2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

音楽用インターフェイス“Chase”

小林良穂 
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程



研究組織:
氏名 所属 研究分担課題
小林良穂 政策・メディア研究科 後期博士課程1年 システム開発、サウンドデザイン
魚住勇太 政策・メディア研究科 修士課程2年 筐体製作、プロジェクト管理、アルゴリズム開発
絹川唯史 政策・メディア研究科 修士課程修了 楽曲構成の考案/決定、パフォーマンス


概要:
“Chase”は、仮想空間において設定されたオブジェクトの振る舞いと、実空間における演奏者の 振る舞いの関係性から音楽を生成するためのインターフェイスである。
演奏者は、筐体に内蔵されたディスプレイを覗き込みながら、実空間を移動する。この実空間の 移動は仮想空間での移動と対応しており、「仮想空間上を逃げるオブジェクトを、実空間上の移 動によって追いかける」という、単純なルールによって作品は進行する。
この「追う・追われる」のルールから得られる、仮想オブジェクト(エージェント)と現実の演奏者との関係(距 離、角度等)をパラメータとし、音楽を生成する。


開発過程:
“Chase”は、2003年OpenResearchForumにおいて、インスタレーション作品として開発・展示された。当 初のコンセプトは、実空間と仮想空間における動きを対応させることによって生まれる共時性に着目し、 その実現のために「追う・追われる」という単純なルールを適応するというものであった。そして、実際 に筐体を動かすことによって、仮想空間上を逃げ回るエージェントを追いかけ、その位置関係から音が合 成される作品を完成させた。この際のアルゴリズムは、エージェントが演奏者に近く、正面に位置し ている場合には音楽的な音が生成され、逆に遠ざかって、横や後ろに位置した場合にはノイズを生成する というものであった。

その後、この作品のインターフェイスとしての有効性を示し、「音楽」を生成するための装置として機能 させるため、以下のような改良を行なった。

1.  演奏者やオブジェクトの位置・向き等の情報を、ワイヤレスネットワークによって外部のコンピュータ に送り、この外部のコンピュータによって音響・画像合成を行なうようにした。これにより、筐体の内 蔵コンピュータの負荷が大幅に軽減され、同時に、より複雑な音響合成が可能となった。さらに、画像 の出力を外部のプロジェクター等に送ることが可能となったため、舞台上で演奏することが可能になっ た。

2.  時間軸における様々な変化を可能とし、展開を持たせた。具体的には、エージェントの逃避アルゴ リズムや、出力される音色等を時間軸に従って切り換えることにより、音楽作品としての展開を作り出 した。また、これにより、演奏者の様々な姿(エージェントを速く追いかける、ゆっくりと探す等)を 見せることが可能となった。

3.  エージェントに感情のパラメータを持たせ、不確定性を加えた。エージェントが演奏者によっ て追われ続けると次第に「焦り」を感じ、速く逃げるように設定し、さらに追われて「焦り」が増すと 、混乱を起こして通常の逃避アルゴリズムとは全く違った動きをするようにした。これにより、仮想オ ブジェクトの動きを予想することが困難になり、演奏者との関係がより複雑に変化することに繋がる。


システム構成:
当該作品のシステムは以下のように構成されている。




実演方法:
当該作品は以上のシステムを用いて次のように実演 される。

1.  筐体上部の液晶ディスプレイ内は、そのまま演奏者の視界を意味する。車輪の付いた筐体を実世界で動かすと、仮想世界の視界も同じように移動する。これにより一種の MixedRealityが実現される。

2.  エージェントは、演奏者の視界から逃げるように(画面に収まらないように)振る舞い、逆に演奏者は筐体を動かしてエージェントを捉えようとする。このインタラクションの中で、エージェントとの距離/方向、加速度などが常時変化する。ここに焦燥値とパラメータシーケンスが加わり、より展開が複雑化する。

3.  これらの値は無線LANとOSCを用いて外部PCに送られ、外部PCではMax/MSP/Jitterを用い、映像と音を聴衆に提示する。音は、エージェントとの距離や方向などの値を基に現在の各パラメータシーケンス用の音を生成する。この音は、演奏者がエージェ ントを追跡する際のヒントとしての機能、当該作品に楽器的要素を加味する役割を持っている。


研究成果:
当該作品は、2004年6月に静岡県浜松市で行われた国際会議NIME(New Interfaces for Musical Expression)において採択され、実演された。
NIMEは、コンピュータ音楽やテクノロジーアート(メディアアート)の領域におけるインターフェイスの問題を総合的に扱う国際会議である。

演奏風景(MPEG; 18.2MB)


問題点および展望:
NIMEへの参加を通して、当該作品に使用したセンサーの精度および安定性に、多くの問題が発見された。これらの問題を解決するための手段として、トラッキング・システムの抜本的な見直し/再構築を行っている。
現在は、高輝度LEDを作品の筐体に設置し、ビデオカメラを用いて動きをトラッキングする方法を検討している。この方法により、トラッキング精度の向上に加え、動作の際の抵抗の軽減など、いくつかの利点が得られている。
今後は、この新しいシステムを導入したインスタレーション作品としての展示を視野に制作を継続する。