ユー ザ主導型リアルタイムアニメーション生成システムの開発

研究報告書

政策・メディア研究科 近 藤 亮

1. 研究背景

 近年光ファイバーやデジタル放送など次世代のデジタルインフラが浸透しつつあり、高品質な映像コンテンツの需要が高まっている。それに伴い、3 次元コンピュータグラフィクスの描画能力も著しく向上しており、これまで映画などのプロ用途であったワークステーションレベルのハードウェアが、個人用途 としても普及する時代となった。

 その一方で、三次元映像コンテンツにおいてキャラクターなどの動きを付ける作業では、動作をマウスで一つ一つ指定する、という地道で多大な労力が必要と される。また、リアリティのある動きを得るには、その作業を行うユーザに対してそれなりの経験と技能が要求される。一方で、モーションキャプチャーなど、 人間の実際の動きを直接データ化することで、半自動的にリアルな動きを得る手法もあるが、価格や設備のコストが高いこと、また人間以外の動作には適用しに くいことなど、用途が非常に限定される。これらの問題により映像コンテンツの製作現場においては、限られた人手と時間の中で、どれだけ高い映像を生み出せ るかが大きな問題の一つとなっている。

2. 研究報告

 上記に述べた背景を踏まえ、本研究ではクリエイターのイメージを満たしつつも、リアリスティックな動きを半自動的に生成する ことができるようなアニメー ションシステムの開発を行う。

 本研究では、ユーザの最小限の労力でリアルな動き得るための手段として、物理法則に基づいた運動結果を計算機を用いて自動生成を行うことに着目した。物 理法則運動には、鉛筆の転がりから水の流れまで様々な種類のものがある。今回はそれらの運動の中でも、手作業で指定するには多大な労力を必要とし、かつ様 々なシーンにおいて応用性の高い、柔軟物体の変形運動を対象とした。

 一方で、純粋な物理法則に従うだけではクリエイターの意図する運動を生成することは不可能である。そこで柔軟物体の運動を、物体全体の軌道と、局所的な 変形運動に分け、それぞれを分離してユーザが制御するための拡張を行った。

2.1. インタラクティブな弾性体アニメーションシステムの開発

 映像コンテンツにおいて、物理法則に基づいてキャラクターを動かすことは、リアリティの飛躍的な向上につながる。その一方で、聴衆にリアリティを与える には、必ずしも高い精度で正確に物理法則に従うことが重要なのではなく、ある程度の精度でそれらしい自然な動きが得られれば十分であることが殆どである。 特に映像の製作過程においては、長い時間をかけて高い精度の動きを得ることよりも、手軽に素早く自然な動きを生成できることが重要である。

 そこで、運動の精度を抑えることで物理法則運動の計算量を減らす一方、表示には物体の詳細な形状データを用いることで、アニメーションとして十分に自然 でリアルな映像を、インタラクティブに得ることができるようになった([1, 2])。また複数物体間の衝突を考慮したアニメーションも、インタラクティブに得られることがわかった(図1)。

2.2. ユーザによる運動制御のための拡張

 本研究では、いわゆる従来の物理シミュレーション手法による運動計算を行いそれをアニメーション結果として用いている。しかしながら、上記の手法を含め 従来のシミュレーション手法では物理法則を厳密に模倣することが議論の対象となっており、得られる結果にはユーザの意図が入り込む余地は無い。

 一方で映像コンテンツの製作において、物理法則に基づいたリアリティはさることながら、何よりもまず、クリエイターのイメージを満たすことが必要とされ る。シミュレーション手法を用いてクリエイターのイメージを満たす動きを生成する場合、シミュレーションの物理パラメータ(重力・跳ね返り係数) と初期状態(位置・速度) を、ユーザが計算結果を予測しながら手動で設定する必要がある。この作業はトライ・アンド・エラーであり、設定しては動きの計算処理を行い、得られた結果 と望む結果を比較してパラメータを調整し、再度計算処理を行うという反復作業が求められ、時間・労力ともに非常に高いコストがかかる。

 また、人間のイメージにある理想の動きは、多かれ少なかれ物理法則から逸脱している部分が必ずあり、厳密な物理シミュレーション手法ではそのようなイ メージ通りの動きを生成することは不可能である。これらの問題点を踏まえ、本研究ではユーザが柔軟物体の大まかな動きを制御できるような拡張を行った。 ユーザの指定した軌道を満たすように物体全体を動かす一方で、局所的には物理法則に基づいた衝突変形運動を物理シミュレーションを用いて計算する。これに より、ユーザのイメージに沿った軌道で動きつつも、リアルで自然な変形運動を得ることができた。

 実際に、物体が地面を転がるようなシーンでのアニメーション結果を図2に示す。ユーザは障害物である地面と、それに対する物体の転がりの軌道(左から右 への横移動と回転) を指定する(図中赤線)。それらの制約情報を元に、ここではアルマジロと馬の異なる2 つの柔軟物体モデルを用いたアニメーションを生成した。両画像とも、ある3 つの時刻における状態を示しており、物体の形状は異なるものの、それぞれの時刻につき物体全体の位置と方向は等しい。

2.3. 今後の課題と展望

 現在のシステムでは、ユーザが指定した軌道を元に、物理法則に基づいた柔軟物体のアニメーションを生成する。しかしながら、物体全体の軌道そのものは、 ユーザが直に指定するものであり、時間と労力を要する作業の一つとなっている。そこで、何らかの物理法則を定義することで、そのシーンにおいて自然でリア ルな軌道を自動計算することが、現在の最も大きな課題の一つとなっている。

 また、現在は単一の物体の制御しか扱っていないが、複数物体間の相互作用を考慮した運動制御も実際の映像コンテンツでは必要となってくる。特に弾性物体 同士の衝突による変形運動は、人間による予測や制御が非常に困難である。これらをいかに直感的にわかりやすく、ユーザが指定できるようになるかが、今後の 長期的な課題になると考えられる。

図1: 複数物体間の衝突を考慮した、物理法則に基づく弾性体アニメーション
図1: 複数物体間の衝突を考慮した、物理法則に基づく弾性体アニメーション

転がりの軌道を異なる物体に適用した例(アルマジロ) 転がりの軌道を異なる物体に適用した例(馬)
図2: 転がりの軌道を異なる物体に適用した例(左:アルマジロ  右:馬)


参考文献

[1] 近藤亮. 簡略化四面体メッシュを用いた詳細メッシュのインタラクティブな物理法則アニメーション. Visual Computing / グラフィクスとCAD 合同シンポジウム, pp. 7–12, 2004.
[2] Ryo Kondo. Interactive physically-based animation system for dense meshes. In Eurographics 2004 short paper presentation, to appear. 2004.
その他、学会等で発表を行ったデモ動画などは、以下のURL で公開しております。
http://graphics.sfc.keio.ac.jp/project/pbm/index.html