分光分析法を用いた食品の食材識別
慶応大学政策メディア研究科 80266460

村松 正浩

背景と目的
 リンゴ、大豆、小麦といった食品は、どこの家庭の食卓にも並んでいる食材であるが、食物アレルギー症と呼ばれる病気の原因物質であるアレルゲンを持った食材でもある。そのため、アレルギー患者がこれら食材を口にすると、舌・唇・喉に痛みを感じるほか、吐き気や下痢などの消化器症状、ならびに喘息発作などの呼吸器症状を引き起こすことがある。このような食物エネルギーを引き起こす原因は、タンパク質にある。それぞれの食品に含まれるタンパク質と、私たちの体内にある免疫システムが反応してしまうことにより、呼吸困難など様々な症状が現れるとされている。したがって、タンパク質を含むすべての食品が、アレルギーを誘発させる可能性があるといえる。しかし、それらすべてについて注意を払うのは困難である上、一般のレストランなどでは出される料理に何の食材が使われているかということは消費者には判断がつかない。そのため、アレルギー患者が本当に食べても大丈夫な料理なのかどうかを判断することが難しくなってしまっているのが現状である。
 そこで、本研究では、自分が今から食べようとしている料理にどのような食材が使われているかどうかを識別することのできる食材識別システムの構築を目的とする。具体的には、センサに食品を近づけただけで、その種類を識別するものである。将来的に、このようなシステムが実現できれば、簡単に食材を識別でき、アレルギー患者でも安心して食生活を楽しめることが期待される。
方法
図1 食材識別システムの概略図
 食材識別システムは、光源、分光器、PCの3組から成り立つ(図1)。対象となるサンプルに赤外光を照射し、その反射光を測定・解析することにより、その種類を識別するものである。光源から照射された赤外光は、サンプル内で光の吸収が起こるため、その反射光はその特性を大きく示すものとなる。そのため、分光器で周波数ごとに分光されたスペクトルデータを解析することにより、サンプルの特性を調べることが可能となる。
 対象となるサンプルとして、リンゴ、バナナ、ジャガイモ、ナスの4種を選んだ。これら4種は、実の部分がいずれも白色を呈しており、肉眼での識別が難しい。また、リンゴ、バナナ、ナスは、主成分が糖質でできており、ジャガイモの主成分は澱粉と異なる。なかでも、リンゴは、食品衛生法によりアレルギー食品とされており、識別が重要となる。
 実験では、分光器として日立製分光光度計U4000を使用し、周波数は800〜2000nmの赤外域を用いた。測定の際、サンプルを厚さ1cm程度に切り、その断面の赤外スペクトルを測定した。サンプルとして用いたのは、北海道産ジャガイモ15個、高知産ナス15個、フィリピン産バナナ15個リンゴ15個(山形産8個、長野産7個)、合計60個である。
結果
(a) (b) (c)
図2 スペクトル結果 (a:原スペクトル、b:一次微分、c:二次微分)
(a) (b) (c)
図3 主成分分析の結果 (a:原スペクトル、b:一次微分、c:二次微分)
 リンゴ、バナナ、ジャガイモ、ナスの4種の食材に対して行ったスペクトル測定の結果を図2に示す。(a)は、測定された原スペクトルの結果を示し、(b),(c)は、原スペクトルを周波数値で微分計算を行ったときの一次微分、二次微分の値である。ただし、微分処理の際のセグメントサイズは4nm、ギャップサイズは8nmとした。
 次に、スペクトル結果を用いて主成分分析を行った。(図3) 原スペクトル、一次微分、二次微分の主成分分析の結果を比較すると、4種の食材のうち、ナスのみ識別可能であった。ナスの赤外スペクトルは、他の3種とは異なり、特徴的な値を示しており、識別することができた。しかしながら、その他の3種リンゴ、ジャガイモ、バナナは、主成分分析のプロット位置が他と重複しており、識別可能であるとはいえなかった。
 寄与率を見ると、主成分1,2について、原スペクトルが89.37%および3.83%。一次微分が34.37%および6.21%。二次微分が13.91%および5.58%であった。原スペクトルの場合では、主成分1,2の累積寄与率が90%を超えており、測定されたスペクトルデータのもつ分散の大部分が、これら主成分によって説明されていることが分かった。また、一次微分、二次微分の場合では、微分処理によってスペクトルのバックグラウンドの影響が失われたため、寄与率は低い値となった1)
結論
 本研究では、分光分析法を用いた食材識別システムの提案・検討を行った。本システムでは、対象となるサンプルに赤外光を照射し、その反射光を測定・解析することにより、その種類を識別するものである。
 評価実験として、リンゴ、バナナ、ナス、ジャガイモの4種について測定を行ったところ、ナスのみ識別可能であった。ナスの赤外スペクトルは、他の3種とは異なり、特徴的な値を示しており、識別することができた。しかしながら、そのほかの3種については、スペクトルの特性に特徴的な差異は見られず、食材を識別することはできなかった。今後は、これら食材を識別するため、データ処理の方法を改善させるなどの課題が残った。
参考文献
1) 田中宗浩、近赤外分光法によるミネラルウォーターの銘柄識別、食品の非破壊計測ハンドブック
  168-172、サイエンスフォーラム(2003)
謝辞
 本研究は、神奈川県産業技術総合研究所の協力のもとで行われた。この場を借りて厚く御礼を申し上げる。