2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成金報告書
「周波数解析と適応信号処理識別子を用いた電子透かしとコンテンツ保護の研究」
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科
博士課程1年 ITプログラム ノーベルコンピューティングプロジェクト所属
直江 健介
周波数変換処理と非線形な適応信号処理を用いた新しい電子透かしの埋め込み・抽出手法の研究
近年、インターネットや計算機の処理性能が飛躍的に向上してきたため、
マルチメディアなデジタルコンテンツの作成が極めて
容易になってきたという状況がある。
また情報のデジタル化が進み、ますますデジタルコンテンツの公開や配布が
簡単になってきた。そのため21世紀は情報の時代であるといわれている。
これは普段の生活の中で扱う情報自身が持つ価値がこれまで以上に高まってきている
ということである。
現在、デジタルコンテンツは多種多様なビジネスで利用されているが、
デジタルという特性上、コンテンツの品質が優れているのにも関わらず、
何度繰り返して複製を作っても品質の劣化が無く、
取り扱いが簡単であるという特徴がある。
今までは情報自体には形がないといっても、情報を記録するためには、紙、
磁気テープ、メモリなどといった物理的な媒体が必要であった。
それらの記録媒体を管理することで今までは著作権の管理や保護が行われてきた。
しかしインターネットの普及によりこれらのデジタルコンテンツを公開することが
可能になり、またコンテンツの量が数多く分散して公開されているため、
記録媒体の管理による著作権の保護が大変難しくなってきた。
デジタルメディアが登場する以前においては、著作物を複製、模写するために必要と
なった経費や時間、コピーをすることにより発生する品質の劣化というものが、
著作物の不正コピーや不正使用といった行為の抑止力となっていた。
デジタルメディアの登場以降、経費や時間、品質の劣化などといった
問題が解消されたが、
マルチメディアの高機能化による、ファイルそのものの容量の大きさが不正コピー等の
抑止力となっていた。
しかし昨今のMP3,JPG,MPGなどに代表されるファイル圧縮技術の進歩により、
個人レベルでのファイルの入手、交換が容易に可能となってきた。そのため、
これらのコンテンツが著作者の意図しない所で一人歩きすることもありえ、
現実では他人の著作物を平然と複製し利用されるという可能性を常に抱えている。
最近の事例では、P2Pアプリケーションなどを使った無許可なファイル共有や交換、
ファイルやアプリケーションの不正利用やデジタルコンテンツの著作権侵害などが、
多くの一般ユーザレベルでも行われていたという状況は記憶にも新しい。
このようなことから、新たな抑止力となりうる著作権管理のメカニズムが
求められ始めている。
従来の解決策の一つとして、著作者の作成した情報コンテンツを一種の財産と
して扱えるように、著作権という権利が認められており、
この法律を利用する方法がある。
しかし、デジタルコンテンツの著作者が自分であると主張するためには、
それらの著作物に署名を施す必要がある。今までマルチメディアの作品には
ほとんど署名が施されていなかった。
しかし現在のコンテンツビジネスのようなビジネスモデルが成長するためには、
著作権の保護、主張、正当な課金、不正コピーの防止などの
対策のために何らかの方法で
署名などの情報をコンテンツに付与する仕組みを構築することが急務となる。
このようなことから、悪意の第三者に、著作者の断りなくデジタルコンテンツが
悪用されたり、不正にインターネット上を流通した場合、法的手続きをとるためにも
証拠として、著作者情報などをコンテンツに忍ばせる電子すかしを中核とした、
著作権を保護する新しい技術の登場が切望されている。
その中でも電子透かしと呼ばれる技術が最近注目を浴びてきている。
電子透かしとは、映像や音楽といったデジタルコンテンツそのものに、
コンテンツの管理に必要な著作者情報などといった情報を、透かしとしてコンテンツに
対して埋め込む技術である。この透かし情報は、埋め込んだ本人にしかわからない
方法で、必要なときに透かしをコンテンツから抽出することで、著作権の主張や
本物の証明などといった用途に用いる技術である。
電子透かしは、絵画などの署名のように、目に見えるような形で埋め込む
手法のものもあれば、人間の感覚器官による知覚が出来ない程度に、
コンテンツに対して透かし情報をそっと埋め込む方法がある。
しかし、どのような形で透かしを埋め込んだとしても、
オリジナルのコンテンツに情報を付加するため、意図するオリジナルの
コンテンツとはファイルサイズや見かけ上の変化などを伴ってしまう。
この問題は特に、コンテンツがそのままの形で公開されることに意味がある、
芸術作品のような著作物である場合において非常に重要な問題となる。
そのため近年では静止・動画像などでは不可視、音声では聴覚不能な透かしを
埋め込む技術が発展してきた。
本研究では研究内容を大きく分けて二つの内容がある。一つは昨年度行った静止画像における周波数変換と適応信号処理を用いた電子透かしの手法を改良するという研究。これは具体的に離散ウェーブレット変換を周波数変換手法として選択することでロバスト性などの向上を図る。もう一つは昨年度の研究のノウハウを用いて、電子透かしの埋め込み対象を静止画像以外のコンテンツ、特に音声メディア(mp3)に埋め込む手法を研究する。特にmp3圧縮に対してロバストである透かしの開発に取り組んできた。
まず、静止画像における電子透かしの研究について述べる。少ない埋め込み情報で電子透かしの機能を達成することとロバスト性を高めることを目的とする。前者に関しては画像の特徴情報を学習するということでいっさいの情報を埋め込まずして透かしを認識するという、一種の特徴認識問題として捉えることで達成することができた。この特徴認識問題のための分類器として非線型適応信号処理システムを用いた。具体的に言うと多層パーセプトロンモデルであるバックプロパゲーション学習を用いた。
次に音声メディアに対する埋め込みは時間ベクトル変換という独自のアルゴリズムを考え、この処理から出てくる特徴情報から学習を行い透かしを埋め込むという手法をとった。ロバスト性についての説明は以下の図1.で図示した。

