2004年度森基金 研究成果報告書

空間情報インタラクションを実現するモバイルツールの実現

慶應義塾大学
政策・メディア研究科
博士1年
80449058, niya
伊藤昌毅

概要

本稿では,GPSやデジタルカメラ,また遍在するセンサなどから得られた行動 履歴の対話的な閲覧システムを提案する.本システムでは,利用者の移動軌 跡や行為情報を示した地図を鳥瞰図形式で提示することにより,記憶やコミュ ニケーションを補助する.本システムは,提示する情報の選択における対話性, および地図閲覧時の視点設定における利用者の視点との対話性を有する.

はじめに

近年,コンピュータによる行動認識や記録技術を人々の行動支援に用いる研究が盛ん になっている.古くはVannever Bush によるMemexに見られるこうしたアイ ディアが,センサやネットワークが遍在するユビキタスコンピューティング環境にお けるアプリケーションの一つとして数多く検討され始めている.こうした 研究では,センサなどで得られた行動情報が大容量のストレージに蓄積さ れ,自在にユーザに提示したりパターンなどを発見することで,ユーザの 記憶やコミュニケーション,伝達を助けている.

こうした研究の目的の一つが,我々の記憶の想起や会話,経験の伝達時に行動 履歴を提示し,記憶を補助することである. 本稿では,こうした際に用いる行動履歴提示システムの機能を論じ,mPATH Viewと呼ぶ対話的な行動履歴提示システムを提案する.

行動履歴提示システム

ユビキタスコンピューティング環境を実現する重要な技術の一つが,人間活動 を認識する技術である.こうした技術の進展により,認識され蓄積された行動 履歴情報の有効な利用が広く議論されるようになっている.こうした情報を地 図上に示すことは広く行われているが, 記憶やコミュニケーションを支援するには十分とは言い難い.

行動履歴提示システムの機能

コミュニケーションにおける話題や状況は移ろいやすいため,行動履歴提示シ ステムは以下の点において提示情報の対話的な選択や変更を実現する必要があ る.

・ 対話的な焦点の設定

過去の行動を想起するときには,特定の事象に焦点を当てることが多い.例え ば,友人同士の会話で過去に話題が及んだとき,その友人と共通の経験に焦点 が当たっていたりする.しかしながら,どのような事象に焦点を当てるかは, 会話中に移ろい定まらない.行動履歴提示システムは,こうした焦点の変化に 対し対話的に追従する必要がある.

・ 対話的な視点の設定

カーナビゲーションにおいて常に地図中に現在位置が表示されることで提示情報 と利用者の状況とが自然に関連づけられているように,提示された行動履歴と利 用者の状況とは直感的に関連づけられる必要がある.具体的には,提示システ ムはユーザの位置や方向などと対話的な視点設定を実現する必要がある.

mPATH View

本節では,前述の2種の対話性を備えた行動履歴提示システムとして,移動軌 跡や写真などを伴った3次元地図を用いた,ハンディ型履歴提示システムを提 案する.3次元地図の方向や角度は,利用者自身の視点に連動する.図1 に示すように提示システムを傾けたときには,図2 で示すような斜め方向からの鳥瞰図が表示される.提示シス テムを真下に向けたときには,一般的な地図と同様の表示となる.また利用者 が提示システムを持って回転すると,システム上の地図画面もそれに伴い回 転する.これらの機能により,対話的な視点設定を実現している.

図1: mPATH View の利用 図2: mPATH Viewのスクリーンショット

加えて,利用者は提示システムに示される行動履歴情報の焦点をビジュアルプ ログラミングインタフェースを通じて対話的に設定できる.保持している履歴 データが画面上にアイコンとして示されており,これらをマウスで選択するこ とで,提示する情報を設定できる.さらに,マウス操作による情報解析や抽出 も可能である.こうした柔軟性は次節で述べるmPATH Frameworkにより実現さ れている.

mPATH Viewは,2004年11月に行われたSFC Open Research Forumで発表してお り,その詳細や動画による動作説明を筆者のWebページ で行っている.

設計と実装

mPATH Viewは,mPATH Framework上のアプリケーションとして設計,実装され ている.以下にその詳細を述べる.

