機能,GPSを利用した位置取得機能が追加され,ま たFeliCaを用いた鉄道の乗車機能の追加も検討されることで,こうした環境の 実現が現実的になっている.行動履歴を解析しその結果を用いることで,ロケー ションアウェアネスを実現するシステムにおいて単に位置だ けでなく,ユーザのより詳細な行動への適応が実現する.

本研究では,こうした環境において分散した複数のセンサから取得した個人の行 動履歴を得て,ユーザに対しさまざまな視点や角度から提示するmPATH フレームワークを構築する.本フレームワークの特徴は,エンドユーザが自由に行動履歴の閲覧の 際の視点を設定できることであり,そのために行動履歴の解析手法を柔軟にプ ログラムするビジュアルプログラミング環境を提供する.

mPATHフレームワーク

mPATHフレームワーク は,マウス操作による入力行 動履歴の選択や解析手法の構築を可能にするビジュアルプログラミングインタ フェースを提供し,直感的な手法による行動履歴の解析を実現する.行動履歴 の解析時の補助情報として,行動履歴に加え地理情報も取り扱う.本フレームワーク はまた,構築したアプリケーションを動作させるプラットフォームとしても機能 し,アプリケーションの容易な開発や配布を実現する.図に,スクリーンショッ トを示す.

図: mPATHフレームワーク

ビジュアルプログラミング

mPATHフレームワークは,行動履歴解析手法の開発のためにデータフローに基づいた ビジュアルプログラミング環境を提供する.図,mPATHシ ステムの提供するプログラミング環境のスクリーンショットを示す.

図: ビジュアルプログラミング環境

mPATHフレームワークでは,行動履歴や地理情報の入力機能や入力された情報の解析 手法,そして解析結果の出力機能がそれぞれアイコンとし表現されている.そ れぞれのアイコンはデータの入出力機能を備え,アイコン間を接続することに よりデータが交換されるようになる.図左上のウィンドウが プログラムのためのウィンドウであり,図右側のウィンドウ に登録されている入出力機能や解析機能をドラッグアンドドロップし,表示さ れたアイコン同士をマウスのクリックにより接続することでプログラムを構築 できる.複数の解析手法を接続することで,複雑な解析が実現する.解析手法 に対する変更は即座にシステムに反映され,対話的な解析を実現する.

データの入力

行動履歴や地理情報を示すアイコンを利用することで,mPATHフレームワークへの情 報の入力が実現する.ネットワークから取得する行動軌跡やファイルとして保 存されているデータ,直接接続されたデバイスから入力されるデータなどさま ざまなデータが考えられるが,本フレームワークではすべてアイコンとして表現され 同等に取り扱う.以下に述べるデータの入力機能が現在実装されている.
GPS軌跡入力機能
GPSにより取得されたデータを読み込む.現在はハンディ型GPSのGarmin eTrexで取得したデータファイルの読み込みに対応しているほか, シリアルポートを経由したNMEA-0183形式の情報のリアルタイムでの読み込み に対応する.
写真入力機能
デジタルカメラで撮影したファイルから,EXIF情報として書き込 まれている日時と位置に基づき写真撮影という行動情報を生成し本フレームワークに入力 する.位置情報を持たないファイルの場合,GPS軌跡情報を併用することで時 刻を基に写真データの位置情報の推定を行う.この機能により,GPSを持たな い通常のデジタルカメラによる写真撮影行動の取得を実現する.
数値地図2500入力機能
国土地理院がGISでの利用を目的に発行しているベクトル形式の地図である数 値地図2500を読み取り,本フレームワークへ入力する.これらのデータは,地図とし て視覚化されるほか,行動軌跡と建物情報などを対応させ,GPSから得られた 情報からより高次元の情報を抽出する際にも用いられる.

行動履歴の解析

行動履歴の解析手法がアイコンとして登録されており,これらを利用するこ とで行動履歴を選別したり,情報を抽出したりすることができる.解析手法は 入出力を持つフィルタとして表現されており,複数の解析手法を組み合わせる ことができる.現在,以下に述べるフィルタが解析手法として登録されている.
時刻フィルタ
入力された情報を,時刻情報に基づいて選別す る.GPS軌跡データに適応して特定の期間の軌跡のみを抽出したり,地理デー タに適応して特定の時点での地理情報を取得するなどの用途が考えられる.
スピードフィルタ
スピード属性を持つデータに適用して,特定の範囲のスピードのデータのみを 抽出する.GPSデータに適用し,乗り物の推定などより高度な情報の抽出に 用いることが出来る.
軌跡正規化フィルタ
軌跡データから,出発点,移動軌跡,終着点からなる構造を切り出し出力する フィルタである.とくにGPSで取得したデータは電波の受信状況の変動による データの欠落やキャリブレーションのためのデータ取得開始までの遅れなどが あり,こうしたデータの不備を補完しながら軌跡データを正規化する.本フィ ルタからは正規化された軌跡情報を出力するほか,軌跡中の一定時間以上滞在 した地点のデータを点データとして出力する.
対応付けフィルタ
対応付けフィルタは二つの入力を持つ.一方に入力された点情報に対し, もう一方から地理的に対応する要素を検索し,点情報に対応する要素の情報を 付与する.本フィルタに地図情報と点情報を入力することで,任意の点に対応 した建物の名称や地名といった情報を付与することができる.
カウントフィルタ
本フィルタは,内部に格子状に区切られた地理座標系を持っており,入力され た情報の個数を各格子ごとに数える.出力は数値情報を伴った格子情報として 出力される.本フィルタは軌跡や点の個数を数え上げるのに用いられる.