図1.一般的な透かし情報の埋め込み型と透かしのロバスト性について
提案手法は以前考案した透かしの位置情報のみの埋め込みによる電子透かしを、位置情報すらも埋め込まない、いわゆる原コンテンツに全く影響をおよぼさない、透かしの埋め込みを実現した。以前の提案手法については図2.にて図示した。

図2.以前の透かし情報の埋め込み方法
提案手法における、埋め込み方法は上記したプロセス3にあたる、位置情報の埋め込みを行わずに、位置情報を外部に鍵として持つことで、学習係数とともに複合に必要な鍵とする手法である。

図3.以前の透かし情報の抽出方法
提案手法における抽出方法は上述したプロセス2にあたる、位置情報の抽出をせずに、あらかじめ鍵として外部に持っておいた位置情報から、透かし情報である学習係数を抽出することを実現する。そのため、埋め込みにはいっさいの情報を埋め込まず、透かし情報の抽出にも外部の鍵ペア一つで抽出することができた。
性能は基本的に以前のアルゴリズムとほとんどいっしょである。

図4.実験1

図5.実験2
時代がマルチメディアコンテンツがように流通することや、コンテンツモデルの拡大を考えると、今後静止画像に対しての透かし埋め込み技術よりも、音声メディアや動画像メディアに対する優れた電子透かしアルゴリズムが求められてくると考えられる。
特に音声メディアに対する透かしを議論する場合、mp3圧縮耐性の議論がある。生データ、例えばwavデータ等に埋め込みを行い、その後そのステゴデータがmp3圧縮変換を行っても透かしが残るようなアルゴリズムを考える必要がある。このことはまだ未解決の問題として残っているため、今後取り組んできたいと考えている。
助成金の多くは電子透かしの研究に当てさせていただいたが、残りの助成金で他にも以下のような成果をあげることができた。アウトプットとして作成した論文をここに示しておく。
情報処理学会 第67回全国大会投稿論文 パラレルスレッディングを実現するP2P掲示板システム
情報処理学会 第67回全国大会投稿論文 アセンブリ言語レベルでの未知ウイルス検出方法
Last modified: Mon Feb 28 14:45:59 JST 2005