ハードウェア構成

図3に示すように,NECのキーボードレス型タブレットPCで あるVersaProを行動履歴閲覧装置として利用している.また,タブレットPCの 背面にPoint Research社のTrue Point Compass Moduleという地磁気及び3軸の 加速度センサを一体化したセンサモジュールを装着した.この閲覧装置は当初 一カ所での利用を想定していたため,現在のところGPSのような位置センサは 持っていない.

図3: TruePointとタブレットPC

mPATHフレームワーク

mPATH Viewの基幹システムとして,コンテクストアウェアアプリケーション構 築フレームワークとして昨年度開発したmPATHフレームワークを 利用している.mPATHフレームワークは,ビジュアルプログラミングインタフェー スによる対話的な行動履歴解析,視覚化モジュールの合成を実現している.図 4に,mPATHフレームワークの画面例を示す.mPATHフレームワーク では,右側に並べられたアイコンを選択し,左側の画面でアイコン同士を接続 することにより,行動履歴の解析,視覚化を行う.図4の下部に, 出力例を示す.

図4: mPATHフレームワーク

mPATHフレームワークを用いることで,開発者は既存のモジュールや独自に開 発したモジュールを組み合わせて新たなアプリケーションを開発できる. mPATH Viewを開発するために,以下のモジュールを開発した.

PostGISモジュール
行動履歴情報の解析や提示において,環境の構造が記述された地理データ は重要なデータとなる.PostGISは,GIS用途に整備された地理データを保存す るためのデータベース管理システムであり,本モジュールを用いることで PostGISに保存された地理データをmPATHフレームワーク上で取り扱うことが実 現する.現在,昭文社より提供されているMapple10000データを利用している.
mPATH通信モジュール

タブレットPCを用いた行動履歴閲覧デバイス画面が,3次元地図とビジュアル プログラミング画面とを同時に出力するためには小さすぎるため,それぞれを 別の計算機上で実現することにした.このために,複数のmPATHフレームワー ク間を接続するmPATH通信モジュールを開発した.mPATH通信モジュールは mPATH送信モジュールとmPATH受信モジュールとで構成されており,送受信モ ジュール間でXMLを用いた情報交換が行われ,複数計算機にまたがった行動履 歴解析や視覚化を実現する.
3次元地図表示モジュール
mPATHモジュールとして,3次元地図表示モジュールを構築した.図2 はその出力例である.通常の2次元地図を,3次元空間内の平 面上に描画し,レンダリング時の視点の方向をTruePointセンサからの方位, 角度データをもとに動的に設定することで,対話的な3次元地図表示を実現し ている.

mPATH Viewerの構築

図5に示すように,前述のモジュールを含む複数のmPATHモ ジュールを組み合わせることで,mPATH Viewを構築している.ビジュアルプロ グラミング側のPCでは,デジタル地図モジュール,GPS軌跡モジュール,写真 モジュールなどといったデータアイコンや,滞在点抽出フィルタ,時刻フィル タ,カウントフィルタといった解析モジュールを用意し,これらの出力を mPATH送信モジュールに接続している.閲覧側には,mPATH受信モジュー ルと3次元地図表示モジュールを用意し,これらを接続し受信したデータを3次 元地図上に出力している.

図5: mPATH Viewのシステム構成

研究成果

本研究の成果として,本年度は以下の研究発表や,報道発表があった.また, 11月に行われたSFC Open Research Forumで発表を行った.今後も, これに加え国内,国際学会における発表や,論文誌への投稿を計画している.

口頭発表

報道発表

おわりに

本稿では,対話的な行動履歴の提示により記憶の想起やコミュニケーションを 支援するmPATH Viewについて述べた.mPATH Viewでは移動軌跡や撮った写真と いった取得され蓄積された行動履歴情報が3次元地図上に表示されており,行 動履歴の種類や見方といった情報提示における焦点の当て方,また3次元地図 の向きや角度といった視点がそれぞれ対話的に設定でき,状況に応じた情報提 示を実現した.

筆者は,来年度以降も慶應義塾大学において本研究を継続する予定であり,本 研究の今後の成果は,筆者の Webページにおいて発表する.