解析結果の出力

行動履歴の解析結果は出力機能を表すアイコンに接続され,解析結果を様々な システムに出力する.出力先のひとつとして視覚化アプリケーションを構築す るほか,ファイルに出力したりネットワークを用いて他のシステムに解析結果 を転送するなどの方法で,分散システムにおける解析結果の利用を実現する. 以下に,現在利用できる出力機能を挙げる.現在は視覚化による出力のみを 実現しているが,今後出力機能を充実させネットワークを利用した他のシス テムへの出力などにも対応する.
標準地図出力機能
データを標準的な地図と同様の2次元座標上で表示する出力機能であり,行動 軌跡の地理的な側面を表現するのに有効な出力機能である. 複数のデータの入力が可能で, 任意の地点のデータを任意の縮尺,表示順序で表示する.
表出力機能
データを表として出力する機能であり,データの詳細を数値や文字列として表 示しながら把握できる.行動履歴解析手法の開発の際に有効な情報を得られる.
重み付け地図出力機能
標準地図出力機能に加え,地理的な領域ごとに設定された数値を入力し, 重みとして視覚化する機能である.重みの表現手法には色や濃度による表現や, 多次元尺度構成法などを利用した歪みをもった地図などの表現が考えられる. 現在の実装では,重みが設定されている区域ごとの縮尺として表現している.

アプリケーションの構築

mPATHフレームワークを用いて,ユーザの行動履歴に基づいてパーソナライズされた 情報提示を行うアプリケーションを構築した.

地図を用いた行動軌跡の表示

GPSから得られた軌跡から特定の期間の軌跡を選別し,閾値以上の時間滞在し た場所を点として抽出,地図と重ねて出力するアプリケーションを構築した. 解析部品の接続状態を変更することで,地図上に線として表現される軌跡情報 を表示するなど表示情報の変更ができる.図にプログラ ムを示す.入力したGPSデータに時刻フィルタおよび軌跡正規化フィルタを適 用したのち,数値地図2500とともに標準地図出力機能を用いて出力している.

図: 地図を用いた行動軌跡の表示
図: 地図による行動軌跡表示のプログラミング

滞在地点のリスト

ユーザが長時間滞在した地点を抽出し,地点の名 前とともに表形式で出力するアプリケーションを構築した.GPS軌跡に対し軌 跡正規化フィルタおよび対応付けフィルタを適用し,出力には表出力機能を用 いた.図にプログラムを示す.図は本ア プリケーションの出力例である.長時間滞在した地点は,ユーザが何らかの行 動を起こした場所であったり,行動の出発点もしくは終点であると考えられ, 本例でも自宅や大学などが抽出されている.

図: 滞在地点のリスト
図: 滞在地点リストのプログラミング

ユーザの行動による重み付け

ユーザの行動に基づいて空間を重み付けし,重み付けを視覚化した地図を表示す るアプリケーションを構築した.本アプリケーションは観光や買い物といった 行動を対象とし,ユーザのこれまでの行動を直感的に表現するアプリケーショ ンである.本アプリケーションで用いる重み付けの手法は,行動が行われ た領域を小さい矩形に区切り,それぞれの矩形ごとにユーザの通過回数や買い 物や写真撮影の回数などを数え,それを合計したものを各矩形の重み とする.

図は本アプリケーションを観光記録に適用した例であ り,主に写真撮影に着目して重み付けを行っている.本アプリケーションはま た写真データの表示機能も備え,行動に関連付けられた写真ブラウザとして機 能する.

図に示したプログラムのように,本アプリケーションの 構築に際しGPS軌跡入力機能,写真入力機能,数値地図2500入力機能を用いて 情報を入力し,軌跡正規化機能及びカウントフィルタを用いて情報を解析した. 情報の出力には重み付け地図出力機能を用いている.

図: 重み付けの例
図: 重み付けのプログラミング

行動履歴取得実験

筆者は,ハンディGPSのGarmin eTrex Legend を2003年6月以降携帯し,本研究 の基礎データとなる行動履歴情報として利用している.また,所有しているデ ジタルカメラによる写真撮影も行動履歴として利用している.図にハンディ GPSを示し,表に収集したデータのサイズを示す.

表: 2003年6月以降の行動履歴
Date size(byte) track point picture
Jun. 2003 321,310 286 5,893 515
Jul. 2003 294,518 297 5,336 131
Aug. 2003 473,739 412 8,676 218
Sep. 2003 365,855 298 6,730 37
Oct. 2003 307,187 287 5,608 342
Nov. 2003 193,772 153 3,573 54
Total 1,956,381 1,733 35,816 1,297

発表論文

本研究の成果として,現在までに以下の研究発表を行った.今後も,これに加 え国内,国際学会における発表や,論文誌への投稿を行う.

おわりに

本研究では,さまざまな行動履歴に対し,柔軟な解析を行え多様な視覚化を実 現するビジュアルプログラミング環境を提供するmPATHフレームワークを構築した. 本フレームワークを用い,さまざまな角度から行動履歴を表現するアプリケーション を構築した.本研究論文としてまとめられ修士論文として発表したほか,国内 の学会においても発表を行う予定である.また,今後さらに国際学会などで発 表する予定である.

筆者は,来年度以降も慶應義塾大学において本研究を継続する予定であり,本研究の今後の成果は,筆者のWebページにおいて発表する.